未知なる「磯」への挑戦

ご機嫌麗しゅうございます。お嬢様、お坊ちゃま、奥様、旦那様。

春寒も緩みはじめ、ようやく過ごしやすい気候となってまいりました。

室戸でございます。

​先日、二度目の釣行へ行ってまいりました。

今回は釣具一式を自ら用意し、初めての磯釣りに挑戦いたしました。

​本来、磯釣りは春から秋が適期ということもあり、周囲に釣り人の姿はなく、時折吹く強い風に「ボウズ(収穫ゼロ)も覚悟せねば」と不安がよぎります。

しかし、場所を移動しつつ粘り強く糸を垂らした結果、なんとか一匹のカサゴを釣り上げることが叶いました。

​決して大きなサイズではありませんが、自ら用意した道具で釣り上げたその一匹は、私にとって何物にも代えがたい価値を感じさせるものでした。

​また、磯の上で潮風を感じながらいただいた鍋の味も格別で、自然の恩恵を全身で享受する喜びを実感いたしました。

今回は一匹という結果に終わりましたが、この経験を次回へ活かし、さらなる釣果を目指して励みたいと存じます。

そしてここで得た粘り強さもこれからの給仕に活かしてまいります。

お早いお帰りをお待ちしております。

日誌

世に知られた方の言葉として語られる一節がございます。

「助けられたことは忘れない
助けたことは忘れる
これくらいがちょうどいい」

初めてその言葉を耳にしたとき、不思議と胸の奥に静かに落ちてまいりました。
誰の言葉であるかというより、その響きそのものが、長く余韻を残したのでございます。

人は弱いもので、自分が差し出した手の数を、つい心のどこかで数えてしまいます。
どれほど尽くしたか、どれほど支えたか。
それが評価されなければ、わずかな寂しささえ覚えることもあるでしょう。

けれど、この言葉はその逆を示しております。

助けたことは、風に預ける。
助けられたことは、胸に刻む。

なんと潔く、そして強い在り方でしょうか。

私もまた日々の務めの中で、誰かの役に立てた瞬間があれば、同時に多くの方に支えられていることを実感いたします。
失敗を咎められずに済んだ夜。
迷いを抱えたままでも信じていただけた朝。
言葉にせずとも理解していただけた瞬間。

そのすべてが、今の私を形作っております。

もし自分の功だけを覚えていれば、心はやがて硬くなるでしょう。
けれど、いただいた恩を忘れぬ限り、自然と背筋は伸び、謙虚さは保たれます。

有名な方の言葉であっても、日々の積み重ねの中で噛みしめていくうちに、やがて自らの信条となる。
私はそのように感じております。

明日もまた、静かに整え、静かに支え、そして静かに手放す。
覚えておくのは、いただいた温もりだけ。

それが、穏やかに生きるための“ちょうどよさ”なのかもしれません。

20th Anniversary

お嬢様、お坊ちゃまご機嫌麗しゅうございます。

冴島でございます。

先日催された20th Anniversary Partyに私冴島も参加させていただきました。

お屋敷も20周年ということで人間ならお酒が飲めるようになる年でございます。

きっとその長き時間の中には私の知らぬ様々なドラマがあったのでしょうね。

そんな長い歴史の節目に立ち会えて光栄でございます。

これからもゆっくりとお過ごし頂ける空間をご提供できればと存じます。

温かい紅茶とお食事を用意してお待ちしております。

お暇ございましたら是非ご帰宅くださいませ。

 

冴島

灯火

百合野でございます。

 

まもなく、ティーサロンは二十周年を迎えます。

これも全てお嬢様がそこに居てくださり、我々を必要としてくださっているからでございます。

 

私はお屋敷の始まりからの全てを見ているわけではございません。

 

それはもしかしたら全ての者に言えることかもしれません。

ですが全てを、このお屋敷の灯りは見ておりました。

 

 

 

長くここにいる者も。
最近この門を叩いた者も。
ほんの一瞬だけ、この場所に立ち寄った者でさえも。

皆それぞれに、このお屋敷の中に、小さな何かを残していきました。

 

喜びだったかもしれません…
迷いだったかもしれません…
あるいは、言葉に出来ず枯れていった想いかもしれません。

 

それでも、このお屋敷の灯りは何も問わず、ただ静かに皆を照らし続けてまいりました。

 

人は、歩き続けていると、ときに自分がどこへ向かっているのか分からなくなるものです。
立ち止まることさえ、許されないように感じる夜もあるでしょう。

 

ですが、帰る場所があるということは、きっとそれだけで人をもう一度歩かせる力になるのだと、私は信じております。

 

疲れた心を抱えたとき、ふと思い出していただけるのなら…

 

ここには、変わらず灯りがあります。
そして、変わらず、お迎えする者がおりますよ。

 

二十年という歳月は、誇りであると同時に、約束でもございます。

これまでも、そうであったように。
これからもまた。

 

 

 

 

 

 

さて、20年お屋敷を照らしてくださった「灯り」が次なる「灯り」にバトンをわたしたようでございますね。

本当に、本当に…お疲れ様でした。

 

表立って寂しがる声を上げる方は少ないかもしれませんが

私にとって貴方は一番の功労賞でございます。

 

 

 

様々な心を照らし、少し疲れた事でしょう。

その何も語らない灯火の強さを見習わせていただきます。

 

 

 

誰かが帰って来られる場所であり続けるために。

本日も、扉の向こうに静かな灯りを灯して――

 

お嬢様の帰りを、お待ちしております。

時を超えて

影山でございます。
先日、

「執事喫茶Swallowtail 20th Anniversary Party」

を行いました。
お越し下さいましたお嬢様、おぼっちゃま、誠にありがとうございました。

わたくしがティーサロンで初めてお嬢様のお給仕が叶ったのが、

10年前の2月下旬でございましたので、
丁度お屋敷の歴史の半分に携わってございます。

それを長いと感じるか短いと感じるかは捉え方次第でございますが、

その経験を活かして
これからもお嬢様との日々を過ごしていくのがわたくしの努めかと存じます。

今回は使用人全員からのコメントがございました。
それぞれの個性が出ていて興味深いものでした。

実はそれぞれの使用人のコメントには、
ある程度目安となる時間が決められております。

それをキッチリと実行するもの。

考えてきたものをしっかりとそのまま伝えるもの。

今思う気持ちに正直に答え、時間の概念を覆すもの。

様々でございました。

お嬢様に自分自身の気持ちを伝える機会というのはなかなかございませんので、わたくし自身も貴重な経験をさせていただきました。

改めて
21周年目のお屋敷を
11年目になりました影山を

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

日誌

お嬢様、奥様、お坊ちゃま、旦那様、ご機嫌麗しゅうございます。
久保でございます。

お屋敷では私が考案いたしましたアイスをご用意しております。
その名も

「華やぎの紫蘇ばにら」でございます。

テーマは「和」。

20周年というめでたい節目にふさわしく、上品で晴れやかな一皿を目指しました。

なめらかなバニラアイスを土台に、香り高い紫蘇のシロップを重ね、ほんの少しのレモン汁で後味をきゅっと引き締めております。

さらにごく少量の岩塩を忍ばせ、甘さに奥行きを添えました。
紫蘇とバニラ。

なかなか攻めた組み合わせではございますが、「祝いの日だからこそ、新しい風を」と思い、思い切って挑戦いたしました。

そして、お口直しと食感の楽しさのためにウェハースをそっと添えております。

軽やかな歯触りが、和の余韻をやさしく包み込んでくれます。

二十年という歳月は本当に尊く、まぶしいものでございます。

その晴れやかな時間のひとときに、この一皿がそっと彩りを添えられましたら幸いです。

ティーサロンにて、ぜひご感想をお聞かせくださいませ。

まだまだ挑戦を忘れぬ久保でございます!!

日誌

健やかにお過ごしでいらっしゃいますか?
宗近でございます。

年初に自室の炊飯器が故障してしまい、買い換えまでと思いさまざま情報を探して普通の鍋で米を炊いてみました。
しかし最初は鍋底は焦げ、上は芯が残り酷い出来でございました。

それで少々ムキになってしまい、水加減や火加減、時間を変えて試すうち最近はそれなりに炊けるようになってまいりました。
(もちろん炊飯器には遠く及びませんが)

鍋から出る蒸気の量、沸騰音、鍋底からチリチリし始める音、蓋の隙間から立ち上るご飯の香りなどで火加減を変え、火を止め、蒸らした後に蓋を開けて上手く炊けた時の悦びは一入でございます。

炊いている20分前後は鍋に付きっきりとなるため、炊飯器はもちろん電子レンジで炊飯できる便利な道具もある時代に「タイパ」は全くよくございませんね。
しかしとある重鎮の御方がレコードを拭きながら「手間がかかるからいいんじゃないの」と仰られる気持ちがわかる気もいたします。

私の場合おそらく鍋を変えたら役に立たなくなる技術ではございますが、しばらくは「面倒くささ」を、いや正確には面倒くささを乗り越えた先の「悦び」を楽しんでみたいと思ってございます。