日誌

ご機嫌麗しゅう、お嬢様。
隈川でございます。

おや、どうかなさいましたか?
怪訝なお顔をなさって。

…ご夕食にお好きじゃない食べ物があるのですか。そのように仰らず、栄養価を考えますとバランスよく召しあがるのが一番でございますよ。

まぁ、たしかにお嬢様にはいつも好物だけをお楽しみいただきたいという気持ちが個人的にはございますが、シェフにはシェフの矜持があるのです。

でも、私なんかは自炊歴が長いので好きなものを好きなときに食べてしまうのですけれど、それはそれで考えものなのですよ。

私は小さなころグラタンが大好物だったのですが、グラタンというお料理の性質上一人前の量が決まっておりまして、たくさん食べたくともおかわりが難しいのです。

え?なんで大皿で大量に焼かなかったのか?一般家庭にはお屋敷のような大きなオーブンはないのですよ、お嬢様。

話が逸れました。
そうそう、それで子どもの頃の私はグラタンのおかわりに憧れていたのですね。

そしていまは大人になり自炊をするようになり、ノンフライヤーを使ったグラタンを手軽に作れるようになったわけですが、これが面白いことに逆にあまり食べなくなってしまったのでございます。

好きなら毎日食べたらいいじゃない、と思われますか?
私もそう思い最初のうちはよく焼いていたのですけれど、好きなときに好きなだけ食べられるようになったら、なんだか食指が伸びにくくなってしまいまして。

もちろん今も好物ではあるのですがね、グラタン。

…まあ、何が申しあげたいかといいますと、不自由の中でこそ増す喜びもあるということでございます。

本日召しあがった苦手な食べ物が明日の好物の魅力を引き立てるかもしれませ…え??「じゃあ、隈川が代わりにこれ食べて、明日グラタンを焼いたらいいじゃない」ですか?

えー…私は好き嫌いがございませんから別に困りませんけれど…
主人の食事に手をつけるだなんて使用人には決して許されることでは…うーん、そこまで仰るならば
じ、じゃあ一口だけ…

…やはりやめておきます、厨房からシェフが顔を出してこちらを見てますね。

隈川