桜とアイス

お嬢様、お坊ちゃまご機嫌麗しゅうございます。

冴島でございます。

4月に入り新年度が始まり世の中では新入学や新社会人と思しき方々も見かける頃でございますがいかがお過ごしでしょうか。

桜も連日続いた雨に負けず意外ともってございましたね。

私も自室のそばに咲く桜を楽しみました。

この時期お嬢様、お坊ちゃまもお忙しいかと存じますが是非少しでもお時間がございましたらひとときでも落ち着いた時間を過ごしに当家ティーサロンにお戻りくださいませ。

今月は温かい紅茶と共に私が監修させていただいたアップルパイ風のアイスも用意してお帰りをお待ちしております。

 

冴島

暦を新たに

甘酒づくりが習慣づき、ずっと作り置きを続けております。

伊織でございます。

 

 

4月を迎え、環境や立場に変化の生じるお嬢様もいらっしゃるかと存じます。

不安を感じることも多い時期であることも確かですが、先々への希望を忘れずにお過ごしいただきたいものです。

 

不安を感じるというのは決しておかしなことではありません。

新しいこと、知らないことに臨んで不安を感じない方が心の働きとしては不自然なことではないでしょうか。

そうした不安をどうか必要以上に取り上げ、大きな障害だと思わずにいただきたいのですが、言うは易しということも重重承知しております。

 

世の中にはたくさんの先輩方がおり、今感じられている不安を乗り越えてきたご経験をお持ちです。

素直に相談されることも大切です。

ご自身だけで立ち向かおうというのではなく、そうした先輩方のご経験を糧にすることもよろしいのではないのでしょうか。

実際に話を聞いてみたら一週間悩んでいたことが10分で解決した、なんてこともあるかもしれません。

 

来年また桜が咲く頃には、お嬢様ご自身が先輩としてご相談を受ける側になっているかもしれません。

初心を忘れずとは、常に自身が前を向くためだけの言葉とは思いません。

後ろを振り向き、後をついてくる者への気持ちを理解するための言葉でもあるのでしょう。

 

お嬢様のご活躍を心から祈っております。

透明

本日の執務、無事に終了いたしました。

完璧。実に完璧な一日。

——だからこそ、最後の一手を誤るわけにはまいりません。

 

夜の街へ出る。暖簾の灯り、漂う香り、人々のざわめき。すべてが「一杯どうだ」と語りかけてくる。

 

私は、立ち止まる。

 

——何を飲む。

 

ビールか。

焼酎か。

それともハイボールか。

 

三つ巴。これは厄介でございます。

 

まずビール。

あの一口目の爽快感。もはや説明不要。喉が「それだ」と叫んでいる。

——だが、強すぎる。一撃で満足してしまう危険。

 

次に焼酎。

ロックで静かに嗜む、あの深み。時間とともに変わる表情。

——だが、初手からは渋い。今の自分にその覚悟があるか。

 

そしてハイボール。

軽やか。爽やか。どこまでも飲めてしまうあの危うさ。

——だが、軽すぎるのではないか。記憶に残らぬ夜になるやもしれぬ。

 

私は暖簾の前で完全に停止いたしました。

 

通行人が、二度見している。

気にしている場合ではございません。これは戦でございます。

 

——爽快か。

——深みか。

——軽やかさか。

 

三者三様、いずれも正解であり、同時に不正解。

 

思考が渦を巻く。

 

「いや、待て。順番という手もあるのではないか」

 

ビールで開き、ハイボールで流し、焼酎で締める。

——完璧ではないか。

 

……いや。

 

それは“飲みすぎ”でございます。

 

自分で自分に突っ込むという、珍しい事態。だが冷静にならねばならない。

 

では、どれか一つ。

 

ビールか。

焼酎か。

ハイボールか。

 

——決めきれない。

 

私は一歩前へ出る。暖簾に手をかける。

その瞬間、ふと気づく。

 

……喉、そこまで乾いているか?

 

立ち止まる。

 

いや、確かに乾いてはいる。だがそれは、「どうしても酒でなければならない渇き」なのか。

 

頭の中で、三つのグラスがゆっくりと遠ざかっていく。

 

ビールの泡がしぼむ。

焼酎の氷が溶ける。

ハイボールの炭酸が抜ける。

 

——あれ?

 

急に、どうでもよくなってきた。

 

私はそっと暖簾から手を離しました。

 

そして、くるりと踵を返す。

 

結論。

 

ビールでもなく、焼酎でもなく、ハイボールでもない。

 

——水でよろしい。

 

いや、むしろ水がいい。

 

圧倒的な安さ、翌日のコンディション、そして罪悪感ゼロ。

すべてを兼ね備えた、真の万能選手。

 

ここまで悩んで、最終的に水。

 

……我ながら、見事な遠回りでございます。

 

夜風に当たりながら、私は小さく頷きました。

 

——本日の一杯、白紙。

 

いや。

 

——透明にございます。

春をこえて

影山でございます。
春に色々な想いを抱きます。

わたくしは桜がとても好きでして、

毎年桜をただ見つめて時間を過ごす事がございます。

そんなわたくしでしたが、

去年、
桜がキーポイントにもなっていた舞台公演を経た結果、

桜を見てその光景を思い出すようになりました。

 

『友情』

一言で言えば簡単ですが、
言葉だけでは伝えきれない熱いものがございます。

桜を見ると
会いたくなります。

ですが、会いたくても会えないことがこの世の中には沢山ございます。

自分に恥じない生き方をすることがせめてもの救いになるのではないか。

そう想いながら

わたくしは桜を見上げます。

お嬢様が
会いたい人にお会い出来ますように。

咲きうつろう

開きし花もやわらかく煌めく春光のもと、気ぜわしい春風に身をゆだねる日々。

お嬢様方、いかがお過ごしでございましょうか。

 

香川でございます。

 

 

ややもすると変化のわかりづらい毎日の中で、桜舞う光景は否応なくひととせ過ぎ去った現実を突きつけてまいります。

 

 

とはいえ連続する一日一日の先に次の桜がいるのもまた事実。

 

 

焦りより今を大切に過ごすことの重要さも、揺蕩う花びらは説いているのでございましょうか。

 

 

とある統計によりますと、どの年代の方々も自分はあと10年は生きるだろうと思いながら生活しているのだそうでございます。

 

 

世界が再構築される中、10年先の桜を愛でるために。

兎にも角にも心身の安定をはかることからであろうかと存じます。

 

 

一息つける時間と空間を。

次の日の活力を得ていただくためのお給仕を。

 

 

当家のレディーとしてご活躍されるお背中を、そっと支えられますように。

 

 

いつでもお帰りをお待ちしております。

わたぬき執事の日

敬愛せしお嬢様へ

今年の桜も綺麗でございましたね。
時任はこの季節あまりお外を出歩けませんので、道すがらに眺める程度ではございますが
名所で艶やかに咲き誇る桜も、街中でふと見かけるひっそりと咲く桜もそれぞれに美しく
また望めるならば桜の下で友人たちと盃を酌み交わしたいものだと、ふと郷愁に駆られたりも致しました。

そんなお花見でございますが、元々は桜ではなく梅を愛でる宴が起源だそうでございます。

奈良の貴族たちが冬の終わりに、丹念に育てた庭園の梅を愛でる宴を催す習慣があったそうでして。風情があってよろしいことではありますが、さぞ寒かったろうにと余計な感想も抱いてしまいました。

それが桜に移り変わって行った切っ掛けは、豊作を祈る庶民の祭事だったそうでございます。
元々、「桜」の語源は「作神の御座」‥田圃の神様がひととき休まれる場所という意味でして
桜の咲く時期に豊作を請い願っていた民の催事がいつしか貴族の梅見の宴に混じり合い
貴族・庶民共に現在のようなお花見の習慣へと移り変わっていったようでございます。

様々な歴史を紐解くと、何かと何かの祭事が混じり合ってしまうことは意外と多いのでございますね。ハロウィンもそのような感じでございましたし。

数百年後の日本ではうっかりするとクリスマスとお正月が混じってしまっているかもしれません。
メリーニューイヤー?それともハッピーニュークリスマスでしょうか。
おせちのデザートにショートケーキをいただくフルコース。イルミネーション門松。お年玉を配り歩くサンタクロース。

‥ちょっと見てみたいですね。

風に桜の花びらが舞い飛ぶ中、そんな馬鹿げたことを思う朝でございました。

 

 

 

お屋敷の催しも、時期が近しいものが混じりあったりするのでしょうか

エイプリルフール開館記念日?
わたぬき執事の日?

 

 

‥‥うん。

 

 

 

混ぜるのやめよう。

古谷でございます

すっかり花見日和。
お嬢様はもう、この春の彩りをご覧になりましたでしょうか。

五年ほど前の執事日誌をふと思い出します。

流行り病が世に広がり
人と肩を並べて満開の桜を囲むことも、祝いの席で杯を交わすことさえ叶わぬ頃。

ただ遠くより見上げるばかりの、あの閉塞感のある季節の中

いつの日か何のの憂いもなくこの景色を分かち合える日をひたすらに思い描いておりました。

願い続けることの尊さ。
そして、歩みを止めぬことの尊さを。

今年は、薄紅に染まる景色の美しさに加え、そんな想いを抱いてしまいます。