友との絆に捧ぐ酒

我が敬愛せしお嬢様へ

夏が残した熱気を洗い流すような雨が続き、気付けば風は早くも、ひんやりと頬を撫でる秋の涼けさを抱いているようでございます。

寒暖の変化が日中にも激しく、予想のつかぬ日がしばらく続くことと存じますゆえ、お嬢様方におかれましてはどうか、ご面倒でも軽く羽織れる上着の一枚もお持ち頂きますように、お願い申し上げます。



同じ時間のはずなのですが、秋となりますと何故だが時計の進みがいやに遅くなり、ふとした雑事の狭間に考え事をすることも増えてまいります。

引き出しの奥から、昔使っていた懐中時計を持ち出して、修理を試みてみたり。
…直るはずもございません。時計を動かすどころか、所持することも恥じるほどだというのに。

執務室の棚にずらりと並んだ酒瓶と、銀色に輝くシェーカーを磨きながら、実はこれだけはお屋敷に勤める前から愛用しておりますバーテンダーベストに、かつての師の姿を重ね。そして現在の己を省みてみたり。
…まさか、一度は捨てたシェーカーをまた、日常的に握ることになるとは思いませんでした。

やれやれ。
考え事がとめどなく流れてしまうような夕べには、フラリと街へ出て、街場のパブにてゆっくりと一休みするのが上策です。
一人でゆるりと過ごす時間も好きでございますが、往々にして気が付けば、古き友人が隣で同じ酒を傾けていることが多くございます。

「お屋敷はどうですよ、"時任"さん?」
時に道化のように、時に噺家のように。ただいつでも言葉に稚気を含める友人は、このときもまた、私の今の名に可笑しそうな含みを持たせて、私へと問いかけます。

「…いつでも何処でも世は同じ。大事なものも悪しきものも諸共に、大河のように緩々と流れ来ては流れ失せているよ。」
獣が唸るように、酷く判り辛い音の中にほんの幽かな意味を載せる私は、実に友人とは対照的なようです。

「不機嫌だねぇ。もっともアンタが上機嫌なことなんて、日食か彗星よりも珍しいことだけどね。」
「…もう少しぐらいあるわい。」

そんな軽口の応酬が、言葉を交わすというより言葉で遊ぶような時間が、いつも延々と続きます。
そんな時間がいつでも、思考という流れの中に澱みのように堆積していた何かを、いとも容易く押し流してくれます。

とんでもない悪友の腐れ縁ではございますが、それでも友人というのは有難いものなのかもしれません。

本人には死んでも伝えたくありませんが。



  ◇    ◇    ◇

さて、友と申しますれば…友の絆や信頼を語るにもってこいの酒瓶が手元に一本ございます。
『ドランブイ』と申しますこのお酒は、かってはイングランド王家の秘蔵酒であった一品です。
40種類ものスコッチウィスキーと薬草、そしてヒースの花のみから作った蜂蜜などで作られるこの秘酒のレシピは、かつてはイングランド王族以外には門外不出とされておりました。




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この王家の秘酒が、いまや世界各地で愛されるリキュールとなった背景には、とある揺ぎ無き絆の物語があるのでございます。


1745年に英国にて発生した王位継承戦争において、不運にも敗北を喫したチャールズ・エドワード王子は、スコットランドを縦断しフランスまで逃れるという、長く辛い逃避行を強いられることとなりました。

しかし、チャールズ王子には3万ポンドもの懸賞金が懸けられ、信頼して身を寄せたかつての腹心や血族、部下たちから次々と裏切られては、再び逃避行を繰り返すという、あまりに辛い運命が待ち受けていました。

そんな中、王子を守護する士族であり、王子と最後の戦いを共にした豪族ジョン・マッキノンとその騎士たちは、苦境にも屈せず、賞金に目をくらませる事もなく、フランスへ逃れる帆船へとチャールズ王子を無事に送り届けたのです。


このときに、せめてもの感謝の印にと、チャールズ王子からジョン・マッキノンへと贈られたのが、英国王族の秘酒『ドランブイ』のレシピでした。

と言ってもマッキノン家は、授かったレシピを口外することなく、一族の秘として護り続けたため、「ドランブイ」が世の中に出たのはそれから更に200年後、マッキノン家の末裔が文献や伝承を元にレシピを復活させ、企業を発足すると共に「ドランブイ」を世界に向けて売り出しての後のことです。 

かっての絆と忠義を称えてか、今でも「ドランブイ」のボトルには、"Prince Charles Edward's Liqueur"(チャールズエドワード王子のリキュール)の文字が明記されています。


この複雑な甘みと風味を持つリキュールは、そのまま頂くのもお勧めですが。ジンジャーエールやレモネードで割っても美味しくお飲み頂けるかと存じます。
また、以下のようなカクテルもございますので、機会があればぜひ、ご用意させて下さいませ。


カクテル『ラスティ・ネイル』
 スコッチウィスキー=40ml
 ドランブイ=20ml
 …以上をステアして、ロックアイスを入れたオールドファッションドグラスに注ぐ。

カクテル『プリンス・チャールズ』
 ドランブイ=30ml
 ブランデー=30ml レモン・ジュース=30ml
  …以上をシェイクし、シャンパングラスに注ぐ。グラスにはスライスレモンを飾ること。


   ◇    ◇    ◇


「…そういえば、いいドランブイを大旦那様から賜っていたのですよ。ラスティルールでも作りましょうか?」
「えー。いいよ。君の作るカクテルって何かいつも甘すぎるんだもん。それよりエール買ってきて頂戴な執事。早くするのよオホホホホホ。」

「………ようし友よ、表に出ろ。墓には『酒の味も礼節も知らぬ道化、舌を斬られて沈黙す。』と刻んでやる。」
「まてまて、友よ。あー僕ドランブイが飲みたいなぁ。おーいお嬢様、おたくの執事がいたいけな庶民にナイフを突き立てようとするんですがーっ?!」


…。
……。

願わくば。お嬢様にとっても友が永遠のものでありますように。
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