あの日のジャックオーランタンへ

敬愛せしお嬢様へ
10月に入りまして、お屋敷ティーサロンにもカボチャのお化けたちが我が物顔に侍る季節となりました。このカボチャは「ジャック・オー・ランタン」と申しまして、その正体は、経緯に諸説あるものの、死後の世界に行くことを拒否されたとある男性がランプを手に彷徨っているという幽霊の類だそうでございます。なおその諸説の部分については、狡賢い男が悪魔をも騙し「どんなに悪いことをしても地獄に落ちない」契約を勝ち取ったものの、いざ死を迎えたところで天国には当然入れてもらえず、契約のせいで地獄にも入れず、永遠に彷徨う羽目になったという話が含蓄があって好みでございます。
当家の使用人に教訓として読ませておきたいところでございますね。
さて、このジャックに限らず、闇夜に浮かぶ不思議な灯りというものは、「鬼火」や「人魂」、「ウィル・オ・ウィスプ」「イグニスファトゥス」「プーカ」などなど、世界各国、丘にも山にも海にも街にも、古今東西の夜話に見られまして、
旅人を惑わせたり時には崖や海中などに誘い込んだりする恐ろしいものも在れば、道に迷う旅人を正しい道に導いてくれるものも在るようで、善きものもいれば悪しきものもいるのは人と変わらないようでございます。
さて、そんな「不思議な灯り」に因みまして。
夏は程よく過ぎましたが、せっかくのハロウィンの月でございますのでそれらしいお話をひとつ。
時任は幼い日に。親族が居ります遠き異郷の地にて迷子になったことがございます。いえ、迷子というよりは脱走でございましょうか。遠き地の親族を訪ねた私は、大人たちに連れられて、車でしばし移動した、当地の遊戯施設にお邪魔しておりました。しかし何を思ったか、私はそこから親族の家まで、突然一人で帰ってしまったのです。誰にも何も言わず、徒歩で。本当に何を思ってそのような行動に出たのやらですが、おそらく疲労や空腹で帰りたいと訴えたものの大人たちは撞球などに夢中だったため、先に帰っていようと何の気もなく出て行ってしまったように、朧げに覚えております。
すでに夕刻を越え陽も落ちようという頃、突然幼児が姿を消したとあって大騒ぎになってしまいました。ところがその大騒ぎさなか、当の本人がひょっこり親族の家に帰って来て大目玉をいただきはしたものの一件落着と、そんな騒動だったわけでございますが
ただ、幼児であり道も知らぬ私が、どうやって帰って来れたのか。
そこを誰もが不思議がり、今でも親族が集まると思い出話の一つによく語られるところでございます。
さて。当の本人である時任は、その時の記憶でございますが、遊戯施設を出てすぐの街中で、どちらに向かえばいいか当然判らず、なんとなく車通りが多少ある海沿いの道を歩いて行ったように覚えております。そして当然ながら道に迷いました。
陽も落ちて真っ暗で、雨まで降ってきて、時折道端を照らしている街灯が都市と比べてなんと少ないことかと驚いたのを覚えております。
それでも一心に足を進めている間、幼き私が考えていたことは何故か「叔父の車に辿り着けば帰れる」という謎の思いでした。いや。行きに乗せていただいていた車に乗れば、確かに帰れることでしょうが、その車を叔父もろとも置き去りにしてきたのは私自身です。いったいどういう思い込みだったのかとは今でも思います。
しかしながら、その時、右も左もわからぬ、夜闇と雨に閉ざされた道を歩く私が目指していたのは常に道の前方一定距離に、付かず離れず見えていた車のテールランプでございました。ずっと夜道の先に見えていたその光を、何故だか叔父の車のテールランプだと思い込んで、ずっとそれに着いて行っていたのでございます。
 雨の中ゆらゆら、ゆらゆらと
 ちょうど光の正体が滲んで見えぬぐらいの距離でずっと揺れていたその灯りはいつも間にか見覚えある、親族の館のすぐ目の前の道に辿り着いたと私が気づいた時には、どこへともなく消えてしまっていました。
あれ、どこへ行ってしまったんだろう。
そんなことも心をよぎりましたが、長く雨に打たれながら歩いていた私はまずはお家に入れてもらおうと扉を叩き、そしてちょうど行方不明の報が入っていたところだったもので、大騒ぎになった次第でございます。
今考えても、あの雨の中をずっと揺らめいていた灯りが何であったのかは解りません。知らぬ地を愚かにも迷っていた幼児を憐んでくれた優しいジャックが居たのでしょうか?
そう申しませば、件の親族の元へとお邪魔していたのは、たしか夏休みの後半ごろのこと。
さようでございますね。
ちょうど、お盆の時期でございました。
ところでハロウィンのかぼちゃランタンを作ってみたくなり、大きなカボチャを購入して苦労してくり抜いてみました。
ランタンの灯りを入れるより先に、猫の家になりました。
かぼちゃランタンの中に猫が入り込み、尻尾だけ口の部分から出てパタパタしている様子は、かぼちゃのお化けに食われた猫にしか見えませんでしたが。
仲間が食われたと思って助けたのか、それとも味か感触が気に入ったのかかぼちゃランタンはもう一匹の猫に爪で研がれまくった挙句に削れて崩壊いたしました。
あの日助けてくれた名も知らぬジャックさん。
あの時の幼子はしっかりどうにか長生きしていま、あなたの(カボチャの)破片を咥えた2匹の猫にジーーーッと見られております。
はいはい。食べていいから煮るまで待ってね。(※猫にカボチャを与える場合は、加熱して柔らかくしてからよく冷まして少なめに与えてください。ビタミンの摂取においてはとても良いオヤツでございます。)

彼岸に紅く燃ゆる花

初秋の候
いつまで続くのだろうと心配になる長雨の時期がようやく終わり、気象庁発表の10月の一ヶ月予報が晴れの日が多く過ごしやすい気候だと聞いてホッとしている今日この頃。
ご機嫌麗しゅうございます。お嬢様。
いかがお過ごしでしょうか。

今年の夏は時にしっとりと静かに、時に激しく叩きつけるような雨に長い時間をかけて流されるように移り変わって行ったイメージ。
こうしてみると、あんなに嫌でうんざりするような夏の暑さが少し恋しく感じられます。
なんと私はわがままなのでしょう。

 

さて先日、長雨の合間に奇跡的に晴れた日いてもたってもいられなくなり早朝に飛び起きると準備を整えお散歩に出かけたのであります。
曼珠沙華(彼岸花、リコリス…)を求めて。

因みに昨年は水辺にひっそりと佇む曼珠沙華を見に出かけましたが今年は国内でも有数の名所へと足を運んだのであります。

そこは静かに流れる川の傍ら、足を踏み入れると一面に真っ赤に広がる曼珠沙華。

細く伸びた茎の先で、花弁を大きく反らせながら咲く姿は、どこか妖しく、それでいて凛としていて、まるで秋の野に紅い炎が灯されたかのようでした。

その今まで見たことの無い情景。言葉を失い、目も心も奪われしばらく動くことができませんでした。

さながら仏教で言うところの、こちら側の世界(此岸)と悟りの境地(彼岸)の堺を連想させる幻想的で神秘的な景色。

 

曼珠沙華は植物的にも非常に興味深い花にございます。
曼珠沙華を表す言葉に
「花は葉を知らず、葉は花を知らない」というものがあります。
それは曼珠沙華が花が咲く時期と葉が出る時期が違うからです。

秋に花が咲く→花が散る→葉が出る→冬の間に葉で光合成する→春になると葉が枯れる→夏は地中の球根で休む→秋に再び花といったサイクルで巡ります。
夏に何も無かった所から、ある日突然茎が伸び、秋になると花が咲くのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心に残る素晴らしい1日。
帰り道この情景は忘れたくないなと思い、薄れ行く記憶なら来年も再来年も必ず見に来ようと心に誓うのでした。

 

曼珠沙華の花が終わる頃にはカボチャが主役の時期に、急いでお屋敷に戻り準備をいたしましょう。

日誌

10月になりました。つい先日まで暑さに追われていたような気がするのに、気がつけば朝晩には少しばかり秋の気配を感じるようになりました。季節というものは不思議なもので、ある日突然「今日から秋です」と宣言されるわけでもないのに、少しずつ景色を変えていきます。街を歩けば服装が変わり、店頭に並ぶものが変わり、空気の匂いまで変わっていく。それなのに本人は、昨日と今日で何か大きく変わったつもりはありません。人間も、案外それと似ているのかもしれません。昨日までの自分と今日の自分に、それほど大きな違いはない。けれど、一日、一日と積み重ねて振り返ってみると、いつの間にか以前とは違う場所に立っている。10月は、個人的には少し落ち着かない月でもあります。年末にはまだ早い。しかし、一年の終わりが少しずつ見え始める。「今年もあと三か月」と言われると、急に時間の流れが速く感じられます。一月には一年が始まったばかりだったはずなのに、気づけば十月。毎年同じことを思っているような気もしますが、毎年同じように驚いているのだから仕方ありません。仕事をしていると、一日が長い日もあります。忙しくて時計を見る暇もない日もあれば、妙に時間が進まない日もある。ところが、一年という単位になると、その一日一日の長さなどほとんど覚えていません。残るのは、断片的な出来事ばかりです。あの日は忙しかった。あの日はよく笑った。あの日は妙に疲れていた。そんな曖昧な記憶が積み重なって、一年というものが出来上がっていく。だからこそ、何気ない一日も案外馬鹿にはできないのだと思います。大きな出来事がなくてもいい。何かを成し遂げたと胸を張れる日でなくてもいい。今日も無事に終わった。それだけでも、一日としては十分なのかもしれません。10月も、きっとあっという間に過ぎていくのでしょう。気がつけばハロウィンが終わり、街には冬の気配が混じり始める。そして、また「今年も早かったな」などと言っている自分がいる。毎年同じことを言っているのだから、そろそろ学習してもよさそうなものですが、人間というものはなかなか賢くなりません。せめて今年の残り三か月くらいは、時間に置いていかれないようにしたいものです。焦る必要はありません。ただ、立ち止まっている間にも季節は進んでいく。それならば、せっかくなので自分も少しくらいは前へ進んでみようと思います。10月。秋の始まりというには少し遅く、年末への入口というにはまだ早い。そんな中途半端な月だからこそ、案外好きなのかもしれません。今月も、変わらず一日一日を過ごしていこうと思います。

Spoon

お嬢様、お坊っちゃま、いかがお過ごしで御座いましょう、金澤でございます。

先程まで自室の食器棚を整理しておりました。
引き出しに乱雑に放り込んでいたカトラリー類、使うもの使わないものに分けます。ティースプーンも数種類バラバラ、「こんなのあったっけ?」状態です。
最初は気分で変えて~なんて思っていましたが、普段使う食器類はだいたい使いやすい物で決まっちゃいます。そんなものです。

せっかくなので日の目を見させましょう

 

 

 

 

 

 

まあ、ずっとしまってても勿体ないので使っていこうと思います。
ティーカップを引き立てる名脇役でございます。

『 リンゴの森の子猫たち 』♪

日常

お嬢様、お坊ちゃま。
奥様、旦那様。
ご機嫌麗しゅうございます。
才木でございます。

この時分になりますと、
どうしてもハロウィンのことばかりお話してしまいます。
悪いことではないのですが、
そればかりになるとつまらない気もいたしますね。

自ら幅を狭めるということ自体が、
できるだけ縛られずにいたいという感覚と相反するものでもありますし、
大切なことであっても
義務感が優先されてしまえば、
いつかは楽しめなくなってしまいます。
それほど勿体ないことはないことはございません。
できるだけ自覚的に歩みを進めたいところです。

さて私はといえば、
慌ただしい頃に公開されていた映画を
少しづつ見ているところです。

司馬に勧められていた
リドリー・スコット監督の「ラストサバイバー」や
大作ゆえに映画館で見ておきたかった「オデュッセイア」をひとまず拝見いたしました。

両作品とも名監督らしい、
丁寧で素晴らしい作品でございました。

ここからは間に合えばラッキーだなと思っている「バックルームズ」。
十月になり公開いたしました、
スティーブン・スピルバーグ監督の「ディスクロージャーデイ」、
トム・クルーズ主演の「DIGGER/ディガー」など。
年末に向けて盛り沢山な時期でございます。

合間に部屋に散らばる本たちも整理して、
より有意義な時間にしたいところです。

日々自分のペースを保ちつつ、
変わらずティーサロンにてお待ちしております。
お戻りを心よりお待ちしております。

才木

願い事

百合野でございます。

十月、神無月でございます。

お嬢様は、神様にお願いしたいことはございますか?

神無月には、神様たちが出雲へお集まりになり、ほかの土地ではお留守になるという言い伝えがございます。

出雲へ向かわれる神様の中には、少し寄り道をなさる方もいらっしゃるのでしょうか。

秋の香りに誘われて、お屋敷のお庭へふわりふわりと降りていらっしゃる。

そんなことを、つい想像してしまいます。

もし、すぐそばにいらっしゃるのなら。

お嬢様の願い事も、耳に届きやすいかもしれませんね。

ひとつお願いしてみてはいかがでしょう。

私でございますか?

私の願いは、お嬢様に笑顔でお過ごしいただくことでございます。

それがいかに簡単でない事かもとは存じてございます。

ですので、神様に頼るだけではなく協力してその日常を作っていきとうございます。

どうか、いつまでも変わらぬ日々を。

百合野

白い悪魔

ご機嫌麗しゅうございます。

 

突然ですがお嬢様はモッツァレラチーズの作り方をご存知でしょうか。

 

先日 拝見しておりました情報番組にてモッツァレラチーズを手作りするシーンが流れておりました。

 

何気なく観ていた私はただただ好奇心からモッツァレラチーズを自室で作ることと相成ったのですが、、、、

 

 

一言で申しますと、とっっってもお時間がかかってしまいました。

 

 

出来たてのモッツァレラチーズは中々美味しゅうございましたが、如何せん終わったあとの洗い物のなんたる気分の下がることか、、、

 

 

世の中にはモッツァレラチーズと叫ぶだけの遊びもあるというとのこと。

 

そのように心からの怒りのあまり、叫んでしまうところでした。

 

 

ではお嬢様、もしも あの憎き白い悪魔を見かけましたら、私と共に叫びましょう。

 

 

せーの、、、

 

 

【モッツァレラチーーーーズ!!!!】

 

 

ご清聴、ありがとうございました。