香りの記憶

豪徳寺は常々「味覚を信じるな、香りを信じろ」と私に教えてくれました。

味は香りに大きく引っ張られるのであてにしてはいけないということなのですが。



ボードレールの詩はまさに視覚よりも嗅覚に訴えるような表現が多くございました。

ワインに関する詩も残していたのですが、嗅覚から記憶を引き出される感覚です。

お嬢様も経験がございましょう。



春夏秋冬、風が入れ替わる瞬間の心地よさ。

そういった感動が常に鮮烈でなのは、そこにはいつでも喪失感が伴うからだと感じております。



「記憶」はどんな類のものであろうと、絶対に再現ができません。

それらは全て過去に属した事柄です。

ですので、記憶を呼び戻す「香り」には常に多かれ少なかれ「喪失感」が伴うのです。




楽しみの半分は香りといえるワインの香りに関してはいうまでもないでしょう。


多くの要素を持った上質なワイン程多くの記憶を運んでまいります。

先日戴いたch.ガザン1996はまさにそうでした。

思い入れがおおい銘柄ということもあったのですが、いただいていてつい涙がこみあげてきてしました。




香りに満ちたティーサロンでございます。

これからもたくさんの思い出をつくっていければさいわいです。
Filed under: 大河内 — 22:00

森を歩く

少し心が弱っていたこともあったでしょうし、思い入れのある銘柄だったこともあったのですが、

久しぶりに涙がこぼれるようなワインと出会えました。

 
シャトー・ガザン.(Chateau Gazin)1996 




10年以上前に4本購入し定点観測しながら飲んでいた最後の一本でした。


1996年のポムロールは個人的にお気に入りのヴィンテージです。



マンガやドラマ、映画などのソムリエが、海辺でどうこう、森の中をどうこう、といった表現を使うことが多々ございます。

多少の誇張はありますが私はまさにそのように感じることがあるので同意できます。
格好つけているように見えるかもしれませんが、ほんとにそうなのです。

自身の手で育てた、完璧な状態のワイン。これを何年にもわたって定点観測し、ワインを知る。

こういった経験こそがワインを知るうえで大事な知識のひとつです。




コルクを抜き切らないうちから香りが広がりはじめ勝利を確信できました。
なかなかないコンディション。

ミルクチョコ、スミレ(パルフェタムール)、熟れ切ったフルーツ プラムやフランボワーズ(公式だったらカシスというべきだが赤い果実の印象が強い)、鉄、キノコ、下草、シナモン、リコリス。
拡散する軽やかな香りから、重心の低い水を含んだような香りまで。グラスに注いだ瞬間から、のどを落ちるまで、いつまでも次から次へと香りが広がります。


96年というクラシカルなヴィンテージ、今ではみられない堅牢な作り、それらが交錯した一点がこの味わい。
感動的ですらあります。
ほどけたタンニンと酸。その酸味が輪郭を作りまさに厚みのあるシルクのようなしっとりとした口当たり。
上質なアルコール特有の甘さ、果実味のとろりとした甘さが心地よい。
巨大なワインではないのでずしりとくる重さとは無縁だが、余韻もとても長い。


ポムロールで作られたメルロでしか到達できない味わい。


コンセイヤントだともっとエレガントだろうし、アンジェリュスだったらもっと重厚になるはず。
そういったポムロールの頂点にはもう少し届かないけど素晴らしいワインでした。



追記。
3日目に口にした時に全く新しい表情を見せたことに驚いた。さすがにあけた1日目がピークだと思ったら。
より甘いミルクチョコレートのような香りが先に来るようになった。
味わいもふくよかさを増して、開いた印象。
こういう部分を読めないところにまだまだテイスターとしての未熟さをかんじる。
Filed under: 大河内 — 22:00

牧神の午後

6月。


この度、瑞沢に続いて私のケーキもご用意できる運びとなりました。


まどろみの中、幾重にも風をはらんだシルクのヴェールにつつまれながら手を伸ばす


そんなイメージをケーキで表現いたしました。


重層的で、口に運ぶたびに新しい、香り、味、食感が見つけられるはずです。




春らしい軽やかさを感じられる、くちどけのいいムースがベースです。

こちらには隈川の紅茶「オルソ」が使われております。

またその中に、味 香り共に強い印象を持つシェリー酒のムースをいれました。

こちらを核に食感、香り、味に複雑さを加えております。




合わせる紅茶としては

当然オルソ、あとは 姫睡蓮、メイリン、シェリー、カナリー、四季春、アテナ

辺りは面白いと思います。

お酒でしたらドイツの軽めの白ワインがよろしいでしょう。





ちりばめた要素としては


・フレッシュのグレープフルーツ 
 こちらは瑞々しさとほろ苦さ、春や初夏らしい風味を、はじける食感。
 (一番上のジュレもグレープフルーツのジュレです)

・クルミ
 こちらもグレープフルーツに通じるほろ苦さ、食感のアクセント、そしてシェリーに通じる香ばしい香り。
 ぜひ、シェリーのセンターと召し上がってください。

・塩
 粗めの塩を添えています。味覚的に甘さを開く作用があるのでより一層それぞれの素材の良さを引き立てるはずです。


・フレッシュミント
 こちらも春らしさを感じられるさわやかな味わいでオルソによく合います。苦手でなければ是非口にしてください。




お気に入りの食べ方を探しながらお楽しみくださいませ。




手前味噌ながら非常に美味しいムースに仕上がりました。

大分我儘を押し付けてしまったのですが、それを実現してくれたパティシエには本当に感謝しております。

この場を借りてお礼を。ありがとうございました。
Filed under: 大河内 — 10:00

見る、記憶する

今年は桜をゆっくり見られなかった方も多いのではないでしょうか、私も不用意に外出するのははばかられましたので、部屋でひとり、昨年撮影した桜の写真を整理しておりました。
きっとこの日誌がお嬢様の眼に触れるころにはすでに葉桜でございましょうが、ご覧になって多少でも春を感じていただければ幸いです。









3時くらいから、ゆっくり散歩していたのですが、刻々と光が変化し、それを映す桜の花びらが非常に美しくいい時間を過ごせました記憶がございます。


下手の横好きながら写真を撮るようになってから、日常の中にある美しい瞬間を、より多く見つけられるようになった気が致します。
ただ、それを残せるかというと非常に難しく、まさに「瞬間」瞬く間に過ぎ去りスマートフォンを出す暇すらございません。
そういった点では人間の瞳と記憶、想像力に勝るものはありません。


美しいものを残したいという欲求は強いのですが、「LIFE」という映画でのショーン・ペンのセリフの通り、「最高の瞬間をカメラに邪魔されたくない」ということなのだと思います。やはり五感全てをもって感じ、記憶に刻み、想像力でそれを装飾してその感覚をよみがえらせることこそ一番の感動なのかなと思います。



来年は今年の分まで盛大に桜の下で杯を酌み交わしたいものですね。


Filed under: 大河内 — 22:00

鳥のさえずり

歌劇団の皆がTwitterに報告の場を移して数ヵ月。
なんの違和感もなく、むしろ羽を得たように自由に振る舞っているところをみると時代に適した判断だったのでしょう。


そこで私も、Twitterなるものを始めてみるかと数ヵ月いじってみたのですが、これがなかなかに難しく、多くの問題に直面してしまいました。



まず第一に150字では伝えきれない。
一度何かを口にしますと、いくつものツイートが連なり、結局ひとつの話題で500字を越えることがざらです。


古来より、ミニマルな表現の極致である俳句や短歌に美しさを感じていた日本人とは思えない体たらくです。




また第二に表現に感情が伴わない。
150字という制限のなかで感情の機微を伝えることが難しく、どうにも心のこもらない、事実と意見を述べるだけの硬い文章になってしまいます。

そう、文章ですね。ツイートにならないのです。


正直、Twitterで交わされる、特有の言葉の文化には品性を感じないと思っていたのですが、これは環境に適応するために進化を遂げた結果であり、むしろ自身の古い感性がそこに追い付けていないのだと気づかされました。
とくに発信者の表情まで感じ取れるような感情表現を数文字でまとめる技術には舌を巻くばかりです。




やはり私も変わらなければなりませんね。
たとえば飲んだワインの感想も長々とだらだらと綴るのではなく、感情をストレートに。



「ねえちょっとまってジャン・フランコ・ソルデラのラストヴィンテージカーゼバッセ尊いつらい無理ぴえんぴえん」



これですね。
Filed under: 大河内 — 22:00

ゆるゆる

生まれながらに体の強度に差があるように、生まれながらに心の強度もあると感じております。

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Filed under: 大河内 — 22:00

決して怒っているわけではございません。

「恕」何年か前にその年の目標として掲げた一文字でございます。


ゆるす。意味合いとしては赦すに近いのかもしれません。


昨年1年を振り返り、今再びこの心持ちが大事なのかなと感じております。


何事に対しても、自身の意思や信念は持ちつつも、時流感じ、(受け入れるかは別としても)理解し、考えること。



また、私自身、狭量で妬み僻みといった感情に心を占有されることが多くございます。
そして、そのような内面を動機として発せられた行動は、得てして良くない結果を招き、より悪い形で自身の心を苛みます。



「赦す」というと、やや上からものを言うような印象を受けがちですが、「恕」は「相手のこと察しを思いやる」といった意味が内包されているように思われます。


負の気持ちから行動を起こす前に、1つ呼吸をおき、「恕」のひと文字を思い出す。


いい大人が恥ずかしい限りではありますが、人間年を重ねると自身を客観視できなくなるものです。
そうならないためにも、このひと文字を胸に日々生活できればと思います。
Filed under: 大河内 — 22:00

30分で5㎞

30分で5㎞はしりたい。という表題通りの内容なのですが。
これがなかなかに難しい。

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Filed under: 大河内 — 22:00

冬の焼き菓子


大旦那様より機会をいただき、ギフトショップで私が考案したフィナンシェを並べていただけることとなりました。

今回のテーマは紅茶や酒と溶け合い双方の味わいを高め合うような味。


ダークラムを香らせたバターたっぷりの黒糖生地にアニスとシナモン、オレンジピールをアクセントに加えております。
非常に香り高く深い味わいですので、ひと欠片口に含めば余韻も長くいつまでも香りが戻ってまいります。

黒糖とハーブを強めに使っていますので、今の時期にぴったりな、小さなシュトーレンだと思ってクリスマスの準備の合間にでも暖炉の前で召し上がってみてください。



合わせる飲料としては、


紅茶ですと強めに淹れたアッサムが一番です。他にお屋敷の紅茶でしたらリリスやフォンディエ、ルフナ、ディンブラなどもとてもよろしいかと。

フィナンシェは比較的甘めに整えておりますので、紅茶に砂糖を加える感覚で、口の中で軽く溶かすようなイメージでお茶を召し上がってみてください。




お酒ですと、ダークラム、ブランデー、シェリー、ポート、赤ワインなど。
もしくはグランマニエやチェリーブランデー、アマレットなどのリキュール類も非常によく合います。

色々試したのですが赤ワインとグランマエニエとブランデーが私のお気に入りでした。
赤ワインを合わせるとグリューワインのような印象です。
お酒は味が強いものが多いので、口に含み飲み干したあとの余韻に焼き菓子を合わせるように召し上がっていただくのがよろしいかと存じます。
またサバランのようにお酒自体に浸して召し上がってもいいでしょう。



またお屋敷ですとあまり口にしないと思うのですが、コーヒーとの相性も抜群です。
ビターなものから酸味に寄ったものまで幅広く合うと思います。




ではお嬢様。手前味噌ではございますが自信作ですので、是非お手に取ってみてください。冬のティータイムに陽だまりを得るような暖かさを感じていただけるはずです。





最後に。この場を借りて何度も試作に付き合ってくれたパティシエと色々と取り払ってくれた的場に改めてお礼の言葉を。ありがとうございました。
Filed under: 大河内 — 00:30

秋のかたち

目に映るもの、肌で感じるもの、至る所に秋の深まりを見出せますが、足元の装いにも秋らしさが出てくるころではございませんか?

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Filed under: 大河内 — 22:00