さて今は

ここ数年の話題のひとつに、秋の長さがございます。

数年前には秋が1週間しかなかった、なんて話も耳にいたしました。

果たして1/52年というわずかな期間を1/4の季節に数えてよいものなのでしょうか?

伊織でございます。

 

“暦の上では”という表現もよく耳にいたします。

旧暦との違いを表していることは重々承知ではあるものの、この言葉を耳にする機会が多くなるほど、今度は認識している季節と体感のズレの大きさを指摘されているように感じてしまいます。

 

 

ズレが大きくなればなるほど“暦の上では”という前置きは陳腐になり、いつか体感に合わせた新しい暦、季節が生まれるのではないかと思わざるを得ません。

ただの夏が初夏、仲夏、晩夏と三分割されて長くなるのか、それとも秋を失い、四季は三季に、やがては二季なってしまうのでしょうか。

 

 

いつか四季のあった日本が歴史書の中だけの存在にならないことを心から祈るばかりです。

秋の訪れ

椎名でございます。

少しずつ秋の気配を感じられるようになり、長く続いた夏の暑さも、ようやく和らぎを見せてまいりました。

お嬢様はいかがお過ごしでしょうか。

 

さて、先日9月9日に開催いたしました「秋の芸術サロン」では、たくさんのお嬢様にお越しいただき、誠にありがとうございました。

 

今回の催しでは、歌や朗読をはじめ、かつて椎名と伊織でお送りしていた「燕たちのさえずり」というラジオ番組を、懐かしの復刻としてご用意したトークコーナーなど、前回の20周年パーティーとは趣向の異なる形でお届けいたしました。

 

さらに、後半にはお屋敷ならではの謎解きなどもご用意し、私共使用人も一緒になって楽しませていただくような、さまざまな趣向を盛り込んでみました。

 

私どもにとりましても、普段のティーサロンとはまた違った形で、皆様と同じ時間を過ごすことのできた、とても印象深い一日となりました。

 

それぞれの形で楽しんでくださっていらっしゃいましたら、これほど嬉しいことはございません。

 

またこのような機会をいただけました折には、また違った趣向を凝らし、お嬢様に楽しんでいただける催しをお届けできればと存じます。

その際には、ぜひまたお付き合いくださいませ。

 

 

さて、この日誌を綴っておりますと、10月ももう目前でございます。

 

少しずつ過ごしやすい気候となり、外へ出るのも心地よい季節となってまいりましたが、一方で、この時期になると流行り病の話も耳にするようになってまいります。

 

今年はインフルエンザの流行入りが例年よりもかなり早いようで、8月28日には厚生労働省から流行入りが発表されました。1999年以降では2番目に早い流行入りとのことでございます。

 

まだまだ暑さの名残もございますから、「インフルエンザ」と聞いても、なんだか季節外れのように感じてしまいますが、季節の変わり目で体調を崩しやすい時期でもございます。

 

どうかお嬢様も、外出からお戻りになった際の手洗いや、うがい、十分な休養など、普段以上にお身体を気にかけてお過ごしくださいませ。

 

そして「食欲の秋」でもございます。

 

せっかくの実り豊かな季節でございますから、美味しいものをしっかりと召し上がって、これからやってくる冬に向けて、元気な身体を整えてまいりましょう。

 

……などと申し上げている私自身、最近は机にかじりついている時間が長くなっております。

 

資料を広げ、あれこれ考えておりますと、気が付けば一日が終わっていることもございまして。

これではいけないと思い、私も暇を見つけては、まずはウォーキングから始めてみようかと思っております。

 

猫町巡りも良いなぁ、などという欲求に駆られております。

 

秋の空気を感じながら歩けば、気分転換にもなりましょう。。

 

夏のお疲れが出やすい頃でもございますので、くれぐれもご無理はなさらず。

 

またティーサロンにて、元気なお顔を拝見できますことを、使用人一同、楽しみにお待ち申し上げております。

夏沈み 浮き上がるのは あきらかな

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様、お坊ちゃま。
藤波でございます。
夏があっという間に過ぎ去り、曇天に包まれることが多い日々でございますが、いかがお過ごしでしょうか。

秋の芸術サロンでは、たくさんの演目を私自身大変楽しませていただきました。
会場では僭越ながら少々声楽を披露させていただきましたが、いかがでございましたか?

さらなる表現や芸術を求めて、より磨き上げたものをお届けできるように努めてまいりますので、暖かく見守っていただければ幸いでございます。

芸術といえば、先月沢山の使用人と向日葵を見にお出かけした際、このようなキノコに出くわしました。

 

 

 

 

 

一見美味しそうな見目をしておりますが、実は強力な毒性をもつオオシロカラカサダケというものらしいです。
長い間雨が降ると、都心部の公園でもよく確認できるそうな。

こちらのキノコ、時折大きな輪を描くように生えることもあり、そちらはフェアリーリングと呼ばれております。
妖精が輪になって踊った跡と言い伝えられてきたのでそう呼ばれているそうです。
これこそ自然の神秘…芸術でございますね!

もしかしたら、我々が歩んできた道も誰かの心を動かすような魅力や輝きを秘めているのかもしれませんね。
すごく長い目で見れば、我々は何十年という時を地球というまあるい舞台で踊り続けているのかもしれません。
ならば少しでも誇れる作品になれるように、私はこれからも精進してまいりましょう!

藤波

チュールは食後に

敬愛せしお嬢様へ

ようやく心待ちにしていた涼しい季節がまいりました。
涼しくなってきたと申しますより、台風の到来で一気に気候が変わってしまった感もございますが、まぁ結果的に涼しくなったなら良しといたしましょう。

芸術の秋、文学の秋、スポーツの秋‥このように秋になると人類が矢鱈アクティブになるのは何故なのでしょうか。

やはり暑さに溶けてグダッと潰れていた夏の間に、心は求めども体がついていかぬ状態のまま意欲だけが蓄積し、それが秋になって爆発するのでございましょうか。

秋の夜長が読書に適しているとか、大きな美術の催しが秋に開かれる風習が先にあったなど諸説ございますが、やはり環境的理由が一番しっくりくるところでございます。

環境的理由で申しますなら、一番しっくりくるのは「食欲の秋」でございましょうか。
もちろん春も夏も冬も、美味しそうな品々は限りなくございますが
秋はあまりにも美味しい品が多うございます。
そう、世俗で申しますところの「美味しいからいけない」のです。

そんな次第で

お魚が食べたいです。

稀にそんな日がございます。
ふと魚を食べたいと思ったが最後、もう夜食はそれ以外考えられない日が。
もう焼き魚にしようか煮魚にしようか、それとも揚げ焼きか、いやいやカルパッチョも捨てがたいと
秋刀魚にはまだ早いか鯖もいいが鯵もまた心を惹かれると

もう思考の七割を魚が埋め尽くしてしまうのです。
なお残りの三割は何のお酒を合わせるかを考えております。

そんな次第で、今宵は鮭を買って別邸に戻りました。
さまざまな良いお魚が市に出ておりましたが、恥ずかしながら最近心を捕らえて離さない料理があるのです。

鮭のクリーム煮

魚の濃厚な美味しさを別方向の濃厚さで包み込む至高の料理。
好きなものをリピードしてしまう癖のある時任は、ここしばらく週に一度はこの料理を食べたくなる衝動に襲われております。

鮭は切り身で2切れほどが良いでしょう。
ただし私はゆえあって3切れ購入いたします。
お野菜はお好み次第ですが、私はほうれん草とキノコと玉ねぎをたっぷりと
あとは牛乳とコンソメを買っておきましょう。薄力粉やバター、調味料類は別邸にあったはずです。

まず、沸騰するぐらいのお湯を鍋に沸かしまして、
火を止めてから、そこに鮭の切り身の一つを沈めておきます。
調味料は全く入れません。
それを20分ほど漬けている間に、鮭を4等分ほどの大きめに切り、塩コショウを振ってから薄力粉をまぶしましょう。
この辺りで猫がやってまいります。
お魚を前にジーーーーーーーっと
ディナーを待つお坊ちゃまのようにお利口に、ですが抗い難い圧力を込めて
足元で待ち続けていますので、
決して圧力に負けて切り分けた魚をあげたりせず
先ほど沸騰したお湯に晒しておいたほうのお魚を取り出して、よーく冷ましてください。

ついに辛抱尽きてガシガシとズボンを登ってくる猫たちと戦いながら
刻んだほうれん草は軽くレンジで加熱してから水気を切り、キノコはヘタを取ってスライスしておきます。
お鍋にバターを敷いて温めて、玉ねぎもスライスした頃には足元でニャーニャーとサイレンのように猫たちが鳴いておりますので
しっかり冷めたことを確認して、お湯に漬けていたお魚を軽くほぐしてちょっとずつ与えてやりましょう。

一気にあげずに、今はおやつ程度にちょいちょい与えて待たせるのがコツです。

鮭は中火で色目がつくぐらいまで表裏を焼き
もっとちょうだいとズボンを引っ掻いた猫にお仕置きのドラゴントルネードバックドロップをベットめがけて決めてやり自分の背中を強打してしばし悶絶します。

鮭が色付きましたらキノコ、玉ねぎ、ほうれん草を入れて1~2分炒めて
薄力粉をがっつり振り入れてパサパサに炒めたら
ご機嫌取りの猫用ミルクをお皿に注いでやって、ズボンへの爪攻撃をしばし回避し
すかさずお鍋に300mlほど牛乳を投入します。
この時ミルクを取り違えると致命的です。ご注意ください。

お塩やコンソメでお味を整えて(私はここによく秘蔵の自家製お出汁も追加します)
とろみが出るまでゆっくり混ぜながら加熱したら完成でございます。

先ほどの湯がいてからよく冷ました鮭は、ほぐしてドライキャットフードと混ぜてお皿に盛ってあげましょう。
軽く炙ったトーストと共にいただくと(クリーム煮の方です。キャットフードではありません)より絶品でございます。
きっと、一日の疲れが、濃厚なうまみととろみの中に消え去っていくことでございましょう。

そんな最高の料理でございます鮭のクリーム煮。
もしお心動かれましたら、ぜひお試しくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お食事後、油断しすぎますとこちらのお皿の残り物を猫が味見しようと画策しますので
洗い物は速やかになさるのがおすすめでございます。

 

 

 

あ。あと辛口の香り良き日本酒か、辛口白ワインがお勧めでございます。

 

 

 

 

どうか、良き秋の夜をお過ごしくださいませ。

ピクニック

ふんわりと温かな日差しに当てられてお散歩に出かけました。
スケッチブックと色鉛筆とサンドイッチを鞄に詰めて向かった先は少しだけ遠くの公園です。
なかなか足を運ぶことがないそこは綺麗に整備されていて、どの瞬間を切り取っても絵になるものでございます。

なぜ急にピクニックのようなことを?と道中頭の中をよぎりましたが、そもそも私がしっかり予定を決めて行動することは稀でございます。
そうであればあとは楽しむだけだと気持ちを切り替えました。

時刻はちょうどお昼時であり、この時間に足を運んだことで、周りにあまり人気はなくゆったりとした空気が流れておりました。
手作りのサンドイッチを頬張りながらなんとなく筆を走らせます。

有意義な休日がどんな日なのかは私には分かりませんがピクニックに出かけ、スケッチブックにお絵描きをしたらそれは多分良い一日に違いありません。
久しぶりに使う色鉛筆。少し背伸びをした値段なだけに使い心地も色の乗り方も素敵で、満足いく仕上がりになったといえます。

いつか自信がついた時にはお嬢様、お坊ちゃまに描いた絵をご覧に入れたいと考えております。
それまでどうぞ温かい目で見守ってくださいませ。

無題

使用人というものについて、ふと考えることがございます。

お嬢様をお迎えし、お席までご案内し、お食事やお飲み物をお給仕し、お帰りの際にはお見送りをする。言葉にしてしまえば、私どもの務めはそういった一つひとつの積み重ねでございます。けれど、その一つひとつにどれだけ心を込められるかによって、同じ務めでも、お嬢様の心に残るものは大きく変わる。

私にとって、そのことを教えてくれる使用人の一人が、隈川でございます。隈川の素晴らしさは、決して華やかなものだけではありません。むしろ、長く同じお屋敷で務めを共にしているからこそ、その凄さが少しずつ見えてくるように思います。お嬢様との距離の取り方。お声掛けする言葉の選び方。その場の空気を感じ取る力。そして何より、「自分が何をしたいか」ではなく、「目の前のお嬢様に、どのようなひとときをお過ごしいただくのが最善なのか」を考えていること。お嬢様との会話が弾んでいるときには、その楽しさをさらに膨らませる。静かにお過ごしになりたいときには、決して踏み込みすぎず、そっと見守る。そして、お嬢様がお困りになったその瞬間には、まるで最初からそこにいたかのように自然にお手を差し伸べる。その自然さは、決して簡単に身につくものではございません。

私どもの務めでは、「何かをして差し上げること」に意識が向きがちでございます。けれど隈川を見ておりますと、「あえて何もしないこと」もまた、大切なおもてなしなのだと気づかされます。必要なときに、必要なことを。それでいて、お嬢様には決して寂しさを感じさせない。その絶妙なさじ加減こそ、隈川の持つ大きな魅力なのではないでしょうか。

そして、私が隈川を素晴らしいと思う理由は、お嬢様へのおもてなしだけではありません。共に務める私どもに対しても、いつも自然と周囲を見渡し、その場にいる誰かを支えている。自らが目立つことよりも、お屋敷全体が心地よい空間となることを大切にしている。その姿を見ておりますと、使用人とは何のために存在するのか、改めて考えさせられるのでございます。長くこのお屋敷で務めておりますと、後輩が増え、環境が変わり、時代も少しずつ移り変わってまいります。その中で、変わらずそこにいてくれる存在というのは、とても心強いものでございます。私にとって隈川は、まさにそんな存在なのだと思います。

振り返れば、これまでにも数え切れないほどの時間を共に過ごしてまいりました。忙しい日もございました。思うようにいかない日もございました。それでも同じお屋敷に立ち、同じ時間を過ごし、同じようにお嬢様方をお迎えしてきた。その積み重ねが、今の私どもを作っているのだと思います。だからこそ、これから先のことを考えたとき、一つだけ願うことがございます。

十年先も、隈川と一緒に務めていたい。十年後、今とは違う景色になっていたとしても、変わらず同じお屋敷で、「本日もよろしくお願いいたします」そんな言葉を交わせたら、どれほど素敵なことでしょう。そして、その頃には今よりも多くの後輩たちが、私どもの背中を見ているのかもしれません。そのときに、「この二人が一緒に働いている姿を見てきて良かった」と思ってもらえるような使用人でありたいと思います。

実は今回の日誌を書くにあたり、何を書こうかと随分悩んでおりました。そんなとき、百合野に「隈川について書いてみたらどうですか」と声を掛けてもらったのでございます。その一言をいただいて、改めて考えてみました。普段、当たり前のように一緒に働いているからこそ、わざわざ言葉にすることがなかったのだと。けれど、いざ書こうとしてみると、隈川から学んだことや、共に過ごしてきた時間が、思っていた以上にたくさんございました。百合野からの何気ない一言がなければ、きっと今日こうして隈川について書くこともなかったでしょう。良い機会をいただきました。隈川という使用人の背中から、私は今もたくさんのことを学んでおります。そしてこれからも、きっと学び続けるのでしょう。十年先も、二十年先も……などと申し上げれば、少々欲張りかもしれません。ですが、できることなら、これからも長く同じお屋敷で。笑ったり、悩んだり、忙しさに追われたりしながら、それでも最後には「本日も良い務めでございました」と言える日々を、一緒に積み重ねていきたい。そんなふうに思わせてくれることこそが、隈川という使用人の素晴らしさなのだと思います。

百合野さん、素敵な題材を見つけてくれてありがとう。そして隈川さん。これから先も、どうぞよろしくお願いいたします。十年先の今日も、同じお屋敷で。変わらぬその背中を追いかけながら、共に務めていられますように。

金木犀

ご機嫌麗しゅうございます。
米澤でございます。

あっという間に散歩している時に金木犀の香りがふわっと香ってくる時期でございますかね。

金木犀の花言葉は「謙虚、謙遜、気高い人」とのこと。
開花し、満開後1週間で散ってしまうそうです。

魅力的な香りを漂わせているのに何とも謙虚で儚い花だなあと感じました。

実家の庭に植っていて幼少期から馴染みのある花ではありますが、改めて金木犀について調べたのは初めてございました。

このように身近にあった花などに興味関心を向けるようになったのも、使用人になってからでございますかね。
いつか葉山執事に花についての雑学もたくさん聞いてみようかなと考えております。

私も金木犀のように謙虚でありながらも誰かの印象に残るような魅力的な人間でありたいものです。

ぜひこの時期こそ香川がブレンドいたしました
「ステイゴールド」を召し上がっていただき、
そんな金木犀の香りを楽しんでいただきたいものです。

それでは。