忠犬の逸話

敬愛せしお嬢様へ
暦の上では夏を過ぎ、あとは秋の気候を待つばかりでございますが、いかがお過ごしでしょうか。

どうか今少し暑さをご辛抱頂き、水分のこまめな摂取など怠りなくお過ごしくださいませ。

さて、水分の摂取と申しますれば
時任はお役目が早めに終わった日などは、庶民の街を散策するのを好んでおりますが
散策し少し喉が渇きますと、直感に任せてここは!というお店にお邪魔する習慣がございます。

お邪魔する先は、お屋敷の参考にしようと瀟洒なバーなどが多くはありますが、直感の導くままにいかにも地元に支えられたような古風なお店にもお邪魔することは多うございます。

そんな一つに、とある忠犬の像がありし横丁の店舗がございます。
昔ながらの横丁でございまして、風情ある屋台風のお店や個性あるお店が軒を連ねております。

そんな一軒にて。
落ち着いた雰囲気の小さなカウンターに、積み重なった歴史を感じさせる良い店構えのこのお店は、当代で4代目となる長らく守られ続けている場所なのだそうです。

そんな店長さんや常連さんの個性やお話も愉快かつ含蓄深く。
今宵はそんな中の一つ「ハチ公のお話」を寝物語にお伝えしたく存じます。

旅立ってしまった主人をずっと待ち続けていた、高名なる忠犬ハチ公。
なんとこのお店の初代は、ハチ公本人というか本犬と親しかったそうで、そんな思い出話が残されておりました。

主人が居なくなってから、ハチ公がずっと主人を待ち続けていたのは事実だそうです。
とはいえ、銅像のようにじっと待ち続けていたわけではなく、当時は都会感の欠片もない下町商店街であった渋谷をウロウロと、一日中パトロールして近隣の方々に愛されていたようでございます。

横丁近辺の飲み屋街でございますと、夜ともなるとおでんや焼き鳥の屋台が立ち並び。
酔客たちと共に、その匂いに誘われたハチ公は、夜になるとこの小路に腰を落ち着けて、夜を楽しむ酔客たちをじっと眺めていたそうでございます。

そうすると酔客たちがハチ公に焼き鳥やらおでんやらをなげあたえるものですから、ハチ公は特に焼き鳥が大好物になっていったようで、晩年、ハチ公が息を引き取った後に体内から何本もの焼き鳥の串が発見されたなんて話があるぐらいでございます。

もっとも店主さんや常連客の皆さんは、いつも通りに寝転がって焼き鳥を貰ってる野良犬が、主人の帰りを待ち続けてる忠犬だなんて知りもしなかったものですから、
ハチ公の忠義が当時の新聞に載り、人々にもてはやされ、ついには渋谷駅前に銅像が立ってしまった日には随分と驚いたそうでございます。

「あいつぁ、ただの焼き鳥好きの人懐っこい犬ですよ。」
そう言って笑っていたという店長さんの言葉が、生きた歴史を感じさせて大変印象深くございました。

帰らぬ主人を待ち続けていたハチ公も。
悲しい日々ではなく、最後の時まで町でそれなりに楽しく暮らしながら待っていたというならば

飼い主氏も少しは胸を撫で下ろして、ハチ公を迎えることが出来たのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

なお、うちの猫は、帰った時に爆睡していると
起きた時に慌てて「ずっと起きて待ってましたよ」という顔をして誤魔化しにきます。