決して怒っているわけではございません。

「恕」何年か前にその年の目標として掲げた一文字でございます。


ゆるす。意味合いとしては赦すに近いのかもしれません。


昨年1年を振り返り、今再びこの心持ちが大事なのかなと感じております。


何事に対しても、自身の意思や信念は持ちつつも、時流感じ、(受け入れるかは別としても)理解し、考えること。



また、私自身、狭量で妬み僻みといった感情に心を占有されることが多くございます。
そして、そのような内面を動機として発せられた行動は、得てして良くない結果を招き、より悪い形で自身の心を苛みます。



「赦す」というと、やや上からものを言うような印象を受けがちですが、「恕」は「相手のこと察しを思いやる」といった意味が内包されているように思われます。


負の気持ちから行動を起こす前に、1つ呼吸をおき、「恕」のひと文字を思い出す。


いい大人が恥ずかしい限りではありますが、人間年を重ねると自身を客観視できなくなるものです。
そうならないためにも、このひと文字を胸に日々生活できればと思います。
Filed under: 大河内 — 22:00