紅茶を美味しくするためには

浅葱でございます。


普段お嬢様が飲まれております紅茶。

ティーサロンでは特に紅茶係が淹れておりますが、紅茶係を務める使用人ごとに味が変化しているように感じることはありませんか?
例えばこの使用人は少し味が濃い目に抽出される、だとか。味は軽やかで香りが高い紅茶を淹れる使用人、だとか。

それらの違いは、紅茶係を務める使用人の紅茶の淹れ方に起因した差異ではないかと浅葱は考えております。
(more...)
Filed under: 浅葱 — 20:00

嗚呼、愛しのみっちゃん

今月から浅葱のブレンドしましたオリジナルブレンドティーをご用意致しました。

『ミッシェル』でございます。
英語で綴るとMichelle。
最初から最後まで自分自身で作ったオリジナルブレンドティーでございますので、浅葱は我が娘のようにこのミッシェルを可愛がっております。
浅葱は密かに『みっちゃん』と呼んでおります。

フランスの女性名を付けておりますが、由来はイギリスのロックバンドであるビートルズの曲名から。哀愁漂う曲調に、叶わない恋の気持ちを乗せた名曲でございます。


浅葱の好きなライチ、
そしてピーチのフレーバー、
ひとつまみの花びらをブレンド。

キンモクセイとコーンフラワー。
華やかな香りがありますが、ベースが中国紅茶を使っていますのでとってもサッパリとした味です。

ストレートはお食事に合うように。

そして砂糖を入れると途端にフルーツフレーバーが強く感じます。
デザートなどに是非お試し下さいませ。



「私がミッシェルを浅葱より上手く淹れてませましょう!」
この間、綾瀬がそんなことを言っておりました。

最近紅茶係にデビューして、メキメキと腕を磨いているようでございます。是非とも綾瀬が紅茶係を務めておりましたら、綾瀬ミッシェルをお飲み下さいませ。

感想は……まず、浅葱にお伝え頂ければ幸いでございます。


「では、来月からご用意する『大和撫子』は綾瀬よりも美味しく淹れてみせましょう!!」


そんなことを密かに決意した浅葱でございました。



……ちなみに、同時期にお出し致しました御茶ノ水の『バナナキャンディ』。ウチのみっちゃんのライバルとしてどんな味なのか飲ませて頂きました。


うーむ…。
…………。
………。



悔しいけれど、これも美味しい。

ミルクや砂糖の相性は勿論、
ただの着香されたバナナフレーバーではなく、アプリコットを少し加えたことによりバナナのフレッシュ感が何故か演出されているという化学反応が起こっています。


恐るべし紅茶マイスター。
恐るべし御茶ノ水。
今度美味しいロイヤルバナナミルクティーでも作ってもらいましょう。

浅葱
Filed under: 浅葱 — 16:00

嗚呼、愛しのペンダコよ

むかしむかしの話でございます。

小説を読むことが好きだった私は自然と文章を書くことを覚えました。初めは遊びのようなものでした。空想や妄想の類いを延々と書き連ねては破茶滅茶な展開を書き殴っておりました。キャラクターや世界観、ストーリーの設定を書き連ねるノートは何十冊にも及び、数年前に荷物を整理していましたら不意に発掘されて私を大いに苦し辱めました。いい思い出でございます。すぐに焼却致しました。

物語を綴ることが好きだった私は、原稿用紙に手書きで小説を書いておりました。20文字×20行を埋めると大体300文字から350文字になりますので、長編小説を書き上げると200枚から400枚ぐらいになりますでしょうか。幼少の頃は大旦那様から頂いたお小遣いのほとんどを原稿用紙を買うお金にあてておりました。

ジャンルはその時々で異なり、好きなことを好きなだけ書いておりました。特にその当時好きだった小説家の影響を受けることが多く、やたらと三点リーダーを使う時期もあれば、文章の接続に「~だけれど」と多用していたり、全く関係のないことをクドクドと書いていたり、と。未だに影響を残しているものもございます。

その原稿用紙が山となり、崩れる頃には大きなペンダコがぽっこりと中指に出来ておりました。指が歪になることはあまり喜ぶことではないかと存じますが、私は努力した証としてなんだか誇らしく思っていたのです。

お風呂に入りながら、その日一日酷使したペンダコを撫でて、よく頑張ったね、私はなにも君が憎くて酷使しているわけではないのだよ、言うなれば愛情、愛故にスパルタとなるのだよ、と言い聞かせてあげたものです。

一日中文章を書いていた時の熱も少し冷め、それでもペンダコはずっと私のもとにおりました。筆を握っている限り、ペンダコが私のもとからいなくなるなど考えられませんでした。強く握り締めれば、翌日いつも以上に膨らみますし、そのポッコリは手の中で特別に硬くなって存在を主張しておりますから。

私はもう、ペンダコなしでは生きられない身体になってしまったのです。



ある日、そのペンダコが家出しました。


置き手紙が残されていて、それは私に向けて書かれたものでした。その字には確かに見覚えがあり、それは私のペンダコが書いた文字でございます。


『さようなら』


その短い一文を残し、ペンダコは姿を消しました。

その日からお風呂に入っても話しかける相手はいなくなってしまいました。かつてペンダコがいた中指を撫でて、ため息を吐くのが日課になりました。そこには真っ直ぐに伸びた中指しかなかったからです。

「なんで僕を置いていなくなってしまったんだ」

哀しみを紛らわす為にたくさんの物語を綴りました。ミステリーを、SFを、恋愛物を、ハードボイルドを、コメディを、ホラーを。

それらを読み返すと、何処かにペンダコの姿を探しているように思えました。

真犯人はかつて共に過ごした幼馴染で、宇宙的規模で増殖を続ける愛しい指のポッコリ、ふと気づくと一番大切なのは傍に居てくれた君で、バーカウンターでバーボンを傾ける君は、全力で駆け出す上に裸というアホウな姿、恐ろしい気配に振り返るとそこにいて。

支離滅裂ですが、確かにそれはペンダコでした。

そうして私はペンダコが大切な存在だったことに気づきました。

「愚かなのは僕だったよ。どうか、どうか戻ってきてはくれまいか」

涙を拭った手には、やはりペンダコはおりませんでした。


「私はここにいるよ」


声が聞こえました。
逆の手からです。

「ペンダコ! そんなところにいたのかい」

「残念だけど、私はペンダコではあるけれど、かつて君と一緒にいたペンダコとはまったく別のペンダコだ」

「そんな……」

「君が探している左の手にはペンダコが膨らむことはないよ。だって君は右利きじゃないか」

「嘘だ。僕は利き腕を変えた覚えはない」

「じゃあなんで私は右手にいるんだい?」

「それは……」

「箸を持つ手は?」

「右手」

「ボールを投げるのは?」

「……右手」

「ペンを持つ手は?」

「や、やめてくれ! そんな……いつから僕は右利きになったんだ?」

すると右手の中指にいるペンダコは不気味な笑い声でこう言いました。

「君は元々右利きなんだよ。左手の中指にペンダコが存在するはずがないんだ。君はずっと幻想を見ていたのだよ」

「嘘だ! 僕は信じない!」

楽しい思い出を一緒に過ごしたペンダコ。辛い時も哀しい時も寂しい時も。一緒にペンを握ったペンダコ。妄想を文章として一緒に綴ったペンダコ。美味しい料理も一緒に箸を握ったね。寝る前も起きた後も、君が歯を磨いてくれた。

そのペンダコが、存在しなかった。

私は何が本当であるのか判別がつかず、不敵な笑みを浮かべる右手のペンダコのことを遠ざけようと腕を伸ばすことしかできません。

「そんなことをしたって無駄だよ。君は私がいないと箸を握ることもできない。ボールを投げることも、字を書くことも、ハサミで物を切ることも、歯を磨くことも。何も出来ずに苦しむんだ」

「それでも……確かに、あのペンダコはいたんだ……。僕はペンダコと共に……」

「その全てが幻想だったのだよ!!」


私は、右利きだったのでございます。






という夢を見て以来、少しずつ左手を使うようになった浅葱でございます。

左利きの使用人が意外に多く、いつもふとした瞬間に左手を器用に使う彼らを見て憧れてしまうのです。私もいつかは左利きになりとうございます。

お嬢様、左利きの使用人が何人いるか知っておりますか?

ティーサロンで是非教えてくださいませ。
ちなみに衣笠は左利きです。
彼は彼で右手を使う練習をしておりました。




追記
夢の中では憎たらしい性格の右手中指にいるペンダコですが、本当はとってもいいやつでございます。いつも日誌を書いてくれてありがとうございます、ペンダコさん。


浅葱
Filed under: 浅葱 — 15:00

浅葱でございます!

8月は浅葱が提案するエクストラティー、アイス、そしてスペシャルカクテルをご用意させて頂きます。
この数ヶ月間、構想から準備まで駆け抜けるように用意して参りました。
浅葱の好きなものを好きなだけ。
それはもう、たくさん。
お嬢様に召し上がって頂けるようにと。
(more...)
Filed under: 浅葱 — 10:30

『ウミガメのスープを探して~浅葱のお屋敷事件簿③~』

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。
お屋敷探偵を名乗る浅葱でございます。

先日、歌劇団の第13回公演を観させて頂きまして伊織の着るホームズの衣装が欲しくて堪らない浅葱でございます。
お嬢様もご覧頂けたでしょうか?
素晴らしかったですね。
(more...)
Filed under: 浅葱 — 11:11

孤島に潜む狼は何匹?後編~浅葱のお屋敷事件簿②~

ご機嫌麗しゅうございます。
雨が降ってまいりました。
浅葱でございます。

最近の浅葱は、毎日雨を眺めながらメランコリックな気分に浸り、書庫整理という名の読書タイムを雨粒の音と共に楽しんでおります。
ちゃっぷ、ちゃっぷ
ちょっぷ、ちょっぷ
らんらんらん。
鼻唄を歌いながら。

最近、ふとフットマンになりたての頃の思い出について考えることがあります。それは後輩の姿を見てみていて、園田のように個性があっただろうか、青葉のように人当たりが良かっただろうか、汐見のように楽しげにお話できていただろうか、風祭のようにアホでいられただろうか、と。

去年の今頃、何をしていたのかと思い出しますと……浅葱は何をしていたでしょうか? んー、どうにも思い出せません。お給仕を頑張っていたとは思いますが、それは最初から今に至るまで変わりませんし……。

日誌を読み返してみました。
去年の浅葱が綴った日誌。
懐かしい心持ちで、懐かしい友と、そしてまだまだ未熟なところも少し恥ずかしい。そんな日誌。
来年の浅葱は、この日誌を見てどう思うでしょうか?
恥ずかしさと共に、お嬢様、そして衣笠と乗り越えたこの事件のことを思い出して、きっと困難を乗り越えられるーーと信じられるといいのですけれど。

では、ご覧くださいませ。
先月からの続きの物語です。


***


四日目の朝。
昨晩までの推理をまとめていた私の下に衣笠が神妙な面持ちでやってまいりました。お嬢様はまだ寝室で寝ていらっしゃるようです。
「なあ衣笠、昨日の推理を私なりにまとめてみたんだがーー」

「浅葱」

衣笠は制するように言いました。
「……やっぱり、また出たのか?」
「ああ」衣笠は頷きます。

四日目の犠牲者。
青坂さん、そして赤森さん。
二人が別々の場所で殺害されているのが発見されました。
青坂さんは屋敷に併設している礼拝堂でロープに首を絞められた状態で。
赤森さんは庭園にある噴水広場の池に顔を突っ込むような形で。
殺害方法は青坂さんが絞殺、赤森さんは広場の池で溺死ということが判りました。

「被害者が二人、か」浅葱は顎に指を当てます。ほぼ同時に違う手段で、ということが気になります。
「これで四人が亡くなってしまった」衣笠は目の下に深いクマが出来ております。

「お嬢様は?」
「お部屋で休まれているよ。憔悴していらっしゃることは間違いない」
「そうか。早く、なんとかしなくちゃ……」

衣笠は赤森さんと青坂さんの死亡状況を詳しく教えてくれました。

まず赤森さんですが、犯行現場はお屋敷に併設された礼拝堂の中でした。祭壇近くに倒れた状態で発見され、首にはロープが掛かったままだったということでした。
気になるのは首の絞め痕。
床に倒れていたということでしたが、斜めになっていました。ルルウ様が首を吊っていた時に付いた痕のように、上の方向に絞められた証拠でしょう。
最後に生きている赤森さんを見かけたのは森見さんで、礼拝堂の鍵を貸して欲しいと頼まれたということです。
夜間の外出は控えることを言ったのにもかかわらず、赤森さんは調べたいことがあると言って聞かなかったということでした。
使われていない空き部屋や礼拝堂などの施設には普段施錠されており、鍵は森見さんが管理しています。マスターキーは万城目氏が持っているということでした。

そして青坂さん。
小規模ではありますが公園ほどの噴水広場には中央に池があり、動物の彫刻があります。その縁に顔を突っ込む形で発見されたということです。手足はロープで縛られており、誰かが殺害したということは一目瞭然です。
彫刻は青坂さん自身の作品であり、熊や猪、鹿に鷹、そして狼が立体的に配置された構造をしています。タイトルは『種の審判』。
青坂さんが以前作った作品ということでした。
エラリイ様が特に青坂さんの作品を気に入っていたらしく、娘のルルウ様が生まれてから毎年誕生日には彫刻の作品を作っているということでした。今回の島の崖に彫っている作品も誕生日に送るものらしいです。
……ルルウ様は誕生日が、近かったのですね。


「浅葱、さっき推理がどうのって言っていたよな? あれは何を言おうとしてたんだ?」
衣笠にそう問われ、私は渋い表情を浮かべました。
「衣笠、昨日は解らないと言ってしまったけれど、本当はルルウ様を殺害した人物は見当がついていたんだよ」
「なんだって! なぜ皆の前で言わなかったんだ?」
「それは……犯人を詳らかにすることによって、狂気が続くことを避けたかったから」
「どういう……?」
「けれども、黙っていたことで狂気は続いている。むしろ誤解が最悪の結果をもたらしているんだ」
「なあ浅葱、もっと判りやすく説明してくれないか」
衣笠は不満げに言いました。

「ルルウ様を殺したのは赤森さん、そして青坂さんだよ」


***


浅葱はルルウ様の遺体を検分してあることに気がついていたのです。それはルルウ様の首筋についた紐の正体、そして爪の絵の具でした。

ルルウ様お一人の身体を支える強度が必要であり、首を吊るロープは頑丈でしっかりとした物がいります。その時、ロープを持っている人物は島の壁面に彫刻をするのに必要なクライミングロープが使われていました。固定するロープの結び方などもシャンデリアと窓枠、壁面という三点に支点があり、専門的な知識があるという証左でしょう。

そしてルルウ様の手の爪には絵の具が原因と見られる痕跡がありました。おそらく犯人と乱闘になった際、犯人に付着した絵の具がルルウ様の爪に残ったのでしょう。

この証拠により、犯人は二人の客人によるものと推理できます。

けれども納得のいかない点も多々あります。
・なぜ二人がルルウ様を殺害したのか?
・どうしてルルウ様の首を吊ったのか?
・二人が西尾さんを殺害した犯人なのか?
などなど、疑問は尽きません。
この疑問があったことも、犯人だと言わなかった理由の1つでもありました。
状況証拠をあえて取り上げなかったのはこの為です。

西尾さんを殺害した方法ですが、あのナイフが実際に使われたという証拠はありません。確かに浅葱は傷口や凶器についた血痕を見てそう断定していましたが、凶器を別にすることは可能です。

例えばナイフよりも刃先が小さい物。
そう、彫刻刀などはナイフよりも小さい刃を持っています。大きなものであれば、殺傷能力もあるでしょう。

しかし彫刻刀が凶器であると判れば犯人は青坂さんだとすぐにバレてしまう。
そのことを隠すために傷痕を再びナイフで傷つけ、凶器がナイフであることを偽装したのでしょう。

犯行に至ったのは青坂さんです。

そして「WHO IS THE wolf」の文字ですが、あれは後々に調べてみると血液だけで書かれたものではありませんでした。
赤色の絵の具。
そもそも血液は時間が経つと空気で酸化して赤黒く変色していきます。翌日、そして翌々日と変わらない鮮やかな赤色にするためには絵の具を混ぜていることが考えられます。鮮やかな赤色にしておくことで、ダイイングメッセージを印象深く記憶させる狙いなのではないかと。
窓が開けられていたのは絵の具のシンナー臭を隠すためでしょう。

大量の絵の具持っていて、尚且つ色の効果にまで知識を持つ赤森さんが偽装をしたのです。

しかし引っかかるのは、次の犯行です。
ルルウ様の殺害ですが、今度はお粗末過ぎるのです。
明らかに青坂さんが使ったと思わせるようなクライミングロープとルルウ様の爪に残された絵の具。まるで証拠をわざと残しているかのようでした。

そして犯人の二人が殺害されました。
青坂さんと赤森さん、それぞれ別の場所で、そして別の手段で。
青坂さんを殺害したのはきっと……。
では、赤森さんを殺害したのは。

それぞれの犯人はすぐに判りました。


***


浅葱はその夜、狼が動くのを待っておりました。もうこんな悲劇を続けさせてはいけません。
ギィィ、と扉を開けて這入ってくる狼に浅葱は言いました。

「もうやめましょう、万城目さま」

手にはロープを持ち、大柄な身体をしているこの屋敷の主人、万城目氏に浅葱はそう言ったのでした。

ここはエラリイ様の寝室です。

私の横には森見執事がおり、後ろにはエラリイ様がおられます。

「そして、エラリイ様も手に持ったナイフを離してください」

ハッとした表情をしてエラリイ様は浅葱を見ます。手に持ったナイフが鈍く光っておりました。

浅葱が導いた犯人は二人おりました。
青坂さんを殺害したのは万城目氏。
赤森さんを殺害したのはエラリイ様。

つまり昨晩に亡くなった二人の被害者。
それは別の場所で別の犯人が、
同じ頃に起こした殺人なのです。

「赤森さんが鍵を持って礼拝堂に行った時、それを知っていたのは執事の森見さん。しかし森見さんはご覧の通り小柄な体格ですので、首を絞めたとすると斜めに痕が残ることは難しい。赤森さんより大きい体格、そして礼拝堂に出入り出来る人……それはこの屋敷の主人である、万城目氏。あなただけです」

万城目氏は身長2メートル近い体躯を持っていました。

「そして青坂さんはエラリイ様、あなたが殺害したのでしょう。ルルウ様の首を吊っていたロープが自分のものだということを知っていた青坂さんは、唯一知っているエラリイ様に弁明しようとしました」

「なぜ私が知っていることを?」エラリイ様はそう尋ねられました。

「それは……勘に近いですが、エラリイ様は青坂さんの作品を心から愛されているのではないかな、と思ったからです」
「なぜ?」
「噴水広場で溺死させる理由は、青坂さんの作品の側でわざわざ殺害する理由は、そのくらいじゃないかなと思ったからです」
赤森さんとの違いはそこなんじゃないかと思ったのです。

「青坂さんに問うたのではないですか? あの像は確か『種の審判』というタイトルでしたね。青坂さんが目を覚ました時、あの像の前でルルウ様を殺したことを認めれば殺さなかったのではなかったのですか?」
「そうね」
「けれども、青坂さんは最期まで認めなかった」
「だから審判を下したのよ」
エラリイ様は自嘲気味に笑って言いました。
「本当に、青坂さんは殺していなかったのではないでしょうか?」
「え?」

「浅葱は最初、ルルウ様を殺害したのは赤森さんと青坂さんだと思っていました。証拠は確かにありました。けれども、あまりに短絡的な推理ではないだろうかと疑問はずっと残っておりました」

そして浅葱は二人にこう言いました。

「ルルウ様を殺したのは青坂さんでも赤森さんでもありません。犯人は別におります」
その事実を聞いて、万城目氏とエラリイ様は驚愕の面持ちでありました。
「勿論、万城目氏もエラリイ様も違います」

浅葱は万城目氏とエラリイ様が今回の犯行に至った経緯は、ルルウ様殺害の復讐であると気づきました。
森見執事にそのことを告げると、薄々感づいていたのでしょう。何も言わずにエラリイ様の寝室に案内してくださいました。そして説得も。これから行われる狂気の事件に歯止めをかけるためでした。

お互いに浅葱と同じ理由から万城目氏は赤森さんを、エラリイ様は青坂さんのことを犯人だと推理して復讐することにしたのでした。けれども、朝目覚めると新たに自分の知らない被害者が出たのです。
つまり、狼はまだいる。
別々の事件であるにも関わらず、二人は誰か一人の犯人の犯行であるということに固執して復讐を続けることにしたのです。
そして、今に至ります。

「では私たちは何の罪もない者を手に掛けていたのか」
「なんて残酷なことをしてしまったのかしら……」

二人は目から大粒の涙を流してその場に崩れ落ちました。

その時。

パチパチと燃える音が聞こえました。
煙と共に焦げ臭い臭いが漂ってきます。
火事です。
この屋敷が燃えているのでしょう。
何が起こっているのか判りませんが、浅葱はお嬢様と衣笠のことが心配でした。急いでお側に行かなくては!
万城目氏とエラリイ様は幽鬼のようにふらふらと立ち上がり、何処かへと歩いていきます。あちらは屋敷の奥の方です。
「森見さん、早くお二人を!」
「いえ、お二人はもう……この屋敷と共にするお覚悟なのでしょう。あちらはルルウ様が眠るお部屋の方向です」
「そんな……止めなくては」
「いえ、森見は主人様、そしてエラリイ様とルルウ様の意思を尊重するつもりでございます。浅葱さん、貴方は貴方の仕える人の下へ向かいなさい」
「森見さん、あなたは……」
「私は、私の仕える人に添い遂げるだけです」

火の手が回って、本格的に屋敷が崩れ始めました。

「最期に聞いてもいいかい?」
万城目氏は振り返って私に尋ねます。
「ルルウを殺したのは誰なんだ?」

私は、大きく頭を振りました。
浅葱は無力でした。最期の願いですら答えられないなんて、探偵失格です。

「いいや、いいんだ。知ったところで私たちには罰する資格はないよ」
「そうね、せめてあの子の顔を見ながら最期を迎えましょう」

万城目氏とエラリイ様はお互いに支え合うように奥へと消えて行きました。

浅葱は万城目氏とエラリイ様の後を追って付いていく森見執事の後ろ姿を見ていましたが、ついに止めることはできませんでした。それは使用人としてはある意味、理想的な最期なのかもしれません。

浅葱は浅葱にしか出来ないことがあります。
お嬢様を守らなくては、なりません。

身を低く屈めて、燃え盛る火の手をかい潜り、そしてお嬢様のお姿を探します。

「おじょうさまっ! いがさっ! どこにいるのですか!!」

途中、メイドの佐藤さんが倒れておりました。
「佐藤さん!」
すでに事切れておりました。胸から大量の血があふれていて、刃物で刺されていました。見開かれていた瞼を閉じて、仰向けに安静な体勢にして「ごめんなさい」とその場から離れました。

火の手は激しく、この燃え方は屋敷の中央から燃えたのではないかと思いました。外側に向けて火の手は緩やかになっていましたが、崩落が激しく真っ直ぐ外には向かえません。

屋敷の中央には確か、厨房がありました。
そういえばシェフの伊坂さんの姿を見ていません。彼はどうしたのでしょうか?

足下の床が崩れて一階下のフロアに落ちました。幸い怪我はありませんでしたが、また遠回りをしなければならないでしょう。
目線を上げた浅葱の前には驚きの人物がおらました。
目の前に伊坂さんがおりました。
「何をしているんですか?」
「火をつけているんだ」
「この火事はあなたが……」
「この屋敷がある限り、狼はいなくならないんだ」
「なにを……くっ!」
また壁が崩れて、浅葱と伊坂さんの間に瓦礫がなだれ込んできました。私が止めようとしますが、伊坂さんは何処かへと消えていきました。

私は彼の行方が気になりましたが、それよりもやらなくてはいけないことがあるのです。

必死に叫んで。
駆け回って。
火の手から逃げながら。
崩落を避けながら。
そして。

「お、おじょうさま! ああ、よかった!」

目の前にいる衣笠、そしてお怪我をされていないお嬢様を見つけた時、浅葱は一安心しましたが……それだけではありませんでした。

「あ、あなたは……!」

紫音さんでした。
紫音さんは正気の沙汰ではない様子で手にはナイフを握っています。
「もう嫌だ、誰も信じられない……!」
鈍く光る銀色の刃が宙を切ります。
お嬢様を庇いながら逃げている衣笠は避けることに手一杯のようです。
「なにしてるんですかっ!」
浅葱は咄嗟に紫音さんの握るナイフを押さえました。そして衣笠も同時に足払いをして、紫音さんを転ばせます。

「あさぎっ!」衣笠が叫びます。

浅葱は思いっきり床に転がったナイフを遠くに蹴り飛ばし、衣笠は無力になっても抵抗しようとする紫音さんの鳩尾を殴って無力化させました。
「護身術を習っておいて正解だったね」と浅葱は苦い笑みを浮かべます。
「人を殴ったのは初めてだよ」と衣笠。

はやくこの屋敷から脱出しなくてはなりません。

「衣笠、この状況はどうしたのですか?」
「浅葱、お前が事件を終わらせると出て行った後、私とお嬢様、そしてメイドの佐藤さんで紫音さんの様子を見に行ったんだ。部屋にいた紫音さんの様子が変で、いきなり佐藤さんのことを刺したんだ。咄嗟のことで庇えずに、今まで逃げることしかできなかった」
「佐藤さんは事切れていたよ」
「そうか……くそっ! 何がどうなってるんだ!」
「この火事は伊坂さんが火を放ったみたいだ」
「万城目さま達は?」
浅葱はゆっくり頭を振りました。
「犯行は止められたけど、結局私には止められなかったよ」
「そうか」
衣笠はそれ以上聞きませんでした。

「ううううっ!!」
獣のような呻き声が聞こえました。

「浅葱!」
衣笠は庇うように浅葱とお嬢様のことを押しました。その時、後ろから狼のように目を血走らせた紫音さんがナイフで襲ってきていたのでした。
ドンっと衣笠の身体が揺れます。
やめろ!と浅葱は次の瞬間に紫音さんのことを蹴り飛ばしていました。

「衣笠っ! 大丈夫か!」
「あ、ああ、まあな。それより早く脱出しよう」
「そうだな。……へへへ、そういえば人を蹴るのは初めだったよ。足がガクガク震えるよ」
「アホウ、そんなこと言わなければカッコよかったのに……」
お嬢様のことを庇いながら浅葱と衣笠は外に向かいます。


ようやく出口を見つけ、外に出た瞬間。

屋敷は炎に包まれていて、全てが燃えていました。崩壊が始まっていて、先程私達が出てきた出口も数秒後には崩れておりました。
悲劇はついに終わらなかったのです。
自分の無力を嘆くよりも、この状況に生き残れたこと、そしてお嬢様が無事であることが何よりも幸いでした。

「衣笠、お前……」
倒れ込むように衣笠は眠っていました。
脇腹から血が出ております。きっと私達を庇った時に紫音さんのナイフが刺さっていたのでしょう。こんな状態で……。
浅葱は懸命に止血をしました。

「おお神よ、迷える子羊を救いたまえ」

浅葱はそう唱えていた人を思い出していました。頼れるものがいるのであれば、神様だって、なんだって頼りたい気持ちでした。

けれども、衣笠の命を救えるのは私しかおりません。

浅葱がなんとかしなくては!

心配そうに不安げな表情を浮かべるお嬢様に、浅葱は必死に笑顔を浮かべました。

「きっと浅葱が救ってみせます!」


***


シトシトと雨が降り始めました。

燃え尽くした犬吠島の屋敷の前で目覚めます。
隣には衣笠が寝ていました。
私の止血によって大事には至らなかったようです。
雨に濡れない場所で安らかに眠っているお嬢様のお顔を見て、私は安心しました。

惨劇は終わったのです。

浅葱は疲労で重くなった頭で、もう一度この一連の事件について考えてみました。
すると、真相は驚くほど簡単にひらめいたのでした。

「ああ、狼なんて……」

私はそう呟き、瞼の重さに抗うのをやめました。


羊が一匹……羊が、二匹……ひつじが……さん……。


数えるまでもなく、浅葱は深い眠りへと埋没していきます。


***


「それで、狼は結局のところ誰だったんだよ?」

衣笠は私に問います。

「ん? 狼……ああ、西尾さん……かな」

強いて言うならば。

衣笠は病室のベッドの上で上半身を起こしています。私は横にある椅子に腰掛けて、お見舞いの林檎の皮を剥いていました。
「ウサギで頼むよ」衣笠は真顔でそうねだってきます。
「ワガママなやつめ」と言いながらも可愛いのを作ってやりました。

「しかし、西尾さんは一番最初の犠牲者だぞ? どうやって……」
「その後の事件については西尾さんは直接的なことは何もしていないよ。だって亡くなった人が夜な夜な生き返っているとしたら、それこそ怪異譚だ」

「じゃあ、あの暗号は?」
「WHO IS THE wolfってやつ?」
あれは自作自演なのでしょう。
自分自身の血と絵の具を混ぜたインクであの文字を書き切ると、最期にwolfのWの字の左下を指で指しながらこと切れました。
それは次の事件に繋げるためのトリックです。

「単純だったんだよ。wolfという字を書くことで屋敷にいた全員に不安感を募らせて、ある人物に自分を殺した狼が他にいると思わせたかった」
「ある人物?」


それは、ルルウ様です。


外界から隔絶された犬吠島で、ひとりのルルウ様にとって、外界からやってきた異性の西尾は憧れの存在でした。二人は恋仲になり、西尾は「この島に狼がいるんだ」と刷り込ませます。そして、自分の命が狙われていることも。
ルルウ様が本気にしていたかは判りませんが、現に西尾が殺害(と見せかけた自殺)をすることによって仇討ちさせることに仕向けました。

「けれども二日目の犠牲者はそのルルウ様だぞ」
「そう、事件がこれほどにも連続したのはその誤算があったからともいえる」
ルルウ様は返り討ちにされたのだ。
wolfの示す人物に。

wolfを筆記体で書き、反転させる。
そしてWの字の左下で西尾さんが書き切ったと仮定すると、そしてWとFの字が書き加えられたとすると、その人物の名前が解る。

wolf→SION

つまり紫音さんが犯人だというダイイングメッセージだと気づいたルルウ様が次の夜に敵討ちをしようとしたのだが、返り討ちにあい、逆に殺されてしまったということ。

紫音さんは襲われて必死に反撃した末、ルルウ様を殺害してしまい、気が動転した結果、狼の仕業にする偽装をしました。
それが首吊りのトリック。
青坂さんのロープ、そして赤森さんの絵の具を使い、あたかも二人のどちらかがルルウ様を殺害したように仕組んだのです。

しかしルルウ様が亡くなったことで、両親の万城目氏とエラリイ様が今度は敵討ちをしようとしました。
万城目氏は青坂さんを。
エラリイさんは赤森さんを。
それぞれ亡き者にすることで、復讐を遂げたかと思われましたがーー
翌日、互いに知らない犠牲者が。
つまり、まだ狼はこの中にいるということ。

次の夜に、万城目氏はエラリイ様を。
エラリイ様は万城目氏を殺そうとします。
そして、それに気づいた浅葱と森見さんが二人を止めようとしました。正気に戻った二人は自身の罪からルルウ様の亡骸と共に燃え上がる屋敷に留まりました。

また別として、紫音さん。
彼女はルルウ様に殺されかけ、そして身の回りの人間が次々と殺されて、被害者は後を絶たない。そんな状況でおかしくなってしまったのか、自分以外の人間を敵とみなしていました。
佐藤さんが心配になって声をかけたとき、紫音さんはついてに持っていた刃物で佐藤さんを殺害してしまったのでしょう。そしてご存知の通り、目撃したお嬢様と衣笠を亡き者にする為に追いかけてきたのです。
そして、屋敷に火を放ち、燃え上がる屋敷の中で浅葱と衣笠がなんとか撃退。彼女は火の中で彷徨いながら、屋敷と運命を共にしました。
衣笠が刺されていたのは、その時でした。

幸い軽傷で済み、今は入院しておりますがすぐに退院するとのことです。まったく人騒がせな奴でございます。

「……西尾さんはなんでそんな惨劇を演出したかったのだろう?」
「これは後になって調べた話なんだが、50年前に殺人事件が犬吠島であったことは知ってるかい?」
「西尾さんが言っていたね」
「その被害者に西尾さんの祖父がいたらしい」
「……敵討ち、ってことかい?」
「シェフの伊坂さんも親族がいたらしい」
「伊坂さんも?」
「西尾さんがよく島に忍び込んでいたって言ってたけれど、それには協力者がいたんだと思う。伊坂さんがその協力者で、島の連絡手段などを遮断してクローズドサークルにしたのもきっと彼の仕業だろう」
「浅葱は伊坂さんが屋敷に火を放つのを見かけたんだろう?」
「それが、西尾さんとの約束だったんだろうね。狼がいなくなるように、最後は何もかもを幕引きにする役目を担っていたんだ」
「それも、復讐……なのか」
「そうだね。更に昔の文献を調べていくと、その前にも凄惨な事件があの島では起きているんだって。これは……あくまでも推測でしかないけれど、復讐が復讐を呼び続けた結果なんじゃないかなって私は思うんだ」
燃え尽きたお屋敷には十人の遺体が見つかりました。伊坂さんも屋敷と運命を共にしたのでしょう。
浅葱はこの島に狼がいるとは思えませんでした。
今も、遥か昔からも。


「狼はいなかった」


狼はいなかったけれど、人は時に狼になってしまうんだ。
そう教えられたような気が致します。

「西尾さんは……なんで、救いを求めていたんだろうな?」
衣笠は病室の天井を眺めて、ポツリと言った。私達が犬吠島に着いた時、西尾さんは「おお……よ、迷えるこひ……を……いたまえ」と唱えていました。

「おお神よ、迷える子羊を救いたまえ」

と言っていたように聞こえました。
これから惨劇を起こすことを知っていて、西尾さんは救いを求めていたのかもしれません。
もしくは、こう言ったのかもしれません。


「狼よ、迷える子羊を食いたまえ」


彼がどちらの言葉を呟いていたのかは、もうわかりません。

「この事件、忘れちゃダメだな」
しみじみと衣笠は言いました。
「そうだね。でも、私は絶対に狼にはならないよ」
「それは……執事(羊)だからか?」
そうです。実にくだらないですが、その通り。
「神が救うのが羊なら、お嬢様を救うのが執事だから」
「違いない」

浅葱と衣笠は、ウサギの林檎を齧ります。
甘いけれど、少しだけ酸っぱい味でした。


終わり
Filed under: 浅葱 — 21:30

孤島に潜む狼は何匹?前編~浅葱のお屋敷事件簿②~

羊が一匹。羊が二匹。
羊が三……びき。
ひ……つ、じ……が。
すーぴー、すーぴー。

(more...)
Filed under: 浅葱 — 23:59

櫻の樹の下には何が埋まっているのか~浅葱のお屋敷事件簿①~

櫻の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
ーー梶井基次郎『櫻の樹の下には』


***


桜が満開になりました。晴れ渡る青い空を見上げて、浅葱は陰鬱な気分になります。勿論桜が咲き誇ったお屋敷の庭園は美しゅうございますし、お花見日和ということは素晴らしいことではございますが……それでも浅葱の気分だけは曇り模様です。
なぜなら……。

「はっくしょーん! ううっ、黄色い悪魔め」

浅葱は花粉の猛威に悩まされているのでした。
花粉症だと認めない浅葱は冬と共に何処かへ行ってしまいました。残ったのは花粉に屈服した浅葱と素晴らしい陽気。
嗚呼、春でございます。
お嬢様は如何にお過ごしでしょうか?

浅葱は薬を飲んで体に鞭打ち、庭園で宴会の準備でございます。お酒の用意は済みました、宴席は見晴らしの良い場所に設置も済みました、料理の手配も済みました。後は招待客の到着と大旦那さまがいらっしゃるのを待つのみ。
浅葱は鼻にティッシュを詰めながらも張り切っておりました。
何故ならこの場に使用人は私だけなのです。この宴会を準備する大役を浅葱一人が承っていたのでした。この広大なお屋敷の庭園でポツンと私だけおります。……少し寂しい。いえいえっ、浅葱は見事に大旦那さまの期待に応えて見せましょう!

それは数日前のことです。
大旦那さまはこう言って浅葱に命じました。

「世界の探偵たちに難事件の数々を聞かせてもらおうと思う。その宴会の一切を、浅葱一人で手配しなさい。そして、このことは他の者には口外してはいけないよ」

何故なら世界中の名探偵が集まるのだから、万が一のことが起きてはいけない。この酒宴は秘密裏に行われる。
浅葱がこの酒宴を任されたのは、普段から自称とは云えお屋敷探偵を名乗っているからでしょう。お屋敷の名に恥じぬ働きをせねば、と決意を固めました。あまりこういった経験のない浅葱にとって緊張と重責に苛まれながらも、大旦那さまからの期待に応えたいという想い、そして世界中の名探偵と会えるという機会に恵まれた役得、それを糧に今日まで勤め上げたのでございました。

「それにしても招待客が一人もこないというのはどういうことだろう?」

浅葱が準備を終えて待っていても、宴会が始まる当日になっても誰一人その姿をお見かけしません。確か招待客は7名だったはず。全員が全員、遅れてくるというのも不思議な話です。

「ん?」

唄が聞こえてきます。


さくら さくら

野山も里も 見渡す限り

かすみか雲か 朝日ににおう

さくら さくら 花ざかり


静かな庭園に心地よく響く歌声です。
当家の満開の桜は頭上に広がる花びらだけでなく、足元にまで広がっております。地面に所狭しと敷き詰められた花びらはまるで地面にも満開の桜が咲いているような光景でした。

その中で、歌声の主は一人佇んでおりました。

柔らかそうな黒髪と透き通るような白い肌が印象的な青年で、幼くも見えますが、そこはかとなく影を落とした表情に憂いを帯びた大人にも見える……浮世離れした人でした。

「……どうして?」
私は問うていましたが、すでにこの青年が何者なのか解っておりました。


「櫻の下に屍体が埋まっている」


「し、したい……?」
お屋敷の庭園にはそのような物は埋まっていないはずです。お嬢様の目が届くところには、そんなものは埋まっておりません。
浅葱は時々書庫清掃だけではなく庭園の清掃にも借り出されるのですが、いまだかつて庭園から屍体が掘り出されたことはありませんよ。安心してくださいませ。

咄嗟のことに驚いてしまいましたが、落ち着いた浅葱はこの青年が有名な冒頭文から引用したことをすぐに理解しました。
梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』の冒頭。そのインパクトのあるフレーズは桜の美しさと死体の醜さの対比を表していて、美と醜を表現しているのです。

「美醜か。美酒を傾けながら考えるのもまた一興」

うまい! と思わず膝を叩いてしまうところでしたが、桜の木を仰ぎながら一人語りをする青年を褒めるのは些か癪でした。

「どうしてここに?」
「招待されてね」
「それは、名探偵として……でしょうか?」
「ふむ、そうだよ。それで、君は?」
「私は大旦那さまから、今回の酒宴の準備を承った使用人でございますから」
「ふん、なるほど。じゃあ君が、お屋敷探偵くんかい?」
そうです、と答えるほど浅葱は恥知らずではございません。

「お屋敷探偵くん、君の名は?」
「お客様なら存じ上げているのではございませんか?」
「まあ挨拶は大切だからね」
「浅葱でございます。……お客様、失礼ですがお名前を伺ってもよろしゅうございますか?」

私がそう聞くと、彼は悪戯な笑みを浮かべて答えました。

「榎木津礼二郎。名探偵さ」



***


榎木津礼二郎は架空の人物です。

京極夏彦の小説に出てくる探偵の名前で、実在する人物ではありません。勿論この青年がフィクションの世界から飛び出してきたというわけではありません。さすがの大旦那さまでも架空の名探偵を召喚することはできないでしょう。

偽名です。

彼らは世界中の難事件を解決してきた名探偵。世を忍ぶ仮の姿、として創作上の名探偵の名前を借りたようです。

「大旦那さまからの提案さ」
彼は私にそう語りました。

榎木津礼二郎を皮切りに、名探偵の招待客が次々とお屋敷に到着致しました。よくよく考えてみると彼らは多忙なのでしょう。ギリギリのスケジュールの合間を縫ってお屋敷やってきたとするならば、この不思議も必然でしょう。

「よくぞお集まり頂きました。本日は名探偵諸君の武勲、そして数々の謎を、是非ともお聞かせ頂きたい。代わりと言ってはなんですが、当家自慢の庭園と美食美酒をもって歓迎致しましょう」

そう大旦那さまの挨拶があり、宴会は始まったのです。
名探偵達は大旦那さまを囲むように椅子に座って頂き、手前には机を置いております。椅子の後ろには飾りとして大旦那さまから承った物を置いております。例えば斧だったり、剣だったり、盾であったり。丁度ティーサロンの玄関に飾られている剣に近しいものをご用意いたしました。なぜそれらを用意したのかは伝えられておりませんが、誰の後ろにはどの物を置くということまで厳密に決められております。さすが大旦那さま、その真意ははかりかねます。
名探偵達に大旦那さまから話を振って、会は進行していきました。
浅葱は滞りなく宴会が進むように奔走しておりましたが、その傍で名探偵たちのお話も聞かせて頂きました。

島田「それは一年前の嵐の夜。塔から落ちた一人の女、およそ不可能な状況で消失した一人の男、盗まれた一枚の絵。その事件は一つの解決によって葬り去られたはずだった。しかし、私が古城を思わせるようなその屋敷に訪れた時、再び悲劇の幕が開いたのだ」島田潔氏。綾辻行人の館シリーズに出てくる探偵役の名前でした。島田氏は盲目の老人で、足元には老犬が蹲っております。島田氏の後ろには馬の彫刻が置かれております。

御手洗「6人の姉妹が殺された。彼女らの体は星座に合わせて、一部分を切り取られていた。この猟奇的な反抗の目的はなんだったのか。そして彼女らの体は何処に」と御手洗潔氏。白髪の老人で、杖をついていました。島田荘司の小説に出てくる名探偵です。諸刃の剣が背後にあり、地面に刺さっておりました。

礼二郎「とある人物の失踪、連続して発生した嬰児の死亡事件、とある憑物筋の呪いを受けた一族。これらは一つの真相によってもたらされた事件だったんだ」と榎木津礼二郎氏。背後には鎧を着せられたマネキンがおります。

創平「孤島の研究所に隔離されている天才科学者が謎の死を迎えた。外界と切り離された島のセキュリティ管理された研究所、そして24時間の監視がついた研究室の中で起こった殺人事件の真相は。そしてFという文字に秘められた意味とは」と犀川創平氏。森博嗣の小説に出てくる准教授の名前。探偵役です。ジーンズに白のワイシャツという地味な外見です。盾が地面に刺さっております。

ドルリー「満員の市電の中という密閉状況で起こった殺人事件を扱っていたが、それはこれから起こる殺人劇の序章にしか過ぎなかったんだ」と話すのはドルリー・レーン氏。190センチ以上ある大柄な体格の男性でした。ドルリー・レーンはエラリー・クイーンがバーナビー・ロス名義で発表した小説の探偵です。ハンマーが柄を刺すように設置されており、槌の部分が上に向いております。

らいち「殺人現場に残された12枚の遺体のカラーコピーに隠された秘密、密室の中で腕を切断され殺された教祖に隠された秘密、隣人のストーカーによる盲点を突く手口、すべて自由奔放な方法で推理をしたの」上木らいち氏。早坂吝の小説に出てくる自由奔放な名探偵。大旦那さまに呼ばれた名探偵の中では唯一の女性でございます。らいち氏の背後には斧がありました。やはり柄を下にして、刃を上に向けております。

ファイロ「ニューヨークの街中に住むグリーン家には絶えず争い続けている五人の子供達が住んでいた。ある日、二人の娘が何者かに銃殺される。この事件を切っ掛けとして一家を皆殺しにしようと企てる姿なき殺人者が跳梁する」ファイロ・ヴァンス氏。車椅子に座った初老の男性で、黒い眼鏡と帽子を被っています。ヴァン・ダインの小説に登場する名探偵。背後には槍が地面に刺さっております。

やはり潜ってきた難事件の数々をうかがうと、彼らの尋常ではない実力と経歴を垣間見るようでした。浅葱はなんだかウズウズしてきました。

けれども、それも酒の席のこと。
頬が少し染まる頃には皆それぞれの楽しみ方を満喫されているようで、犀川氏はブルーシートを広げて座りだし、らいち氏はどこからか持ってきた白いドレスに着替えていました。
そこで酒宴はひと段落しており、浅葱はふと肩の力を抜いておりました。皆、楽しそうでございます。よかったよかった。大旦那さまのお姿がありませんが、きっと疲れてお屋敷の中に戻られたのでしょう。
「浅葱くん」
と、呼ばれて声の主を探します。
「礼二郎さん」
「すっかり打ち解けたみたいだね。それともロクでもない奴しかいないとたかをくくったのかな」
「いえいえ、とんでもない。お客様ということは変わりませんが、みなさんを改めて感心したといいますか、より尊敬に値する方達だなと思って仲良くなりたくなってしまって……少し、不躾でしたかね?」
「良いと思うよ。それにしても……浅葱くんは僕らの話を聞いてどう思った?」
「それは……すごい人達なんだなって」
「それだけ?」
「あとは、自分がお屋敷探偵と名乗る資格があるのだろうか……ということです」
「君はなんでも考えすぎなんじゃないかい?」
「そうでしょうか?」
「桜の下にばかりを見ていては腐ってしまうよ」と、礼二郎氏は言いました。

はじめは何を仰っているのか解りませんでしたが、しばらくして理解しました。
五十音順に並べて「さくら」の字を一文字ずつ下にすると「しけり」。
つまりーー湿気り。湿気てしまえば腐ってしまう、ということです。

一本取られてしまったと感心していると事件が起こりました。

なにやらけたたましく犬の吠える声が聞こえて、庭園で名探偵達の人集りが出来ております。それは桜の樹の下でした。

ドルリー「桜の樹の下に屍体が……」
浅葱「そんな馬鹿な……お屋敷で殺人事件など起こるはずがありません」
礼二郎「では、この状況をどう説明する」
浅葱「ほ、本当に」
桜の樹の下に屍体が埋まっている。
私の目の前には桜の下に埋まる人間の手がありました。手だけが地面から突き出すようにこちらに向けられた圧倒的な存在感に、浅葱はただ茫然と立ち尽くします。
御手洗「これは殺人事件だろう」
浅葱「な、なぜ断定出来るのですか?」
ファイロ「人は勝手に埋まることは出来ない。つまりは誰かが埋めたということだ」
浅葱「では……この手は誰の」
創平「ここにいない、誰かといえば」
浅葱「お、大旦那様……!」
らいち「その可能性は大いにあるわね」
浅葱「そんな……。掌に、何か書いてある」
島田「なになに。これは……さくらさくらだね」

そこには5本の線が刻まれていて、三箇所に丸がついていた。それらは手に直接彫り込まれていて、赤色の五線譜のようである。
音階はラ・ラ・シ。
さくらさくらの冒頭と同じでした。

そして誰かがこう言いました。
「それは犯人を示している」

浅葱ははたと気がついて礼二郎氏の方に視線を向けます。彼は指を顎につけて深く考えていましたが、私の視線に気づいて困ったように笑いました。


***


と、ここまでが浅葱が体験したお花見での怪事件でございます。

これは犯人からの挑戦。
お嬢様、誰が犯人なのか推理してくださいませ。
きっとお嬢様なら解けると信じております!

以下は解決篇でございます。
お屋敷探偵浅葱が導いた真相でございますので、是非とも答え合わせとしてご覧くださいませ。














































犯人は犀川創平氏。


そして、榎木津礼二郎氏です。


二人は共犯でございました。
この7人の偽名にはあるトリックがございました。頭文字にドレミの音階があることです。ドはドルリー、レは礼二郎、ミは御手洗、ファはファイロ、ソは創平、ラはらいち、シは島田です。

そして「さくらさくら」の音階はラ・ラ・シー・ラ・ラ・シーから始まり、曲を通じて二つの音階が使われておりません。

それが「ソ」と「レ」です。

ソは犀川創平氏。
レは榎木津礼二郎氏です。
誰かが言っていた「それは犯人を示している」という言葉の真意は「ソ」「レ」が犯人を示している、と言っていたのでした。

考えてみれば大旦那さまを手にかけることが可能な者は7人の中でもわずか。

ドルリー・レーン氏は大柄な体躯で目立ってしまうし、御手洗潔氏やファイロ・ヴァンス氏は足が不自由であり、上木らいち氏は白いドレスを着ていた。とてもじゃないが屍体を埋められる格好ではない。島田潔氏は盲目であり、犯行は不可能に近い。

犯人は酒宴が開かれる前に桜の木の下に穴を掘り、桜の花びらで埋めておりました。
掘り起こした土はビニールシートの上に盛り、桜の花びらで隠蔽します。
大旦那さまを殺害後、桜の花びらを外に出し、大旦那さまを埋めてビニールシートを持ち上げて土をそのまま掛けます。
埋めたところに桜の花びらを散らして、あたかも這い出てきたようになるのです。

残った二人が可能な犯行であり、それを証左する暗号も解読しました。

これにて事件は解決に。
QED。






……本当に、それが正しいのでしょうか?

「疑問が残ります」

浅葱は解決に導こうとしている議論に割り込み、挙手をしました。

「まず犯人がその二人だとすれば、なぜ自分が犯人であるというメッセージを掌に残したのか。そして屍体がなぜ腕を出すように埋まったのか、です」

浅葱は頭をフル回転させて言葉を紡ぎます。

「必然的に考えれば、その暗号を残すことで自らの嫌疑を逸らそうとするのが自然です。では、二人が犯人でない証拠を出しましょう。犀川氏は白いシャツを着ています。犯行によって返り血、もしくは土が付着するかもしれません。らいち氏が犯人ではない理由と同じく、犀川氏もまた犯行は不可能」

礼二郎氏が犯人という可能性は?

「それはないでしょう」浅葱は断定します。



「礼二郎さんは当家の使用人ですから」



彼の名前は衣笠。
本邸で勤めている使用人であり、私の無二の親友でございました。なぜ彼が偽名を名乗り名探偵達の中に紛れ込んでいたのかは謎ですが、最初に私がツンケンしていたのはこの為でございます。
大旦那さまから使用人は私だけと聞いていたはずなのに、ちゃっかりと衣笠のやつが紛れ込んでいる。これはどういう了見なのか、と問うてやりたい気持ちを抑えての会話でございました。

衣笠は「その通り。私は犯人ではないよ」と答えました。我々使用人が大旦那さまを手にかけるなどあり得ませんから。

では、誰が犯人なのか。
それは……。

「犯人はあなたです!」

浅葱はそう言って指さしました。
その指の先には、御手洗潔氏がおります。

「あなたが、御手洗潔氏が、真の犯人です」
浅葱が導き出した犯人でございます。

犯行に使われた凶器がなんだったのか、それについて考えましょう。大旦那さまの手についた傷は犯行の末に残されたものに違いありません。
ではどのような凶器が使われたかと考えてみると、それは諸刃の剣でございましょう。
大旦那さまは剣によって刺されます。その刃を手で掴んだまま、命を落とされたのでしょう。そして屍体は前述の方法で桜の木の下に埋められました。

けれども、ここで犯人の誤算が生まれます。

犯行に使った凶器が屍体に刺さったまま、地面からつきだしているではありませんか。犯人は慌ててその凶器を掴み、引き抜きます。そうすると刃を掴んでいた手が地面から這い出し、掌には二本の線が残ります。

この状況で凶器の特定を避け、他の人間に容疑をすり替えるには五線譜を使った暗号を残すことが良いと工作をしたのです。
つまり、犯人は諸刃の剣を使った人間。
そう、椅子の背後に諸刃の剣を置いているのは島田潔氏でございます。
大旦那さまはこの酒宴で犯行を企む殺人鬼の正体を見越していて、浅葱に細かく指定してオブジェを置いていました。

「背後の剣はオブジェだ。刃は付いていない」と島田氏は弁明します。
ティーサロンに飾ってある剣と同様に刃がない模造品でありますので、犯行に使うことは不可能。


けれども、凶器を隠していたとすればーー


浅葱は足元にあった酒瓶を蹴ります。
島田潔氏は咄嗟に身を逸らし、機敏な動きを見せました。
杖はフェイク。足が不自由なのも芝居でした。
杖には仕込み刀があり、それによって大旦那さまを手にかけたのです。
「ほほほ、お見事お見事」と島田氏は諦めたように浅葱のことを褒め称えます。

いえ、その賛辞は素直に受け取れません。浅葱がすべての真相を導いたのではございませんから。

「すべては大旦那さまが予言した通りなのですよ」

大旦那さまが名探偵達にドレミファソラシの七音が頭文字になるように偽名を名乗らせ、そして諸刃の剣によって掌に五線譜の元となる傷跡が残ることを予見し、そして誰が犯人なのかをオブジェによって示していました。

「大旦那さまが名探偵達に話を振る。この順番でさえも暗号となっていたのです」

島田潔→御手洗潔→榎木津礼二郎→犀川創平→ドルリー・レーン→上木らいち→ファイロ・ヴァンス

これらの作者名に並べ替えると、

綾辻行人→島田荘司→京極夏彦→森博嗣→バーナビー・ロス→早坂吝→ヴァン・ダイン

全員のファミリーネームから頭文字を取ると、
あ→し→き→も→ろ→は→だ
「悪しき諸刃だ」
というメッセージになる。


これにて事件は完全に証明されました。
QEDです。


***


「大旦那さま……なぜですか」

浅葱は涙を流します。
ロンドン橋の下で拾われてから今に至るまで育てて頂いた恩をついに返せぬまま、お別れとなるなんて。

浅葱は膝をつき、地面から突き出した大旦那さまの腕を握ります。


まだ暖かい……ん?


屍体の腕が私の手を握り返してきます。


ぼこっ!
ぼこぼこっ!


地面が盛り上がり、這い出てきたのは大旦那さまでした!!

「お見事! よくやった浅葱!」

大旦那さまは満面の笑みを浮かべて浅葱のことを褒めました。
私は何がなんだか……?

周りを見渡しますと、名探偵達は和やかにその光景を眺めておりますし、衣笠のやつも悪戯な笑みを浮かべております。

「や、やられたっ!」

浅葱は全てを悟りました。

これは大旦那さまが考えた余興。
あたかもお屋敷で殺人事件が起こったように演出して、浅葱が謎を解き明かすというドラマ仕立ての余興だったのです。
浅葱はまんまと掌で転がされていたのです。

衣笠がうなだれている私のもとにやってきて肩をポンとたたいてきます。こやつも一枚噛んでいたのですね! そう思うと業腹です!

「大旦那さまなりに浅葱のことを考えていたのさ」
「どうだか!」
「だって前に言っていたんだ。浅葱は桜を見上げて逆立ちするような子だって」

さくらを見上げて、逆立ち……?
ああ、なるほど。

「まあ、そう言ってくださるなら……浅葱は付き合いますが」

さ、く、ら。
この文字を一文字ずつ上にすると……
こ、き、よ。
それを逆立ちするということは……
よ、き、こ。

良き子、と褒めてくれたのですね。

けれども子供を褒めるような言葉に浅葱は少し釈然としない気持ちもありました。
いつか、大旦那さまを驚かすほどの探偵になりたい。
浅葱は密かに決意します。

浅葱「立派なお屋敷探偵に、きっと」

桜を見上げながらそう呟きました。


終わり
Filed under: 浅葱 — 18:50

少し不器用な私のベストフレンド

もう4月でございます。
お屋敷のフットマンとして仕えるようになってから一年が経ちました。
頼りない私にも自然と後輩が増え、より一層お給仕に精を出さなければと奮起する毎日を過ごしております。
私の持っていない魅力を持つ、たくさんの使用人。彼らの存在は大きく、そして私自身の小ささに打ちひしがれる毎日でした。これからの一年もたくさんの試練、そして素晴らしい思い出を共に過ごしたいと浅葱は新たに決意致しました。
今日は昨日よりも素晴らしい使用人に。明日は今日よりも素晴らしい使用人になれるように。
浅葱はこれからもお嬢様にお仕えしとうございます。

本来であれば滑稽話のひとつやふたつ。
はたまた謎の事件を綴るところではございますが。
なかなか筆が進まず、今月は私自身のことを綴らせてくださいませ。
先日、すこし哀しい出来事がございました。

いつも傍におり、
大きくてごつごつとした、
アホウで、
不器用ながらも優しく、
誰よりも私を理解してくれた存在。
そしてお互いに切磋琢磨した、
私の……ベストフレンド。
彼は急に私の前からいなくなってしまいました。





お茶碗の話でございます。



体だけ大きくて、ゴツゴツとしていて、そしてすこし歪んだアホなところが私の手によく馴染んだお茶碗でございました。
彼が私の前に現れたのは去年の4月。まだ不慣れなお給仕に振り回されていたそんな時、彼は持ち前の明るさと人当たりの良さを発揮して存在感がありました。子どもっぽくもあり、大人っぽくもあり、賢くは……ありませんでしたが、そのアホさが人に好かれる素晴らしいお茶碗です。
最初の頃はお互いに遠慮していたところもございました。少しずつ、少しずつ、距離を詰めていって、軽口を言い合いながら、何も言わなくなくてもお互いの空気感を分かり合えるようになり、気づけばいつも一緒におりました。
彼は私の持ってない魅力を持っていました。
私の持っていないユーモアと優しさ、そしてアホさを。
例えばこんなところでございます。
私はあまり食べる人間ではありませんので、彼がお茶碗いっぱいにご飯を盛って「これぐらい余裕でしょう、浅葱さん」とよく無茶振りをしてきます。私のキャパシティでは到底無理そうな量にタジタジになるのですが、得意げな彼の期待に応えられない自分でいるのは嫌だと、私はその度に必死に頭を捻って対処致しました。時に素っ気なく、時に無茶振りを返して、時にムキになって。
彼はすべてを優しく応えてくれました。
周囲からみて私達の関係はどう見えていたでしょう?
何かと比べられることが多ございました。
私だけを褒められる時もございました。その時、私は少し口惜しい思いを致しました。もっと彼のことを見て欲しいと。
彼だけが褒められることもございました。その時、私は死ぬほど口惜しかったのです。彼には負けたくないと。
素直に馴れ合う関係とは少し違いました。お互いに認め合っていたとは思いますが、どこかで負けたくないと対抗するライバル関係でもあり、私は冷たくあしらっているように見えたかもしれません。ぶつかり合うこともございました。私が彼に怒ることもありましたし、彼が私に怒ることもありました。
犬猿の仲でございました。私が犬でございます。……そういうと「んふふ、また戯言を。私が犬でございます」と彼は言いました。
彼は私の前からサル、もうイヌ。なんちゃって。
「つまらないですねえ」とツッコまれる気がします。

急にいなくなってしまったのは寂しゅうございますが、思い出の中で、そして浅葱の中で彼がいたことは消えません。忘れません。
お嬢様、もしも寂しい思いを致しましたら、私の中に彼を思い出して頂ければと存じます。
浅葱は彼のことを忘れずに歩いて行きます。


そして、最後に。
ありがとう。
今まですごく楽しかった。
君がいてくれたから、浅葱は今ここにおります。
浅葱はここにおります。
またいつか。




それでは、
当月もお嬢様にとって素敵な月であらんことを。

浅葱
Filed under: 浅葱 — 15:30

古今東西デザートプレート

突然ですが、お嬢様。
先月のデザートプレートは覚えていらっしゃいますか?

そう、松の内とボナネー!でございます。
では去年のデザートプレートは覚えていらっしゃいますか?
浅葱はほとんど忘れてしまいました。

なぜこのような質問をしたかと疑問に思われるかもしれませんが、なんてことのない戯れでございまして……発端は使用人同士の些細な会話でした。
黒崎「今月はパンドラか、もうこの季節がやったきたのですね」
緑川「ほんとに早かったね。あっという間に1年が過ぎたよ」
浅葱「去年の2月もパンドラを用意していたのですか?」
黒崎「あれ? 浅葱はいなかったんだっけ?」
浅葱「去年の3月からです」
緑川「じゃあそろそろ一年だねー」
浅葱「プレゼント、くださってもいいんですよ」
黒崎「あつかましいわ」

と、たわいのない会話をしていますと緑川がふと私に聞いてまいりました。

緑川「3月って何出してた?」
浅葱「3月はシルクとプリンセスでしたよ」
黒崎「あまおう使ったものと大きいサツマイモ使ったデザートね、そんなものもあったね」
緑川「すごい記憶力だねー」
黒崎「古今東西ゲームのようにデザートプレートの種類を言いあうの、面白そうじゃない?」
浅葱「いいですねー! ……しかし、僕は戦力にはなれませんよ」
緑川「私も覚えてないなー」
黒崎「浅葱と緑川がダメならもう1人もダメだろう! このゲームは私に掛かっている!」
???「ちょっとまってくださいよー!」

そのようなゲームをしながら楽しくお食事を致しました。黒崎と緑川と協力してなんとか全種類思い出すことが出来ました! なかなか出てこない名前が出てくる時の快感に私たちはやみつきでございます。

お嬢様、もしよろしければ思い出に残っているデザートプレートをティーサロンにて教えてくださいませ。

浅葱でございました。



……そういえば、もう一人使用人がいたようでございますね。いったい誰のことだったのでしょう?
Filed under: 浅葱 — 13:45