秋の入り口

司馬でございます。
皆さま、お健やかでいらっしゃいますか?
今年の夏はとにかくお暑うございましたが、ようやく秋の入り口にさしかかったようでございます。
ここ数日、ことに宵の時刻からは、だいぶ涼しい風が肌に感じられるようになってまいりました。
そろそろ食欲の秋でございますね。
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橋のない河

空には鈍色が差し、しばらくぶりの雨模様でございますね。
ようやく寝覚めのよい季節がやってまいりました。

陳列窓に並ぶのは、外套を着た人台の列――早晩必要にはなり
ましょうが、まだまだ暑さの戻りに油断はできません。
しかし自然の理とは不思議なもので、野の花木はそれでもきちんと
暦を数え、時期を違わず主役の舞台へと上がってまいります。

お嬢様、いかがお過ごしでございますか。
伊織でございます。

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欄外/三時四十一分の誓約

我が敬愛せしお嬢様、時任でございます。
真夏の日々も終わり、静かな秋の日々が近づいております。
これからまた、気候が変わってまいりますゆえ、お身体の具合を崩されませんよう、日々お気をつけくださいませ。
そして、味本や谷が狩り捕って来る秋の風味を楽しみに、元気な笑顔でお戻りくださいませ。
時任たちはいつでも、お嬢様方のお戻りをお待ちしております。

さて

それではいつもの、寝物語代わりの戯言でございます。
今回は閑話休題的に、ちょっとした罪の告白をさせて頂きます。
私、お嬢様方を謀っていた事が一つございます。
お見送りのときや、ご予定を申し上げるときなどに、私がお嬢様の前で確認している懐中時計でございますが。

…実はあの時計は、動いておりません。

実のところ、時間は常に把握しておりますので、懐中時計は無くとも執務に支障はないのでございます。
ですが、当家執事としての様式上、懐中時計なしというわけにもいかず、形式として動かぬ懐中時計を装備しております。

もし機会があれば、一度ご覧くださいませ。
三時四十分。その時刻から一秒とも変わる事無く、古びた小さな懐中時計は、私のポケットの中で眠り続けております。

幾度も、折角所持しているのだし、街の時計屋に持っていき直そうかと思いました。
しかし、それを思いとどまった理由は、この時計が前任ハウスステュワードから賜った物であることに起因しております。

私がまだ執事も拝命していない、見習いとして勤めておりましたころ。
執務室の整理をしていたら転がり出てきた、古びた懐中時計。
その机を使っておられた御方に、これはいかが致しましょうか?とお尋ねしたところ、「もう動かなくなって、新しい物を頂いているから」「なんだったら、君が使うといい。」と冗談交じりに私の手にお戻し頂いた時計なのでございます。

言霊…と言えば極端かもしれません。
しかし、人は時に無意味なまでに、些細な言葉をいつまでも忘れぬことがございます。
私は、この手にこの時計を受け取ったときに頂いた言葉を、忘れることはできません。
「代わりに、立派な執事になって、お屋敷を護ってくださいよ。」

今はその御方も去り。雪村・豪徳寺と言う新たなハウスステュワードにも就任頂き。
当時は黒ベスト姿のページボーイだった私も、身の程過ぎたことに執事にお取立て頂き、グルームオブチェンバーなる御役まで頂戴しております。

それでも。
私はあの日に賜った言葉に足る執事になれるまで…お屋敷を。皆を。揺ぎ無く護る執事となるまで。
この時計を動かすことはできないのです。
恐らくはただの意地でございましょう。そんな理想論のような執事には、辿り着くことすら難しいのかもしれません。

それでも、私はそれを諦めず。
苦難在りしときにはそっとポケットの中の懐中時計を握り締めて、日々の執務に挑んでいきたく思います。
だからお嬢様。
どうか、この動かぬ懐中時計を持ち続けることをお許しくださいませ。

いつの日にか必ず。
胸を張って、この時計を動かすことをお約束いたします。

理想の給仕を求めてこの地に流れ着きました。
何者になろうとも。何処へ流れ行こうとも。その意思は変わることはございません。
いかなる運命の変転に流されようとも、いかなる不条理な障害に妨げられようとも。
ただ、その一心のみを愚直に貫かせて頂きます。

この時計が三時四十一分を指すとき、より豊かな喜びを、より安らぐ寛ぎを、お嬢様方にお届けできるように。

少しだけ特別な夏の日

お嬢様、お坊ちゃま、ご機嫌いかがでしょうか?金澤でございます。

今年の秋の訪れは、まだまだ先のようです。

暑い日が続いておりますので、体調には十分お気をつけ下さいませ。

さて今回は私のある一日のお話を致しましょう。(毎回同じようですが・・)

8月の某日、いつものようにお屋敷のティーサロンでは、お嬢様のお帰りをお迎えす
る為、

使用人一同せっせと準備をしています。

この日私が仰せつかった仕事は、ドアマン!

お嬢様、お坊ちゃまのご帰宅予定の確認、エントランスの掃除、花壇のお花に水をあ
げたり、etc・・

準備が整ったところで時間です。さあ、お嬢様をお迎えいたしましょう!

大扉を開け放ち、スワロウテイルの一日が始まりました。

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宇宙こま

何ごとも決めつけてかかるのは良いことではないと、学童の
時分に教わったことを思い出しました。
早くに教わる物事ほど肝要なこともございません。

しかし、今年の暑気のなんと頑ななことでしょう。
暑気を払えと、柳蔭のひとつもあおりたいものでございますが、
さすがにお嬢様にはお持ちするわけには参りませんか。
冷やし飴か酸梅湯でもお持ちいたしましょう。
ご機嫌いかがでございますか。
伊織でございます。

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緋毛氈 気取れど悔やむる 捨て扇

「本日は俳句の日でございます」

――人まねはいけませんね。気恥ずかしくてなりません。
本日8月19日は語呂合わせから、俳句の日と言われております。
大旦那様より、この日に際して句を詠んでみよと仰せつかり、
十句あまりを認めさせていただきました。

大変光栄なことに、ご覧いただきました中のひとつをお気に召して
いただけ、本日ご帰宅いただくお嬢様方にお贈りするようお申し付け
くださいました。
お恥ずかしゅうございますが、お楽しみいただけたなら幸いでございます。

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