日誌

お嬢様、お坊ちゃま、奥様、旦那様、ご機嫌麗しゅうございます。
久保でございます。

私が考案いたしました「しろみるくまん」が、このたびギフトショップの棚に並べていただけることとなりました。
自分の考えたものが誰かの手に取られる形で並んでいるのを見るのは、特別な気持ちになりますね。

「しろみるくまん」は、白を基調とした、やさしく可愛らしい印象のお菓子でございます。
練乳の甘みと香りをしっかりと感じていただきつつ、バターとバニラはほんのりと添え、白餡の持ち味を生かした饅頭です。
そのままでもお召し上がりいただけますが、少し温めていただくことで、練乳の風味がより引き立ち、全体のまとまりが一層感じられますため、ぜひ温めてお召し上がりいただくことをおすすめいたします。

贈り物として選ばれた際に、気負わず楽しんでいただけることを意識して考案いたしました。
かしこまらず、けれど軽すぎない。
手渡す側も受け取る側も、自然と表情がやわらぐような存在であることを目指しております。

こうして棚に並ぶところまで形にしていただきましたことは、大変ありがたく、励みとなっております。
私自身はお菓子を作る立場ではございませんが、ティーサロンにてお召し上がりになった際には、温めた場合とそのままの場合、それぞれのご感想をお聞かせいただけましたら幸いです。

派手さを競うものではございませんが、
皆様の時間にそっと寄り添える一品として、役目を果たせておりましたらうれしく存じます。

日誌

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様

明けましておめでとうございます。

こうして新しい年の始まりにも変わらずお仕えできることを使用人としてこれ以上の喜びはございません。

年が改まると、時間は一度まっさらになるようでいて、実は昨日の続きでもあります。

暦は新しくなりますが、紅茶の湯気の立ち方や、お嬢様、お坊ちゃま、奥様、旦那様の笑顔は、昨日と大きくは変わりません。

けれど、その「変わらなさ」を守ることこそが
私どもの務めなのだと、年の初めにあらためて思います。

仕えるということは前に立つことではなく、そっと後ろに控えること。

目立たず、気配を消しすぎず、必要なときにだけ、自然にそこにいる。
本を読むと難しく書いてありますが、要するに「余計なことはせず、やるべきことはきちんとやる」という話なのかもしれません。

もっとも、きちんとやろうとするほど、うっかりするのも私でございます、、、

新年早々、自分の未熟さに苦笑いする場面もございますが

それもまた一年分の学びの種として、大切にしまっておきます。

本年も変わらぬ敬意と感謝を胸に、日々を丁寧に重ねてまいります。

どうぞこの一年が、皆様にとって穏やかで実り多きものとなりますように。
そのお側で、静かにお仕えできれば幸いです。

日誌

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様、ご機嫌麗しゅうございます。
久保でございます。

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様にお仕えして二年を迎えることができました。

こうしてまたこの場所にいられること、その一日一日を積み重ねてこられたことに、心から感謝しております。

振り返ればまだまだ未熟で、お恥ずかしい失敗も多うございます。

それでもお嬢様が変わらず声をかけてくださるたびに
「ああ、自分はまだここで頑張っていいんだ」と背中を押していただいているような気がいたします。

私の小さなこだわりは、お嬢様が快適に楽しく過ごせるようにお仕えすること。

どんなに忙しくてもそこだけは絶対に乱さぬようにと心に決めております。

お嬢様が腰を下ろされる場所に、安心そして変わらぬ整いがありますように。たとえ私が未熟でも、それだけは胸を張って続けていきたいのでございます。

三年目に入りますが、まだ道半ばゆえ、気を引き締めて精一杯お仕えいたします。どうかこれからも、久保をお見守りいただけますと幸いでございます。

日誌

ご機嫌麗しゅうございます。
久保でございます。

秋の運動場というのは、不思議な場所でございますね。
誰もいないはずなのに風が吹くたびに、どこか遠くで笑い声が聞こえるような気がいたします。
落ち葉がサラサラと音を立て、白いラインの上を転がっていく…
まるで、過ぎ去った季節たちが、もう一度走り抜けているようでございます。

けれど、よく見ておりますと落ち葉というのはただ散っているわけではございません。
風に運ばれながら、運動場のあちこちで小さな模様を描いていくのです。
それはまるで、人の記憶のようでございます。
形も色も違う思い出が時間の風に押され、少しずつ寄り添いながら、模様をつくっていく。

思い出とは、積もる落ち葉のようなものかもしれませんね。
時には踏みしめてしまいたくなることもございますますが、ふと足をとめて見つめると、そこに確かに自分の足跡が残っている。
あの日の息づかいや、かすかな声の余韻までもが、まだ風の中に漂っている気がいたします。
だから私は、運動場を掃くときも、すべてを片づけようとはいたしません。
少しだけ残しておくのです。
風が吹けば舞い上がり、陽が当たればきらりと光るそんな一枚の記憶を。

それはまるで、心の奥に残した小さな光のようなもの。
過ぎ去った時間を思い出すたび、静かに温もりをくれるのです。

落ち葉も記憶も、消してしまうには惜しいもの。
それらが重なり合って、今日の自分を形づくっていくと存じます。
お嬢様、私は決して落ち葉を片付けるのが面倒になったわけではございません。

そうです素敵な記憶を残しておきたいのです!

ですから、これから午後の給仕に備えてお昼寝をさせていただ、、、。

い、今一度お掃除に行ってまいります。

日誌

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様、ご機嫌麗しゅうございます。
久保でございます。

朝夕の風がひんやりしてまいりましたね。

陽ざしの色も、どこか熟考を重ねたあとのようにやわらかく、木々もため息をつくように色づきはじめております。

秋は、まるで一年が少し立ち止まって、自分の影を見つめ直しているかのような、もう少しで今年が終わるなぁ、ついつい来年について考えてしまうそんな季節でございます。

そんな季節にあわせて、今年もまたブラジルの伝統菓子「ぷぢんケーキ」をお届けいたします。
練乳をたっぷりと使った濃厚なプリンが静かに上層を楽しく

その下では、ほろ苦いココアスポンジが落ち着いた余韻を支えております。

ドイツの哲学者ヘーゲルは「対立するものは、より高い次元で統合される」と説きましたが、
このお菓子もまた、甘さと苦さという異なる性質が互いを打ち消すことなく、
むしろ引き立てあいながら一つの世界を形づくっております。
昨年と今年という異なる時間が、同じ味わいを介してつながるのです。

変化と持続がひとつの皿に並んでいるのかもしれませんね。

ちなみに、今年も表記はあえて「ぷぢん」とひらがなにさせていただきました。

小さくてまるい文字の並びが、このお菓子のころんとした可愛さに似ている気がしたからでございます。
難解な哲学の話をしておきながら、名前だけは可愛く、そんな小さな矛盾もまた、この菓子にぴったりかもしれません。

もっとも、考案者としては「甘さと苦さを調和させる」という高尚な理念を掲げつつ、
試作中は最終的に練乳の量とにらめっこをするという、たいへん哲学的とは言いがたい戦いを繰り広げておりましたが…

考えていたら、私という存在と、この静かなティーサロンの秩序との間にも、なんだか矛盾が生まれている気がしてまいりました…。

きっと気のせいでございましょう!

秋でございますから、やはり考え事が増えますね…

そんな秋の始まりに、どうぞ今年もこの楽しい調和の甘美をごゆっくりお楽しみくださいませ。

 

日誌

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様、ご機嫌麗しゅうございます。
久保でございます。

時間とは目に見えぬのに、誰よりも厳格な監督のような存在でございます。

ほんの数分遅れただけでも叱責し、どんなに早く準備を終えても労いの言葉はかけてくれません。
しかも、その監督は休暇もとらず、夜中であろうと早朝であろうと、律儀に秒針を打ち鳴らしております。
本当に働き者ではありますが、もう少し柔軟に接していただきたいものでございます。

けれども、もしこの監督が存在しなかったらどうなるでしょう。
ティータイムが始まる時間は曖昧になり、お嬢様が紅茶をいただくつもりが、気づけば真夜中。

紅茶の代わりに夜食を用意する羽目になるかもしれません。

そう思うと、この厳しい監督も、実は陰ながら秩序を守る守護者なのだと感じます。
時間は時に私たちを急かし、時に待たせ、思うようにはならない存在でございます。
けれど、その不自由さゆえに、ひとときの笑顔や言葉はより鮮やかに心へ刻まれるのでしょう。
もし永遠に続く午後があったなら、お嬢様との会話も、きっとただの雑談になってしまう。
限られた中で交わされるからこそ、その瞬間が素敵に輝くものだと思います。

ただ、それでもやはりお願いできるのであれば、清掃の最中だけはこの監督に小休止していただきたい。
掃除機と格闘している間の一分は、一時間に等しく感じられるのです。
その一方で、お嬢様が笑顔を見せられる瞬間は、ほんの一秒でも羽のように軽やかに過ぎ去ってしまいます。

かくなる上は、時計の監督を味方につける秘策を編み出すしかありません。

何か秘策を授けてください。

なお、9月16日には冴島と共に、ささやかながら特別なカクテルをご用意する所存にございます。
どうぞそのひとときも、時を忘れてお楽しみいただけますように。

 

日誌

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様、ご機嫌麗しゅうございます。

暑さが日に日に厳しくなる中、いかがお過ごしでしょうか。

お屋敷の中で、冷たいグラスの氷がゆっくりと溶けていくのを眺めておりました。

決して給仕をサボってるわけではございません!決して!

窓がないため外の風は感じられませんが、ふと冷房のそよ風が心地よく、暑さの中にひと息つけるひとときでした。

そんな中、グラスの氷が知らぬ間に減っているのに気づき、

誰かがこっそり味見をしているのかもしれない…
などと想像してしまいました。

もちろん、わたくしの豊かな想像力の産物に過ぎませんが。

こうした小さな気づきや変化は、静かな日常にひとさじの動きをもたらしてくれるように存じます。

変わらぬ毎日でも、ほんの少しの違いが心にささやかな刺激を与えてくれるのでございます。

夏の暑さは時に厳しいものでございますが、そんな風が心に涼やかな余韻を残してくれることもございます。

小さな驚きや喜びが、お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様の八月にも届きますように、心より願っております。

それでは私は日誌を認めながら、もう少しだけ涼みたいと存じます。