VSOE

涼しい所に逃げ込んで喉を潤したい、そんな欲求が四六時中続く8月、いかがお過ごしですか。
伊織でございます。

VSOE――ティーサロンでご用意のあるティーカップでもおなじみ、ヴェニス・シンプロン・オリエントエクスプレスの略でございます。

豪華な寝台列車、幼い頃からの大きな憧れでございます。
もっとも憧れているのは肝心の寝台がある客室ではなく、食堂車でございます。

客室にあこがれがないわけではありません。
ただし、豪華であればよいわけでもありません。
豪華な列車内の、下等客室がよいのです。
狭くて、設備は今一歩こと足りず、見知らぬ乗客と空間をシェアしなければならない――それでいいのです。
満ち足りすぎては、物足りないのです。
もっと良いものがあるのだと、永遠に憧れの対象であって欲しいのです。

食堂車、そこは列車の旅のロマンがつまりつまった車両でございます。
これまた、豪華なコース料理に上等のシャンパンなんて組み合わせではなりません。
かといって、あんまり質素すぎてもいけません。
下等客室で旅をする使用人風情でございますから、それでも旅の思い出にと、少しばかり気張ってビフテキに1杯こっきりの赤ワインを注文する――身の程をわきまえた背伸びが楽しいじゃありませんか。

え?
ご理解いただけない、と?

仕方がありません。
上質を知るお嬢様には、使用人のちっぽけなロマンなど、聞くに堪えないのですね。
小説や映画のマネがしたいだなんてのも、きっと、子供っぽい趣味だと笑われますでしょうか……。