お嬢様への手紙 ~ 爽やかな朝

おはようございます、お嬢様。時任でございます。


おやおや、まだおねむでございますか?どうかお目覚めくださいませ。
今日もよい天気でございますよ。
さぁ、カーテンをお開きいたしましょう。
爽やかな朝日を浴びれば、眠気など吹き飛びますよ。





本日は空気も大変澄んでいる様でございます。少しだけ窓をお開けしましょうか。
…おや、心地好い涼しさでございますよ?
冬の寒さも少しずつ和らいできたようでございますね。
そろそろ、衣装室のお召し物を初春用に取り替えるよう、女給頭に申し付けておきましょうか。


…おやおや、お嬢様。ちゃんとお目覚めなさっておられますか?
そのように呆然となさって…いかがなさいましたか?
何を、とてつもなく不思議かつ不自然なものを目撃したようなお顔をなさっておられるのですか。


「あれ?時任?」って…ええ、時任でございますよ?


執事がねぼすけのお嬢様を起こしに伺うのは当たり前でございましょう。何を不思議そうになさっておられるのですか。


さぁ、目を覚ましてくださいませ。
今朝の紅茶はヴィクトリアガーデンをご用意いたしました。
本日は、朝食もこちらへお持ちしておきました。カリカリに焼き上げたトーストとベーコン、ふわふわのスクランブルエッグ。そして自家製のとれたてサラダでございますよ。


今朝の朝刊はこちらにございます。
朝露に濡れてはございましたが、ページボーイに命じましてしっかりとアイロンをかけさせてございます。お読みになり辛いところなどございますか?
今朝のトピックでございますか?


左様でございますね…株式は上々、大旦那様も常々仰せの通り、亜細亜の経済模様が特に興味深い様子ですが、当家ほどの大投資家が安易に手を出しますと、世界の経済バランスに支障をきたすかと存じます。


スポーツでございますか?当家がオーナーである新プロ野球チーム『池袋スワロウズ』は昨夜の試合も快勝しておりますよ。


他にでございますか?
稀少生物の北極ペンギンが、七匹の雛を産んだそうでございます。
そちらに写真がございましょう?
…可愛い?それはようございました。全国的にも人気の生物でございます。
…二匹ほど飼いたい?


……承知いたしました。なんとか致しましょう。




それでは本日のご予定でございます。
本日は9時25分よりイタリア及びスペインの外務大臣からのアポイントメントがございます。領海に関する取り決めの裁断にオブザーバーとして意見を求められるかと存じます。国際記者への対外コメントもご用意くださいませ。


11時間05分よりお勉強のお時間でございます。各科目の専門教授を選りすぐってございます。こちら12時20分までに経済学と近代歴史、ケイオス関数理論の講義を同時に行いますゆえ、全てしっかりとご理解くださいませ。

12時22分より当家来賓館にて、前後三代総理の奥様がたとランチのお約束がございます。ファーストレディの心得をみっちりと三重奏でお聞かせ下さるとの仰せでございます。楽しみでございますね。


13時45分より乗馬のお時間でございます。当家育成が心血を注いだ世界最高速の馬「ふぉーみゅらー」の初調教だそうでございます。
…コーナーリングにお気を付けくださいませ。
そして14時58分より英国のベアトリス婦人とのお茶会がございまして、16時04分よりスワロウ杯プロサッカーリーグのオープニング式典にて訓示をお願いいたします。
17時24分より剣術の稽古。18時55分より当家経営企業の報告会がございまして~(中略)~そして23時22分に就寝のご予定でございます。


それでは、朝食もお済みのようでございますね。今朝のクロワッサンの焼き加減は如何でございましたか?お気に召して頂けるとよいのですが


それでは、このあとの会談と取材の衣装はこちらに用意してございます。


皆様お待ちかねでございますので、ご準備が整いましたら、お庭に待機しております馬車にお乗り込み下さいませ。


…おや?もうよろしゅうございましたか?
さすがでございます。真に尊き方は時の大事さをよく知ると申します。感服いたしました。


それでは、お気を付けてお出かけ下さいませ。経済学、近代歴史、ケイオス関数の教授と、北極ペンギンを御用意して、御戻りをお待ちしております。


いってらっしゃいませ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




椎名「と、模範演技はこんなところでしょう。
スワロウテイルの執事たるもの、こんな具合に朝からキビキビと立ち振る舞って然るべきかと思うのだがね、時任くん?」


時任「………朝は眩しいから嫌いでございます。」


…はい。場面は漸く現実へと戻ってまいりました。


ここは、さわやかな朝の窓辺ではなく。
忌まわしき日光など届くはずもない場所でございます。
ここちよい闇に満たされた、私の自室たる地下室。
秒針の音を響かせる壁時計は、既に朝と呼ぶにはやや遅い時間を示してございます。


寝床の蓋をブチ開けられて、
寝ぼけまなこで半身を起こした私の前に、角灯を掲げて立っているのは、椎名執事。


椎名「いかんね。いかんよ時任くん。執事たるもの主人より遥か早く目覚めて総ての用意を整えておくのが本来でしょう?」
時任「………早起きと納豆は苦手です。」




私ども執事の筆頭たる彼は、弱音を吐く私をたしなめるように指を振ると、その一分の隙もない明瞭な声でお話の続きを始めました。


椎名「そう、そんな君に一人前の執事になって貰うために、今朝のサロンのお迎えは特別に…時任くん、君に任せようと思うんですよ。」
時任「……私、朝日とともに眠るので、先程寝はじめた所なのですが。」




椎名「そういうことだから頑張ってください。成果を期待してますよ。」
時任「………はい。」


なまじ椎名執事の場合、本気で私どもの成長を考えに考えて仰せなので、反論する術もなく。


私はもそもそとモーニングを纏い、魂を寝床に残したまま、朝日を避けるように影を伝ってサロンのお勤めへと向かうのでございます。


ですからお嬢様。
朝一番に時任がおりましたら。


時任の身体に魂が帰還するまでの間、多少言動がおかしくとも、生暖かく見守ってやってくださいませ。


いえ、
お帰りはいつでも心からお待ちしておりますとも。
ただ若干。
朝は反応が鈍いだけでございます。


ああ。でも。
やはり執事たるもの、朝から影のようにお嬢様にお仕えして然るべきでございましょうか。


うう。


……がんばります。