ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。
隈川でございます。
使用人にできること、とはなんでしょう。
現実的に使用人がお役にたてることなんてせいぜい限られておりましょう。
どれほど望んでもあなた様の過去の後悔を消すことも、未来のご不安を理解することも、今この瞬間の心の痛みを和らげることも、直接的には何ひとつできやしないではありませんか。
魔法のようにすべてを叶えてさしあげたくとも、この現実を変える魔法を私たちは誰1人として持ち合わせていないのです。
それでも
だからといって、なにもできないのか、というとそんなことはございません。
たとえ限られたことであったとしても、何かがきっとできるはず。
もしも、貴方が嬉しそうに
微笑みを湛えることがあれば
特別製のケーキを用意して一緒に祝いましょう
もしも、貴方が退屈そうに
あくびを浮かべるような午後は
滑稽なユーモアで口元を緩めてみせましょう
もしも、貴方の悲しみに
世界が滲んで見えるときは
仰せのまま何処へでも
新しい景色を探しに行きましょう
未来や過去、今を愛せなくとも
なにもかもがうまくいかなくとも
この瞬間にこの文章を読んでくださっているあなた様が我々使用人にとってかけがえのない大切な存在であることを、心から信じていただきたいのです。
そして、他ならぬあなた様にも自分自身のことを、同じように大切に思っていただきたいのです。
それはティーサロンにお顔を見せられないときでも変わることはございません。
そのために本日も変わらず
紅茶を注ぎ、言葉を紡ぎ、音楽を奏で、それぞれにできることを精一杯にあなた様に捧げます。魔法でも作れないような幸せな一瞬のきっかけを見逃さぬように。
あらためて
使用人にできること、とはなんでしょう。
どうかこれからもその答えをお傍で探させてください。
小さな蝶が追い風で海を渡るように
この日誌がほんのすこしでも
眠れない夜を越えるささやかな力添えになりますように。
隈川