敬愛せしお嬢様へ
雨季もそろそろ終わりを告げ、本格的な夏が始まる頃でしょうか。
暑い季節になりますと、散歩もなかなか厳しくなってまいりますゆえ時任は、この季節には図書館や博物館、美術館などを巡ることが多うございます。
好奇心を満たされる様々な書籍・展示は時を忘れさせてくれますし何より涼しいのはありがたいことでございます。
そんな次第で、涼をメインに求めたわけでは決してございませんが先日のお暇をいただいた際に、ただいま上野にて開催しておられる「ゴッホ展」にお邪魔してまいりました。
先方美術館の特別な計らいにて実現したというこの催し世界に名だたる名作を一度この目で見てみたいという思いに駆られ、足を伸ばしてまいりました。
ゴッホの人生や手記と共に並べられた作品たちは、その若き日の苦悩や芸術家としての試行錯誤に満ちておりました。よくある成功者の輝かしい逸話ではなく、モチーフの選択、色彩の捉え方、筆の使い方に至るまでが、一人の人間が生涯を懸けて足掻き、もがき続けたその軌跡が記されておりました。
正式な絵の教育を受けれたわけでも無く、輝かしい栄光を受けることもなく憧れた先達のモチーフや筆致を真似て習作を繰り返し、新鋭の友に刺激を得て迷いながらも様々な筆の使い方を試す。
暗闇の中に差し込んだ光によって、素朴ゆえ美しいモチーフが描き出される、そんな絵画が並んでいるゴッホの絵は、彼が求めるものを見出せないまま足掻き続けるその心中そのもののようにすら感じられました。
そんな絵画が続く最後に「夜のカフェテラス」の絵画はございました。

(撮影は美術館より許可されたものです)
まるでいきなり、暗闇に閉ざされた部屋から出てきたかのように、視界を色彩が埋め尽くしました。
迷いが晴れたような、求めていた道の一つを見つけた喜びのような、何より描くことを楽しんでいることをとても感じ取れる作品でした。
この絵画自体は、高名でございますから様々な媒体で何度も見てまいりましたが実際に描かれた絵を見ますと、まるで印象が異なりました。

その鮮やかな色の重なり。大胆な彩色。生き生きと残された筆のあと。
この作品は「黒を使わず描かれた夜」と表現されているそうでございます。
それまで黒に包まれた中にほのかに浮かぶ光ばかりを描いていたゴッホが描いた、別人のようなこの絵画は
描くことへの喜びに溢れていて
この絵を見つめて感じたいちばんの感情は「羨ましさ」でございました。
ゴッホは生前には絵が一枚しか売れなかったとか色々可哀想なエピソードが多くございますが彼も死後にここまで世界的に評価されるとも思いもしなかったでしょうけど
何よりも
習作で描いた自画像が、遙か未来の日本でぬいぐるみ化されて販売されようとは思わなかったろうと思わずぬいぐるみに向かって合掌してしまいました。
あ、購入は見送りました。猫の餌食になるのは目に見えておりますので


