ティーカップ×ドレス

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。綾瀬にございます。

少しずつ暖かくなり春らしさが感じられる頃となりました。ようやく冬を超えられそうだと一安心しております。年々寒さに弱くなっているのは気のせいでございましょうか。ついには夏派への鞍替えを検討している今日この頃でございます。

 

さて春は変化の季節でもありそれ故に、お嬢様におかれましては舞踏会や晩餐会に赴かれる機会も多い事かと存じます。同時にその供回りを務める使用人たちに羨望の眼差しが注がれますのもまた使用人にとってはお屋敷の日常風景でございます。美しく着飾ったお嬢様をエスコートする栄誉を賜れるのですから。本日はそんな社交界の華であらせられるお嬢様がお召しになるドレスに関するこぼれ話をご紹介したく存じます。

 

事の起こりは数か月前に遡ります。お嬢様のお召し物から使用人の燕尾服まで当家で扱う衣服の多くを任せている工房に用事があり足を運びましたところ、そこでドレスデザイナーが何やらスランプに陥っているという話を耳に致しました。お姿をこっそり伺えばなかなかに根を詰めてしまっているご様子。これではいけないと息抜きを兼ねてティーサロンにお誘いしたのでございます。

 

暖かいお食事と紅茶で一息ついて頂いたところで話を伺えば、ドレスのデザインに関するアイディアが湧いてこないとの事でございました。三人寄れば文殊の知恵と申します。早速通りがかりの使用人たちを捕まえまして皆で色々と案を出す事に致しました。

 

「お嬢様のお好きな色に焦点を当てては?」

「春ですから桜はいかがでしょう?」

「いっその事思い切り絢爛豪華なお召し物にしてみては?」

「ロココ時代のドレスを現代風にアレンジしては?」

 

初めは和気あいあいとアイディアを出していた我々ですが、デザイナーとて職人として激しい競争に打ち勝って来たプロでございます。そのようなアイディアはとうに検討済みでございました。そうしていよいよ皆の口数も少なくなり気まずい空気が漂い出した頃とある使用人がぽろっと口に致しました。

 

「『ビジュー』の様なドレスはどうでしょうか?」

 

それを聞いた瞬間使用人たちは揃って申しました。

 

「「「「それだ!!」」」」

 

しかし当のデザイナーはポカン顔でございます。ご覧いただいた方が早かろうと当家の特別なカップであるニッコー社の『ビジュー』をお持ちすると途端にデザイナーの目つきが変わりました。『ビジュー』は宝石の意味を持つ美しいカップでございます。エメラルドグリーンにラピスラズリの如き意匠と流麗な模様を合わせたデザインは、言われてみればそのままドレスになった姿が想像できる程の美しさでございます。デザイナーの反応に気を良くした我々はこれ幸いに次々とプレゼンを始めました。

 

「私はこのカップをおすすめいたします。ロイヤルアルバート社の『ムーンライトローズ』でございます。モントローズシェイプと呼ばれる特徴的な形は凛とした気品を感じさせるドレスとなりましょう。青薔薇から連想される藍色はお嬢様もお好みであらせられます」

 

「このカップは英国はウェッジウッド社の『プシュケ』でございます。『クピドとプシュケの物語』から着想を得たカップでございまして、絶世の美女の名を冠するこのカップを元に作られるドレスは社交界の話題を攫うと思うのです。それをお召しになるのがお嬢様であれば尚更ではないでしょうか⁉」

 

「皆さまノリタケ社の『イブニングマジェスティ』を忘れてはおりませんか?落ち着きのある意匠と威厳を兼ね備えた美しさこそお嬢様に相応しいでしょう。ブラックドレスは昨今のトレンドでもございます。お嬢様がお召しになれば今年の社交界に大流行する事は間違いないかと存じます」

 

「可愛らしいカップと申しましたら大倉陶苑の『スウィートメモリー』の右に出るカップはございません。この自己主張をし過ぎない可憐な佇まいをご覧くださいませ。それでいて目を逸らす事ができない魅力がございましょう?幾何学模様に似た意匠はドレスのみに留まらないポテンシャルを感じるのですがいかがでしょう?」

 

最早それぞれの好きなカップを発表しているだけな気も致しましたが、デザイナーはうんうんと頷きカップを手に取ってはメモをしたためておりました。そして遂には今すぐ工房で作業がしたいと言い残しお帰りになったのでございます。

 

そして待つ事数か月。お嬢様の為の新作のドレスが届いたのでございます。ご覧になられましたか?私はどの様なドレスに仕上がったのか存じ上げないのですが、お嬢様のお気に召していただければお手伝いした身としても嬉しゅうございます。

 

そしてそのドレスをお召しになる機会もすぐにやって参ります。そう3月はティーサロンのアニバーサリー期間でございます。18周年を無事に迎える事ができましたのもひとえにお嬢様のご愛顧の賜物でございます。心から感謝申し上げます。これからもお嬢様の憩いの場であるべく精進して参りますのでこれからもよろしくお願いいたします。

 

それでは今日の所はこの辺で。ご帰宅をお待ちしております。