お嬢様への手紙 ~ 冬の朝

敬愛せしお嬢様。ご機嫌麗しゅう御座いますか?時任でございます。

季節は気付けば一足飛びに過ぎ行くものとは言えど、今年の冬の訪れの早さは驚くばかりで御座います。
お手紙を差し上げるたびに口喧しく申し上げておりますが、お嬢様におかれましては、くれぐれも御身体を大切に、暖かくお過ごし下さいませ。

さて、時任め、過日珍しくドアマンの御役を申し付かりました際、ついでにと思いまして、北の庭園の掃き掃除などして参りました。
急激に訪れた寒気に、樹々も驚いたので御座いましょう。
色付いていた葉が舞い散り、お散歩道に堆く積もっていたので御座います。

降り積もった落ち葉を掃き集めまして、マッチを放り込みますと、かすかに燻っていた落ち葉は、やがて大きな焚火へと膨れ上がりました。
焚き火より棚引き、渦を巻く煙は、天へと掛かった螺旋階段のようで御座いました。

もし、今どこかの街道からお屋敷を目指す者があれば、きっとこの煙を目印に迷わず辿り着けることで御座いましょう。
そういえば、昨夜は小雨混じりの霧模様。街にお使いに出ておりましたフットマンも、さぞ凍えたことでしょう。
暖かいガネーシャでも淹れておきましょうか。
お嬢様のお召し物は、本日は少し厚手のものにするよう、小姓に申し付けておかないといけませんね。

ぼんやりと、そんな物思いに耽りながら、煙を追って空を見上げますと、既に朝も近づいていたようです。
空の色も、地上の全ても、夜闇の漆黒と早朝の薄青が混じった、深い深い群青色に染められておりました。
群青色の世界の中、葉を失った裸の枝々が、空へと手を伸ばしている光景は荒涼として寒々しく、
それでいて、何処かで見たような慨視感ある眺めでございました。
なおも舞い散る枯葉を掃き集めながら、どこで見た光景であったかと、記憶を探っておりますと。

――…ああ。
辿る記憶の糸は、以前に滞在していた街の画廊まで漂い。
眠たげな老爺と老犬が店番をする、古びた画廊の奥の、一枚の絵へと結びつきました。
――…確か、パブロ・ピカソ。特に抽象画を知られているかの人の、まだ筆を取ったばかりの頃の風景画。
灰色に最も近い青。色と言えない色だけで描かれた、陰鬱な冬の森の絵。
あの頃、私は妙にその絵に惹かれ、毎日のように見に通っていたものでございました。

この冬の近づく樹々の眺めは、あの絵によく似ております。
葉を失い、骨のように細々とした枝を寂しげに空へと伸ばす樹々。
青灰色の、色と呼べない色に染められた世界。

そんな思いを抱きながら、樹々を眺めておりましたら。

ふと。
群青色と青灰色だけの世界に、小さな緑色を発見いたしました。
枝々の合間に芽吹いていた、小さな小さな緑の芽。
寒さに耐えるように、厚く硬い外皮に覆われておりましたが、それは確かに新芽で御座いました。

なんとまぁ気の早い。
思わず苦笑しながら、その新芽を。青の世界にぽつりと浮かぶ、暖かな緑色を見て呟き。
そしてその新芽をみてようやく我に帰った私は、懐中時計を開き、そろそろドアマンの任に就かねばと、庭園の道をサロンへと引き返したので御座います。

パブロ・ピカソが、青と灰色ばかりの絵を描いていた頃から、暖かで華やかな絵を描く頃へと移り変わった契機は。
一説にはオリビエという女性と出会い、その笑顔に魅せられたからだと申します。
日が昇り、お嬢様の笑顔にお会いすることが出来ましたら、この青灰色の私の視界も、もしや鮮やかな色彩を得ることが適いましょうか。

――お嬢様。
――北の庭園の葉は、冬の訪れと共に散ってしまいました。
――ですが、気の早い新芽たちが、けなげにも逞しく、樹々の端に芽吹き始めてございます。
――春にはまた、新しく萌える新緑が、お嬢様の瞳を楽しませることで御座いましょう。

――  時任