もう随分と以前のことでございますが、学生の時分に英作文を
認める授業がございました。
文中に「風が光る」という表現を織り込みましたところ、
「風は光るものではない、吹くものだ」と、苦笑混じりに指摘
されたことが印象に残っております。
英語にそのような表現が存在するのかどうか、わたくしの知識
では知るところではございませんが、雪を花にたとえて表すことの
できる言語を第一カ国語として生まれたことを嬉しく思います。
どうも東京に降る雪は、美しい情景よりも現実的な悩みばかりを
思わせてなりません。
お足元には十二分にお気を付け下さいませ。
伊織でございます。
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カテゴリー: 伊織
耳をすませて
わたくしの好みの花のひとつである水仙が、花壇を水辺を
彩っております。その細い首もとにまつわる冷たい風が、
暖かな季節を迎えるまでに、今しばらくの辛抱が必要であると
教えてくれました。
暖炉の火はまだまだ絶やすわけにはいかないようです。
新しい薪を補っておきましょう。
伊織でございます。
寒を楽しむ散歩道
めくる暦も残りが知れて参りました。
そこかしこで年の終わりが叫ばれておりますが、忘れて
ならないのは迎える年の準備でございます。
終わりと始めがともにやってくるこの時期、師走とは
よく言ったもので、わたくし共フットマンのみならず、
執事連もまた足早に廊下を急ぐ姿を目にいたします。
にぎやかさを増す街路にお疲れでしたら、温かな紅茶で
一息お休みくださいませ。
いつでもお帰りをお待ちしております。
伊織でございます。
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主役は花から色づく葉へと
金木犀が散ったのはいつのことでしょう。
桜のように盛大に散りゆく姿を見せる花もあれば、隠れて匂い、
人知れず散りゆく花もございます。
晴れの姿を見ることもままならず、最期すら見届けられない
なんて、こんな心残りがございましょうか。
いよいよ外套の必要な時期となってまいりました。
日の陰りも早うございます。
どうかお早くご帰宅くださいませ。
寝起きで、わたくしの言葉など水上の耳に届いてはいないと
思っていた伊織でございます。
迷子のままで
犬や猫、はたまた金魚や雀は、どんなことを思って日々を
過ごしているのでしょう。
彼らに、記憶するという能力があることは確かでしょうが、
その記憶の中に、思い出と呼べる類のものは存在するのでしょうか。
過去を思って一喜一憂する――それは人間だけの持つ心の作用なので
ありましょうか。
持っているのは、手帳にペンに歳時記ひとつ――。
嫁菜の花咲くあぜ道は、視界の限り通る者も稲刈る者もおりはしません。
こんな所で迷っているから、さみしい作り話ばかりが頭に浮かんで
くるのでしょう。
散歩とは、なにも無計画に歩くことではございません。ようやく学んだ
気がいたします。
お体を冷やされてはおりませんか。
すぐに温かなお茶をお持ちいたしますので、お声がけくださいませ。
伊織でございます。
橋のない河
空には鈍色が差し、しばらくぶりの雨模様でございますね。
ようやく寝覚めのよい季節がやってまいりました。
陳列窓に並ぶのは、外套を着た人台の列――早晩必要にはなり
ましょうが、まだまだ暑さの戻りに油断はできません。
しかし自然の理とは不思議なもので、野の花木はそれでもきちんと
暦を数え、時期を違わず主役の舞台へと上がってまいります。
お嬢様、いかがお過ごしでございますか。
伊織でございます。
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宇宙こま
何ごとも決めつけてかかるのは良いことではないと、学童の
時分に教わったことを思い出しました。
早くに教わる物事ほど肝要なこともございません。
しかし、今年の暑気のなんと頑ななことでしょう。
暑気を払えと、柳蔭のひとつもあおりたいものでございますが、
さすがにお嬢様にはお持ちするわけには参りませんか。
冷やし飴か酸梅湯でもお持ちいたしましょう。
ご機嫌いかがでございますか。
伊織でございます。