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猫の姿だと、同じ道でもこうも長く感じるものなのか。
明石太郎はトンカツと共に寅組のアジトに向かっていた。
「おいトンカツ、まだ着かないのか?」
「あと少しです!」
「それにしても太郎さんは戦うとすごいのに、体力は全然ないですね」
「うるさいわい!今日は朝から疲れることがいっぱいあったんじゃい!」
「へー!例えばどんなことです?」
「どんなことって。朝から大家…いや、人間に追い回され、さっきの広場にあった大きな建物に登り、そして君たちを悪い猫から救った!こんな芸当私以外には到底不可能だろうな!」
明石太郎は、昂然と胸を張りながら言った。
「それは確かに。でも何であんな所に登ろうとしたんですか?きっと、なんにもないですよね?」
「え?まあ、それは猫の憧れというかだな………」と、考えていると、明石太郎はふと何か大事なことを見落としている気がした。
「そういえばトンカツよ。さっき言ってたとある猫を探しているって、詳しくはどんな猫なのだ?」
「えっ?ミケさんのことですか?」
「なに!?ミケだと!!」
「知っているんですか?」
「知ってるもなにも、その猫ならさっき会ったぞ!」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。白と黒とオレンジ色のまだら模様で、ひょろっとしていて、人間の食べ物を当たり前のように頬張っていた……」
「ままま、間違いないです!!聞いていた特徴と一致してます!」
「戻って会いに行かなきゃ!」
トンカツは慌てて踵を返そうとした。
「まて、トンカツ。先にアジトに向かおう」
「えっ!?でもミケさんが!」
「まずは君の先輩たちを運ばないと」
明石太郎はリヤカーを見ながら言った。
「それに見つけたとしても無駄足になるかもしれない」
「なんでですか?」
「いや、ミケと話した限りでは、あまり戦いたくない雰囲気だった」
「そんな………」
「まあ、がっかりするな。丑組だろうがジャックだろうが、私が何とかしてやるから!」
「は、はい…」
〇
ほどなくして、明石太郎とトンカツの歩く先に、石塀で囲まれた大きな廃屋が現れた。視界に映る窓ガラスはすべて割れており、建物のそこらじゅうに蔦がはっている。
「こんな所に建物があったとは」
「太郎さん、ここが我々のアジトです!行きましょう」
明石太郎とトンカツは歩を進めた。
敷地の入り口には大きな門が建てられていたが、扉自体は古く、もう何年も開けっ放しであることが容易に想像できた。
門の前まで来ると、「少し待っててください」と、トンカツが伝え、とことこ中に入っていった。
少しすると話し声が聞こえた。
「おートンカツ……大変………そうか……ふむふむ……」
なにやら誰かと話しているようだった。
それから1分間くらい、途切れ途切れに聞こえる会話をなにげなく聞いていると、突然「えっ!!」と大きな声が響いた。
その声の後すぐに見知らぬ黒猫が敷地の中から足早に近づいてきた。
そして、私のもう隠す気のない立ち姿と運んできたリヤカーを何度も確認した。
「あ、あんたか……確かにミケさんじゃねー、まさか、こんな奇跡が…」
「どうですかハックさん?」
トンカツが、得意気な顔で歩いてきた。
「やるじゃねえかトンカツ!あのトロかったトンカツがよう」
「えへへへへ」
「おっと名乗り遅れた。俺の名はハック、アジトの門兵兼情報屋だ。あんたの名前はトンカツから聞いてるぜ、太郎ってんだろ?よろしくな!」
「よろしく。私が来たからには大船に乗った気でいてくれて構わないぞ!」
「そいつは頼もしい!あんたが来てくれたことで、ミケさんがいなくても、虎ノ進の旦那の作戦が決行できるかもしれねえ!」
「だが、まずは彼らの手当てが先だな」
そう言うとハックはリヤカーに近づき、怪我猫の状態を確認した。
「息はあるが、急いだ方がいいな。太郎、トンカツ、ついてきてくれ」
「もちろんだ!」
「はい!」
〇
門を通り抜け中庭を進むと、大きな玄関扉の前までやってきた。
「さすがにリヤカーごとこの扉は入れないな。しかしハックよ、これ開けられるのか?」
猫が開けるには、中々に骨が折れそうなサムラッチハンドル式の扉であった。
「まあ見てなって」
するとハックはピョンとジャンプし、ドアの取っ手に捕まった。そして片方の前足で上部のボタンを押し、後ろ足でドア横の壁を思いっきり蹴飛ばした。
するとググっと少しだけドアが開き、すかさずハックはその隙間に体を入れ込み、下まで滑り落ちてきた。
そして最後に頭で押しながらドアを開くと、途中でガチャという音がした。
「よし、これで勝手に閉まらないはずだ」
中々の手際だった。
「どうですか太郎さん!これができるのは寅組の中でも数匹だけ。その中でもハックさんが一番スムーズに開けられるのです!」
トンカツが〝エヘン!〟という表情で言った。
「なぜお前が誇らしげなんだ」
「す、すみません」
まあ、確かにすごいがな……
明石太郎は、自室の扉と格闘した今朝のことを思い出した。
「だけどハック、ずっと開けっ放しにしとけば楽なのではないか?」
明石太郎はふと疑問に思った。
「昔はそうだったんだが、〝もし敵に攻められたらこの開けづらさが、守りとしての役目を果たしてくれる〟というおかみさんの助言を聞いてから、必ず閉めることにしているんだ。実際、アジトが手薄なときでも襲撃をうけなくなったしな」
「おかみさん?」
「我々のボス、虎ノ進の旦那の嫁さんで、目覚めし猫だった方だ。もう亡くなってしまったがな」
「目覚めし……、そういえばトンカツも言ってたが、それって何なんだ?」
「それはですね」と、今度はトンカツがしゃべりはじめた。
「一言で言いますと、人間みたいな猫のことです!おかみさん、ジャック、ミケさんがそれに当てはまります。そして恐らく太郎さんも……」
「なるほどな」と、明石太郎は納得した。そして全ての線が繋がった。
つまり、あの毛玉の死神によって罰を与えられ猫に変わった人間が、猫の世界では目覚めし猫と呼ばれているのだろう。
そして、良くも悪くも猫たちに大きな影響を及ぼしている…
「だから期待しているぞ明石太郎よ!」
「では、俺は怪我した彼らを運ぶために仲間を呼んでくる」
そうしてハックは建物の中に入っていった。
〇
「これでよい」
怪我した猫たちをアジトの一室に運び、可能な限りの手当てを施した。
「これもおかみさんの知恵なのか?」
処置をした年老いた猫に聞いた。
「そうじゃ。しかし、ここまで完璧にできたためしはない。太郎さん、あんたが手伝ってくれたおかげじゃ」
「いやいや。これからも知りたいこと手伝えることがあれば、何でも言ってくれ!」
「頼りにしとるぞ」
年老いた猫の瞳は、希望に満ち溢れていた。
それから少し経ち、明石太郎が休んでいると、ひょこっとトンカツが部屋に入ってきた。
「あの~、太郎さんちょっといいですか?」
「どうしたトンカツ?」
「みんなが太郎さんと話してみたいと……」
「ん?」
詳しく話を聞いてみると、どうやらトンカツはアジトに戻ってから、私との経緯を仲間たちに自慢げに話していたらしい。
「やれやれ、しょうがないやつだ」
「ありがとうございます!」
まあ、ハックが虎ノ進親分と話し終えるまで、暇であったしな…
「では行きましょう!」
アジトにはかなりの数の猫たちがいた。そして意外なことに、ほとんどの猫が目覚めし猫を直接見たことが無かったのだ。なので、会うたびに質問攻めをされ、そのたびになぜかトンカツが鼻高々に答えていた。
「またこいつは…」と思ったが、ここまでくると何だか可愛く思えてきた。
そして、いつの間にか二匹の周りにはアジトにいたほとんどの猫が集まってきており、盛り上がりも最高潮に達していた。そんな折、ようやくハックが戻ってきた。
「おお、ハック。ずいぶんと遅かったな」
「ちょっとな……」
ハックは浮かない顔をしていた。
「太郎………まずいことになった」
「どうした?」
「ジャックが現れた」
「なに!?」
「トンカツ!」
「あっ、ハックさん!」
ようやくハックの存在に気づいたようだった。
「今、みんなにですね……」
「まて、悠長なことを話している暇はない。緊急事態だ!」
「緊急事態?」
「みんな、聞いてくれ!」
その場にいた猫たちにも呼びかけた。
「ドングリ野原にジャックが現れた」
「えっ?」
「うそだろ」
「ジャックだと…」
その言葉を聞き、先ほどまでの楽しげな雰囲気が一転した。
「現在、迎え撃っているのは、蟹丸組、ラクレア組、そして…」
ハックはちらりとトンカツの方を向いた。
「どん吉組だ」
「えっ……」
トンカツの顔から一気に血の気が引いていった。
「で、でもハックさん、確か虎ノ進親分がジャックとは戦うなって指令を出してたはずですよね?」
一匹の猫が尋ねた。
「そうだ。だから虎ノ進の旦那も俺も争いは起こらないと考えていた。蟹丸さんはともかく、どん吉さんとラクレアさんは、冷静に対処しようとするはずだからな。だが………」
「でも、もしかしたらあの方たちが揃えば勝てるんじゃないですか?」
「そうだよ、幹部の中でも実力のある方たちだし」
「10%」
「えっ?」
「旦那も俺も勝てる見込みはそのくらいだと予想した」
「そんな」
「彼らでも……」
ハックの表情からも、会ったときのような明るさは消えていた。
「僕……」
すると突然、トンカツがどこかに歩き出した。
「おい、どこへ行く!」
「僕……、ドングリ野原に行きます!」
「なっ!?落ち着け、トンカツが行ったところで、どうこうできる相手じゃねえ。命を無駄にするな!」
「でも僕もどん吉組の一員だ。だったら行かなきゃ!」
「まて、お前は太郎を連れてきたという大きな仕事を果たした!参加しなくたって誰も文句は言わん」
ハックが前足で止めようとした。が、それを振り切りトンカツは走りだしてしまった。そして割れた窓ガラスから飛び出していった。
「くそっ……」
「ハックよ、戦いが始まってからどのくらい経つのだ?」
横で見ていた明石太郎が言った。
「………正確には分からないが、太郎と会ったときには、すでに始まっていただろう」
「なるほど。なら、急げば間に合うかもしれないな」
「えっ!?ま、まさかお前…」
「私も向かう!」
「駄目だ!ミケさんがいない今、あんたがやられたらそれこそ打つ手がなくなる!」
「やられやしないさ。そもそも真面目に戦う気はない」
「どういうことだ?」
「勝つことはできなくても、助けることならできるかもしれない!大切な仲間なんだろ?」
「そうだが………」
ハックは考えた。確かに、必ず訪れるであろう丑組との決戦に、彼らがいるといないとでは大きく違う。
「わかった。ただ、俺も行く。そしてもし助けられないと分かったら、太郎は仲間を置いて必ず逃げると約束してくれ!」
「……了解した」
「よし」
そう言うとハックは、近くにいた一匹の猫に、虎ノ進の旦那に経緯を報告するよう伝え、向かう準備を始めた。
終