八幡でございます。
六月という月には、少し不思議な魅力がございます。
世間では雨の季節と言われますし、空模様も気まぐれでございます。
朝は晴れていたかと思えば、帰る頃には雨が降り出していたり。
傘を持って出れば使わずに済み、持たずに出れば見事に降られたり。
なかなか人の思い通りにはならない月でございます。
けれど今年は、例年より少しだけ六月を意識している気がいたします。
理由を尋ねられますと困ってしまうのですが、
気付けば六月の話題に目が留まり、
雨音や夜風まで、どこか印象深く感じるのでございます。
先日も帰り道、雨上がりの夜道を歩いておりました。
濡れた地面に映る街灯の灯りを眺めながら、
一年というものについて考えていたのでございます。
一年は三百六十五日。
どの日も同じように巡ってくるはずなのに、
なぜか心に残る日というものがございます。
当人にとっては何気ない一日であったとしても、
別の誰かにとっては、静かに大切にされていることもある。
人のご縁というものは、実に不思議でございます。
長い時間を共にしたからといって、
必ずしも深く記憶に残るとは限りません。
反対に、
ほんの短い時間の中にも、
不思議と心に残る出来事がある。
何気ない会話であったり。
ふとした言葉であったり。
その時は気付かなくとも、
後になって思い返す景色というものがございます。
だからでしょうか。
今年の六月は、少しだけ見え方が違う気がしております。
雨音も。
街灯の灯りも。
夜更けの静けさも。
普段と何ひとつ変わらないはずなのに、
どこか柔らかく感じられるのでございます。
理由を説明するのは難しいのですが、
そういう変化に気付けること自体が、案外幸せなことなのかもしれません。
そして気付けば、
良い一日でありますようにと願いたくなることがある。
それが特別なことなのか、
ただ季節のせいなのかは分かりません。
けれど今年は、
六月を少しだけ楽しみにしている自分がおります。
騒がしく祝うでもなく。
大きく語るでもなく。
ただ穏やかに、
この季節が過ぎていくのを眺めていたい。
そんな気持ちになるのでございます。
六月の夜は、少々反則的でございます。
雨上がりの空気も。
滲む街灯の灯りも。
静かに吹き抜ける夜風も。
普段なら見過ごしてしまうような景色まで、
少しだけ大切なものに見せてしまうのですから。
だから今夜くらいは、
理由を探すことはやめにして、
この不思議な季節を楽しんでみようと思います。

