ご機嫌麗しゅうございます、荒木田でございます。
先日、幼馴染と呼んでも差し支えないほど旧い友人から、住まいについて相談を受けました。
仕事の都合で東京へ戻ることになったので、どの辺りに住むのがよいだろう、と。
職場の最寄りを聞いてみれば、偶然にも私に多少縁のある沿線にございましたので、いくつか駅を挙げました。
ここなら交通の便も悪くない。
こちらなら生活もしやすいだろう。
この辺りは坂が多いからやめた方がよい。
そんな程度の話です。
東京の土地という土地を知り尽くしているわけでもございません。たまたま昔の職場があった方面であり、私が知っていた。ただそれだけのことです。それでも、せっかくの旧友の相談ですから少しでも力になれれば、とない知識を奮ってアドバイスをいたしました。
すると、友人はそのうちの一つを気に入ったようで
「結構良さそうだな」
と、前向きに考え始めました。
であれば、その駅はここにスーパーマーケットがあって、こっちの方面には商店街があって……のような当たり障りのない会話を交わしていると、話の流れで、近いうちに子供も欲しいのだと聞きました。
そこで、ふと思ったのです。
これは結構なことをしているのではないか。
私としては、地図を開き過去を眺めながら「この辺りで良いのでは」と指を置いた程度でございます。
しかし友人が本当にそこへ住むことになり、その後子供が生まれ、そこで育ったならば。
その子供にとっては、そこが故郷になるかもしれません。
幼稚園も、小学校も、放課後に友達と寄る駄菓子屋も、初めて一人で電車に乗る駅も、その町になる。
同級生の一人にでも恋をして、青春の限りをその街で過ごす……。
そう考えると、人間一人の人生のかなり上流に、私の何気ない一言が紛れ込む可能性があるわけです。
少々恐ろしい話でございます。
しかし、さらに考えてみますと。
私がその沿線を知っていたこと自体、別に運命的な事情によるものではございません。たまたま縁があった。その程度です。
偶然私がその土地を知り。
偶然友人が私へ相談し。
偶然その候補を気に入り。
その結果、まだ生まれてもいない誰かの故郷が決まるかもしれない。
……人生。
高校時代の友人にも、似たようなことがございました。
同じ部活動に所属し、高校から大学までの七年間、共に汗を流した友人がおります。
随分真面目に競技へ取り組んでおりましたので、私はてっきり、そのスポーツに強い思い入れでもあったのだと思っておりました。
ところが後になって入部した理由を尋ねてみると、
「なんとなくだよ。ただ体を鍛えたかっただけ。ちょうど新歓で声をかけられたから」
とのこと。
その競技である必要すら、特になかったそうです。ウム、何とも身も蓋もない。
ところが、その程度の理由で始めた競技を彼は七年間しっかりと続けました。
そして今では、そのスポーツに関係する仕事までしております。
人生の大きな部分を占めるものが、最初は、
「なんとなく」
だったわけです。
もし入学した日に別の部活動の勧誘を先に受けていたなら。
もし同じ目的で別の競技を選んでいたなら。
彼の現在は、随分違うものになっていたでしょう。
さて。
人生の分岐点、という言葉はよく耳にいたしますね。
物語などでは些かドラマチックに描かれがちで、時には「この出会いが、彼の運命を大きく変えることになる」などとナレーションが入ったりもいたします。
つい、自分の人生にもそんな展開を夢見てしまうものですが。
実際の分岐点というものは、随分質素な姿をしているようです。
二本の道が光り輝き、片方を選べば栄光、片方を選べば破滅。そんな具合なら実に分かりやすい。
しかし現実には、
どの部活に入ろう。
どの町に住もう。
誘われたから行ってみよう。
安いからこちらにしよう。
今日は何となく、この道を通ろう。
その程度でございます。
我々は人生において「重要な決断」をしていると思っておりますが、その重要さに気付く頃には、たいてい決断から何年も経っているのではないでしょうか。
過去を振り返りながら、
「あれが人生の転機だった」
などと語る。
けれども、その日の自分は転機だなどと思っていない。
むしろ大抵、「まあ、いいか」くらいの顔をしているのでしょう。
後世の歴史書には大事件の発端として記される一日でも、当人にとっては、紅茶を濃く淹れすぎたせいで一本遅い電車に乗った、という程度の些細な出来事から始まっていたのかもしれません。
バタフライ効果、という言葉がこの話に適切なのかは分かりませんが。
小さな蝶の羽ばたきが、遠く離れた場所で大きな嵐を引き起こすかもしれない。
しかし、どの蝶の、どの羽ばたきが嵐に繋がったのか。
そんなものは、嵐が過ぎ去った後でさえ分からないのでしょう。
それでも我々は、過ぎ去った出来事を振り返り、あれが原因で、これが転機であったと、一本の物語に仕立て上げる。
自分の意思で切り開いてきたと思っている人生も、実際には無数の偶然を後から繋ぎ合わせたものなのやもしれません。
人生。
それまで何やら大層で、揺るぎないもののように思っていた「人生」という二文字が、途端に道端に転がるキャンディの包み紙ほどに、ちっぽけなものに見えてくるのです。
……ですが、それは寧ろ、肩の力を抜くには丁度よろしいやもしれません。
今日の何気ない一言が、二十年後の誰かの生活に残っているかもしれない。
今日何となく選んだものが、十年後には自分の仕事になっているかもしれない。
逆に今、大変重大だと思っている出来事が、数年後にはほとんど思い出せなくなっているかもしれない。
そう考えると、人生の何が重要で何がどうでもよいのかなど、今この瞬間には分かりようもございません。
ならば、あまり偉そうに人生を設計しようとするのも考えものです。
設計図など持っていたところで、数年後には勝手に増築され、知らない部屋が出来ているのでしょうから。
そして後から、
「なるほど、この廊下はここへ繋がっていたのか」
などと納得するのです。
人生というものは、そのくらい雑に出来ているのかもしれません。
さて。
友人が本当にその町へ住むのかは、まだ分かりません。
別の町を選ぶやもしれませんし、東京へ戻る話そのものが変わる可能性だってございます。
子供についても、もちろん未来の話です。
結局、何も起こらないかもしれません。
けれども、もし十数年後。
その町で育った子供が、
「自分はこの町で育ったから今の自分になった」
などと言う日が来たなら。
その遥か上流に、私が何となく駅名を一つ挙げた、さりげない午後のさりげない会話があるのです。
本人は、まず知ることはないでしょう。
私もその頃には、そんな会話をしたことなど忘れているかもしれません。
人生の分岐点とは、おそらくそういうものなのでございます。
……ふと、私自身が使用人としてお屋敷にお仕えするに至った、その日のことを思い返してみました。
やはりそれも、蝶の羽ばたきのような些細な偶然と、小さなきっかけによるものでございました。
その選択が私の人生に何をもたらすことになるのか、今はまだ分かりません。
それではいつかの将来。
ハウススチュワードに昇り詰め、時任執事や椎名執事を顎で使う未来か。
はたまた、何処かに旅に出て使用人ではなくなっている未来なのか。
或いは宝くじなどを当てて、私も大旦那さまのように沢山の使用人を抱えているやもしれません。
いずれにせよ、その未来に辿り着いた私が、今日という日をどのように振り返るのか。
……今は知る由もございません。
何しろ、今日が何の日であったのかさえ、まだ分からないのでございますから。

