六月

ご機嫌麗しゅうございます。

中島でございます。

六月に入り、お屋敷もすっかり梅雨の装いとなりました。

雨の日は外出が億劫になりがちではございますが、私はこの時期ならではの静かな空気を楽しんでおります。

日傘兼用雨傘を一つ忍ばせておくと非常に役に立ちます。私はよく忘れますが

 

また、六月は一年の折り返しも近づく時期でございます。

今年の初めに立てた目標を思い返しながら、自身の成長や課題と向き合う機会も増えてまいりました。

 

まだまだ未熟な身ではございますが、お嬢様方により快適なお時間をお過ごしいただけますよう、日々精進して参ります。

 

そんな6月30日、同期の使用人米澤と共にアントワネットをお勤めいたします。

お屋敷に仕え始めた頃からいずれ出来たらいいねと話しておりましたので彼と共に一つの催しを任せていただけたことを、大変嬉しく思っております。

お嬢様にとって素敵な思い出となりますよう、精一杯おもてなしさせていただきます。

気温や湿度の高い日が続いておりますので、どうかご無理なさらずお過ごしくださいませ。

では、今月もお嬢様のお帰りを心よりお待ちしてございます。

 

中島

The important thing is sunlight, water and breeze

お嬢様、お坊ちゃまご機嫌麗しゅうございます。

冴島でございます。

近頃は日中は暖かい日が増え、いよいよ気候も初夏の様相を呈してまいりましたが体調はお変わりございませんでしょうか。

以前の日誌にて我が家の住民をいくつか紹介させていただきましたが今回の日誌でも紹介させてくださいませ。

長い冬が終わりようやく暖かくなってきたこの頃、植物たちも止まっていた根の動きが活発になり絶賛成長中でございます。

そしてそのような中より今回は期待の新人[レモン] を紹介させていただきます。

このレモン達はこのように種から発芽させた実生個体達でございます。

 

 

 

 

この種を発芽させたのは去年の冬にちょうど日誌で住民を紹介させて頂いた頃のことでございました。

発芽した種達を適度な大きさの鉢に植えると小さな芽がニョキニョキと生えて参りました。

 

 

 

その後部屋の中で寒さに負けず順調に成長していき

 

 

 

 

 

長き冬の寒さを越して生き残ったもの達は4月にここまでの大きさにまでなりました。

 

 

 

 

 

 

そして生き残ったものを先日個別の鉢植えに植え替え致しました。

植え替えた後は外に出し、暖かい気候の中で陽の光をたっぷりと浴びてたっぷりの水と春の風の中絶賛成長中でございます。

 

 

 

 

 

 

 

赤子の頃に成長する為の栄養が詰まった最初の子葉はその役目を終えて枯れ始め本葉も増え始めました。

これからの季節はいよいよ植物達の一番の成長期である夏でございます。

日々大きくなる植物達の更なる成長が今から楽しみでございますね。

レモンの実がなるまでは順調にいって7年程だそうでございます。

果たしてこのレモン達は無事に大きく成長するのでしょうか。

そして最後に植物に大切なのは陽の光と水、そして適度な風にございます。

これは我々人間にも同じことが言えると私自身も実感する毎日にございます。

健康な心身のためにも意識なさるのもよろしいかと存じます。

では今月もティーサロンにてご帰宅をお待ちしております。

 

冴島

古谷でございます

窓の向こうの雨音

まどろみのなか聴こえてくる音色が胸の奥をそっと揺らす

そんな夜が少しずつ増えてまいりました

これは梅雨入りの気配でしょうか
それとも、心の中に降る雨でしょうか

よく耳を澄まして

雨と鼓動をそっと寄り添わせて

明日への夢をどうか抱きしめながら

ごゆっくりとおやすみなさいませ

人も人ならざるものも

敬愛せしお嬢様へ

そろそろ雨の季節になる頃でしょうか
お出かけが叶わぬ日々も多うございましょうが、時には適度に体を動かしつつも
雨天ならではの過ごし方もございましょうから、この機会にぜひ読書や美術など
新たな分野への見聞を広げられるのもまた良きかと存じます。

美術とはまた異なるやもしれませんが
先日、外渉にて銀座の地に参りましたとき
この機にと思い、とあるギャラリーへと足を運んでまいりました。

 

 

 

 

 

仲條正義さまとおっしゃる、日本を代表するデザイナーの御方の
没後5周年を機に作品の軌跡を辿る展覧でございまして
かの方が半生を過ごされた資生堂さまのギャラリーでございます。

このかたのお名前に覚えがあるかどうかは分かりませんが
このかたの作品はどなたも目にしたことがおありかと存じます。
例えば資生堂さま伝統の青の紙袋や、松屋銀座の伝統あるロゴ。
銀座の街を彩っていた、当時としてはあまりにアバンギャルドであったデザインの広告たち。

当時としてはあまりに大胆なレイアウトや、攻撃的でファッショナブルなデザインの数々は
いまこうしてギャラリーの展示にて拝見すると
感覚に任せて観覧した時に心に浮かぶのは「どこかで見たような感じ、よく見るような感じ」という、既視感やデフォルト感でございました。

それもそのはずにて、この仲條氏のデザインは当時の後進デザイナーたちにも大きな衝撃を与え、その影響は昨今のデザインの中にも色濃く見ることが出来る、いわば「デザインのテンプレート」とすら言える存在になっているからかと推察いたしました。

そうすると、昨今のデザイナーは仲條氏やかつての先達たちの生み出したデザインを再構成しているだけなのでしょうか?

いえ、それはあまりに短絡でございます。

最近何かと世の中を騒がせている「AI」というもの。
その中でも特に生成AIと呼ばれるものは、いわば入力された数多のデータを
要求された条件に合わせて組み合わせて再出力すると言うシステムであり
短絡極まりなく申し上げますと、誰かの作品を再利用しているに過ぎないという見方がありえます。
それ故に、AIを用いた創造物は「創作」と認めない、あるいは創作物としては一段落ちるものと見做す認識が世には色濃くあるようでございますが、
おそらく此れはまたAIが創成期であるがゆえのことと考えております。

そも

人間が何かを創造する時、完全な無からそれを創り出すのでしょうか?
絵を描く、音楽を作る、文章を紡ぐ。それらを極めようと努力する中で
誰しも必ず、手本とする、目標とする、影響を受ける先達がいたものと思います。
それが1人とは限らず、複数おられる場合も多いでしょうし
そも、人生の中で有意識・無意識に学んだ、感動した、面白かった作品を
何かを創造するときにその発想の元とすることが多いのではないでしょうか?

例えば私はカクテルを作ります。
数多のオリジナルカクテルをご用意してまいりましたが
もとよりすでに数多とある先達たちのカクテルを参考していることも多うございますし
そういった要素が薄い、斬新な定形外のオリジナルカクテルを作っている時も
そのイメージ元には、人生の中で見てきた何かしらが組み合わさっております。
デパートで見かけた綺麗なジュレ、うっすらと覚えている子供の頃感動したお菓子、小説に登場した架空の食べ物、偶然口にした意外な食事のマリアージュ、香水や煙草の香りをヒントにしたことなどもございます。

そうした私に入力された色々な「情報」を、組み合わせて変換して新たな「カクテル」として生成しているのがいわば「オリジナルカクテル作り」でございまして

数々の情報を取り込み、それを再生成する巷の「AI」と然程の違いはないのではないかと、正直思っております。
私を示して「カクテル生成AI」などと冗談をいう使用人もおりましたが、ある意味的を得ていたのかもしれませんね。

思い返すに
人生において入力した情報が、新たな創造として再生成されるのが人間もAIも共通したものづくりであるのなら
いかなる情報にも目を向け、貪欲に自身の創造の糧として学んでいくのはやはり大切なのでございますね。

やはりお嬢様、雨の日は是非とも
読書も映画も芸術鑑賞も、どれもまた良うございます。
心の向くままに、ご自身の「ご入力」を楽しんでいただくのがよろしいかと存じます。

 

ところで
現在のデザイナーに強い入力を与えたのが仲條さまや先達たちの作品であったなら

 

 

 

 

 

 

 

彼らの世代が「入力」したのはどんな経験、どんな光景、どんな感動だったのでしょうね。
そんな、作品を通して透かし見れるような、世代を超えた遥か向こうの「入力」に
思いを馳せながら、ギャラリーの品々を楽しませていただきました。

雨の日のお出かけ先には、こんな色々なギャラリーもお勧めでございます。

雨の便り

ご機嫌麗しゅう、隈川でございます。
風の香りが変わりはじめましたね。
もうじき梅雨でございましょうか。

以前もどこかでお話したかと記憶しておりますが、雨が降るたびに「雨に唄えば」のメロディを口ずさむことが多くございます。幼少期に触れた作品だからでしょうか。

現実の雨はしとしととしておりますが、弾んだリズムが自然と心に流れるのは、暗くならなくてようございますね。

雨の日のテーマ、お嬢様にはございますか。百合野の作詞作曲した「rainy servant」などもよろしいですよね。

温度変化や気圧の変化が激しい季節でございます、睡眠不足で不調が加速したりもしますから何卒ごゆるりとおやすみくださいませ。

隈川

6月

八幡でございます。

六月という月には、少し不思議な魅力がございます。

世間では雨の季節と言われますし、空模様も気まぐれでございます。

朝は晴れていたかと思えば、帰る頃には雨が降り出していたり。

傘を持って出れば使わずに済み、持たずに出れば見事に降られたり。

なかなか人の思い通りにはならない月でございます。

けれど今年は、例年より少しだけ六月を意識している気がいたします。

理由を尋ねられますと困ってしまうのですが、

気付けば六月の話題に目が留まり、

雨音や夜風まで、どこか印象深く感じるのでございます。

先日も帰り道、雨上がりの夜道を歩いておりました。

濡れた地面に映る街灯の灯りを眺めながら、

一年というものについて考えていたのでございます。

一年は三百六十五日。

どの日も同じように巡ってくるはずなのに、

なぜか心に残る日というものがございます。

当人にとっては何気ない一日であったとしても、

別の誰かにとっては、静かに大切にされていることもある。

人のご縁というものは、実に不思議でございます。

長い時間を共にしたからといって、

必ずしも深く記憶に残るとは限りません。

反対に、

ほんの短い時間の中にも、

不思議と心に残る出来事がある。

何気ない会話であったり。

ふとした言葉であったり。

その時は気付かなくとも、

後になって思い返す景色というものがございます。

だからでしょうか。

今年の六月は、少しだけ見え方が違う気がしております。

雨音も。

街灯の灯りも。

夜更けの静けさも。

普段と何ひとつ変わらないはずなのに、

どこか柔らかく感じられるのでございます。

理由を説明するのは難しいのですが、

そういう変化に気付けること自体が、案外幸せなことなのかもしれません。

そして気付けば、

良い一日でありますようにと願いたくなることがある。

それが特別なことなのか、

ただ季節のせいなのかは分かりません。

けれど今年は、

六月を少しだけ楽しみにしている自分がおります。

騒がしく祝うでもなく。

大きく語るでもなく。

ただ穏やかに、

この季節が過ぎていくのを眺めていたい。

そんな気持ちになるのでございます。

六月の夜は、少々反則的でございます。

雨上がりの空気も。

滲む街灯の灯りも。

静かに吹き抜ける夜風も。

普段なら見過ごしてしまうような景色まで、

少しだけ大切なものに見せてしまうのですから。

だから今夜くらいは、

理由を探すことはやめにして、

この不思議な季節を楽しんでみようと思います。

Familiar Wonder

窓辺に映える新緑の鮮やかさに加え、紫陽花が庭園を彩る季節となりました。

雨露をまとった花も風情があり、日毎に夏の気配を感じる能見でございます。

お嬢様、お元気でいらっしゃいますでしょうか。

 

 

さて、大変お恥ずかしいことながら、私はここ最近になってからようやく、

ウォーターサーバーから出てくるお水のおいしさを知る機会に恵まれました。

諸外国に比べれば東京の水道水は清潔で品質もよいと伺ってはおりましたが、

実際に比較すると思いのほか違いがあり、水道水とはまた別物と感じました。

 

 

存在していて当たり前。けれど、かたちを変えながら傍で息づいております。

何気なくそこにあるものだからこそ、違いに気づいたさいの驚きもひとしお。

日常のなかの、どんな些細なことにも、変化に伴う新しい発見がございます。

いつになっても好奇心を持ち続け、その発見を喜びたいものでございますね。

 

 

さてお話は変わりますが、本年も的場とともにカクテルデーを開催いたします。

昨年は執事歌劇団公演「ゼロイチ」をテーマにカクテルをお作りいたしました。

本年の表題は「オデッセイ」と申します。的場におすすめした書籍のなかから、

特に共感する部分が多かった作品をモチーフに、カクテルを考案いたしました。

 

 

過去への追憶を誘う、赤いボディーのオデッセイが、御元へ迎えにまいります。

車窓から見える流れ星のようなネオンが、視界から通り過ぎる深夜の高速道路。

オデッセイから降りたあなたの前には、どんな景色が広がっているでしょうか。

 

 

その光景を想像し、グラスの中で表現いたします。

ぜひご一緒に、物語を紐解いてまいりましょう。

 

 

能見