流行り廃り巡り

お嬢様、お坊ちゃま。
奥様、旦那様。
ご機嫌麗しゅうございます。
才木でございます。

昨月「暦の上では~」などと申し上げましたが、
九月ともなりますと体感としても
(気候の面は脇に置いておくとして)
秋を迎えたことを実感しております。

十月に向けてハロウィンの催しのお知らせなどもいたしまして、
気が早いのは承知の上ではございますが、
いよいよ今年も終わりなのだな、
という気持ちが芽生えてまいりました。

そうなってまいりますと、
さあ来年はどうしようかという考えにもなるもので、
実際は何も終わっていないのですが、
気持ちは先に先にへと進んでいくものです。

とはいえ目の前のことを疎かにせず、
一歩一歩大切にしていきたいと存じます。

……

皆様に楽しんでいただくために、
色々なことを提案させていただくことが多くございます。

それにあたり大切にしておりますのが、
「今世間では何が流行っているか、それは何故か」ということです。
発想力や自分自身の趣味趣向というものも
もちろん大事になってまいりますが、
インプットという意味合いでも、
有り体に言えば興味がないもの、
また触れる機会のなかったものに目を向けてみることで、
新たな視点を得られることは多々ございます。

少し前から平成ブームというのが世の中でございまして、
1980年代後半から2000年代頃の平成初期・中期を
「平成レトロ」と呼ぶようです。

レトロという言葉が
平成と馴染むようになってきたことに、
当初は驚いたものでございます。
ただこう言ってはなんですが、
さまざなものの流行り廃りを見聞きしながらも、
基本的なスタイルとしてはこの平成を
軸に生きていた私でございますので、
一周回ったのだなというのを強く感じました。

ファッションにおける流行というのは、
よく二十年で一回りすると言われるそうです。
とはいえそのままではなくリミックスされ、
新時代の文化として帰ってくるというイメージがございます。

こういった流れを追うことが、
大人になるにつれ面白くなってきました。
いざ取り入れるかは取捨選択でありますが、
そこにある時代性や意図を考えると
また違った視点が現れてまいります。

漠然とした概念として見ると
無機質なつまらないものにも思えますが、
結局考えた「誰か」がおりますから、
透かして見えるのは人です。

何事もそうではありますが社会を現象と捉えた時、
それは紛れもなく人が集まって起こるものですから、
個々の思惑はともかくとしても集団としての意思が介在いたします。
この意思は、都合よく言えば世界の意思を反映している(または見せかけている)もので、
世情を反映するものとも言えるでしょう。

ファッションにおいて近年「Utility(ユーティリティー)」という言葉が取りざたされておりまして、
これは実用性や機能性を示すもののようです。
浅い理解にはなってしまうのですが、
それ以前にあった所謂ロゴドン的なデザインからの脱却を狙った印象がありまして、
世間に漂う内省的な空気感や、
より細分化された個人主義への移行というものを感じるところです。

「誰かに認められる」ことよりも、
「自分自身のことを自分で良いと思える」ように。
とも取れるので良い転換なのかとも思えますが、
角度を変えて見るとセルフエイド的な側面もあり、
現代社会が弱っている・消極的になっていると
語られる一因にもなっているのかもしれません。

このように流行りには意思があって、理由があります。
商業的に言うと決めている人や場所、
もしくは特定の集団がいるのでしょうが、
そこまで話を広げるのは流石に野暮でしょう。

芥川賞や直木賞等のノミネート作品を
拝読する際にも似たようなことを考えております。
それぞれの作品に表現される「当時代性」
というものが、どのようなものであるか。
そして自分にとってそれが、どのように感じられるのか。

そのものの良さを追うのはもちろん楽しいですが、
背景まで見えてくるとより面白さを感じますね。
また丁度流れが変わり始めている気配を
世の中から感じますので、
これを機に目をこらしてみるのも面白いやもしれません。

……

長々とお目汚し失礼いたしました。
皆様におかれましては、
まずは季節の変化に負けず、ご健康を保ってお過ごしくださいませ。

その上で涼しくなってまいりましたら、
色々なことを考えてみたり、
さまざなものにふれてみたりすることもよいですね。

ティーサロンでも秋の味覚を沢山ご用意しております。
お戻りを心よりお待ちしております。

才木

優しさのリレー

お嬢様、百合野でございます。

誰かに支えてもらった記憶というものは
不思議と、何でもない日に思い出すものでございます。

上手くいかない日に掛けてもらった言葉。

自信をなくした時に
隣にいてくれたこと。

こちらが笑えない時に
代わりに笑ってくれたこと。

その時は必死でちゃんと「ありがとう」を返せていたのかも分かりません。

けれど、いただいた優しさというものは
案外ずっと心の中に残っているものでございます。

私は時々…
優しさにはたどり着く順番があるのかもしれないと思います。

誰かに灯してもらった灯りを
ずっとその人に返そうとしなくてもよいのかもしれません。

その灯りで少し前を向けたなら
今度は自分が、誰かの足元を照らせばいい。

そうして巡り巡って
いつかまた大切な人のところへ戻っていくのかもしれません。

優しさとはもしかしたら、そんなものなのかもしれません。

いつも誰かを励ましている人が
いつだって一番元気とは限りませんので。

いつも灯りを持って歩いている人だって、たまには誰かに灯りを預けて
両手を空っぽにして歩いてもよいのでしょう。

そういえば
森に住む熊は冬になると
暖かくなるまでじっと眠るそうでございます。

何もしない時間も。
立ち止まる時間も。

きっと次に歩き出すために
必要な時間なのでしょう。

時折灯りを消す事で、他に灯されていたあかりに気がつく時もございます。

今まで何度も灯りを持ってもらいましたから。

たまには私が、灯りの番をする日があってもよいでしょう。

お嬢様も優しさに疲れてしまったら少しおやすみくださいませ。

灯りは私が持っておりますので。

長月

ご機嫌麗しゅうございます。

 

気づけば季節もすっかり秋めいてまいりましたね。

 

今月は和風月名で長月(ながづき)とも呼ぶのですがお嬢様はその名の由来をご存知でしょうか。

 

なんでも旧暦9月ともなれば、ずいぶん日の入りが早くなり、夜が長いと感じるようになりまして、そこから「夜長月」(よながづき)と呼ぶようになり、縮まって“長月”になったのだそうです。

 

夜が長くなると幼少の頃でしたら遊ぶ時間が短くなってしまうなぁと悲しくも感じておりましたが、

 

今では月夜を眺めながら想いを馳せたり、夢の中を楽しむ時間が増えて嬉しい気持ちがございましたりと、夜が長くなるのも悪くないなと、

 

そう感じるのは大人になった証拠でしょうか。

 

今宵はそんな想いに心を委ねながら、本日のナイトキャップティーをお淹れ致しましょうか。

 

温かなルイボスティーと共にちょっぴり、ほんの少しだけ夜更かししてお話しいたしましょう。

 

お付き合いいただければ嬉しゅうございます。

 

火野

旅日誌

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。
宗方でございます。

秋と言えば行楽の季節でございますね。
まだまだ暑い日も続いておりますが、お元気にお過ごしでいらっしゃいますか?

行楽の季節などと申しつつ、私はいわゆるインドア派と呼ばれる人種でございまして、自ら外に出ることがあまりございません。

散歩でも良うございましたが、せっかくの機会。
少し足を延ばし、福岡の太宰府天満宮に行ってまいりました。

 

 

 

 

 

 

 

天気もよく景色の良く映える一日でございました。
太宰府天満宮には、有名な菅原道真公が祀られております。
学問の神様と呼ばれており、各所に奉納された牛の像「御神牛」の頭をなでることにより、知恵を授かることができるとのことでございます。計11か所に設置されているそうですが、どこも行列ができておりました。牛さんのお顔の愛らしさを考えれば納得でございますね。

 

 

 

 

 

また、太宰府名物の梅ヶ枝餅も頂いてまいりました。
強い日差しのなか観光した後の冷たい抹茶は身に染み入るようでございました。

ところでお嬢様は、太宰府に伝わる「飛梅」と呼ばれる梅の木をご存じでいらっしゃいますか?

 

 

 

 

 

 

 

この「飛梅」は元々、京都にて菅原道真公が愛した梅の木だといわれております。
道真公が京都から太宰府へ移る際、主人との別れを惜しんだ梅の木が、空を飛んで一晩のうちに太宰府へたどり着いたと言い伝えられているのだとか。

梅の木ではございますが、素晴らしい忠誠心でございます。
…私も見習って空を飛ぶ練習を致しましょう。

久々の旅行でございましたがなかなか良いものでございました。
お嬢様もお出かけされた際には、是非お土産話をお聞かせくださいませ。
お早いお戻りをお待ち申し上げております。

宗方

愛くださいませ

いかがお過ごしでございますか。桐島でございます。

秋になり過ごしやすい日々がやって参りました。

この季節は好きな季節なのですが、暑いから…寒いから…花粉が…と物事をやる前の言い訳ができないので意志力が試される季節でもございます。

思い返すとやらなきゃいけない事がサボりがちになるのは意外と秋だったりするなど感じます。

まぁいっかぁっとぐうたらになるのですがそんな時は心の中の超肩メロンジーニアスイケメンパーフェクトキリシマンが「ダサいなぁ…」っと視線を送ってくるのです。

それを感じると、古谷くんに冷笑されている時より腹が立つのでささっと日々の家事や勉強や筋トレを済ませます。

すると「貴様がNo. 1だ」と言わんばかりのドヤ顔スマイルを致します。嬉しいのですがまぁ腹が立ちます。

何年か前ぐらいからいつのまにか彼は住み着いており程よく自分を鼓舞してくるので割と鬱陶しかったのですが、感謝はしています。

最近はあまり出て来ず、なんだか寂しい気もいたします。

2月の執事歌劇団17回公演に参加させていただく事になりました。

またいっぱい出てきそうです。

前回よりも良いものを見せられればと存じますのでどうか見守っていて、そして期待していてくださいませ。

願わくばまた、壇上で拍手喝采というお嬢様からの愛を受けられれば幸いでございます。

それではまたお屋敷でお会い致しましょう。

ご機嫌麗しゅう、隈川でございます。
季節の過渡期、いかがお過ごしでしょうか。

このくらいの気候になってきますと暑さも落ち着き、これをきっかけに新しいことに挑戦する方も多いのではないでしょうか。

なにかを始めたばかりの時期というのはある種のボーナス期間のようなものでして、容易く一所懸命になることができます。

初期のモチベーションという燃料を燃やして大きな熱が生まれるのですね。

大変なのはその燃料が切れたあと。
次の熱の素を探さなくてはなりません。
そこで力尽き辞めてしまう、ということがどのような括りにおいても少なくないように存じます。

少しの燃料でも大きな熱を埋めるようになるにはある程度の年数が必要ですから「継続は力なり」という言葉も真実味を増します。

次の季節も貴方様の日々にみのりが多くありますことをお祈りしております。

隈川

秋の装い

ご機嫌麗しゅうございますお嬢様

綾瀬にございます。

9月に入り意外にも涼やかな日々が到来いたしましたね。なんて思って気温を調べてみると30°c……。それを涼やかと感じるのは我々の適応力の賜物か夏が暑すぎるだけなのか。いずれにせよ喜ばしい事でございますね。

しかし私この時期になって参りますと毎年同じ悩みに直面いたします。それは「どんな服を着るべきか」でございます。
「秋は短いと申しますがそれでも秋物をスタイリッシュに着こなしたい」「時間帯によって体感気温が変化する故にお洒落との両立が難しい」…………なんて高尚な悩みではございません。強いて言えば高尚な悩みでない事が悩みと申しましょうか、私根っからのパーカー族なのでございます。

楽、暖かい、上着がある前提となればパーカー以外の選択肢がございません。なんなら同じような色のパーカーを3着持っております。
しかし何か不自由がある訳でもございませんので変えねばならないと言う気が起きず毎年少しの引っ掛かりを感じつつ続いてしまうのでございます。

そういった意味では燕尾服を着られるこの役目は大変有り難くもございます。これに恥じぬように精進せねばなりませんね。

お嬢様はお気に入りの服などございますか?
ぜひお屋敷でお伺い出来ればと存じます。