山梨ワイナリー

ワインは基本的に赤も白も甘口が好みです。
ご機嫌麗しゅうございます。山岡でございます。

先日当家ハウススチュワードであり
ソムリエを担っております能見と共に、
ワインデーを開催させて頂きました。

私といたしましては
使用人人生で初のワインデーのお仕えでございましたが
不束ながらも精一杯務めさせて頂きました。

前段といたしまして今年の初夏、
能見より「山梨ワイナリーに一緒に行かないか」
というお誘いを頂き
ご一緒させて頂いた事がきっかけで、
今回のワインデーの開催に繋がりました。

何故誘って頂いたのか
そこには幾つかの理由がございます。

まずひとつ、普段からの関係性。
地下のティーサロンでは担当制というしきたりのもと、
主人にお仕えする為に我々は存在しておりますので、
使用人同士のコミュニケーションと、
そこから見える関係値というのは、
なかなかお嬢様方からは見えないものでございますよね。
そして山岡自身も能見自身も
自らどの使用人との関係値がどうという話は敢えてはしませんから、
より2人の関係性は見えないものだったかと存じます。
ですが実は、共有している時間は意外と多かったりするのです。お給仕の話やお屋敷の未来の話、お嬢様お坊ちゃまの事を思っての話など、私からすれば主に教えですね、意外と新人の頃からよくお世話になっておりました。

ふたつめは執務の内容。
私自身お屋敷で仕えるにあたって
もっとワインの勉強をしたかった為、
ビバレージユニットに記載されているワインや
セラーに仕舞われているワインの管理のお手伝いをしておりました。
最近はかなり手が離れてしまいましたがそういった背景も理由にあったかと存じます。

三つめは二人組で開催する何かしらの特別なお飲み物をご用意する日を一緒に行いたい旨を実現する為。
こちらは最初から目的としていたわけではありませんでしたが、きっとお互いの頭の中にはこういう未来も想像しながらの事だったのでしょう。
私も能見も幾度となくエクストラティーやカクテル、
彼に関してはワインのご提供をさせて頂いて参りましたが、
実は一緒に何かをご提供させて頂くというのは
まだ一度もなかったわけでございます。
ひとつめの理由に挙げた関係値が出来上がり、
一緒にエクストラティーやカクテルを行いたいですね!
という話をし始めてから最低でも、
早四年くらいは時間が経過したかと存じます。
ここまで機を逃すと最早何を理由に一緒に行えるのかという所もございましたので、
口実作りというわけでは無いですが
今回の誘いは非常にありがたい機会でした。

、、、
本当は旅先での事をしたためたかったのですが
ワインデー当日を経て思いの外、
「何故この2人でワインデーを開催したのか」
という疑問がお嬢様方の中にあられたように見受けられ、
そちらを思いながら日誌をしたためているとあっという間にこのような文章量になりましたので、
今回はこの辺にしておきます。
話題には賞味期限がありますから、
次にしたためる機会があるかはわかりませんし、
その頃にはワイナリー旅2回目の開催が終わっているかもしれませんけれども、
またお嬢様方に美味しいワインをお届け出来ますように、
今後とも知識見聞を広げていきたく存じます。

先のワインデーにてご用意いたしました品は、
ロリアンワインの白百合醸造より、
「勝沼甲州」と
フジクレールワイナリーより、
「百千AX3」でございます。

勝沼甲州は白百合醸造を代表する一本です。
シュール・リー製法で作られていて、
口当たりは水のような軽やかさで後味に日本酒を思わせるような甘さと程よい酸味が広がっていきます。
海外の辛口白ワインの酸味が苦手な方でも大変飲みやすい一本です。
こちらの酒造さんのラインナップの中には、
「アジロンダック」という希少品種の黒ブドウを使った甘口の赤ワインと、グラッパも自家製で作ってらっしゃるのですが、その二つが美味し過ぎて、現地では私はアジロンダックを買って帰りました。
いつかこちらのグラッパを用いたカクテルを作りたいとも考えております。

百千は百千と書いて「モモチ」と読みます。
創業60年を迎えたフジクレールがこの先100年,1000年先も続けられますようにと名付けられたシリーズです。
フジクレールさんで実際に試飲させて頂きました際美味しすぎて自身でも買って帰ろうか大変悩んだ品です。
AX3はアッサンブラージュクロス3という言葉の略で、
三種のぶどうを組み合わせて作っている事を表しています。
使っているぶどうは「カベルネソーヴィニヨン」「メルロー」「志太乃輝」の三種でして、
使っている品種の字面と公式からのタイプはフルボディとされているのですが、
実際飲んでみるとそこまで重さは感じず、
「飲みやすいのに複雑」という、
言葉では矛盾をしている、
味でしか感じられない感覚を楽しませてくれるワインです。

まだこの品に触れた事のないお嬢様方もこの機会に是非、出会われましたら試してみてくださいませ。

ひとつ、またひとつ

ご機嫌麗しゅうございます。
環でございます。

前回バラの話をさせていただきましたが、そのバラがいくつか咲いてくれました。

 

 

 

 

 

小さいながらも力強く、それでいて可憐に咲いております。
その命に携われること、寄り添えることに素直に喜びを感じております。

少しでも長く咲き続けられるよう、これからも水をあげ大切に育てていこうと思います。

またたくさん咲いたらご報告いたします。
楽しみにお待ちくださいませ。

燕定石

うさぎ、とら、

ねずみ、ひつじ、うし、、、

オセロにでてくる定石には動物の名前が多いのですが、

当初は十二支から名付けられていったんだそうです。

もちろん12種では足りませんから、猫、鶴、バッファローなんてのも出てくるのですが、

ここにも、燕が登場します。

縦取り→ 猫系 → No Cat → 燕

と変化しまして、比較的現れない戦術です。

好手を牽制しつつ手数を増やすといったところが、

相手の動きを見ながら急旋回するつばめに

なんだか似てるような……?

睡眠

ご機嫌麗しゅうございます。
米澤でございます。

お嬢様、お坊ちゃまは良質な睡眠は取れておりますでしょうか。
秋も深まり、布団の温もりが恋しい季節となりました。

こんな過ごしやすい季節こそ夜更かししすぎずに、
朝は早く起床し、散歩や筋力トレーニングなどをして清々しい一日を始めたいところでございます。

……ええ、気持ちだけは十二分にございます。

目覚ましを止め、「あと五分」と布団に潜り直す瞬間ほど、
自身の意志が試される場面もないでしょう。

明日こそは勝利を収めたいものです。

それでは良い夢を。

米澤

日誌

ご機嫌麗しゅうございます、荒木田でございます。

先日、幼馴染と呼んでも差し支えないほど旧い友人から、住まいについて相談を受けました。

仕事の都合で東京へ戻ることになったので、どの辺りに住むのがよいだろう、と。

職場の最寄りを聞いてみれば、偶然にも私に多少縁のある沿線にございましたので、いくつか駅を挙げました。

ここなら交通の便も悪くない。
こちらなら生活もしやすいだろう。
この辺りは坂が多いからやめた方がよい。

そんな程度の話です。

東京の土地という土地を知り尽くしているわけでもございません。たまたま昔の職場があった方面であり、私が知っていた。ただそれだけのことです。それでも、せっかくの旧友の相談ですから少しでも力になれれば、とない知識を奮ってアドバイスをいたしました。

すると、友人はそのうちの一つを気に入ったようで

「結構良さそうだな」

と、前向きに考え始めました。

であれば、その駅はここにスーパーマーケットがあって、こっちの方面には商店街があって……のような当たり障りのない会話を交わしていると、話の流れで、近いうちに子供も欲しいのだと聞きました。

そこで、ふと思ったのです。

これは結構なことをしているのではないか。

私としては、地図を開き過去を眺めながら「この辺りで良いのでは」と指を置いた程度でございます。

しかし友人が本当にそこへ住むことになり、その後子供が生まれ、そこで育ったならば。

その子供にとっては、そこが故郷になるかもしれません。

幼稚園も、小学校も、放課後に友達と寄る駄菓子屋も、初めて一人で電車に乗る駅も、その町になる。

同級生の一人にでも恋をして、青春の限りをその街で過ごす……。

そう考えると、人間一人の人生のかなり上流に、私の何気ない一言が紛れ込む可能性があるわけです。

少々恐ろしい話でございます。

しかし、さらに考えてみますと。

私がその沿線を知っていたこと自体、別に運命的な事情によるものではございません。たまたま縁があった。その程度です。

偶然私がその土地を知り。
偶然友人が私へ相談し。
偶然その候補を気に入り。

その結果、まだ生まれてもいない誰かの故郷が決まるかもしれない。

……人生。

高校時代の友人にも、似たようなことがございました。

同じ部活動に所属し、高校から大学までの七年間、共に汗を流した友人がおります。

随分真面目に競技へ取り組んでおりましたので、私はてっきり、そのスポーツに強い思い入れでもあったのだと思っておりました。

ところが後になって入部した理由を尋ねてみると、

「なんとなくだよ。ただ体を鍛えたかっただけ。ちょうど新歓で声をかけられたから」

とのこと。

その競技である必要すら、特になかったそうです。ウム、何とも身も蓋もない。

ところが、その程度の理由で始めた競技を彼は七年間しっかりと続けました。

そして今では、そのスポーツに関係する仕事までしております。

人生の大きな部分を占めるものが、最初は、

「なんとなく」

だったわけです。

もし入学した日に別の部活動の勧誘を先に受けていたなら。
もし同じ目的で別の競技を選んでいたなら。

彼の現在は、随分違うものになっていたでしょう。

さて。

人生の分岐点、という言葉はよく耳にいたしますね。

物語などでは些かドラマチックに描かれがちで、時には「この出会いが、彼の運命を大きく変えることになる」などとナレーションが入ったりもいたします。

つい、自分の人生にもそんな展開を夢見てしまうものですが。

実際の分岐点というものは、随分質素な姿をしているようです。

二本の道が光り輝き、片方を選べば栄光、片方を選べば破滅。そんな具合なら実に分かりやすい。

しかし現実には、

どの部活に入ろう。
どの町に住もう。
誘われたから行ってみよう。
安いからこちらにしよう。
今日は何となく、この道を通ろう。

その程度でございます。

我々は人生において「重要な決断」をしていると思っておりますが、その重要さに気付く頃には、たいてい決断から何年も経っているのではないでしょうか。

過去を振り返りながら、

「あれが人生の転機だった」

などと語る。

けれども、その日の自分は転機だなどと思っていない。
むしろ大抵、「まあ、いいか」くらいの顔をしているのでしょう。

後世の歴史書には大事件の発端として記される一日でも、当人にとっては、紅茶を濃く淹れすぎたせいで一本遅い電車に乗った、という程度の些細な出来事から始まっていたのかもしれません。

バタフライ効果、という言葉がこの話に適切なのかは分かりませんが。

小さな蝶の羽ばたきが、遠く離れた場所で大きな嵐を引き起こすかもしれない。

しかし、どの蝶の、どの羽ばたきが嵐に繋がったのか。
そんなものは、嵐が過ぎ去った後でさえ分からないのでしょう。

それでも我々は、過ぎ去った出来事を振り返り、あれが原因で、これが転機であったと、一本の物語に仕立て上げる。

自分の意思で切り開いてきたと思っている人生も、実際には無数の偶然を後から繋ぎ合わせたものなのやもしれません。

人生。

それまで何やら大層で、揺るぎないもののように思っていた「人生」という二文字が、途端に道端に転がるキャンディの包み紙ほどに、ちっぽけなものに見えてくるのです。

……ですが、それは寧ろ、肩の力を抜くには丁度よろしいやもしれません。

今日の何気ない一言が、二十年後の誰かの生活に残っているかもしれない。
今日何となく選んだものが、十年後には自分の仕事になっているかもしれない。
逆に今、大変重大だと思っている出来事が、数年後にはほとんど思い出せなくなっているかもしれない。

そう考えると、人生の何が重要で何がどうでもよいのかなど、今この瞬間には分かりようもございません。

ならば、あまり偉そうに人生を設計しようとするのも考えものです。

設計図など持っていたところで、数年後には勝手に増築され、知らない部屋が出来ているのでしょうから。

そして後から、

「なるほど、この廊下はここへ繋がっていたのか」

などと納得するのです。

人生というものは、そのくらい雑に出来ているのかもしれません。

さて。

友人が本当にその町へ住むのかは、まだ分かりません。

別の町を選ぶやもしれませんし、東京へ戻る話そのものが変わる可能性だってございます。
子供についても、もちろん未来の話です。

結局、何も起こらないかもしれません。

けれども、もし十数年後。

その町で育った子供が、

「自分はこの町で育ったから今の自分になった」

などと言う日が来たなら。

その遥か上流に、私が何となく駅名を一つ挙げた、さりげない午後のさりげない会話があるのです。

本人は、まず知ることはないでしょう。
私もその頃には、そんな会話をしたことなど忘れているかもしれません。

人生の分岐点とは、おそらくそういうものなのでございます。

……ふと、私自身が使用人としてお屋敷にお仕えするに至った、その日のことを思い返してみました。

やはりそれも、蝶の羽ばたきのような些細な偶然と、小さなきっかけによるものでございました。

その選択が私の人生に何をもたらすことになるのか、今はまだ分かりません。

それではいつかの将来。

ハウススチュワードに昇り詰め、時任執事や椎名執事を顎で使う未来か。

はたまた、何処かに旅に出て使用人ではなくなっている未来なのか。

或いは宝くじなどを当てて、私も大旦那さまのように沢山の使用人を抱えているやもしれません。

いずれにせよ、その未来に辿り着いた私が、今日という日をどのように振り返るのか。

……今は知る由もございません。

何しろ、今日が何の日であったのかさえ、まだ分からないのでございますから。

あの日のジャックオーランタンへ

敬愛せしお嬢様へ
10月に入りまして、お屋敷ティーサロンにもカボチャのお化けたちが我が物顔に侍る季節となりました。このカボチャは「ジャック・オー・ランタン」と申しまして、その正体は、経緯に諸説あるものの、死後の世界に行くことを拒否されたとある男性がランプを手に彷徨っているという幽霊の類だそうでございます。なおその諸説の部分については、狡賢い男が悪魔をも騙し「どんなに悪いことをしても地獄に落ちない」契約を勝ち取ったものの、いざ死を迎えたところで天国には当然入れてもらえず、契約のせいで地獄にも入れず、永遠に彷徨う羽目になったという話が含蓄があって好みでございます。
当家の使用人に教訓として読ませておきたいところでございますね。
さて、このジャックに限らず、闇夜に浮かぶ不思議な灯りというものは、「鬼火」や「人魂」、「ウィル・オ・ウィスプ」「イグニスファトゥス」「プーカ」などなど、世界各国、丘にも山にも海にも街にも、古今東西の夜話に見られまして、
旅人を惑わせたり時には崖や海中などに誘い込んだりする恐ろしいものも在れば、道に迷う旅人を正しい道に導いてくれるものも在るようで、善きものもいれば悪しきものもいるのは人と変わらないようでございます。
さて、そんな「不思議な灯り」に因みまして。
夏は程よく過ぎましたが、せっかくのハロウィンの月でございますのでそれらしいお話をひとつ。
時任は幼い日に。親族が居ります遠き異郷の地にて迷子になったことがございます。いえ、迷子というよりは脱走でございましょうか。遠き地の親族を訪ねた私は、大人たちに連れられて、車でしばし移動した、当地の遊戯施設にお邪魔しておりました。しかし何を思ったか、私はそこから親族の家まで、突然一人で帰ってしまったのです。誰にも何も言わず、徒歩で。本当に何を思ってそのような行動に出たのやらですが、おそらく疲労や空腹で帰りたいと訴えたものの大人たちは撞球などに夢中だったため、先に帰っていようと何の気もなく出て行ってしまったように、朧げに覚えております。
すでに夕刻を越え陽も落ちようという頃、突然幼児が姿を消したとあって大騒ぎになってしまいました。ところがその大騒ぎさなか、当の本人がひょっこり親族の家に帰って来て大目玉をいただきはしたものの一件落着と、そんな騒動だったわけでございますが
ただ、幼児であり道も知らぬ私が、どうやって帰って来れたのか。
そこを誰もが不思議がり、今でも親族が集まると思い出話の一つによく語られるところでございます。
さて。当の本人である時任は、その時の記憶でございますが、遊戯施設を出てすぐの街中で、どちらに向かえばいいか当然判らず、なんとなく車通りが多少ある海沿いの道を歩いて行ったように覚えております。そして当然ながら道に迷いました。
陽も落ちて真っ暗で、雨まで降ってきて、時折道端を照らしている街灯が都市と比べてなんと少ないことかと驚いたのを覚えております。
それでも一心に足を進めている間、幼き私が考えていたことは何故か「叔父の車に辿り着けば帰れる」という謎の思いでした。いや。行きに乗せていただいていた車に乗れば、確かに帰れることでしょうが、その車を叔父もろとも置き去りにしてきたのは私自身です。いったいどういう思い込みだったのかとは今でも思います。
しかしながら、その時、右も左もわからぬ、夜闇と雨に閉ざされた道を歩く私が目指していたのは常に道の前方一定距離に、付かず離れず見えていた車のテールランプでございました。ずっと夜道の先に見えていたその光を、何故だか叔父の車のテールランプだと思い込んで、ずっとそれに着いて行っていたのでございます。
 雨の中ゆらゆら、ゆらゆらと
 ちょうど光の正体が滲んで見えぬぐらいの距離でずっと揺れていたその灯りはいつも間にか見覚えある、親族の館のすぐ目の前の道に辿り着いたと私が気づいた時には、どこへともなく消えてしまっていました。
あれ、どこへ行ってしまったんだろう。
そんなことも心をよぎりましたが、長く雨に打たれながら歩いていた私はまずはお家に入れてもらおうと扉を叩き、そしてちょうど行方不明の報が入っていたところだったもので、大騒ぎになった次第でございます。
今考えても、あの雨の中をずっと揺らめいていた灯りが何であったのかは解りません。知らぬ地を愚かにも迷っていた幼児を憐んでくれた優しいジャックが居たのでしょうか?
そう申しませば、件の親族の元へとお邪魔していたのは、たしか夏休みの後半ごろのこと。
さようでございますね。
ちょうど、お盆の時期でございました。
ところでハロウィンのかぼちゃランタンを作ってみたくなり、大きなカボチャを購入して苦労してくり抜いてみました。
ランタンの灯りを入れるより先に、猫の家になりました。
かぼちゃランタンの中に猫が入り込み、尻尾だけ口の部分から出てパタパタしている様子は、かぼちゃのお化けに食われた猫にしか見えませんでしたが。
仲間が食われたと思って助けたのか、それとも味か感触が気に入ったのかかぼちゃランタンはもう一匹の猫に爪で研がれまくった挙句に削れて崩壊いたしました。
あの日助けてくれた名も知らぬジャックさん。
あの時の幼子はしっかりどうにか長生きしていま、あなたの(カボチャの)破片を咥えた2匹の猫にジーーーッと見られております。
はいはい。食べていいから煮るまで待ってね。(※猫にカボチャを与える場合は、加熱して柔らかくしてからよく冷まして少なめに与えてください。ビタミンの摂取においてはとても良いオヤツでございます。)

彼岸に紅く燃ゆる花

初秋の候
いつまで続くのだろうと心配になる長雨の時期がようやく終わり、気象庁発表の10月の一ヶ月予報が晴れの日が多く過ごしやすい気候だと聞いてホッとしている今日この頃。
ご機嫌麗しゅうございます。お嬢様。
いかがお過ごしでしょうか。

今年の夏は時にしっとりと静かに、時に激しく叩きつけるような雨に長い時間をかけて流されるように移り変わって行ったイメージ。
こうしてみると、あんなに嫌でうんざりするような夏の暑さが少し恋しく感じられます。
なんと私はわがままなのでしょう。

 

さて先日、長雨の合間に奇跡的に晴れた日いてもたってもいられなくなり早朝に飛び起きると準備を整えお散歩に出かけたのであります。
曼珠沙華(彼岸花、リコリス…)を求めて。

因みに昨年は水辺にひっそりと佇む曼珠沙華を見に出かけましたが今年は国内でも有数の名所へと足を運んだのであります。

そこは静かに流れる川の傍ら、足を踏み入れると一面に真っ赤に広がる曼珠沙華。

細く伸びた茎の先で、花弁を大きく反らせながら咲く姿は、どこか妖しく、それでいて凛としていて、まるで秋の野に紅い炎が灯されたかのようでした。

その今まで見たことの無い情景。言葉を失い、目も心も奪われしばらく動くことができませんでした。

さながら仏教で言うところの、こちら側の世界(此岸)と悟りの境地(彼岸)の堺を連想させる幻想的で神秘的な景色。

 

曼珠沙華は植物的にも非常に興味深い花にございます。
曼珠沙華を表す言葉に
「花は葉を知らず、葉は花を知らない」というものがあります。
それは曼珠沙華が花が咲く時期と葉が出る時期が違うからです。

秋に花が咲く→花が散る→葉が出る→冬の間に葉で光合成する→春になると葉が枯れる→夏は地中の球根で休む→秋に再び花といったサイクルで巡ります。
夏に何も無かった所から、ある日突然茎が伸び、秋になると花が咲くのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心に残る素晴らしい1日。
帰り道この情景は忘れたくないなと思い、薄れ行く記憶なら来年も再来年も必ず見に来ようと心に誓うのでした。

 

曼珠沙華の花が終わる頃にはカボチャが主役の時期に、急いでお屋敷に戻り準備をいたしましょう。