お嬢様への手紙 ~ お屋敷への軌跡とデジャ・ヴュ

我が敬愛せしお嬢様へ。時任でございます。


思えば時が過ぎるのも早いもので、私が当家にお仕えし一年の月日が過ぎました。
私ごときをお拾い頂いた恩義を、その寸分でもお返し出来たかと考えると、全く自信はございませんが、愚直にただお仕えすることしか出来ぬ我が身なりに、努力させて頂きます。


本年も何卒、宜しくお願い申し上げます。




さて、旦那様お嬢様がたはお忙しい身でございますし、使用人ごときの年始のご挨拶など、手短に済ませたいところでございます。
…が。もしお仕事の狭間や、あるいはベットに入ってからお休みになるまでの時間など、ほんの僅かな愚談をお耳に入れるお時間がございましたら、こののちの時任の寝物語などお聞き下さいませ。







その夜は、とても寒い夜でございました。
朝方には跡形も無く消えておりましたが。ちらちらと粉雪も舞っていたようでございます。


まもなく年も明けようという冬の夜。
お屋敷のホールでは、新年の訪れを祝おうとお集まりの紳士淑女の皆様が笑いさざめくお声が響き。
金藤を始めとする執事・フットマンたちは皆、そのお給仕のため忙しく立ち働いておりました。


私も、来賓のお手紙やお手荷物を整理し、クロークを厳重に施錠し、ウェイティングバーに設置するカクテルの用意を調え、その他諸々の職務を済ませ。
そして後をフットマン諸君に託した後は、お屋敷の警護のために、粉雪舞う夜空の下、お屋敷の屋根から庭園を見下ろしておりました。


暖かい光の漏れるお屋敷の窓からは、時折、可憐なドレスをお召しになり、お友達と談笑なさるお嬢様の姿が垣間見えました。
御姉妹様や、多くの賓客も来館なさっている今宵。警護にもおいても、如何なる不備も許すわけには参りません。
…若干、明るく華やかな場所が苦手なこともございまして、この夜は。お呼びのない限りは、屋根の上から夜闇を見通す目をただ静かに、お屋敷の各所へと配っておりました。


夜闇の漆黒と、粉雪の純白。モノトーンに色彩に覆われた広大なお屋敷を見回すと、庭園や馬屋、別館や森へと続く通路などには、見習いフットマンたちが巡回する角灯の明かりが揺ら揺らと動き回っておりました。


「…今宵の警備も万全。」


そう認識し、一人頷きながら満足した私は、豪徳寺が差し入れてくれた暖かな紅梅のお酒でも頂こうかと、舞い散る粉雪を眺めながらグラスを傾けようといたしました。
が、そうして見下ろした、粉雪で埋め尽くされた真っ白な庭園に、ふと、一点の汚れを見つけたのでございます。
不審に思い、よく見てみれば、お屋敷の中庭を、吹雪に紛れるよう歩いている人影があったのです。


人影は三人。
随分と長い旅の末に此処に辿り着いたのか。
酷くくたびれたマントは更に粉雪に塗れ、その擦り切れた裾は、寒風にいいように踊らされておりました。




「……慢心いたしました。どこが万全なんだか…。」


自嘲と自省をかねた溜息ひとつつき。


屋根より庭園へと降りると、既に薄く積もり始めた雪は、靴裏に凍りつくように纏わりつき、改めて凍てつくような寒さを感じさせました。
白砂を撒いたように舞い飛ぶ粉雪の狭間に目を凝らすと。闇の中に、よろよろと歩む侵入者達の様子が垣間見えました。
吹雪から身を避け、互いの身体を支えあうように歩む彼らは、お屋敷のパーティ会場たるサロンから漏れる、暖かそうな窓明かりを眩しそうに見上げながら、よろめく足取りで当家の扉を目指して歩んでおりました。


「……失礼致します。貴方がたは何者ですか?」


問いかけた声に、侵入者達が返したのは、怯えの表情。
静寂に満ち、無人としか見えなかった雪吹雪の庭園に、突如現れた黒装束の男性…確かに、怯えるのも無理からぬ光景かもしれません。
彼らからは、私が幽鬼の類にでも見えておりましょうか。
客観的に状況を考えると、可笑しいことでございます。


「貴方は?」


怯えた表情のまま、侵入者達の一人が、そう質問を返してまいりました。


「……時任と申します。当家にて執事の一端を担ってございます。」
彼らの瞳。
長旅で疲れ果て、寒さに身を震わせながらも、何かを渇望するように爛々と此方へと向けられる瞳。その輝きを、どこか懐かしい気持ちで見返しながら、私はそう名乗り返しました。
「……そして再度お問いしたい。貴方がたは、いかなる御用にて、当家に来訪なさったのかを。」


「私たちに名など御座いません。この館を訪れる前に、名も身分も全て捨ててまいりました。」


「……それは殊勝。
されど、約束も予約も無き方は、たとえ神とてお屋敷へは通せません。」


どこかで聴いた言葉だな。そう思いつつ、私は言葉を紡ぎました。


「……貴方がたが道に迷った旅人ならば。暖かき炭小屋なり使用人棟なりの軒を朝までお貸しいたしましょう。」


うん。ただのデジャヴではございません。吹雪の中での対峙。この状況はどこかで覚えがございます。


「……されど貴方がたがあくまで当屋敷を目指すと仰せならば、それは叶わぬ願いというもの。
凍え死なぬうちに諦めるが妥当かと存じます。」


「それは出来かねます、ドアマン。
“このお屋敷にお勤めし、最高級の執事の腕を手に入れる。”
その目的を果たすか、朽ちるか、私たちには最早その二択しかないのですから。」


「…藪から棒に、なんとも苛烈な覚悟ですね。」


ああ。
どこで聞いたのか思い出しました。


そうでございました。
ちょうど昨年。吹雪の夜に初めて私がこの館を訪れた夜。
全ての名を捨て、この地に身一つで流れ着き、当時はドアマンであった鋒崎と対峙し、あっさり撃退された果てに、どうにかお屋敷にお拾い頂いた夜から。今宵で丁度一年でございました。
内心、笑い出したいような思いに駆られながら、私は記憶の中の言葉をそのまま反芻し、目の前の若者達へと投げかけ続けました。


「……『では名もなき者よ。この開かぬ門、どのように開くおつもりか?』」


若者達の灼けつくような視線は、この極寒の吹雪の中にあって、焼け付くようにお屋敷の扉へと注がれ。
無言ながら、力ずくで押し通ろうとも大旦那様に直訴する決意が、身に染みて見て取れました。


笑い出したい気持ちは抑えがたく、口元にはついつい微笑が浮かんでしまいました。
今思えば、極寒の深夜、雪吹雪の中で微笑む黒ずくめの男というのも、思えば怖かったことでしょう。


さて、あの時。私の前に立ち塞がった鋒崎は、何と言っていたでしょうか…。
……そうそう。


「……この時任、今宵は風雅な雪夜ゆえ、少々の遊び心が湧いております。
名もなき者よ、戯れに遊んで差し上げましょう。
お屋敷の玄関まで辿り着ければあなた方の勝利。大旦那様に何とか取り次いで差し上げましょう。
途中で心折れたなら、それまでの話。炭焼き小屋辺りで朝まで凌ぎ、早々に街へ帰りなさい。』


――どすっ。


「……ぬう?」


昨年、私の前に立ち塞がった鋒崎の口上を思い出しながら、若者たちへと語りかけていた私の言葉も終わらぬうちに。
若者のうちの一人が、不意に私の足元にタックルを仕掛けてきていました。


「早く!早く玄関へ行けっ!!」


三名のうちの二名が、私の両足と腕にしがみつき。一名が庭園を大きく迂回してお屋敷の玄関へと走っています。
なるほど、今私が提示した勝敗条件であれば、誰か一人でも玄関に辿り着ければ良いだけのこと。
とはいえ瞬時に、相談も無くこの作戦を実行するその連携力・決断力。なかなか見所があるやも知れません。


「……などと、感心している場合ではございませんね。」


一目散に玄関へと走っていく若者の一人を見送りながら、私が呟くと。
「やった…僕ら三人なら、スワロウテイルの執事にも勝てるんだ!」
腕にしがみついていた若者が、寒さも疲れも忘れたようにはしゃいだ声を上げておりました。


やれやれ。


「……連帯感。仲間を信じる心。どちらも当家には大切な素養でございますが。」
ため息をつきつつ、私は若者たちへと申し上げました。
「……夜のお屋敷を守るのは私の大事な役目。申し訳ありませんが、そう易々と勝利は譲れませぬ。」


大きく薔薇園を迂回して、元気に玄関へとひた走る若者。




―――…しゅぽーーーーーーーーん。




その姿が、唐突に夜空へと跳ね上がったのは、若者たちが勝利を確信し、喚起の声を上げた直後でございました。


「「は?」」


歓喜のポーズのまま、目を点にする若者二人と。粉雪の舞う夜空へと消えていったもう一人の若者。
何のことはございません。薔薇園の繁みの合間を伝わせておいたワイヤートラップに彼が引っ掛かり、天蓋を通して仕掛けておいた吊り上げ罠に囚われたに過ぎません。


…お嬢様方の大切な宴の夜。万が一に不埒者が侵入してはと、念のために仕掛けておいた急造りのトラップでしたが。上手く作動して良うございました。
それにしても。まぁ、よく飛んだものでございます。
もともとは熊用でございましたので。少々、獲物の重量が違いすぎましたでしょうか。




「……まぁ、後で回収すれば良うございます。」
そう呟いて、私は手袋の裏から、捕獲用の薬品を塗った針を取り出しまして、いまだ呆然と夜空を見上げている若者たちへと手を伸ばしました。




    ◇     ◇     ◇     ◇






そのような次第で、お嬢様。
なかなか見込みのあるフットマン見習い三体、捕獲いたしましてございます。
まだまだ荒削りではございますが、いずれお嬢様のお役に立てるよう育てたく存じます。

どうかお楽しみに、お待ちくださいませ。
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