お屋敷の雑学/弐

敬愛せしお嬢様へ。

翠碧の色も美しく、はや初夏の香りすら感じる日々でございます。
庭園のお散歩には良き気候でございますね。

前回より『お屋敷の雑学』と称しまして、今さら聞くに聞けぬようなお屋敷ならではの雑学をお届けしておりますが、
今宵は使用人たちが頂いておりますお仕着せ‥いわゆる制服についてお話しさせて頂こうと思います。

使用人たちは「執事」と「フットマン」に大別されると、前回お話させていただきました。
一目でその違いをご確認頂けますよう、その服装は上着、ズボン、ベスト、タイに至るまで細かに異なっておりまして、ズボンならばフットマンは黒で執事は灰色、ベストなればフットマンは白で執事は灰色などの違いでございます。
タイにつきましては、執事は「ネクタイ」を、フットマンは「リボンタイ」もしくは「アスコットタイ」を着用しております。また、セカンドステュワードやファーストフットマンなどお役目を持つフットマンは「クロスタイ」を着用しておりますが、お役目についての詳しい説明は次回の日誌に譲らせていただきます。

そして最大の差異たる上着でございますが、執事は裾が柔らかいカーブ上にカットされた『モーニングコート』を。フットマンは前裾が鋭角にカットされた『燕尾服』を着用しております。
但し。執事はモーニングコート、フットマンは燕尾服というものは、あくまで当家においての決まり事でございまして、一般とは全く異なるものでございます。

では社交界ではいかがかと申しますと。
モーニングコートは日中のフォーマルな場において、燕尾服は晩餐会など夜のフォーマルな場にて旦那様がたがお召しになるべき衣服でございます。

紳士たるもの、サロン・晩餐・狩猟・観劇など、様々なシチュエーションに厳格に従ったお召し物をスマートに着こなして然るべきでございますれば、時間をわきまえず常に燕尾服もしくはモーニングコートである我々は、いささかスマートとは言いかねるのは事実でございます。
然れど、使用人と言うものはそれで良いのです。
中世英国より近代に至るまで、使用人たるものは主人を立てるべく、敢えて流行を外したものや少しだけ野暮ったいものを着用するのが習わしでございます。
使用人たるものは華々しくある必要はございません。
そこまで考慮しての、あえて季節や時間を考慮しないスタイルなのでございます。
‥ほ、本当ですよ?

真夏でも燕尾服やモーニングを着ている我々に、大変ねとお声をお掛けいただくお嬢様も居らっしゃり、大変ありがたいことでございます。
しかし。お嬢様の方がずっと大変でございましょう?
貴族の令嬢たるもの、男性以上に時刻やシチュエーションに沿ったお召し物を必要と致しますゆえ、一日のお着替えの回数も尋常ではございません。
参考までに、社交シーズンのとある一日のスケジュールを列記致しますと、、、

ご起床頂きアーリーモーニングティ。お散歩服にお着替え頂き庭園のお散歩。
お散歩から戻られたら、午前のドレスにお着替え頂きご朝食。そののちお手紙のご確認と一日のスケジュールの確認、使用人たちへの指示。
太陽が高く上る頃、お昼のドレスに着替えてご昼食。
午後は訪問着にお着替え頂き、社交のためのご挨拶回り。
お戻りになられたら、散歩着にお着替え頂き庭園や領地のお散歩。
お散歩後に、夕方のドレスにお着替え頂きお茶会。
夜のドレスにお着替え頂き、晩餐会や夜会へ。

‥と、こんな塩梅でございます。
こんな忙しい日々の合間に、口煩い女給頭の目を盗んでティーサロンで一息ついたりするわけでございますね。

しかも、常に流行の最先端を意識しなければなりませんから大変でございます。
まったく、年ごと季節ごと、時には週単位で流行のお召し物が変わるって言うんだから大変ですね。
そろそろハロッズにでもお出掛け致しまして、流行のチェックをしないといけませんね。
ファッションのリサーチならば、大河内と園田をお供にお付け致しましょう。
お気に召して頂けたデザインがあれば、そのまま仕立てを下命するのも良うございますね。

行ってらっしゃいませ。良きお洋服との出会いがありますように。