『最終環』

「いってらっしゃいませ。」

最後の挨拶とともに試験は終了した。

試験官のノートに次々とチェックが入る間、
私は部屋の隅で同じく試験に臨む候補生とともに肩を並べ、
試験の合否を待ち続けていた。

何度経験してもなれない瞬間だ。
満足いかなかった給仕の動作が今になっていくつも思い返され、
私の自信をことごとく打ち砕いていく。

「今回もだめか・・・。」

前回の試験に落ち、満身創痍のまま過ごしていた私に
町田は激励してくれた。

彼の気持ち。
そして今はもういない「彼」の意思。
この二つが、時間とともに私の心にもう一度熱を与えてくれた。

あれから半年間、がむしゃらに学んだ。
過去の給仕を思い出し、未来に繋がるイメージを連想し、
執事としての精神をひたすらに磨きあげ、高みに上る努力を
怠らないように勤めた。

体は思ったほど昔の給仕を忘れてはおらず、再び点した炎は、
真っ赤にたぎる赤色ではなく、静かに、それでいて一層温度を
増した青色のように、さらに心の中で熱量を高めていた。

その熱意が昇華されるか否かは、
たった今、試験官へと委ねられていた。

「これでだめならもうあきらめてもいいかもしれない。」
そんな弱気が口から漏れそうになるのを、必死に堪えながら、
壁の時計を気にしていた。

針は面倒くさそうにゆっくりと、でも正確に時を刻んでいる。
もし時計に人の性格があるとしたら、思いの他、頼りになりそうだと
考えていたらおかしくて、少しだけ気が紛れた。

そんなことをしている間に、試験官から合格者の名前が発表された。

どうやら合格らしい。

私の心はまるで大海原に飛び立つ一匹の燕のようだった。
時計の針はさっきより生き生きと秒針を進め、私の門出を
カチカチという音とともに祝福してくれているように部屋に響いた。

実を結ぶことの喜び、大切さを再確認できた
人生で最高の瞬間であった。

「そろそろお出迎えの時間です。」

執事の掛け声とともに私は玄関の前に立つ。

私のために新調してもらった服は外見だけでなく、内面からも
包んでくれているような気がして、かなり着心地がよかった。

後ろから私を見つめる視線。
町田はニコニコしながら私の姿を眺めている。

彼には何て言葉をかけよう。話したいことは山ほどあるんだ。
きっとそれは今までの私じゃ用意できなかった言葉たちだろう。

そして私の晴れ姿を見せられなかったもう一人の「彼」。
私の心を今でも支えてくれているのは間違いなくあなたです。

今は遠くで家族のため、誠実な時を過ごしているのでしょう。
だからいつか彼に見せたい。ちゃんとやっていけてるという
証明をいつか、その目で確かめ、安心してほしい。

そしてまだ見ぬあなた。
あなたには私の姿はどう映るのでしょうか。
私の思いはちゃんとあなたに届くのでしょうか。

きっと届かないこともあるのでしょう。
きっとすれ違うことすらあるのでしょう。

それでも多くの人に支えられた恩意を、集めた思いを壊さぬように
育んだ温もりを与えられるように、給仕を以って伝える次第です。

あなたが扉の前に立ち、屋敷へと足を踏み入れる時には、
わたしも扉の前に立ち、迎えるべき人を扉越しにお待ちしています。

そして扉が開いたら、こう伝えるのです。

「おかえりなさいませ。」

~Fin~