香りの記憶

豪徳寺は常々「味覚を信じるな、香りを信じろ」と私に教えてくれました。

味は香りに大きく引っ張られるのであてにしてはいけないということなのですが。

ボードレールの詩はまさに視覚よりも嗅覚に訴えるような表現が多くございました。

ワインに関する詩も残していたのですが、嗅覚から記憶を引き出される感覚です。

お嬢様も経験がございましょう。

春夏秋冬、風が入れ替わる瞬間の心地よさ。

そういった感動が常に鮮烈でなのは、そこにはいつでも喪失感が伴うからだと感じております。

「記憶」はどんな類のものであろうと、絶対に再現ができません。

それらは全て過去に属した事柄です。

ですので、記憶を呼び戻す「香り」には常に多かれ少なかれ「喪失感」が伴うのです。

楽しみの半分は香りといえるワインの香りに関してはいうまでもないでしょう。

多くの要素を持った上質なワイン程多くの記憶を運んでまいります。

先日戴いたch.ガザン1996はまさにそうでした。

思い入れがおおい銘柄ということもあったのですが、いただいていてつい涙がこみあげてきてしました。

香りに満ちたティーサロンでございます。

これからもたくさんの思い出をつくっていければさいわいです。

梅雨

ご機嫌麗しゅうございます。
環でございます。

もう季節は梅雨でございますね。

雨が降ったり止んだりはっきりしない天候でございますが、傘のお忘れが無いよう日々お気をつけくださいませ。

梅雨明けはいつも何日辺りだったか忘れてしまうのですが東京ですと7月の中旬過ぎた辺りが平年だそうで、あと約一ヶ月くらいは梅雨と向き合わないといけない計算になります。

じっと待っていてもまだ先は長うございますので、その先に控える夏本番の前に梅雨という情緒を楽しむことといたしましょうか。

紫陽花など花と雨のコントラストに惹かれたり、水たまりに揺れる波紋を数えてみたり、梅を使って料理を作ってみたり、願掛けにてるてる坊主を作ってみたり…

この季節でか味わえないひとときを過ごしてみるのもまた一興でございます。

出来るだけ良き梅雨になりますように。

それでは。

某輪っかをコネコネする

いかがお過ごしでございますか、桐島でございます。

あまり外出できない日々の中色んな方法で体を鍛えておりますが、今回試したのは文明の利器を使った物です

テレビと輪っかを掲げるだけであら不思議。楽しく鍛えられるという物ですね。

以前から試してみたかったのですがようやく手に入れたので、肉体管理をアドバイスする使用人としては是非とも経験してみたい物でした。

結論から申し上げますと物凄く効果がありました!

普段どれだけ苦手部位のトレーニングをサボってたかを痛感いたしました…

楽しくできるのはもちろんですが、何よりも正しい知識と様々な継続して運動する仕組みが素晴らしく入手が困難なのも頷けました。

今回の経験をしっかりと蓄積して自分なりに続けやすいトレーニングを模索し、皆様にお届けできればと存じますのでどうかご期待くださいませ。

それではまた、お給仕できる日を楽しみにしております。

Somewhere over the rainbow

お嬢様、お坊ちゃま。
奥様、旦那様。
ご機嫌麗しゅうございます。
才木でございます。

世相が騒がしい昨今。
六月に入りまして
ようやく皆様のお顔を
拝見することが叶いまして、
大変嬉しい限りでございます。
今後少しずつでも皆様と笑顔で
お話させて頂ける機会が増えることを
使用人一同、切に願っております。

ただお会いできないのは
全く寂しいことではありますが、
やはり皆様のご健康やご多幸が
何より大事なことでございますから、
くれぐれもご無理なく油断せずに
ご予定を立てて頂ければ幸いにございます。

私共から申し上げられるのは、
使用人はいつでも変わらず皆様を
お待ち申し上げております。

ひとたび交わることがなくとも
それは決して失われないものであるという
自信がございます。
どうかご不安には思われませんよう、
お願い申し上げます。

……真面目な文言はさておき。

いよいよ夏! にございますね!
暗い話題が多い時期だからこそ、
楽しいことにも目を向けたいところでございます。

例えば海。
煌めく太陽の光。キラキラと光る砂浜。
雄大に広がるはるかな地平線と、
大きな入道雲と共に広がる、澄み渡る青空。

海の家の素朴な感じもたまにはよろしゅうございます。
BBQもよろしいですね。
暑い中食べるお肉もまた良いものでございます。
喉が潤えばこれに勝るものはありません。

山もいいですね!
春に芽吹いた新芽は青々と茂り、
私達に木陰を提供してくれます。
川のせせらぎと小鳥の囁き。
都会の喧騒を忘れ静けさに包まれますと、
何とも言えない万能感に包まれるものです。

ピクニックもよろしいですね。
ご希望があればハンモックでもご用意いたしましょう。
木漏れ日の下でのゆっくりとした時間。
読書をなさってもよろしゅうございます。
すっきりとしたものと甘く作ったものと。
アイスティーもしっかりとご用意いたします。

あ、お嬢様!
どこに行くにせよ、
日焼け止めと虫よけは必須にございます!
いつでも優雅に、美しく、ですよ。

私としては水族館も素敵だと存じます。
遠い水面に思いを馳せながら、
そこに生きる者達をゆっくりと眺めましょう。
ペンギン!
……失礼、発作です。

この時期の室内は少し寒いけらいがありますから、
羽織も一枚準備いたしますね。
皆様の輝きを損なわないよう、
光を反射し涼し気な
真っ白なサマーカーディガンなどいかがです?

勿論全てを同じままにということは
難しいと存じます。
それでも楽しむこと考えることは
私達の自由ですよね!

どうか下を向き過ぎず、
前を見据えてお歩きになってください。
それ以外はきっと我々使用人が
しっかりと目を光らせておりますので。

硬くならないようにとは思ったのですが、
上手く行きませんでした。
お許しくださいませ。

今の願いは、
扇風機の前であーと言いながら
スイカが食べたい。

暑さには十分お気をつけて。

才木

ぎっくり首

皆様、ご機嫌麗しゅう。
吉川でございます。

あれは先月下旬のことでしたか。
ある朝、目が覚めてちょっと寝返りを打つと……。

(ああぁーーーーーーーーっ!?)

声にならない声。
首が取れたのかと思えるほどの激痛と不安感。
身体が…動かせない!?
寝違えなどとはレベルが違います。
恐る恐る動こうとしても、肩口あたりに激痛が走ります。
頭の重さはボーリングの球くらいあるとは聞いていましたが、なるほど確かに重い。
重くて動けない、動かせない。
激痛で首の筋肉が無力化され、頭の重さを支え切れていないような状態です。
そこで手を使って頭を支えながら何とか身体の向きを変え、苦しみながらもスマートフォンをゲット、検索してみます。
この急な痛み、症状の感じ、恐らく「ぎっくり腰」の首バージョンだな……と考えて文字入力してみると、すぐに予測変換が出ました。
「ぎっくり首」、急性頚椎捻挫症 。
あるきっかけで急に起こる症状のようです。
対処法としては「湿布などで冷やして安静にする」とのこと。

湿布か……とりあえず起き上がるしかありませんが、何しろ頭が物理的に重いし、それを支える腕の肩口は痛くて思うように動かせない。
ゴロゴロと転がるように這い出して立ち上がると……あれ?
意外と楽だ。
これなら何とか生活できるかも。
片手で湿布を貼り、とりあえず安静にするかと横になると……痛い!
人間にとって横臥は不自然な姿勢なのだと痛感させられます。
これでは安も静もできません。
では椅子に座っておくかと屈んでみると……これまた痛い!
どうやら立っている姿勢が一番楽なようです。
もし自分に能力が発現したら「首の頸椎を捻挫させる能力」なら相当な強さだな……そんなことを考えながら、しばらくはこの痛みと共存するしかないと観念しました。

3日経ち、首の痛みは100%から70%程度に緩和したものの、今度は寝返りを打てない反動からか、起床時に腰や脚の不調を感じるようになりました。
人間の身体は絶妙なバランスの元に保たれているのですね。

5日ほどでガチガチの肩こりと同程度には回復してきたため、ストレッチを始めてみると、劇的な改善が見られました。
くるっと気軽に振り向けないため、道を歩くときの後方確認が大変ですが、これなら何とか日常生活に戻れそうです。

ぎっくり首の原因として「筋力や体幹の低下」があるようで、免疫力を下げないために筋トレメニューを減らしていたのが命取りとなったようです。
適切な運動、適切なストレッチ、そんなことを改めて考えさせられる日々でした。

また新たに

司馬でございます。皆様、お変わりございませんか?

なんと、二か月にもおよんだティーサロンのお休みも、ようやくおしまいでございます。
執事の任を仰せつかってから、このように長い間、お顔を拝見していないのは初めてのことでございました。難を避けてのご別宅でのお暮しは、いかがでございましたか?ご無事でいらしたのなら、本当になによりとお慶び申し上げます。

さて、お嬢様方。茶人・千利休が後世に伝えた「利休百首」というものをご存知でしょうか?茶道の心得を簡潔、かつ具体的に百の道歌に仕立てたものでございます。
司馬がこれを知ったのは、ずいぶん前の話、少しばかり茶道を習っていた時のことでございます。

その一首目は、“―その道に入らんと思ふ心こそ 我身ながらの師匠なりけれ”
でございます。
人は、なんらかの技を身に着けようとするとき、その人なりの理想の姿を抱くもの。その技とは、習い事であったり、趣味であったり、あるいは職業であるかもしれません。そして、初心の理想に近づくため、修練を重ねていくものでございます。もし、学びの過程において、ためらいやあきらめが生まれたなら、その道を始めようとしたときに抱いた理想こそ、邪念を払ってくれる指標となるのではないか。
と、これは私なりの勝手な解釈でございます。

わが身を振りかえりますと、大旦那様から執事を仰せつかった時に夢見た姿に近づけているか?見識、立ち居振る舞い、心構えなど、まだまだと赤面する思いでございます。

長いお休みが空けて、ついにスワロウテイルも再出発でございます。自身が抱いた理想のため、ともに働く同僚のため、そして、なによりも、つねに使用人たちを思って下さるお嬢様方のため。司馬も、新たなる心でお仕えいたしたいと決意いたしております。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

では、ティーサロンでの再会を楽しみにしております。