初めまして、山岡でございます。

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。

そして、

初めまして、山岡でございます。

私この度フットマンとして
御屋敷でお仕えさせて頂く事となりました。
これから精進して参ります。
よろしくお願い致します。

恐縮ではございますが折角の機会でございますので、
この場をお借りして少しだけ、
自己紹介をさせて頂ければと存じます。

私は昔からこの御屋敷の、
大旦那様の書庫の整理係を仰せつかっておりました。
合わせて御屋敷の電飾の交換等も、
お務めとして頂いておりました。

その当時からフットマンへの憧れを
強く持っておりまして、
ある時大旦那様にその旨を申し上げた所、
修行をさせて頂く運びとなり、
この度フットマンとしてお嬢様のお世話を
させて頂いております。

ええそれはそれは、
フットマンになる為の修行は
過酷なものでございました。

御屋敷にある全ての紅茶を覚え、
御屋敷にある全てのティーカップを覚え、
滝に打たれ、針の山を歩き、護摩行で顔を真っ赤にし、

ええ、後ろ三つは冗談でございます。
(不謹慎でしたら、大変申し訳ございません。)

修行の後フットマンに無事なれた後も、
日々勉強不足を痛感しており、
反省と修行を繰り返す日々でございます。

その他のワタクシゴトにつきましては、
またの機会にさせて頂きとう存じます。

これからよろしくお願い致します。

山岡

謹賀新年

司馬でございます。
皆様、お健やかにお過ごしでございますか?

明けましておめでとうございます。
昨年はいかがでございましたか?
楽しいことがいっぱいの一年でしたら、これほど嬉しいことはございません。
残念ながら、それほどではなかったお方には、今年こそ吉事に恵まれますよう、心からお祈り申し上げます。

さて、2020年、オリンピックイヤーとなりました。
開催が決まったのはついこの前のように思っておりましたが、早いものでございますね。

スポーツは実践も観戦も不得手な司馬でございますが、やはりほぼ半世紀ぶりの大イベントですので、無責任にわくわくしております。
諸外国から久しぶりにご帰宅になるお嬢様もいらっしゃいますので、お世話をするのも楽しみでございます。

お祭り騒ぎで、慌ただしい一年となってしまいそうですが、お嬢様方と共に、今年もにぎやかに過ごしていきたいとぞんじております。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

謹賀新年

あっという間に令和元年が過ぎ去ってしまいましたが、
けっして平穏な日常だったわけでもなく、
まさに激動の半年でした。
しぜんの脅威をまざまざと見せつけられ、
ていぼうの必要性を痛感させられました。
おそろしい天災に備えておかなければなりませんね。
めいきょうしすいの心持ちで、
できすぎなくらい快調な日々を送れたことは、
とんでもない幸運であったと心得ております。
うえを見ればきりがないとも申します。
ご馳走ばかりの毎日ではなく、
ざつな食生活でも無病息災でいられることに、
いのちの強さ、尊さを感じる次第です。
ますます健康でいられるよう、
すとれっちでも再開しようと思っております。

令和二年吉日 吉川 拝

決して怒っているわけではございません。

「恕」何年か前にその年の目標として掲げた一文字でございます。

ゆるす。意味合いとしては赦すに近いのかもしれません。

昨年1年を振り返り、今再びこの心持ちが大事なのかなと感じております。

何事に対しても、自身の意思や信念は持ちつつも、時流感じ、(受け入れるかは別としても)理解し、考えること。

また、私自身、狭量で妬み僻みといった感情に心を占有されることが多くございます。
そして、そのような内面を動機として発せられた行動は、得てして良くない結果を招き、より悪い形で自身の心を苛みます。

「赦す」というと、やや上からものを言うような印象を受けがちですが、「恕」は「相手のこと察しを思いやる」といった意味が内包されているように思われます。

負の気持ちから行動を起こす前に、1つ呼吸をおき、「恕」のひと文字を思い出す。

いい大人が恥ずかしい限りではありますが、人間年を重ねると自身を客観視できなくなるものです。
そうならないためにも、このひと文字を胸に日々生活できればと思います。

睦月

あけましておめでとうございます。

穏やかな新春をお過ごしでしょうか、乾でございます。

さて以前、牡丹餅(春のお彼岸)とお萩(秋のお彼岸)の事をご説明いたしましたね。
他にも別の呼び方がございまして、非常に洒落ておりましたのでご報告させていただきます。

元々春や秋の「お彼岸」と結びついたのはもち米を蒸した後でお餅みたいに搗(つ)かず、半搗(つ)きでよいことから家庭で作りやすく身近なお菓子になったようです。
そのような作り方から、いくつもの名前が生まれました。

搗(つ)かずに作るからつきしらず、漢字をあてはめて「月知らず」

月が見えない方角という事で「北窓」

つきしらずの漢字を変えて「着き知らず」

着き知らずより、いつ着いたのかわからないため「夜船」

さらに、餅を搗いている音がしないからお隣にばれないとの事で「隣知らず」とも呼ばれるそうです。

全部で七つの名前がございますので「牡丹餅の七変化」と呼ばれているとかいないとか・・・

もう一つ、花札でも「萩と猪」が一緒に描かれておりますよね。

これも、猪肉を「ぼたん肉」と呼ばれることから「牡丹と萩」つまりは「牡丹餅とお萩」の事なのだそうです。

兎にも角にも先人たちの遊び心には感心するばかりでございます。

私も今年は少々遊び心を持ちながら過ごせればと考えております。

勿論、お嬢様には節度をもちましてお仕え致します。

そうそう、今年の干支「ネズミ」を折り紙で作ってみました。

簡単ですのでお嬢様も挑戦なさいませんか?

では、お嬢様のお帰りをお待ちしております。

新年あけまして

敬愛せしお嬢様、お坊っちゃまへ

新年明けましておめでとうございます。
本年も使用人一同、お嬢様、お坊っちゃま方に僅かなりとも上質のお寛ぎをお届けできますよう、微力を尽くさせて頂きます。

当サロンも気がつけば14年目。
長らくのご愛顧に感謝つきぬ限りでございます。
これだけの月日の中、我々にも世俗にも様々な変化がございました。

伴って、お屋敷が初めて門を開いた日に存ったであろう志と、現在の使用人たちの胸中にございます志もまた、良くも悪くも異なるところ多いことと思います。

さりとて。
形が違えど、時勢が違えど、使用人のなすべきことは、常に唯一つにございます。

お嬢様、お坊っちゃまのお役に立つこと。

それが笑顔を招く歌であれど、美味しいお酒であれど、恙無き給仕であれど、どのような形であってもその根底は其処にしか御座いません。

今年もまた、ヨチヨチと歩む稚拙な使用人たちの姿をお見せしてしまうかもしれませんが。

御身のために懸命に歩むその姿、見守り続けて頂ければ幸いにございます。

本年もどうか、よろしくお願い致します。