敬愛せしお嬢様へ
冬に向けて冷え込む日も続く近日、お屋敷にて読書に勤しまれる日も多いことと思います。
書庫に篭られまして頁を手繰っておられると、時折階下から若きフットマン見習いたちの声が聞こえてくることも多いことでございましょう。
書庫棟はフットマンを志す者たちの教室からも近うございますから、
もし彼らの声が読書の妨げになるようなら仰せくださいませ。
さりとてもし、彼ら若人たちの頑張っている声を微笑ましく思ってくださるのなら
激励などと過ぎた望みはございません。彼らの声に耳を傾けながら読書のお時間を過ごし
次なる世代のお屋敷に想いを馳せていただければ幸いでございます。
ところで
そんなフットマン志願者たちの教室では、教官を担う椎名や時任、伊織や香川たちが日々若者たちを鍛え上げておりますが
一生懸命学ぶ者たちが集えば、その師たるものには彼らからの怒涛のような質問にも答える義務がございます。
曰く姫睡蓮に入っているレモングラスの意図と効能は
曰くドアマンコートに刻まれている左右のスリットには何の意味があるのか
曰くお茶を注ぐ時に高い位置から注ぐという行為は過ちなのか否か
いつか全て取りまとめて活字化すれば本を出版できるのではないかとすら感じておりますが
今宵はそんな彼らからの質問の中でも初期の初期
初めてお屋敷に足を運んだ若者らからよく聞く質問を取り上げて
「今さら聞けないお屋敷の雑学」としてお届けしとうございます。
さて、時任がよく受ける初手の質問といたしまして
初めての授業においてご挨拶もすれば、もちろん自己紹介もするわけですが
「当家ハウススチュワードを務める時任と申します。」
「はうすすちゅわーどって何ですか?」
よく考えたら、それはそう。お外の世界で聞いたことない言葉ですからね。
専門家がよく意識せず専門用語を使い過ぎて余人の理解できない会話をしてしまうという失敗談が良くありますが、教官の立場にありながらその轍を踏んでしまうとは何という不明でございましょうか。
深い反省を込めまして、本日の「今さら聞けないお屋敷の雑学」は
『ハウススチュワードってなぁに?』をお送りさせていただきます。
さて「ハウススチュワードってなぁに?」とご質問いただいた場合
当家では「お屋敷の使用人たちを統括する者」となります。
しかしこう答えますと、授業を受ける若人から返ってくる言葉は大抵
「なるほど、ハウススチュワードって執事長のことなんですね。」でございます。
ブーーー!でございます。
つまり間違いです。
何が違うのかと申しますと、まず執事長という概念は存在致しません。
というのも、そもそも「執事」とは何かと申しますと
中世西洋などの使用人社会において、執事とは「男性使用人たちのトップ」のことを示しておりまして。
フットマンやページボーイや料理人、御者、庭師といった使用人たちを統括するのが「執事」だったわけでございます。
すなわち「執事」=「使用人長」
ここに先ほど発生した執事長という言葉を持ち出して連立方程式風に代入しますと
「執事長」→「使用人長長」という意味のわからないことになってしまいます。
要するに
・執事という言葉がすでに使用人たちの長という意味になっている
・そのため、一つのお屋敷に執事は普通一人しかおらず、必然的に「執事長」という存在もない。
ということになるわけです。
しかし当家スワロウテイルにおいては、お嬢様も大変多くいらっしゃいますゆえ
複数の執事が交代で勤めるという、稀有な状況が発生しており
その総合的な統括として、ハウススチュワード等が必要となったわけでございます。
‥あれ?やっぱり執事長で良いんじゃないかな‥
まぁ、違うと申した以上は違ういうことでお願い致します。
では、そんな「ハウススチュワード」とは何なのでしょうか。
中世使用人社会において、「ハウススチュワード」とは
王家や公爵クラスの大貴族のみに見られた、特殊なタイプの執事でございます。
王家や大貴族の方々ですと、広大な領地の数カ所に邸宅をお持ちだったり
領地が広過ぎてご自身だけでは管理できなかったり致しました。
そんな状況において、大旦那様のような方が
「もう、全部は見てられんから
この屋敷(城)は君に任せるんで全部管理してね!」と、全責を与えて任せてしまうこともございまして
このように、主人から全責を預かり、邸宅など丸々一つを預かり管理するものを「ハウススチュワード」と呼んだそうでございます。
因みに、邸宅やお城だけでなく、領地まで丸々預けて管理させた場合「ランドスチュワード」と呼ぶようでございまして
さらに余談でございますが、現在日本にも残る、国に代わって各都道府県を管理する知事制度などはこの名残でございます。
すなわち
ハウススチュワードとは、大旦那さまに代わってこのお屋敷・ティーサロンを預かる大任を担った者たちでございます。
流石に大任が過ぎて、お屋敷においては複数のハウススチュワードがそれぞれの職責を分担しておりますが、
胸にいただいたダイヤモンドの襟章に賭けまして、その全力をお屋敷に捧げておりますゆえ
何かお困りのことがあれば、何なりとお屋敷のスチュワードたちにお申し付けくださいませ。
と言うわけでございまして。
ここはテストに出ますから、しっかりアンダーラインを引いていただき復習なさるようにお願い致します。
それでは本日の授業はここまでです。
皆さま、寄り道夜更かし夜遊びせず、まっすぐ帰って暖かくしてお休みくださいませ。