もうひとつのバトラーズツアー

敬愛せしお嬢様へ
季節の移り変わりはいつも、訪れるまでは待ち遠しいものですが、一度季節が変わってしまうと瞬く間に気候が移りゆくものでございます。
風雪の中で、灰色の空から粉雪が舞い降りるのを眺めて過ごしたのか昨日のことのように思えるのに、今やもう、日差しが強くて外に出ることもできない有様でございます。

本日、油断してお買い物に出ていまい、すっかり日光にやられてしまいました。
陽光に灼かれてヒリヒリするおデコをさすりつつ、秋が深まるまで、晴れた日は外出しないと固く決意している時任でございます。

さておき。

先だってのバトラーズツアーにご参加頂きましたお嬢様方、ありがとうございました。
お忙しく、今回のツアーは見送られたお嬢様方、ぜひまた様々な古城など巡らせて頂く折には、お供させて下さいませ。

山岳深くに再現されたロックハート城をご視察頂ツアーでございましたが、何よりの懸念は天候でございました。
豪雨、暴風の警告が続いておりました日々の最中、当日の朝に晴れ空を見たときは、感謝のあまり思わず十字を切ってしまい、そのまま自滅して灰になるところでございました。

まぁ、うっかりと城内探索の任におきましては教会なぞに配属され、これまた灰化する一歩手前だった次第でございますが。消滅に至らなかっただけ良しと致しましょう。

さてさて。
お嬢様方にとっても稀有な体験であられたことでしょう、鋼鉄の馬車によるお出かけと、古城の探索。
もちろん、私ども使用人にとっても稀有な体験でございました。

そこで今回は、後日談と致しまして、使用人たちが辿りました旅路の出来事などを、ダイジェストでお届けさせて頂きとうございます。
なお、一部ノンフィクションが含まれている可能性も無くはありません。
お暇なときなどに適度に、お楽しみ頂ければ幸いです。

4月7日、早朝。
使用人集合場所に指定された、スワロウテイルサロン、使用人控え棟。
いつもの朝の賑わいを………数倍に濃縮したような、すさまじい状況でございました。

「おはようございまーーーす。」
「あぁ、お早う。」
「おお。芥川執事とこんな早朝にお会いしたのは初めてです。」
「それはお互い様だよ、大河内君。ディナーフットマンの長を務めて長い君が、よくこんな時間に起きれたね。」
「ははは、簡単なことですよ。楽しみで寝れなかっただけです。」
「……バスの中で寝ておきなさい。」

「全員揃っているかい?ファーストフットマンは点呼を取り、報告を急ぎなさい!」
「環です。担当フットマン全員確認済み。不本意ながら葵も無事居ります。」
「椎名執事、遠矢です。こちらも全員準備できてます!」
「桑島です。問題なし。」
「伽地です。どうにか真嶋も辰生も叩き起こしました。…うちのチーム、遅刻常習者が多すぎませんか?」
「冬城です。」

「…冬城くん。どうかしたのかね?君は如月チームだろう。早く点呼を済ませなさい。」
「如月さんが見当たりません。」
「始末書を30枚提出するように。神谷君、変わって点呼を済ませて下さい。」

「いやー。こんな遠出は初めてですね。いい天気になって本当に良かった。」
「辰生さん、よく起きれましたね。」
「楽しみすぎて前日から遠矢さんと計画を立てていたそうですよ。」
「おや、湊くん、それは内緒だといったはずですよ!」
「…君たち、お喋りしてないで早く髪型直して下さい。鏡待ちの行列が出来てるんですから!」
「おや、この各務を誰が待っているのかね?」
「…金澤君、こっちのカガミはもうバスに仕舞っといてください。」
「はい。ほらほら此方ですよ。今日は楽しみですねーーー。」

「皆の燕尾服と、ピンバッジと、予備のリボンタイも入れたし、スカーフは何枚要るかな?」
「あ。如月さんお早うございます。あれ?何してるんですか?」
「準備しなきゃいけないものが多すぎるんだよ。神戸君、制服管理は君のはずでしょ?!必要そうなものはトランクに入れましたから、チェックしてください。」
「あー。準備して下さったんですね。ありがとうございます。」
「そうだよ。もう色々と気になっちゃってね。早朝から先に来て、先に身支度を済ませて、ずっと倉庫で準備してたんだから。そうだ、執事の手袋も余分に用意しておかないと…。」
「ありがとうございます。…あ。あと椎名執事から伝言がありますよ。」
「え?私に?なんですか?」
「始末書30枚だそうです。」

「えーと。こっちがお食事用の食器のトランク。こっちが使用人たちのお弁当を詰めた籠でーー。」
「藤原さん、雨傘の束とレインコート80枚とどきましたよ?」
「ああ、要君ありがとう。それ、また天候が崩れたときのための予備だから、バスに積んでおいてねー。…で、こっちが大旦那様の茶器で、こっちはお嬢様がたのカップとスプーンと…。」
「藤原さーん、燕尾12枚とリボンタイのトランク、何号車に積むんですかー。」
「誰の燕尾服?えーと、天河君たちか。3号車ー。」
「湯島さんが緑茶入れてくれましたけど?」
「行きのバスで飲む分だから、小分けして水筒に入れといてねー。もー、忙しいなぁ。」
「時任執事の棺桶運んできましたー。」
「中身入りです。」
「・・・なんでそんな物持ってくの!?馬鹿なの!?死ぬの!?」
「わー、藤原さんがキレたー。」
「死ぬの?って言うか、時任執事が瀕死です。ある意味もう死んでますが。」
「・・・あー。よく晴れたからねー。時任執事に朝日はそろそろ無理な季節だったかー。各務さんのとなりに仕舞っといて。」

4月7日、午前8時
車中。カリフォルニアの地平線まで続く道路とか走っていそうなレトロバス車内。
なにぶん使用人専用なもので、ときどき、この世のものとは思えない異音を放つポンコツバスだったが、意外と道中は順調。
車内の使用人たち、ハイテンション。奈良崎の言葉を借りるなら「もはや遠足中の小学生レベル」

「ほら、騒ぐのも大概にしとけ。点呼とるぞ点呼。」
「嘘だっ!雪村執事が仕事してるっっ!!」
「うるさい。点呼取ったら寝るんだからさっさとしろ。」
「…雪村君。むこうに付くまでにタイムスケジュールの確認と先方への最終確認を行わないといけないんだが。」
「あ、椎名執事にお任せします。んじゃ点呼するぞ。荒垣ー。」
「ふぁい。」
「もう弁当食ってんのか。次、霧生ー。」
「寝てます。」
「起こせ。仕事中に寝るんじゃない。次、時任ー。」
「はい。」「はい。」「はい。」「はい。」「それでは、改めまして。」
「何人いんだよ。次、藤原ー。」
「はーい。」
「…声の高低差で耳がキーンとしたわ。もう寝る。」

「えー。では皆さんおはようございます。(「「おはようございまーす!」」)以降は豪徳寺が、スケジュール確認等を引き継ぎます。(「「ヒャッハー!」」)……静かに。(びくっ!)……ではまず、本日のドリンクですが。」
「ワインは何からご用意する予定ですか?」
「えー。本日アルコール類はご用意しません。お嬢様がバスで酔われたら大変ですから。」
「「………!!!………。」」
「えー。大河内くん。神谷くん。この世の終わりのような悲哀に満ちた表情でこっちを見ないように。」

4月7日、午前9時
旅路は順調。使用人たち、初めてドライブインなる場所に立ち寄る。

「おにぎり頼んでいい?」
「え、今日は留守番しているはずだけど。」
「そっちじゃねぇよ。」
「焼きソーセージとか売ってますよ。」
「おいしそうな香りですね。」
「頂いてみましょうか。」
「ビーフローストの串焼きなんてものもありますよ。」
「あちらで手作りサンドイッチを頂きましたよ。」
「ホットドック屋もありましたー。」
「なっ、何だって。つまり焼きソーセージだけ食べた俺たちは負け組…?」
「あっちも食べればいいじゃないですか。」

…結論。みんなして食べすぎ。

4月7日、午前9時30分
群馬県に到達。天候は良好。バスの窓からの景観は雄大。

『地を打つ豪雨。空を染める雷光。大嵐となった中をロックハート城に向かった我々、スワロウテイル使用人一同は、視界を染める嵐と薄闇に惑わされたか、いつしか何処とも知れぬ山中を、古びたバスに揺られて彷徨うこととなっていた。』
「えーーーーっ!?」
『気付けば我々が彷徨っていたのは、何処かの村落近く。この豪雨の中、深夜のように暗い窓の外には、現代社会とは信じられないような藁葺き屋根の家々が連なり、半ば風化した姿を晒している。
廃村だろうか?…いや、そうではないようだ。バスの音に惹かれでもしたのか、村人たちが畦道の両脇にまばらな列を作り、通り過ぎていく我々を見つめている。』
「ひーーーーっ!?」
『この豪雨の中だというのに、傘も持たず、古びた身なりで我々を見る村人たちの姿は酷く疲れているように見える。無表情な顔の中から我々を見つめる瞳は、誰も彼も変わらず死魚のように微動だにせず、ただ虚ろに我々を映している。』
「こわーーーーっ!?」
『雷光。そして雷鳴。
薄闇の中、並んだ村人たちの中に立つ、老婆が握っていた錆び付いた鎌の刃が、やけにギラギラと……私たちの目に……映った。』
「ぎゃーーーーっ!?」
『―――群馬県北端の山中にて発見された、十数年は人の手が触れていないかに見える廃棄バスの残骸の中より、32名分の燕尾服やモーニングコート、そして朽ち果てた数々の私物。そして古びたビデオテープだけが発見された。
 このバスが、三ヶ月前に悪天候の中、山中で消息を絶った、東京都豊島区池袋の名家スワロウテイルの従業員たちが乗用していたものであることは、ナンバープレートの一致や残留していた私物などから断定された。だが、何故この様に朽ち果てた姿で発見されているのか、なにより行方不明の32名はどこへ消えたのかは判明しておらず、いまだ捜索が続けられている現状である―――。』
「ちょーーーーーっ!?」
『このビデオテープは、謎の惨事に不幸にも居合わせた執事フットマン32名の、断片的ながら最後の記録を収めた映像である…。』

「司馬執事。無駄にフットマンたちの不安を煽るのはやめて下さい。」
「いやこれは失礼。しかし奥地の古城に、嵐の到来、旅人の乗るバスときては、映画ファンとして黙っておれませんでしてね。」
「どうなっちゃうんですか?僕たちどうなっちゃったんですか?」
「落ち着け冬城くん。」
「……晴れて良かったですね、本当に。」

4月7日。午前10時。ロックハート城到着
古城前にて撮影。天候は晴天。周囲に一般観光客の方々もチラホラと。

「皆、きちんと整列しなさい。ほら、葵くんちょっと右に、違う、写真写りの角度の話じゃなくて。霧生くん、荒垣くんの陰に隠れないで。要くん。ちょっと縮んで。」
「縮んで!?」
「よーし、撮りますよー(ぱしゃっ)じゃあ確認しまーす……ひいっ。お城の城壁から子供の霊が覗いてますよっっ!?」
「観光のご家族が上にいらっしゃるんですよ。生ものです。」
「ナマモノって言わないで下さい各務さん。で、誰か言って少しだけ離れてくださるようお願いして下さい。」
「では私が。あの可愛い子をしばらく、見えないところに連れて行けばいいんですね。」
「…伊織くん、そこでじっとしていて。」
「他意はないんですけど。」

「しかし暑いですね。」
「日差しがずっと当たってるからね。日ごろ地下にいる私たちには、健康的で良いことですよ。」
「お嬢様方が寒い思いをなさらなくて良かったねぇ。」
「……それはそれとして。」
「……これどうしようか。」
「……椎名執事ー。時任執事がまた萎れて倒れましたがー。」
「お湯にでも漬けときなさい。」

4月7日 10時30分。お嬢様到着の報あり。
皆で整列してお迎えの準備。しかしお迎え準備を早まりすぎて、数多くの一般人を巻き添えにする。

「整列ー。整列ー。」
「お嬢様がたも長旅大変だったんだから、しっかり迎えないと。」
「そこ、ブロックが外れて段差があるからねー。しっかり誘導してよ。」
「もう到着なさっているのかい?」
「そろそろらしいよ・・・おっ、鈴を転がすような笑い声が聞こえる。いらっしゃったかな。」

「「「「ようこそ、ロックハート城へ!!」」」」

「あら、すごい演出ねー」

「失礼しました。どうぞお通り下さい。」
「一般の方でしたね。」
「喜んでいただけたみたいですし良いですけど。」
「…明らかにロックハート城のキャストだと思われてますけど、いいんですかね。」

「すみません、お手洗いはどちらですか?」
「あ、こちらでございます。バザールの階段一番下の右手側建物でございます。」
「しかも皆、手馴れてきましたけど。」
「順応性高いなぁ。」

「通って大丈夫かしら?」(犬のお散歩な奥様通過)

「あ、失礼致しました。どうぞ。」
「犬カワイー。」
「犬カワイー。」
「犬カワイー。」
「犬カワイー。」
「犬カワイー。」
「落ち着けお前たち。」

4月7日 13時 大旦那様到着せず
大旦那様到着のはずが、音沙汰なし。使用人たちに不安がよぎる。

「大旦那様、昼前には到着の予定だったよね。」
「事故とかじゃないといいんだけど。」
「寝坊かなぁ。」
「もう到着なさってて、出るタイミングを逸しておられるとか。」
「実はずっとテーブルの下にいたのじゃ!とかですか?」
「テーブルはないにしても、何処かに隠れているかもよ。だったらお間抜けさんだね。」

がたっ!
なぜか触れてもいないのに大きく揺れる、ホール片隅に飾られた騎士鎧。

「…まさかね。」
「…風だよね。」
「…嘘でしょ?」
「…大旦那様バンザイ。」

4月7日 14時 大旦那様到着?
大旦那様到着の報が届くも、その姿はなく、残されていたのは謎の手紙と宝箱。

「各務さん。大旦那様のお迎えに行っていたはずでは?」
「ええ、大旦那様はこちらに。」
「…なんですかその箱は。」
「どんな姿になろうとも、私たちの大旦那様への忠誠は変わりませんよ。」
「いや、そりゃそうですけどそうじゃなくて。」

「謎掛けだと思いますよ。宝箱がアルファベットのダイヤル式なんて変な構造してますし。」
「あぁ、前に『ワシの好きな言葉を鍵にしたのじゃ』とか喜んでらしたよ。」
「6文字ですね。アルファベットで6文字で、大旦那様の好きそうな言葉ってなんだろう?」
「んー…じゃあ『FAMILY』とか?」

がちゃっ。

「開いたよ。」
「開いたね。」
「…もしかして、色々台無し?」
「…マズイよね。」
「閉めとこう。」

「好きな言葉が『FAMILY』とか、心が暖まるよね。」
「肝は冷えたけどね。」

4月7日 15時 クエスト手掛かり探索
大旦那様からの謎掛けを受け、まずは使用人たちがロックハート城各地に散る。
うっかり教会探索する事態に陥り、灰化直前。

「……藤堂執事、お供いたします。」
「おや時任さん、あなたも探索?大変ですねぇ。」
「……ここは城ですし、妙な罠や仕掛けがないとも限りません。私どもが露払いを致すのは当然のことでございます。」
「劇にはお城を舞台にしたものも多いですからね。私だって良く知ってますよ?。」
「……なるほど、それは心強いことでございます。では、何処を探索いたしましょうか。」
「こういうお城の謎とか、秘密の鍵はね。だいたいは教会とかに隠してあるものですよ。」
「……え。」

「小さいけどいい教会ですねえ。ステンドグラスもアレ、年代ものですよ。」
「(さらさらさら…)さ、さようでございますね。」
「あら、教会の鐘の音がよく響きますねぇ。アンタも早く結婚式とかなさいよ。」
「(さらさらさら…)むしろ葬式ができそうですが。」
「でも、イヤだねぇ。妙に砂っぽくて。山が近いからですかねぇ。」
「(さらさらさら…)ごめんなさい。灰です。砂ではなくて灰です。」
「でも、静かな教会に私たちだけってさびしいですねぇ。お嬢様方早くいらっしゃらないかしら。」
「(さらさらさら…)ほんとギリギリです。早く来てください。お嬢様。」

4月7日 18時 再びバス
お嬢様方を見送り、城の片づけを済ませ、帰りの車内。
行きのハイテンションが嘘のように静寂の車内。ほんとに小学生の遠足のよう。

「静かですね。」
「みんな寝てるね。」
「がんばっていたからね。」
「天河君、首の向きおかしくない?」
「首をごきって暗殺された人みたいだよね。」
「写真とって、これもおまけにお嬢様に送ろうか?」
「斬られるからやめなよ。」

「椎名さんたち、お嬢様に追いつけたかな。」
「羽生や奈良崎も連れて行ったし、平気でしょ。」
「あれは誘拐だよね。まぁ頼りにするのはわかるけどさ。」

「大奥様からの差し入れだってさ。食べる?」
「なにー。」
「イカ串。」
「ビールが欲しくなるよね。」
「それは金澤さんだけです。」

「雪村執事からの差し入れもまわってきたよ。食べる?」
「なにー?」
「イカ飯」
「…味がしみてて美味しいけどさ。」
「ビールが欲しくなるよね。」
「それは金澤さんだけです。」

「環さんからも頂いたよ。食べる?」
「なにー?」
「イカの燻製」
「…わー。腹持ちいいなぁ。」
「ビールが欲しくなるよね。」
「帰るまで我慢して下さい。」

「って言うか、そろそろツッコもうよ。」
「イカ多すぎ!って?」
「ねぇ、藤原さんからも差し入れ頂いたよ。食べる?」
「なにー?」
「たこ焼き」
「…………。」
「ビールが欲しくなるよね。」

4月7日 ?時

お嬢様方の笑顔に再び会える日を夢見つつ、各自就寝。
それぞれ、明日からの修練や勉強、朗読の練習や、カクテルの修行、新人の育成などなどに励んでまいります。

お嬢様方。どうか、こんなお馬鹿な使用人どもではございますが。
また生まれ変わったスワロウテイルにも、どうぞお気の向くままにお戻り下さいませ。