フローズンカシス

敬愛せしお嬢様へ。

今年の夏は日差しは少ないようなれど、湿気の強い蒸すような気候が続いてございますね。
喉を痛めやすい気候でございますゆえ、良き紅茶をお召し上がりいただき、お労りくださいませ。

このようなお天気の日には爽快なデザートが宜しいかと、先日よりお屋敷にて「カシスとクランベリーのシャーベット」をご用意しております。
『フローズンカシス』と申しますカクテルのお味をイメージしておりまして、厳選したリキュールを用い爽やかに仕上げております。

お口をすっきりとさせる爽やかなお味でございますので、デザートとしてお召し上がられるのは勿論、ディナーにおきましてはお魚とお肉の間にグラニテ代わりにお召し上がりになるのも良いかと、お勧め致します。

また、別館ブルームーンにおきましても「フローズンカシス」をご用意しておりますが、こちらもまたルセットを変えました一風変わったフローズンカシスでございます。
どちらかお気に召していただけたら、ぜひもう一方もお召し上がり頂けたら幸いでございます。

ほんのひとときの涼を、お嬢様にお届けできますよう。

時任。

寛ぎながら戯れ言

敬愛せしお嬢様へ

時任でございます。
本当に春はどこへ行ってしまったのでしょうか。
昼夜の温度差激しい日々が続いておりますゆえ、お嬢様におかれましては身体にお気をつけ頂き、如何に暑く感じられる日でございましてもまだまだ上着はお忘れなきようにお願い申し上げます。

さて、今宵も拙き言葉を紡いで参りますが、子守唄がわりと思って頂ければ幸いでございます。

誰しもなぜか心安らぐ場所というのはございますね。

それが子供の遊ぶ公園であったり、古びた香りの和室であったり、木漏れ日のある森の中だったり…それは人それぞれですね。

お人によっては、うず高く本の積まれた書庫だったり、機械油香る車のガレージだったり、愚者のカードのごとき高い塔のてっぺんだったりするでしょう。

時任にとってのそれは、夜の街でございます。
幼い頃から夜に縁深かったこともございましょうが、夜の雑踏の中に身を浸しておりますと、どんなに心身がえぐれていても泡と溶けるように痛みが消えていくように思えます。

別段、夜遊びが好きなわけでも、騒ぐのが好きなわけでもございません。
衝撃の告白をいたしますと、酒を飲むことそのものも好きなわけではございません。作るのは好きですが。
ただ、夜の街という空間に、静かに身を浸しているのが好きなのです。

お嬢様がたも、自分だけの安らぐ場所というものは、大事になさいませ。
ナポレオンは必要最低限の休息しかとらなかったと言われますが、人に休息は大事でございます。

叶うなら、お屋敷がお嬢様にとって安らげる場所であればと願いますし、そうあるように尽力して参ります。
その活力を養うためにも、今は暫し、夜に身を隠すことをお許しくださいませ。

古いジュークボックスの音色に人々のざわめき。飴色のカウンタによく似合う無骨なロックグラスにはロンサカパを満たしてちびちびと舐めて。
ああ、落ちつきますね。

…あ。猫を膝に文字と戯れているこの時間も好きですよ。
だから私の膝で爪を研がないでください。
あと勝
手にリターンキーを押すのもや
めなさい。
あ、こ
ら、やめ

なさい

って。

ょ。

…ああもう。
おやつあげますからもう寝ましょう。
明日も頑張りましょうね。
あなたのお陰で、私は明日も頑張れますよ。

小さき帝王学

敬愛せしお嬢様へ

時任でございます。
すっかり暖かくなりまして、お散歩には良い気候となりました。
私もふと時間の空きました折は、ふらりと川辺や公園に出掛けて見たくなります。

先日も少々のお時間を頂きましたので、ちょっと遠出してごく小さな旅路をうろついてまいりましたが、旅路のお話はまた今度に。

小旅行の間の、移動の最中や小休止の時には、馴染みの古本屋で気まぐれに購入して参りました書を開くのが常でございますが
、此度はふと目につきました『松下幸之助』氏や『本田宗一郎』氏の自伝を読み返して参りました。

このような腕一本、頭脳一つでご自身の身代を築き上げた方のお話に触れてみますと、
その手腕や技術に拠って自然とその位置にあるものと、ただ権威を翳してそぐわぬ能力を糊塗するものは全く違うのだと改めて思わされます。
後者はただただひたすらに迷惑です。身に染みて知っております。

かつて私が道に惑いましたとき、私は大旦那様より『相手のこと、周りのことを考えてあげるのが、仕事において大切なことだ』
との訓戒を賜りました。考えれば考えるほどに難しく、未だこのお言葉を己の中で噛み砕ききれておりませんが、これを当然のように行える方というのが、
一般に言われる『人の器』を持つということなのでございましょうか。

頭脳に長けるでなく、器もなく、ただわずかな腕にすがる我が身と致しましては、せめてわずかな腕を少しずつでも磨きあて参ろうと思います。

猫のおはなし

敬愛せしお嬢様へ。

季節は一足とびに夏の香りを含んで参りましたが、お嬢様におかれましてはご健勝であられましょうか。
当家執事が一員、時任でございます。
今宵は筆漂うままに、お屋敷の隣人のお話をさせて頂こう存じます。

かの者たちは猫にございます。

お屋敷本館の裏手に縄張りを持つ、猫たちの一団。
近隣の住民たちに愛され、ときには食料を、時には寝床を与えられて共存している、いわゆる『街猫』という存在しょうか。

身体の大きな茶虎猫をリーダーとし、錆柄や黒、灰色など数匹で共存する彼らは、暖かな日には近隣の商店の前で我が物顔に日向ぼっこを、雨の日には軒下に寄り添って、肌寒い日には通りがかりの猫好きなお方の膝を拝借してぬくぬくと、猫らしく自由奔放に過ごしているようでございます。

時任めがお屋敷裏手の別館にて『ブルームーン』を催させて頂きました頃は、その界隈を通ることも多うございましたので、彼らも事あるごとに大荷物を抱えて通過していく黒い生き物に興味を示したものか、別館の入り口から様子を伺っていることも良くございました。

その頃はまだ子猫の群れでございましたので、車の事故に遭ったり飢えたりしないよう、私もついつい世話を焼いてしまったものでございます。
・・・おかげで近隣の商店でお買い物をしたときに、よく鶏肉を巻き上げられたものでございます。

鶏肉やお魚を仕入れたときに限って、商店のすぐ前でじっと待っているので。まったくもって、子猫の頃から逞しい子達でございました。

今日ではすっかり大きく育ちましたリーダーの茶虎などは近隣の方々の愛情でふっくらと育ち、縄張りとなっている運送屋さんの手押し車の上でよくお昼寝しております。

数匹見掛けなくなり心配しておりましたが、一番身体の小さかった錆び柄の子は、運送屋さんの室内に居場所を移していたようで、暖かくなりました頃からは茶虎と並んで日向ぼっこに出てくることもあるようです。

灰色はすっかり見なくなっておりましたが、先日僅かに外れた本屋さんの辺りで見かけました。活発な子でしたから、冒険心の赴くままにお引っ越ししたのでしょうか。
この子は一度、私がドアマンを勤めておりました折に当家の階段を降りてきたことがございます。
ご予約はなかったようなのでお引き取頂きましたが、もしかするとあれはお引っ越しの挨拶だったのでしょうか。

彼らには彼らの世界があり、たくましく生きているのだなぁと。

我が膝元にてすっかり野生を忘れて溶けたように眠る駄猫を眺めながら、物思いに耽った次第でございます。

ご挨拶

敬愛せしお嬢様へ

当家執事が一員、時任でございます。
お庭の桜も開き始めたこの日、当館はお嬢様、お坊っちゃまがたのお力に支えられ、無事に11周年を迎えることが叶いました。

本日サロンにお立ち寄り下さいました御方には、執事たちより当家を象徴する薔薇の花をお贈りさせて頂きました。
お忙しい御身ゆえ遠くお見守りくださる御方にも、今後お立ち寄り頂けました日々にて、変わらず微力を尽くしてお仕えさせて頂き、薔薇の代わりとさせて頂きたく存じます。

11年。大変長い時間でございます。
小学校3年生が成人式を迎えてしまうまでの時間でございます。
過ぎてしまえばあっという間のようでございますが、一つ一つが大切なものを綿々と積み上げてきた年月でございます。
その間にお屋敷を作り上げて下さった、育ててくださった多くの先人に深く感謝を申し上げます。

私ども使用人は、これから先の幾年月も、拙い足取りながらも、よりお嬢様、お坊っちゃまがたにお寛ぎ頂けるように勤めを重ねてゆきましょう。
それが今の、そして未来のお嬢様、お坊っちゃまの御役に立てることを願い、周年のご挨拶に代えさせて頂きます。

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…あぁ、肩が凝った。
私にこう言った堅苦しい御挨拶は向いておりませんね。
まったく、諏訪野執事も椎名執事もどちらに行かれたのやら。

あれ?懐中時計は…ああ、執務机に置いたのでした。
…三時四十一分。あぁ、まだこんな時間ですか。ひとつお茶でも淹れてから御勤めに戻りましょうかね。

ん?

この時計動いてないじゃないですか。
これは大変、早くお嬢様をお迎えに上がらないと!
め、メガネメガネ、メガネはどこだ。あっ、掛けてた。
ああ、呼び鈴が鳴り続けている…はいはいお嬢様、すぐにお迎えに上がりますよ。

…おかえりなさいませ。
今宵も暖かな紅茶とお食事で、あなただけの大切な時間をお過ごしくださいませ。

いつでも。いつまでも。

お豆腐

敬愛せしお嬢様へ

時任でございます。
少し日の暖かさを感じ取れたかと思えば、また底冷えする夜が訪れたりと、
一足とびに春の陽気とはいかぬ日々が続いてございますね。

先日、お外へ食事に出ました際に見かけた一品にヒントを受け、
冷えます夜に一寸、杯の隣に添えたい一品をお作りしてみました。

時任はアヒージョが好きです。
海老にキノコ、お魚、最近はアボカドなども面白うございますね。
ニンニクやアンチョビーをしっかり効かせたものが特に好みでございますが、
しかしながらあまり濃厚に致しますと、一口二口は良うございますが段々重くなってまいります。
そこで、とある馴染みのバーで供していたものにヒントを受け、
素材としては淡白な物をアヒージョにしてみました。

豆腐です。

まずはオリーブオイルをゆっくりと弱火で熱しまして、鷹の爪とスライスしたニンニクを温め、香りをじっくりと引き出します。
よく香りが広がった頃に、アンチョビーをほぐして投入し、お味をよく馴染ませましょう。
さて。
そこへ軽く刻んだ木綿豆腐を投入し、さっと温めます。
パセリを散らして、はい出来上がり。

あっという間に完成です。簡単でございましょう?
ワインの栓を抜き、グラスを用意している間にさっと作れてしまいますよ。

さて、味見をしてみましょうか。
淡白な豆腐に、熱々のオリーブオイルが絡んで、濃厚なのに淡白な味わいでございます。
アヒージョと言うより、地中海ver.湯豆腐といった感覚でございます。

…このままでも悪くはありませんが、少々物足りませんね。

そこで。
お隣のコンロで、おもむろに葉物を(この時は白菜に致しました)刻んで、お醤油・料理酒・お塩・白だしで味付けをして軽く煮込みます。
煮立ったら、水で溶いた片栗粉をそこに加えて、トロっとするまでよく混ぜながら煮込みましょう。

お分かりですね?
このトロッとした液体を、先程の豆腐アヒージョに流し込めば、
「あんかけ湯豆腐アヒージョ」の出来上がりでございます。

熱々のお豆腐を、オリーブオイルに絡めても、餡に絡めてもそれぞれ個性の違うお味が楽しめまして、
さらにこれをミックスすると、和のような洋のような、複雑な美味しさを楽しんで頂けます。

冬の夜に一献お召しになる時は、ぜひ暖かな一品をお側にお添え下さいませ。

良き夜をお過ごし頂けますように。