言葉キャッチボール

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

私、よく「隈川さんは会話がとても上手ですよね!」なんて他の使用人などに言われることがございます。

褒めていただけるのは大変嬉しいので、その場では
「そうでしょう、そうでしょうー!もっと褒めてくださって構いませんよ〜」
などと申してしまうのですが…ここだけのお話、本当は私、会話は下手くそなのです。

たしかに喋るのが苦手ではないことは自覚しております。寧ろ得意だと思います。しかし「喋るのが得意」と「会話が得意」は別物なのです。

よく会話はキャッチボールに例えられます。一つのボールをお互いが落とさないように相手にとりやすい高さや速さで放ることで成立するのです。

ところが私はキャッチしたボールで魔球の練習を始めて、相手がそれを一生懸命取ろうとしてくれているうちにスペアのボールを投げ始めてしまうのです。ぽいぽいぽいぽい自由に沢山投げてしまいます。

言いたいことを言ったり、話したいことを話すだけではなく、相手に合わせたペースで真摯な返球ができる方が本物の「会話が上手」な人なのではないかな、と思います。

ですからそれができる方を見ると、凄いなぁ、と感心してしまうのです。

まぁ、私は運動音痴ですので実際のキャッチボールよりは頑張り甲斐がありますね。今後の目標はスムーズな会話のキャッチボールでございます!

 

…え?隈川と喋ってるとキャッチボールというよりバッティングセンターの気分、ですか。

なるほど、ホームランが打てると良いですね。

夏の楽しみ方

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

今年は早くに梅雨が明け、照り返す日差しにお洗濯物もよく乾きます。

他の季節も大好きなのですが、やはり夏はわくわくしますね。毎朝青い空を見る度に何かが始まるような気がするのです。

空調の効いた部屋での読書。
暑さ対策をしてお外でスケッチ。
夏らしい音楽をイヤフォンで聴いて。
アイスティーの新しいレシピを研究するのも良いですね♪

お嬢様が暑さにうんざりしてしまわないように、夏の楽しみ方をご一緒に探してゆきましょう。

あ、でも「暑すぎてもう嫌!」なんてお互い言い合うのも夏の醍醐味ですよね?

…え?そんなに元気なら一人で外に出てきなさい?

かしこまりました!
三段重ねのアイスクリーム、お嬢様の分も買って参ります!ちゃんと溶ける前に帰りますね!
では、いってきます。

ただいま帰りました!
申し訳ありません、お味を伺い忘れました!では、もう一度いってきます!

水墨

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

最近、水墨画を拝見する機会がございました。

濃淡で表現される無彩色の風景は、普段私の目が映している色で溢れた世界以上に鮮やかに感じられました。

歴史的な技法や作者の情緒を感じとるには私の学が不足しておりますが、それでもなんとなく一枚の絵の前で時間を忘れて眺めてしまいました。

人様にお見せできるものにはならないかもしれませんが、いつか私も個人的に墨で絵を描いてみたいな、と思いました。

視野

おや、お嬢様。
ご機嫌麗しゅうございます、隈川でございます。

何をギョッとされているのですか。
ああ、この体勢でございますか。
左様でございます。私は今、ご覧の通り床にへばりついているのでございます。

あ、もちろんへばりつく前に徹底的に床を磨いたうえでマットを敷いておりますのでご安心くださいませ。
気になるのはそこではない?
なぜそんなことをしているのか、でございますか。

実は私ときどき絵を描くのですが、構図を決めるときにアイレベルという視点の高さを決める必要があるのです。それを床スレスレにするとどのような景色が見えるのか実際に試していたのです。

日常的に過ごしている場所でも視点を変えると全く見たことのない世界に感じるものですね。

やはり何事も他面的に様々な角度で物事を捉えるのは大切でございますね。

虫さんの世界はこんな感じなのでしょうかね。見聞が広まります。

…え?
見聞を広める前に他人の目をもう少し気にしなさい??

なるほど、確かに。

隈川

行きたい道、行きたくない道

お嬢様、本日のお出かけにおともいたします隈川でございます。
しかし、お外もすっかり暖かくなりましたね。馬車ではなく徒歩もたまには悪くないと思いませんか。

ところでお嬢様、本日はどのルートで
目的地まで行きましょう。

最近、私思うのです。
道には行きたい道と行きたくない道があると。

いえ、啓蒙じみたことを申したいわけではなく、本当にただの道の話でございます。

目的地への距離としてはどこで渡っても構わないはずなのに何故か待ってまで同じ信号箇所を渡ってしまったり、他の道と同じ傾斜や障害物のはずなのに歩くだけで疲れた感覚になるルートでしたり。

共感が得られるかはわからないのですが、私的にはよくあるのです。

もしかすると私という人間はその道を選ぶように始めから定められているのかも、なんて考えたり。

なので、そういうときにわざといつもと違う道を歩いてみたりするだけで、小さな運命に逆らっている感じがするのです。

なんでしたら買う予定のなかったケーキを買ってしまったり、とか逆らいまくりでございますね。

…え?くどくど御託ばかり並べてないでいいからいつもの道を?

お嬢様がそう仰るならば喜んで!
運命には逆らってもお嬢様には逆らいませんとも!私もちょうどこの道を歩きたいと思っていたのです!

あ、タンポポ咲いてますよ。

隈川

クッキー

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

お嬢様はクッキーについてどのように思われるでしょうか。

はい、さようでございます。
焼き菓子のです。

美味しい
いい香り
かわいい
サクサク

咄嗟に思いつくのは非常にシンプルでポジティブなイメージかと存じます。私はお菓子全般を好んでいるのでもちろんクッキーに対しても好感的な印象を受けます。

なかには甘い物がお苦手でクッキーに対してあまり良い印象を抱かないという方ももちろんいらっしゃるかとは存じますが、憎しみや怒りを持っている方というのは極めて珍しいのではないでしょうか(完全にいないとは思いません)

 

さて、では
ここでこのクッキーをどなたでも結構ですので人間に置き換えてみるとどうでしょう。

ポジティブなイメージもネガティブなイメージも倍増したのではないでしょうか。

なぜクッキーに対してはシンプルな感情でいられるのに、人間には複雑な感情が生まれるのでしょうか。

これは私が思うに『影響力』なのではないかと。

自分に対してクッキーと人間では及ぼす影響の大きさが異なるから抱く感情も違う。

逆に申し上げますと、自分に対して影響を及ぼさないものに対して人は寛容でいられるのです。

例えば、どんなに素晴らしい人徳者であっても、人間である限りさまざまな要因が重なって普段ならば言いたくないような言葉を選んでしまう場面がきっとあります。

もし、そういうタイミングの方と遭遇して聞きたくない言葉を聞いてしまったときにはあまり影響を受けず、お相手をクッキーだと思うと良いかもしれません。

こんな日誌を認めながらお腹のなる午前2時です。

隈川

日誌

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。

何年も前の話ではあるのですが、セカンドスチュワードの伊織に【英国執事〜貴族をささえる執事の素顔〜】という本を借りました。

この本から学んだ当時の英国での貴族の方々の生活や使用人たちの実情は私の心を深く魅了しました。

滅私奉公の心を持ち、忠義を尽くす彼らにもそれぞれの人生や個性があったのだなぁ、と想像して勇気をもらったものです。

実話を中心に少し捻くれたエピソードやユーモラスな内容も多くございまして、そこも愉快でした。

中でも印象に残っているのは、若きフットマンが仲間の使用人たちに囃し立てられ「仮装パーティ」に身分を隠して参加して、自らの主人である憧れの奥様と一曲踊る、というお話。

同じ使用人からするとなんとも畏れ多いゆき過ぎた行為だと軽蔑しつつも、少しロマンチックに思います。

つい最近、記憶の中のこのお話を取っ掛かりに歌詞を書いた楽曲を執事歌劇団にてお披露目いたしました。

もちろん本のお話のままというわけではなく、僭越ながら私なりに構築させていただいた物語仕立ての楽曲。

もしお聴きいただく機会がございましたら、様々なご想像を膨らませて歌詞もお読みくださいましたら幸いです。

それではまた。

隈川