ご機嫌麗しゅう、隈川でございます。
1月、干支は午年。
前回の午年1月10日の催しにて執事歌劇団としての任を拝命したと記憶しておりますゆえ、それからちょうど12年が経ち干支が一周したということでございます。
もがきながら前に進んできたつもりではおりますが、必死になりすぎて当時持っていたものもいくつかどこかへ落としてしまっているような気もいたします。
今年はあらためて原点に回帰して真摯な気持ちでお仕えさせていただきます。
自分を過信しすぎないことが鍵のような気がしております。
隈川
SWALLOWTAIL
ご機嫌麗しゅう、隈川でございます。
1月、干支は午年。
前回の午年1月10日の催しにて執事歌劇団としての任を拝命したと記憶しておりますゆえ、それからちょうど12年が経ち干支が一周したということでございます。
もがきながら前に進んできたつもりではおりますが、必死になりすぎて当時持っていたものもいくつかどこかへ落としてしまっているような気もいたします。
今年はあらためて原点に回帰して真摯な気持ちでお仕えさせていただきます。
自分を過信しすぎないことが鍵のような気がしております。
隈川
ご機嫌麗しゅう、お嬢様。
隈川でございます。
おや、どうかなさいましたか?
怪訝なお顔をなさって。
…ご夕食にお好きじゃない食べ物があるのですか。そのように仰らず、栄養価を考えますとバランスよく召しあがるのが一番でございますよ。
まぁ、たしかにお嬢様にはいつも好物だけをお楽しみいただきたいという気持ちが個人的にはございますが、シェフにはシェフの矜持があるのです。
でも、私なんかは自炊歴が長いので好きなものを好きなときに食べてしまうのですけれど、それはそれで考えものなのですよ。
私は小さなころグラタンが大好物だったのですが、グラタンというお料理の性質上一人前の量が決まっておりまして、たくさん食べたくともおかわりが難しいのです。
え?なんで大皿で大量に焼かなかったのか?一般家庭にはお屋敷のような大きなオーブンはないのですよ、お嬢様。
話が逸れました。
そうそう、それで子どもの頃の私はグラタンのおかわりに憧れていたのですね。
そしていまは大人になり自炊をするようになり、ノンフライヤーを使ったグラタンを手軽に作れるようになったわけですが、これが面白いことに逆にあまり食べなくなってしまったのでございます。
好きなら毎日食べたらいいじゃない、と思われますか?
私もそう思い最初のうちはよく焼いていたのですけれど、好きなときに好きなだけ食べられるようになったら、なんだか食指が伸びにくくなってしまいまして。
もちろん今も好物ではあるのですがね、グラタン。
…まあ、何が申しあげたいかといいますと、不自由の中でこそ増す喜びもあるということでございます。
本日召しあがった苦手な食べ物が明日の好物の魅力を引き立てるかもしれませ…え??「じゃあ、隈川が代わりにこれ食べて、明日グラタンを焼いたらいいじゃない」ですか?
えー…私は好き嫌いがございませんから別に困りませんけれど…
主人の食事に手をつけるだなんて使用人には決して許されることでは…うーん、そこまで仰るならば
じ、じゃあ一口だけ…
…やはりやめておきます、厨房からシェフが顔を出してこちらを見てますね。
隈川
ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。
使用人にできること、とはなんでしょう。
現実的に使用人がお役にたてることなんてせいぜい限られておりましょう。
どれほど望んでもあなた様の過去の後悔を消すことも、未来のご不安を理解することも、今この瞬間の心の痛みを和らげることも、直接的には何ひとつできやしないではありませんか。
魔法のようにすべてを叶えてさしあげたくとも、この現実を変える魔法を私たちは誰1人として持ち合わせていないのです。
それでも
だからといって、なにもできないのか、というとそんなことはございません。
たとえ限られたことであったとしても、何かがきっとできるはず。
もしも、貴方が嬉しそうに
微笑みを湛えることがあれば
特別製のケーキを用意して一緒に祝いましょう
もしも、貴方が退屈そうに
あくびを浮かべるような午後は
滑稽なユーモアで口元を緩めてみせましょう
もしも、貴方の悲しみに
世界が滲んで見えるときは
仰せのまま何処へでも
新しい景色を探しに行きましょう
未来や過去、今を愛せなくとも
なにもかもがうまくいかなくとも
この瞬間にこの文章を読んでくださっているあなた様が我々使用人にとってかけがえのない大切な存在であることを、心から信じていただきたいのです。
そして、他ならぬあなた様にも自分自身のことを、同じように大切に思っていただきたいのです。
それはティーサロンにお顔を見せられないときでも変わることはございません。
そのために本日も変わらず
紅茶を注ぎ、言葉を紡ぎ、音楽を奏で、それぞれにできることを精一杯にあなた様に捧げます。魔法でも作れないような幸せな一瞬のきっかけを見逃さぬように。
あらためて
使用人にできること、とはなんでしょう。
どうかこれからもその答えをお傍で探させてください。
小さな蝶が追い風で海を渡るように
この日誌がほんのすこしでも
眠れない夜を越えるささやかな力添えになりますように。
隈川
ご機嫌いかがでしょうか、お嬢様。
隈川でございます。
お嬢様、ご旅行はお好きでしょうか。
私はどこかへ出かけるよりも部屋でもくもくとなにかをしている方が性に合っていることを自覚しており、旅行は準備などから億劫になってしまうタイプです。そんな私にも人生上で一度足を運んでおきたい場所がいくつかございます。
そのうちのひとつがスコットランド。
お恥ずかしい話ですが、英国式のティーサロンに10年以上お仕えしておりながら、私グレートブリテン及び北アイルランド連合王国に行ったことがないのです。
特にスコットランドといえばスコーンやショートブレッドが生まれた土地。バターを使ったお菓子たちに目がない私ですから、本場のものをいただけたらどれだけすてきなことでしょう。
それから、あのネス湖も実はスコットランドにあるそうです。かの有名な写真が潜水艦のおもちゃを使ったフェイクだったことは重々承知しておりますが、それでもやはりネッシーへの憧れはいまだこの胸を熱く焦がします。ぜひとも一度自分の目でロマン溢れる湖を拝みとうございます。
美しい街並みの中流れるバグパイプの音色も魅力的ですね。生の演奏を実際に聴いてみたいものです。
うーん、いいですね。想像するだけでわくわくします。
ですから、お嬢様!
いつの日かグレートブリテン及び北アイルランド連合王国にご旅行でおいでの際はぜひ私をおともにお連れ…え?
通訳をかねて伊織を連れて行く…ですか。
…いえ。別に…ふてくされてなど、おりません。私は空想旅行で満足ですし、全然悔しくなんてございませんけれど…ええ、まったく。
自室で大人しくもくもくショートブレッドを齧りながら執務に臨むのが個人的に好きですから、別にいいのですけれど…いいのですけれどー…あの…
…大丈夫でございますか?
旅先で私のこと思い出して可哀想な気持ちになったりしませんか?そんなことになったら旅がもったいのうございませんか??
せめて、せめてお土産にたくさんお菓子を…
隈川
ご機嫌麗しゅう、お嬢様。
隈川でございます。
「いざとなれば〜すればいい」と思っていることでも実際に、いざ!というときがきてみると想定していたものとまったく違う答えが出てくるものです。
自分は決して合理的な人間ではないのだな、という発見と同時に、そうではない方向にまだまだ成長できそうだなと思えた今日この頃でございます。
こういう小さな気づきがあったときこそ、初心に立ち返る良いチャンスでしょうか。
屋敷での生活も長くなってまいりましたが、新鮮な気持ちでそれぞれの季節を楽しんでゆきたく存じます。
そして、その楽しんだ気持ちをお嬢様にもお伝えして笑顔のきっかけを差しあげられるように努めます!
隈川
隈川でございます。
まだまだ夏の陽気がつづきます!
そういえば私、トロピカルという言葉をなんとなく好ましく思っております!
トロピカルを日本語に訳せと言われましたら正直分かりませんが、わからないままでもよいような気もいたしますね!
暑さによる体調不良には充分お気をつけていただきたいものの、やはりせっかくの夏でございますから存分にお楽しみくださいませ。
たまにはプールなんかもよいかもしれません。私、浮かんでおるだけですが。
隈川
隈川でございます。
お嬢様にももしかしたらご経験があるかもしれませんが、人間は心の芯が失われるとこれまで普通にできていたことができなくなってしまいます。
心の芯というのは人によってそれぞれで、夢であったり、物であったり、ペットや植物であったり、誰かとの関係であったり、長く信じてきたクレドであったり。心の根幹の部分でございます。
その芯が揺らぎ、なにかのきっかけで抜けてしまうとそこはうつろとなり、ふとしたとき、呼吸をするようにあらゆる感情を呑み込んでゆきます。
美しい景色から目を背けたくなる。
素晴らしい音楽が響かなくなる。
誰のどのような言葉もふさわしくない、名前のない澱のようなものだけが心に残ります。
これまであたりまえにできていたことが、わからなくなってしまうのです。
このうつろの埋め方に答えはなく、きっとすぐに埋まるものでもありません。
けれど、少しずつ、すこしずつ、傷口が治っていくように痕を残しながらうつろは塞がってゆくのかと存じます。
もしも、お嬢様がいつか心の芯を失い、ご自分のなかのうつろとの向き合い方がわからなくなったとき、これまで通りができなくなってもどうか焦らないでください。強くあろうとなさらないでください。
私も上手にはできておりませんけれど、弱くて不器用なままで、それでも丁寧にゆっくりと向き合うつもりです。
使用人という存在にできることを、もう一度はじめから考えてゆこうと思っております。
隈川