一息ついたその跡で

「ふぅ・・・。」
とりあえず私は一息ついた。


見渡す限りの大草原。
だだっ広い大地にポツンと一人。
「地平線という言葉はこういう眺めのためにあるんだなぁ」と感嘆していたのも束の間、
すぐに見慣れた私は、不安と虚無のさざ波が交互に寄せる中を、地図と写真を頼りに目的地へと歩を進めていた。



後に現地の案内人と合流し、「ここからは馬に乗って目的地へ向かうのだ」と説明を受けた。
お屋敷では馬の餌やりくらいしか接点のない、ましてや乗馬の経験も無いのだが大丈夫かと彼に尋ねると、
「習うより慣れろ」の一言で済まされてしまった。一瞬彼が日本人に見えたのは気のせいか。

彼はとても流暢な日本語を話し、日本に好意的な感情を持っていると話してくれた。
兎角便利で、物が手に入りやすくて、何よりこの地よりも裕福だと彼は話す。

日本での暮らしは便利な反面、規則的なルールに縛られるケースが多い。
特に、都会では人が溢れ返り、肩をすり合わせながら生活をしているイメージが強い。
ここではそういった暮らしを強いられることも無いので、「私はここの方が好きです」と言葉を返した。

お互い無いものねだりだと笑い合いながら、馬に揺られ、1時間ほどした場所にそれはあった。
馬が数頭。地に生えた草を味わいながら群れている傍らに、なにやら丈夫なテントのような形をした住居が存在していた。

案内人に導かれるがままに中へ入ると、彼の家族である30~40代の女性の方と、
髭の似合う初老の男性の2人が迎えてくれた。


今回私がここを訪れた理由は、この地に伝わるお茶を飲みたいと思ったのが発端である。
準備期間を経て、待ちに待った出発がつい昨日のこと。
そして今日この日、終着点ことメインのお茶とのご対面である。

まずレンガのように一塊になっている茶葉を砕き、お茶を沸かし、そこにミルクと塩を入れて完成。

今までに味わったことの無い香りと、塩気のある味に少々戸惑いを覚えたが、
2~3度飲むうちに癖になった。


ここのように高度の高い土地では乾燥しやすく、飲み物は重要な生命線であり、活力であると言う。

「妻となる女性は、料理よりもお茶をうまく入れられるかどうかが重要なんだ。」と、
自慢げに話す彼は、生命力溢れる解説を私に延々と語ってくれた。
「なるほど、いい妻を持ったのだな」と内心微笑ましく思いながらも、
お茶が、その土地によって用途も位置付けも全く異なる代物に変化する様は大変勉強になった。


こうしてお茶一杯を楽しむ旅は、香り豊かに広がる紅茶のように、心広がる感覚を私に教えてくれたのだった。
一息ついたその跡で。私は遠い故郷に思いを馳せていた。
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