それは数十年前に夢見ていたもの

敬愛せしお嬢様へ
暑くなったり寒くなったりと、春への階段とはいえ高低差が激しい日々、いかがお過ごしでございましょうか。

こう気候が厳しいと、お暇を頂いた日もいつものような散策へと足が向かず、ついつい別邸に引きこもってしまいますが
先日、若き友人からぜひ試して欲しいとお招きを頂き、近代の「メタバースゲーム」なるものを体験させて頂きました。

近代の流行りにあまりに疎く、具体的なタイトルや種類までは記憶できませんでしたが
メタバースゲームというものは、ゲーム内に広大な仮初の世界を作り上げ、
その中を自由に冒険できるというものだそうです。

今でこそ様々な催しにおいて『時任ゲーム』なるものに携わらせていただいてございますが実はこの時任め、まだ大旦那様にお拾い頂くよりも遥か前、若き時分にソフトウェアなどに少々関わったことがございます。
当時あまりに限られた容積の中に少しでも楽しんで頂ける冒険を詰め込もうと四苦八苦しておりました私にとって、当時から夢想しておりました「現実とみまごうような広い世界」「異世界を自由に動き回り冒険できる空間」というものが、時代を経て現実化していることに、それはもう大きな衝撃と感動を得たものでございます。

幾つか体験させて頂いたのですが、ひとつはスタンダートな「剣と魔法の世界」。
このところ相次いで安らかに眠られた巨匠が優美に彩られたかの高名な竜と相対する冒険を先駆とする様々な小さな箱の中で、少年少女の時代に小さな冒険を楽しまれた思い出をお持ちの方も世代問わず多いのではないでしょうか。

それが今や、

人々が笑いざわめく西洋風の街並み、地平の果てまで雄大に続く山河や草原、森の奥に隠れていた古代の巨大遺跡、地下深くに続く神秘的な迷宮、その最奥で待ち構えていた天を突くような大きなドラゴン‥‥
その全てがまるで映画のように現実のように生き生きと展開されていく様は驚愕に尽きました。
そりゃ今の子供達が、ゲームは一日一時間なんぞで我慢できないはずでございます。

もうひとつ体験させて頂いたのは、映画「ブレードランナー」のような荒廃した未来都市でのメタバースゲーム。
古い趣味で申し訳ございませんが、作家ウィリアム・フォード・ギブスンをこよなく愛する私としては、この映画の世界のような荒廃した都市が丸ごと広々と画面の中に収まっていて
その中に住むブルジョワジーからギャングまで多彩な人々と自由に交流できるこの作品には、しばし時間を忘れるほど楽しませて頂きました。

国際色がごっちゃに混じり合い、何カ国もの言語のネオンサインが空を埋めるストリート。
そのさらに奥の空には、摩天楼のような巨大企業ビルが立ち並び、
3Dモニターのニュースキャスターが悲惨な国際情勢を訴える目の前を、ホログラフの錦鯉が優雅に夜空を泳いでいく‥‥

‥‥いやもう、ちょっとした観光旅行でございました。

正直、これにバーチャルモニターやらの技術が加わった日には
人類はもう外出しなくなるのではないかと危惧するほどでございます。

いやいや、借り物ではございますが、これは至福の娯楽でございますね。
もう少し、後学のため、お嬢様方のお役に立てるよう、もうちょっとだけ遊んでみましょうか‥‥

‥‥あ痛っ!

おやつの時間も忘れてモニターに向かってしまうと
容赦なく愛猫に踵を噛まれてしまうのだと思い知りました。

娯楽の発展は素晴らしいことでございますが、
お嬢様方もどうか、日常とのバランスは大事になさってくださいませ。