空と地と、季節の境で

いかがお過ごしでしょうか、伊織でございます。
9月も半ば、野の草木も花の盛りを終え、結んだ実をはぐくみ始めたようです。

夏の休暇を華々しく楽しまれたお嬢様方も、秋はあらゆる芸術に触れ、ご自身の中で智と教養を結実させる絶好の時期でございます。
豊かな実りある季節となりますように。

多くの花が名残を惜しみつつ姿を消していくとは申しましても、まだ陽も高く気温も高く、ややもすれば合唱に間に合わなかった蝉のひとり歌が聞こえてきたりもいたします。

なにもかもが力強く極彩色に満ちていた夏から一変、秋という季節はなにかと物憂い印象に満ちているものでござますが、わたくしは今時期のような夏を忘れきれずにいる季節のうつろう最中ほど物憂げに感じてしまいます。

いつかは秋になり冬がまいります。誰もが承知していることでございます。
陽や草木が少しずつ力強さを失っていくことも承知しております。
しずけさを友とする事にようやく納得しようとしておりますのに、夏は「まだ忘れないで」とも言いたげに、弱りゆく姿ですがりついてくるのです。

わたくしの歩みの隣で、落ちた蝉が歩みを始めようとしておりました。
足を止めたわたくしの前で、とうとうその蝉ははじめの一歩すら進むことはできませんでした。

遅れたことへの言いわけか、それとも今しばらくわたくしの足を留めておきたいからなのか、どこかの緑から合唱の期を失った蝉の声が聞こえてまいります。
ひとりで舞台に立つには、あまりにか細い歌声ではございませんか。

夏の忘れ形見を聞きながら、もう歌うことのない彼の蝉の元を去りました。
うつろう季節のはざまの道は、何とも歩きづらいものです。