九月

これは私の夢のお話でございます。

 

時は五年後か十年後か、はたまたもっとその先なのか。

いつも通り燕尾服に身を包み、今日も帰宅なさるお嬢様、お坊ちゃまの優雅なティータイムのお手伝いを。

髪は伸びてるのか、背は伸びてるのか、前髪は短いのか、それは分かりませんが、今の私よりお給仕の姿勢に成長があると良いなと思います。

変わることのない場所で、シャンデリアはいつもより輝き、翳り一つない楽しそうな笑顔と賑やかな声が詰まった私の居場所。

そこで疲れを知らずピンチに動ずることがない。
紅茶のことを聞かれても、アルコールのことを聞かれても、食事のことを聞かれても、全てに余裕もって答えられる。
どんな些細なことから期待を込めたことまで全て応えられる。

そんな一人前の使用人としてお嬢様、お坊ちゃまに仕えること。

 

これが私の夢のお話でございます。

 

私がティーサロンに降り、お嬢様、お坊ちゃまに仕える始め、あっという間に半年経ちました。

まだ成長途中の私でございますが、これからも優雅なティータイムを過ごしていただけるように努力してまいります。

お嬢様、お坊ちゃま、扉が開くその時を楽しみにしていたくださいませ。

八月

シンプルな薄い桃色に少しだけあしらわれた刺繍模様が素敵なレターセット。
私には似合わないものだと思いながらも、フルーツがたくさん実ったシールと一緒に購入いたしました。目的は桃といちごです。

なぜ、私に似合わぬこんな可愛らしいものを集めたのかと申しますと、実は最近読んだ作品の影響でございます。

『想いを伝えることは簡単なことでございますが、想いを伝えることはとても難しいことである』

まるで矛盾している言葉ではございます。

しかしながら、この言葉は本質を得ております。

例えばでございます。
感謝を伝えるはありがとうと口にします。
謝罪をするときはごめんなさいと言います。
応援する時は頑張れと声を張ります。

どれも簡単に伝えられる言葉でございますが、シュチュエーションが変わったり、伝えるべき相手が変わると、その簡単が簡単でなく難しくなる時がございます。

私が最初に思い浮かべたのは、地元で実家を守っている両親です。

長年、無償の愛を私に注いでくれて、わがままを聞いてくれて、私を育ててくれた二人には、上手く感謝を伝えられない時があります。

面と向かってありがとうと伝えようとするとどうしても恥ずかしさが出てしまいます。

けれど、感謝を伝えることは大事なことである。さらに言うと伝えられる時に伝えなければその意味がないとも、作中で語られて、私は意を決しました。

私の伝えたい想いは上手く言葉にできただろうか。

そんな一抹の不安を抱えながら、返事を待つのも少しだけ楽しいと思う今日この頃でございます。

七月

お嬢様、お坊ちゃま、ご機嫌麗しゅうございます。

お日様が昇るとひまわりが顔を上げ、お月様が目を覚ますと星たちが踊り出す、先月よりも高く澄み渡る青空が一層美しい季節がやってきました。

外を歩けば額に汗が滲み、針を刺すようにチクチクと肌を焦がす熱はいまだに慣れないものがございます。

しかし、それもこれも氷菓を美味しく食べるためのスパイスなのではないかと思い始めました。

スイカに塩をかけて食べるように、酢豚にパイナップルが入るように、ほんの少しの特別がこの夏という季節を楽しませてくれる。
そう思うとただ暑いだけ、なんて言ってる場合ではございません。

四ヶ月にも満たない短い期間をどう楽しむかはご自身で決めるもの、良いものにするのも悪いものにするのも、全てご自身がもたらすものでございます。

そんなことを言っている私はと申しますと、実は新しく始めた趣味でありますバイオリンを密かに楽しんでおります。

まだまだお嬢様方の前で演奏するには実力が足りませんが、いつか楽器をものにできた時に披露させてくださいませ。

そして叶うことならお嬢様、お坊ちゃまの夏の思い出を私にもお教えくださいませ。私はいつでもティーサロンにてお待ちしております。

六月

休日、お昼頃。

「なんだかハンバーグが食べたい」

それは食品、日用品のお買い物に出ていた私の脳内に突然現れた。
一度気づいてしまうと、なかなか頭から離れない欲望(ハンバーグ)。
その欲は一秒、また一秒、時間が経つことに風船が膨らむように大きくなっていきました。
お昼ご飯を何にするかは特に考えていなかったからそれでもいいかな、と私の思考はハンバーグの方へ引き寄せられていく。
都合のいいことに、パン粉や卵、ひき肉は部屋の冷蔵庫の中に入っており、付け合わせやソースなどを揃えれば難なくハンバーグが食べられる。
点と点が繋がって一本の線になるみたいに、朧気に見えていた道筋が明確になったことで、私のその日のお昼ご飯が決まりました。

決まるや否や、おもちゃを目の前にした子供のように目を輝かせながらブロッコリーにじゃがいも、玉ねぎ等の必要そうなものをカゴに入れていきました。

あらかた買うものも集まりきった頃、ありきたりなアニメーションなどではお決まりでございますが、順調に進んでいるところに難所が現れるものです。

「おろしポン酢にするかデミグラスにするか」

調子良く素材を集める私の目の前に現れたのは本日最大の敵、もといハンバーグにかけるソースでございます。

普段であればおろしポン酢一択ですが、今日は少し濃い味が食べたい。

一つでも選択肢を間違えたらそこで試合が終了してしまうような、謎の緊張感がよぎり額に汗が浮かぶ。
優柔不断というわけではないけど、最高に美味しいハンバーグを作ろうとすると、簡単には決めきれない問題だ!

 

などと、ここまで書いていながら、私は結局卵と鶏のそぼろを白米と一緒にいただきました。

卯月くんは部屋に戻り食材や日用品の片付け整理をしていたら調理がめんどくさくなってしまったようです。

色々考えて、たくさん用意しても、上手くいかないことなんて生きていればざらにございます。

だからこそ、失敗しても次(回以降の自分が)頑張ればいい、その学びの日だったと思うことにいたしました。

もしも今、お嬢様やお坊ちゃまで悩んでいる方がいるならば、あまり頭を抱えず、少し力を抜いてみるのもいいのではないでしょうか。

お嬢様、お坊ちゃまであれば何であれきっと上手くいくのだろうと卯月は思います。

けれど、もしも今日のお昼ご飯で悩んでしまうのなら、使用人一同、美味しい食事と温かい紅茶と一緒にお待ちしておりますので、ご帰宅くださいませ。

5月

お嬢様、お坊ちゃま、ご機嫌麗しゅうございます。

普段歩いている何気ない道でも角度を変えて見てみると少し変わった顔をしていることをご存じでしょうか。

先日、まだ日が登る前、月明かりと街灯だけを頼りに心赴くままに歩いておりました。

明るい時に見えているものが暗がりだと見えない。当たり前のことであるけれど、しかしながら、実際に見てみることで、理解できるものがございます。

ここには小さい花が咲いていたと、ここには少し古びた看板があるなと、ここには少し小洒落た絵が書いてあると、思い返しながら歩く道は普段の道よりも楽しいものがあります。

その少しの変化を知ることで改めて目に見える情報を確かめる楽しさを、今まで目についていなかった新発見を教えてくれることでしょう。

何気ない幸せはいつも近くに潜んでいると聞いたことがありますが、どうやら私は身近な幸せを見つけるのが上手なようでございます。

お嬢様、お坊ちゃまも、普段の道を少しだけ角度を変えて見てはいかがでしょうか?

もしかしたら小さな幸せがそこに潜んでるかもしれません。

四月

お嬢様、お坊ちゃま、ご機嫌麗しゅうございます。

読書が大好きな卯月でございます。

さて、春は出会いの季節と申しますが、お嬢様、お坊ちゃまは良き出会いはございましたか?

私は、素敵な作品に出会うことができました。

主人公は、舞台に立つ役者の卵でございます。
幼い頃に憧れたステージに立つ為に努力を惜しまず、仲間と一歩ずつ成長できる真面目な性格で、壁にぶつかり苦難することがあっても決して諦めることはない熱意あふれる青年でございました。

一つの目標に向かい真っ直ぐ走り続ける、自分の全てを賭けてしまえるその青年に憧れを抱きました。

私も彼のようになりたい、と。

しかし、現実はそう甘くはございません。
困難を乗り越え成長を遂げた彼であっても足を止めてしまい、自身が描いた道のりの遠さに気圧されて、後ろを振り返ってしまうことがございました。

簡単に言えば、新しい舞台の練習中に自身の実力不足に気づいてしまい、さらには周りとの圧倒的な差を目の前で見せつけられたのです。

涙を流しました。

私も、彼も。

しかし、そこで諦めるような主人公ではありませんでした。

まだまだ駆け出しの自分の実力が足りないのは当然のこと、ここで挫けているようでは憧れたステージは夢のまた夢。

挫折するなら出来ることを全部試してから挫折する。

足を止めてしまった主人公がまた一歩前に踏み出した時、私はこの作品の虜になっておりました。
正確にはこの作品の主人公に、でございます。

物語は舞台の大成功で幕を閉じました。

手に汗握る、だけでなく頬を涙で濡らす作品に出会えたことは私にとって何よりも素敵なことでございます。

春は出会いの季節と申しますが、お嬢様、お坊ちゃまは良き出会いはございましたか?

ぜひお屋敷にご帰宅の際は、素敵な出会い(物語)をお聞かせくださいませ。楽しみにお待ちしております。

三月

お嬢様、お坊ちゃま、ご機嫌麗しゅうございます。

お散歩とお星様が大好き卯月でございます。

まだまだ寒い日が続く今日この頃でございますが、お嬢様、お坊ちゃま、いかがお過ごしでございますか?

私は散歩に出かけたり、少し遠くまで羽を伸ばしてみたり、はたまた自室にこもって読書をしたり、自由気ままに過ごしております。もちろん大事なお給仕もお給仕のためのお勉強も怠ってはおりません。

先日、大旦那様より頂いたお休みの日、夕暮れ頃からお月様が頭上に登るまで時の流れに身を任せてぶらりといろんな景色を見に行きました。

頭上には少しばかりの星の輝き。

あいにくオリオン座を見ることは叶いませんでしたが、細々と光り輝き、私はここにいるよと主張するお星様を見れて私は満足しました。

たとえ今日がいい日ではなくても明日は良い日になるかもしれない。

まだまだ一人前には程遠い私でございますが、立派な使用人になる日まであの時見た星のように少しずつでもしっかりと精進して参ります。

お嬢様、お坊ちゃま、
お早いご帰宅をお待ちしております。