春の気配は東の果てへ

冷たい風が爪痕のつくほどにこの肩を鷲づかみ、
逃げ行く春を追うことを決して許そうとはいたしません。
暦はあらがう術を知らずに、風のなすまま、
そのうすい皮膚をめくり剥がされております。
ただ、暖かな春陽に包まれて盛る花々を眺めていたいだけですのに、
いまだ冷たい風はわたくしの肩に青痣を残そうと爪を立て続けるのです。




お嬢様の身には何事もなきよう、冷たい風の意地悪はわたくしが
代わりにお引き受けいたします。
ご機嫌いかがでしょうか。伊織でございます。





人と獣とを隔てる差異は本当にわずかでしかありません。
人が賢くなればなるほど、その差異の小さなことを
より鮮明に知ることになるのでしょう。




感情を高ぶらせて涙を流すことが人間にのみ許された類稀な才であると、
古い書物で読んだ記憶がございます。
喜怒哀楽、いずれにおいても人は涙する機会を持っております。
どんな相反する感情も、進んだ道のきわみには「涙」という袋小路が
設けられているのかもしれません。
天動説を唱えた学者の描いた地図のようだと申すこともできましょうか。
東西南北、どちらへ向かえど、待っているのは人知を越えた大滝なのだと。




古い感情の地図の上、進んでもすすんでも最果てまでたどり着けないと
いたしましたら、わたくしには出来損ないの感情しか備わっていないでは、
と不安がよぎりましても、不自然なことではないでしょう。




人の側か獣の側か――。
冷たい風は、憂うわたくしを笑います。
沈丁花の花の香りもかき飛ばされて、春の記憶がうすれていきます。




にじんだ涙は風に吹かれたゆえなのでしょうか、消えゆく記憶を思っての
ものでしょうか。
それとも人の側でいられるようにと、願ってのものなのでしょうか。
Filed under: 伊織 — 22:00