忘れ傘

今日、私は忘れられた。
あんなに大事に持ち歩いてくれていたのに。
私に名前までつけてくれていたのに。
私の主はおっちょこちょいだ。

見知らぬ人が私を見てる。
物欲しそうな目でこちらを伺っている。
きっと私でこの雨を凌ぎたいのだろうけど
私の色はけっこう派手なのだ。

また誰かが近づいてくる
今度はかわいらしい子供だ。
純真無垢な眼差しは出会った頃の主のようで
なんだかちょっと切なくなった。

今度は猫がやってきた。
彼らは正直苦手なんだよなぁ。
こっちは無抵抗なのに意地悪してくるからなぁ
猫の気まぐれに付き合わされる私の図。

いったいここはどこだろう。
あちこち旅を続けて知らない土地に辿り着いた。
知らない人、知らない匂い、知らない空気
私はさながらサスライ傘ってわけか。

でも、
私は一人じゃ帰れない。
誰かが優しく扱ってくれても
私の主はただ一人しかいない。

立てかけられた壁は冷たくて
お空はずっと曇ったままで
あなたの温もりを思い出すと
時間はまるで無限のようです

・・・長いこと私は眠っていたみたい。
目を開けると、私の主がだらしない制服で、
心もとなく涙目で私の前に立っているのが見える。
誰かに必死に感謝を謝罪を繰り返している様子。
ああ、やっと私は戻ってきたのだ。

ここに戻って来れたのも
主の名前と住所が首元にぶら下がってたおかげ。
私には帰る場所がこの先もあるのだから
主みたいに泣いたりはしない。

ただ、
後で主には説教をしてやろう。
私の大切さを再確認してもらおう。
猫の爪で負った傷を見てもらおう。
倒れてついた泥を洗い流してもらおう。

そして、
たくさんの思い出を話してあげよう。
色んな土地の色んな記憶を聞かせてあげよう。

今日は幸運にも雨が降ってるから
帰り道はあなたの懐かしい温もりを近くに感じながら。