変身6

 

 

「はぁはぁ……どうしよう皆やられちゃった」

ハチワレ猫のトンカツは窮地に追い込まれていた。ミケ捜索が難航しており、取り敢えず広場に戻ったところ、偵察に来ていた丑組の先鋒部隊と鉢合わせしてしまったのだ。

 

「まさか集会広場まで丑組のやつらが攻めてきてたなんて…」

「逃げなきゃ……で、でもこのままじゃ先輩たちが死んじゃう。やっぱり戦うしか…」

 

「お、おい…逃げろトンカツ」

傍らに倒れていた先輩猫が、弱々しい声で言った。

 

「先輩!大丈夫ですか。い、今助けますから」

 

「行け!」

 

「え!?」

 

「俺はもう動けん。お前一人なら逃げ切れるかもしれない。そして親分にこのことを伝えるんだ」

 

「いや、でも、僕があいつらを倒せば…」

 

「お前じゃ無理だ。寅組の中心地にたった三匹で攻め込んでくるような奴らだぞ。俺たち捜索班じゃ十匹いても倒せるかどうか……やはり戦わずに逃げておけば」

 

「おい!何をごちゃごちゃしゃべっているんだ!」

「安心しろ、そこのチビも逃がしはせん!」

そう言うと一匹が、じりじりとトンカツたちに近づいてきた。

 

「早くいけ!」

 

「う、うん」

 

「逃がさねえって言っただろうが!!」

その瞬間、その猫がトンカツ目掛けて飛びかかってきた。

 

「くそ」

先輩猫は最後の力を振り絞り、敵猫の前に立ちふさがった。

 

「この死にぞこないが!!」

〝ズシャッ!〟

強烈な右前足が先輩猫を切り裂いた。

 

「ぐわっーーー!!」

 

「せんぱい!!」

「う、うぐっ…だめだ走らなきゃ!」

 

「おいおい、どこに走るって?」

 

「えっ!?」

いつのまにか敵猫の一匹がトンカツの背後に回り、行く手を阻んでいた。

 

「そいつも黙って倒れていればいいものを。馬鹿な奴だ」

 

「先輩を馬鹿にするな!」

 

「くっくっくっ。その威勢がどこまでもつかな」

三匹は前後からゆっくりとトンカツに歩み寄ってきた。

 

「くぅぅ…」

 

「よし!やっちまえ!!」

 

(やられる……)

と、その瞬間!聞き覚えのない声が辺りに響いた!

 

 

 

「まてぇぇぇい!!!!」

 

 

 

(えっ?)

 

「誰だ!?」

その場にいた全員が声の方へ振り返った。すると見たことのないのろまそうな猫がこっちへ向かって走ってきていた。

 

「何だてめぇは!寅組のもんか!」

丑組の一人がそう言うと、そのまぬけそうな猫は息を切らしながらこう答えた。

 

「はぁはぁ…違うぞ。私はその子を救うヒーローだ!」

 

「何言ってんだてめぇ!」

「おいチビ。お前の仲間じゃねえのか!?」

 

「ち、ちがいます」

トンカツも全く知らない猫だった。

 

「ふん、まあいい。そこのアホ面もまとめてやっちまえばいいだけだ」

「おいっ!」

そう言うと丑組の一匹が、自称ヒーローと名乗る茶トラ猫に飛びかかった。

 

「覚悟せい!!」

 

「まっ、まて!走ってきたばかりで疲れてるんだ!」

 

〝シャッ!シャッ!〟

するどい爪が茶トラ猫に襲いかかった。

 

「うわっ!おい!一旦落ち着け!」

茶トラ猫はギリギリのところで避けていたが、徐々に追い詰められていった。

 

「おいおい、あれじゃあ時間の問題だな。お前も残念だったな最後に助けに来たヒーローがあんなへっぽこで」

 

「うぅ……。あっ!」

 

〝ズルッ〟

頑張って避けていた茶トラ猫は疲労が溜まっていたのか砂に足を取られ、スッ転んでしまった。

 

「終わりだーー!!」

鋭い爪が今度こそ茶トラ猫を引き裂こうとした。が、

 

「まだだぁ!!」

何と茶トラ猫が地面の砂を掴み、相手の目を目掛けて投げつけたのだ!

 

「ぎゃー!目がーー!!」

 

「よしっ。そして頭突きじゃあ!!!」

 

〝ドスン!〟

 

「ぐわーーー!」

 

「何だと!!」

見ていた丑組の二匹はその光景に驚愕した。そしてそれはトンカツも同じだった。

何せ砂を投げつける猫など聞いたこともないからだ。

 

(ま、まさか彼が……ミケさん?いやでも…)

 

「お、おい。まさかあいつがジャックさんと同じ〝目覚めし猫〟のミケなのか…?」

「いやしかし聞いていた模様と違いますぜ」

「じゃあ何か!?他にも〝目覚めし猫〟がいたっていうのか?くっ、こんなの予定外だ!」

「ここは一旦引きやすか?」

「………いやまて。そういえば聞いたことがある。目覚めし猫は日を追うごとに強くなると」

「えっ?」

「つまり熟練度があるんじゃないかってことだ。あいつは確かに得体が知れない。しかし途中まで追い詰められていたのも確かだ。あれがジャックさんだったらああはならない。一発で返り討ちにする」

「た、確かに」

「奴はまだ力を扱いきれていない可能性がある。だからやるなら今がチャンスってことだ」

「なるほど!」

「いいか、奴が投げる〝砂だけに〟気をつけろ。目に入らなきゃどうってことはない」

「わかりやした!」

 

彼らの発想が〝そこ〟に至らないのはしょうがないのかもしれない。

 

「おい貴様。俺たちはそいつのようにはいかないぜ!」

 

「ほう、私の華麗な戦いを見て怖気づかないとは。勇気があるのか、それとも愚かなだけかな?」

(ふー、危なかったー。しかしあいつら、砂を投げただけで相当驚いていたな。よし次は〝あれ〟でいこう)

 

何せ、初めて目覚めし猫と相対するのだ。

 

「粋がりやがって!よし、やっちまえ!!」

 

「へっへっへっ。来い!」

(これが手ごろでいいな)

 

そして彼らは普通の猫だ。

 

「おりゃーーー!!!……って何だそれは!?」

 

そう、石ころを投げてくるなんて発想に至らないのはしょうがないのだ!

 

「これは、石ころだー!!せいっ!」

 

〝ヒュン!ヒュン!〟

〝ゴン!ゴン!〟

 

「ぐわーーーー!」

「うわーーーー!」

 

「よし!うまくいった」

 

(す、すごい!!)

 

そうしてやってきた茶トラ猫は、丑組の三匹をあっという間に倒してしまった。

 

(ミケさんがいない今、彼が仲間になってくれれば……)

 

「おい!」

 

「わっ!」

いつのまにかその茶トラ猫がトンカツの目の前にいた。

 

「怪我はないか?」

 

「は、はい」

 

「それは良かった!」

 

「あ、あの~あなたは一体……」

 

「ふっふっふ」

不意に茶トラ猫は笑い出し、そして高らかに名乗りを上げた。

 

 

「私の名前は明石太郎だ!君たち寅組を助けに来た!」

 

終わり。

ファーストカクテル。

 

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。
先日、お屋敷のティーサロンにてお仕えさせていただき、カクテルをご提供させていただきました。
使用人にも「的場がフロアにいるのが新鮮」と言ってもらえるのですが、私も年に何回かのフロアでのお仕えでございますので、私もまた新鮮な気持ちでお給仕できました。

山岡とは音楽やお酒を嗜む仲で、肩を並べてと言うよりは色々教えていただいているような関係でございます。
お嬢様の見える所で一緒に執務を行う機会も少ないので、あまり関係性が見えなかったかもしれませんね。

山岡はこだわりの強い使用人でございまして、今回のカクテルの内容やレシピ、材料の調達など何でもすぐにこなしてしまいます。
能力が高いのは素晴らしいことなのですが、この「山岡的場のカクテルデー」のプロジェクトが動き出した時、私の中で一つの懸念がございました。

「このままではただの山岡カクテルデーになってしまうのではないか…!」

本人は私がやりやすいようにお膳立てを頑張ってくれていて、気持ちは嬉しいのですがこのままでは一体感が感じられない!

そこで今回は無理を言って時間を合わせてもらい、仕込みからできるだけ参加をさせていただきました。
私は今回のカクテルデーが初めてのカクテル。
手際が悪く、効率的に仕事を進めたい山岡にはかなり譲歩してもらって足並みを揃えていただいたと思います。
しかし山岡がお酒にこだわりがあるように、「せっかくだから一緒にカクテルデーを作っていきたい!」という一点のみが私のこだわりでございました。

生生姜をおろしたり、お酒を調合したり、ガーミラ・アダラクのシロップを作ったり。
仕込みは力がいる作業も多く大変でしたが、共に何かを作り上げてゆく作業は非常に楽しいものでございました。

また、シェイクやステアなどカクテルの作り方を教えてもらい、知識が増えてゆくのも稀な経験で、とても貴重な体験をさせていただきました。

私はカクテルに関して、使用人の中では素人の域を出ませんが、お嬢様にお出しするのに失敗作をお出しする訳にはまいりません。
付け焼き刃ではございますが、毎日シェイカーを振って練習を重ねました。

そして迎えた当日。
不安はございましたが、しっかりと山岡が準備を整えてくれた事もあり、比較的冷静に仕事を運ぶことができたかと存じます。
それでも視野が狭かった部分もあったかと思いますが、お嬢様がティータイムやカクテルタイムをお楽しみいただく様子はしっかりと拝見する事ができました。

最後までカクテルをお出しした後「もう終わってしまうのか…」という寂しさがございました。
本日お出ししたカクテルは一日限りなのですよね。
この一日だけの為に準備をしてまいりました。
エクストラティーやカクテルデーを担当する使用人は、毎回たった一日の為に一球入魂しているのですね。
私は今回山岡に師事したのみでございますが、当家の使用人たちの心意気は素晴らしいと感じました。
特別な日にご帰宅なさった時は是非使用人たちのスペシャルメニューをご用命いただければと存じます。

そんな使用人たちとまた、ティーサロンでの楽しい時間を演出することができたら、と存じます。
またティーサロンでお会いすることがあれば美味しいものをご提供できるように努力いたしますので、是非お召し上がりになっていただいてご感想を賜ることができればと存じます。

それではまたギフトショップのバンドゥールに戻るといたしましょう。
また今回のカクテルで感じた事を色々教えてくださいませ。

それでは本日はこれにて。

出来事

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。明石でございます。

前回の「変身」の続きは、次回かその次かその次くらいに……ということで、今回は「最近のトピックス」についてでございます。いくつかに分けて書いておりますが、大半が私の身の回りの出来事でございますので、とんでもなく暇で、何もやることがないときに是非読んでくださいませ。

では!

 

 

[アイシング]

 

雪だるま・タツノオトシゴ・蝶々。お嬢様はこれらの共通点が何だかお分かりでしょうか?

そう、最近ギフトショップでお出ししていたアイシングクッキーでございます。どれも華やかで見た目も素晴らしいお菓子たちでございます。

そして私が何を言いたいのかと存じますと、このブームの火付け役、間違いなく白イルカのクッキーではないでしょうか?

少なくとも私がギフトショップに立ち始めてから白イルカのクッキーをお出しするまで、アイシングクッキーをお出ししているのを見たことがございません。

恐れながら大旦那様に少なくない影響を与えているのではないかと自負しております。「白イルカのクッキー」は私がお屋敷に残した最も大きな功績かもしれません。

来月も、なにやら美味しそうなアイシングクッキーがあるらしいので、そちらも楽しみでございます。

 

 

 

[釣り]

 

このギフトショップブログを読んでいらっしゃるということは、恐らく執事日誌も毎日見てらっしゃることでしょう。なので、なんとなくご存じのお嬢様も多いかと存じますが、最近また珍しい方々と釣りに行ってまいりました。

 

前半は練習、後半は勝負(釣れた数)をしたのですが、私が優勝したのも相まって(決っっっっして自慢ではございません!!!)やはり楽しい一日でございました。

そして共に釣りをした方々も素晴らしいメンバーでございました。

 

自身の釣り竿を何本も携え、前回から大幅にレベルアップしていた方。

練習・勝負共に良い釣果で、なぜか最後はタコにこだわっていた方。

難しい仕掛けでずっと粘り、最終的にしっかり結果を出していた方。

練習では大漁だったのに…という方。(あの釣果を勝負でも維持されていたら私は負けていたことでしょう)

そして今回も我々を温かく見守り、この機会を作ってくださった方。

 

また機会があれば行きとうございます。

次回こそは「お出かけ執事 ~釣り編~」を!

 

 

 

 

[サッカー]

 

今年もサッカーのヨーロッパシーズンが終わり、様々な日本人選手が活躍いたしましたが、お嬢様にとって最もセンセーショナルな出来事は何でしたでしょうか?

 

南野拓実(みなみの たくみ)選手がフランスの「レキップ紙」でフランスリーグ年間ベストイレブンに選出されたこと。久保建英(くぼ たけふさ)選手が今シーズン何度もマンオブザマッチ(その試合で最も活躍した選手に贈られる賞)を獲得したこと。今シーズンまさかの名門リヴァプールに移籍し、レギュラーとして活躍した遠藤航(えんどう わたる)選手。その他にも前半戦怒涛の活躍をした三笘薫(みとま かおる)選手等、色々あって選ぶのが難しいかもしれません。

 

ちなみに私は、もちろん先日のラツィオ対インテルでの鎌田大地(かまだ だいち)選手の得点シーンでございます。〈次点で私が好きな伊藤洋輝(いとう ひろき)選手が所属しているシュツットガルトがドイツのブンデスリーガで2位になったことでございます〉

ご存じのお嬢様も多いかと存じますが、この一年、鎌田選手は苦労しておりました。今シーズンからイタリアのラツィオに移籍し、始めこそ順調だったのですが、中々環境に馴染めず(私の主観です)徐々に序列を落としていき出場時間も減っていきました。

そんなある日鎌田選手に転機が訪れます。それは当時監督を務めていたサッリ氏の電撃辞任、そしてその後釜として就任したトゥドール氏が鎌田選手を高く評価していたことです。実は過去にトゥドール氏が率いてたチームと鎌田選手が所属していたフランクフルトが試合をしており、鎌田選手はその試合で得点をし活躍しておりました。そんな理由もあってか、トゥドール氏は就任当初から鎌田選手を先発起用し、そして鎌田選手もそれに答えるように生き生きとプレーをし試合ごとに周囲の評価を上げていきました。

ただ鎌田選手はトゥドール監督就任以降、アシストをしたりと活躍はしていたのですが、唯一得点だけが無かったのです。

ファンは期待しておりました。いつか来るその日を。

そしてついにその瞬間がやってきたのです!

第37節アウェイでのインテル戦。インテルは今期の優勝を既に決めており、トゥドール体制になって以降の対戦相手では文句なく最強のチームでございます。が、この日ラツィオは良い意味で我々を裏切ってくれたのです。

なんと前半32分、鎌田選手が左足で見事な先制点を決めたのです。

私は両手を上げて喜びました。まさかこの大一番で決めるとは!

最終的にインテルが1点返し、惜しくも引き分けで終わってしまったのですが、ゴールシーン以外にも鎌田選手はチャンスを何度も作り、イタリアの新聞紙も軒並み高評価をつけました。

このゴールは今シーズンのヨーロッパサッカーで一番興奮した瞬間でございます。

そしてここ最近の活躍によってまた鎌田選手は日本代表にも復帰いたしました。もしかするとお嬢様も目にすることが増えるかもしれません。

 

私はこれからも鎌田大地選手を応援してまいりたいと思います!

 

(ちなみに以下はトゥドール監督が鎌田選手を評した言葉)

・彼の頭の中にはコンピューターがある

・複数の役割をこなせるプロフェッショナルだ

・ダイチが10人いてくれたら素晴らしい      等々…。

 

 

 

お嬢様、ここまでご覧いただきありがとうございます。

 

如何でしたでしょうか?

 

他にも髪型のことやギフトショップブログの「お正月」のおまけ2で書いた映画や小説のことなどまだまだございましたが、あまり長くしすぎてもということで、ここらで終わらせていただきました。

 

もし機会があれば、その辺りも書かせていただきたいと存じます。

 

それではまたお会いできる日々を楽しみにお待ちしております!

 

 

終わり。

変身5

(もし、それまでに貴君が死んでしまったら元には戻れず、猫の姿のままあの世行きだ……)

目が覚めると明石太郎はアパートとそれを囲むブロック塀の間に倒れていた。

「ん、ん~……。どうやら気絶していたようだな」
明石太郎はゆっくりと体を起こし、先ほどの出来事を思い返した。
「それにしてもあの夢。まさか私の人生でこんな不可思議なことが起こるとは」

「あの死神と名乗る毛玉は24時間経てば元の姿に戻せると言った。しかし、それまでに死んでしまうと……」

「だが、それはそれだ!」

明石太郎は猫になったらやってみたいことがあった。

~屋根の上でせかせか働く人間たちを見下ろしながら、日がな一日のんびりする~

「これは絶対に叶えたい!」
そして明石太郎には、屋根の上として相応しい場所に心当たりがあった。

「目指す先はアパートの屋上だ!」

屋上に辿り着くためには、アパートの内廊下から階段を使い上る方法と、アパートの側面にある非常階段を使う方法の二通りある。普通なら前者を選ぶのだが猫の姿となると話が変わる。内廊下は安全だが人間に見つかる可能性があり、また階段を上った先の扉には鍵がかかっており、大家さんの手助けが必須である。それはどう考えても不可能だ。
その点非常階段は地上に扉があるとはいえ、それは格子状で猫の姿の明石太郎であれば容易にすり抜けられる。さらに階段を上り切れば多少危険だが壁を伝って屋上に上がることができる。

「よし」
明石太郎は落ちてしまう危険などは一切考えず、屋上に行くことにした。

非常階段を上りきると少し開けた場所に来た。
そこは屋根が無い3メートル四方ほどの空間で、建物の壁側にはアパート内に続く扉があり、それ以外の三方向は大人の肩の高さくらいの柵で囲んでいるだけだった。

「え~と……むっ!あれだな」
アパート内に続く扉の上の方を見ると、屋上に続く梯子が壁にくっついていた。下まで梯子が伸びていないのは、万が一にも子供が上らないようにするためであろう。

「やはり柵に上がらないと梯子には届かんな」
柵の外側はもちろん何もない。地面に落下するのみだ。

「行くか」
その時、またふと先ほどの死神のセリフを思い出したが、やはり屋上への魅力の方が上回った。

明石太郎は真剣な眼差しで柵の上部に目をやった。
そして「はっ!」と、今までにないくらい軽やかにジャンプした。

「いいぞ、高さはぴったり。あとは着地するだ……。なにっ!?」
が、思ったよりも柵の幅が狭く、着地と同時に少し外側によろめいてしまった。
「うぐっ…………!!落ち着け!」
明石太郎は焦らず慎重に体を逆側に傾けた。

そしてゆらゆらと不安定ながらも、なんとか着地に成功した。
「よ、よし第一段階突破だ!」
ただ、気を抜くとバランスを崩してあっという間に地上へ落ちてしまいそうだった。
「すぅ~、は~」
明石太郎は、ゆっくりと呼吸を整えた。
すると少しずつ、体の揺れもおさまっていった。

「よし、あとは梯子を掴むだけだ」
明石太郎の集中力は徐々に上がっていった。そして、

「今だ!」

そのジャンプはさらに軽やかで、前足と後ろ足には無駄な力みが無く、一切すべることなくジャンプに成功した。あとは届くかどうかだけだった。

「まずい、距離が!いや、まだだっ!」
明石太郎は右の前足だけをグイっと梯子の方に伸ばした。

ガシっ!

空中を舞った茶トラ猫は、どうにか梯子に右前足を掛けることに成功した。

「はぁ、はぁ、やった……」

そして前足の関節を引っ掛けながらゆっくりと梯子を上った。

「着いたー!!!」

屋上は穏やかな天候の影響もあってか、思っていた以上に極上のポカポカスポットだった。

明石太郎は仰向けに寝転がった。
「最高だ。私が求めていたものがここにある」
空は青く、ほどよく雲がかかり、たまに吹く爽やかな風がとても心地よかった。

「思えば艱難辛苦の道のりだった」
明石太郎は朝からの出来事を思い出し、感傷に浸った。

「多くの困難を乗り越えたんだ、あとは何もかも忘れて、この有意義な時間をたっぷり楽しんでも文句は言われまい。まずはお昼寝でもするか!」

そうして明石太郎はゆっくりと目をつむろうとした。が、その瞬間後方から何者かの声が聞こえた。

「ほー、ここにお客さんとは珍しい」

(む!誰だ。まさか人間!?)
明石太郎はパッと瞼を開き、振り向いた。
すると一匹の三毛猫が座っていた。

(そうだった、私は今、猫の言葉も理解できるのだった。ん、しかしまて。それはいいとしても何だあの猫は?)

よくよく見てみると、その猫は人間のようにあぐらをかき、右の前足で串に刺さった焼き魚を器用に持ち、齧りついていた。

そしてその三毛猫はゴクンと魚を飲み込むとまた何か話し始めた。

「ふむ、しかしおかしいのう。ここに猫は来れないはずなのだが」

「な、なんだお前は!?」

「ん?わしか?わしは猫だ」

「そんなことは分かっているわい!何者かと聞いているのだ!」

「う~む」
その三毛猫は少し考えてまた口を開いた。

「まあ、他の猫よりも少しばかり気ままに暮らしている猫ってとこかのう。あとは周りからはミケと呼ばれているくらいか…」

(なにも分からん。名前もそのままではないか)
明石太郎がその答えに呆れていると、今度はそのミケという猫が質問をしてきた。

「おぬしはこの辺りでは見かけない顔だが、名は何と言う?」

明石太郎は、猫がフルネームで答えるのは変かなと思いつつも、「明石太郎だ」と答えた。

「明石太郎?苗字があるのか?ということはおぬしは飼い猫か?」

「いや、そういうわけではないが……(やはり変だったか)」

「まあよい。して、太郎よ。おぬしはそちら側の壁を伝って上ってきたと見えるが、梯子を使ったのか?」

「え、あ、いや…」
明石太郎は猫らしからぬ方法でこの屋上に来たことを、目の前の三毛猫に話してよいものなのか迷った。

明石太郎がもごもごしていると、その三毛猫が突然持っていた焼き魚を半分に千切り、ふいに明石太郎めがけて放ってきた。

「うわ!」ぺしっ
明石太郎は突然の出来事で、反射的に前足で魚をはじいた。
「な、何をする!」

するとその三毛猫は「なるほど」と、何かに納得しニヤリと笑った。

「お、おい聞いているのか!」

「いや、すまなかった。それは餞別だ。恐らく、ここに辿り着くのは容易ではなかったであろう。それはわしお気に入りの焼き魚だ。それを食べて少し休むといい」

明石太郎はその三毛猫の行動の意味がまるで分からなかったが、傍らに落ちた焼き魚の匂いはとても魅力的だったので、とりあえず頂くことにした。

明石太郎は焼き魚を食べ終えたあと、最もリラックスできる横座りで休みながら、ミケに質問をしていた。

「つまりこの辺りは二つの組織によって支配されているのだ。一つが虎ノ進親分率いる寅組。善悪で言うと、まあ善だな。そしてもう一つが牛鬼親分率いる丑組。こちらは根っからの悪だのう。」

「はえ~」
ミケは自分自身への質問は曖昧な答えしか返さなかったが、それ以外の質問は何でも答えてくれた。

「じゃ、じゃあ。ミケはどちらに所属しているのだ?」

「わしは、まあ一応……」と、言いかけたとき、ふいにミケが何かに気づいたように立ち上がり、屋上の縁までてくてく歩き始め下を覗き込んだ。

「どうしたミケ?」

「見てみい、太郎よ。噂をすれば何とやらだ」

明石太郎もミケの隣まで歩いていき下を覗いてみた。
そこは丁度アパートの正面側で、前に開けた広場がある場所だ。
そしてその広場の真ん中で数匹の猫たちが何かをしているようだった。

「あっ!」
さらに目を凝らしてみてみると、左右に三匹ずつ猫が分かれていた。が、そのうちの左側の二匹はぐったり倒れており、もう一匹もぷるぷる震えているようだった。

「ありゃ、寅組と丑組の下っ端たちの小競り合いだな。見たところ丑組が優勢か」

「助けよう!」
明石太郎はミケにそう呼びかけた。しかし、ミケは広場を見たまま返事をせずに、何か考えている様子だった。

「おい!早くしないとあの猫もやられちゃうよ!」

「いや、わしはやめておく」

「えっ?なんでさ」

「猫の争いに干渉するのは気乗りせん。それにそもそも争いごとは好かんのだ」

「いや、あんたも猫だろうが!もういい私一人で行く!」

「そうか、頑張ってくれい」

「この猫でなしが」

「まあまあそう言うな。わしにも事情があるのだ。それにここまで上ってこれたのなら、あの連中くらいおぬし一人でなんとかなるだろ」

「ふん。じゃあ行ってくる」

「無理するなよ」

かくして明石太郎は見知らぬ猫の窮地を救うべく、アパートを駆け降りるのだった。

「さすが猫の体だ。降りるときは楽ちんだ」

「待ってろよ、今ヒーローが助けに行くからな!」

終わり。

釣り3

 

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。

明石でございます。

 

先日久方ぶりの釣りに行ってまいりました。

此度の釣りは言うなれば作戦の勝利でございました。

 

この日は空一面に青空が広がり、気温も安定した最高の釣り日和でございましたが、少々風が強くフカセ釣りをメインとしている我々(私と友人)にとっては難しい日でございました。ですが、よくよく天気予報を見てみると、夕方に近づくにつれ徐々に風速が弱まっていく予報でございました。

そこで我々は普段よりも遅めに出発することにいたしました。

 

当日。

我々はいつもより数時間遅い午前10時くらいに到着いたしました。

まず我々は今までで最も釣果を上げてきたポイント(以下・第一ポイント)で釣りを始めることにいたしました。しかし、前日の雨の影響もあってか波が荒れており、魚影も全く見えませんでした。

結局1〜2時間経っても魚がかかることは一回もありませんでした。

 

そこで我々はお昼休憩を挟みつつもう少し波の穏やかなポイント(以下・第二ポイント)に移動することにいたしました。結果的にこれが大正解でございました。

 

そこは第一ポイントから6㎞ほど離れた釣り場で、波は弱く休日になるとファミリーの姿もちらほら見える穏やかなポイントでございます。

釣果も第一ポイントに比べると穏やかなのですが、この日は違ったのです。

 

第一投から餌を取られ、さらに撒き餌に誘われた魚でみるみる魚影が濃くなってまいりました。

そしてついにその瞬間がやってきたのです。

 

クッと餌に魚が食いつき私はしっかりと合わせ、この日の第一号を釣り上げたのです。

釣り上げた魚は私のブログではお馴染みのメジナでございました。

そしてそれを機に、20㎝ほどの小さいサイズのメジナを中心にお魚をバシバシ釣り上げたのです。

 

それから数時間が経ち、15時頃。

我々は釣り上げたお魚の中で、そこそこのサイズだけを厳選し持ち帰る準備をしておりました。

その時ふと私の脳内にある事が思い浮かびました。

 

「この時間なら風や波も弱まり第一ポイントで釣果が期待できるのでは?」

 

この思いは隣の友人にもあったらしく、我々の意見はすぐさま合致いたしました。

 

「ならば夕マズメを狙って、もう一度チャレンジしよう!」

 

片付けや移動などで、第一ポイントに到着したころには、空はうっすらオレンジ色を帯びており、夕方の様相を呈しておりました。

これは釣りをする時間としては丁度良いタイミングでございます。

 

さらに我々の予想通り、朝来たときよりも波と風が弱まっておりました。

すぐさま我々は竿をセッティングし、期待と少しの不安が入り混じる中、撒き餌と共に第一投を海へ放ったのです。

 

ポチャンという音と共に撒き餌が海に落ち、ゆっくりと沈みながら海中に広がっていきました。

そして我々はプカプカと浮かぶウキを、固唾を呑んで注視しておりました。

 

魚影は今のところ見えず、十数秒経っても動きがありません。

「やはり今日はダメなのか」と、思っていた刹那、ヒュンとすごい勢いでウキが沈んだのです。

私は不意を突かれながらも、グッと合わせ魚をかけることに成功いたしました。が、喜んだのも束の間、海中の魚がこれまたすごい勢いで根に潜ろうとしてきたのです。(根に潜る=岩などの隙間に潜って出てこなくなること)

根に潜られるとビクともしなくなったり、岩に擦れた釣り糸が切れてしまうこともございます。

なので私は絶対に潜られるもんかと、リールを巻き続けました。(恐らく今年一番力を使ったかと存じます)

すると徐々に海中からその姿を現してまいりました。

「ん?メジナか?」

さらに引き続けると、あることに気づきました。

「で、でかい…」

すぐさま私は友人を呼び、タモ(魚を捕らえる網)の準備をしてもらいました。

 

「ゆっくり、ゆっくり……」「捕ったー!!」

 

友人のその声を聞いた瞬間、私はよしっ!と、安堵いたしました。

 

そしてタモの中のメジナを見てみると、この日釣ったメジナはもちろんのこと、今まで釣ったメジナと比べてみても、相当に大きなサイズでございました。

 

実際のメジナがこちらでございます。

 

 

写真では分かりづらいですが、測ってみるとなんと35㎝でございました。

私が釣ったメジナの中では一番大きいサイズでございます。

 

その後も辺りが暗くなるまで釣りを続け、二人とも中々の釣果でこの日を終えました。

 

初めこそ苦戦いたしましたが、久しぶりに調子の良い一日でございました。

 

 

 

追記1

私の友人の友達の父親が55㎝オーバーのお化けメジナを釣ったことがあるらしいので、私も次はそのサイズを目標に頑張りたいと存じます。

 

追記2

35㎝のメジナはお刺身にし、その他のメジナは焼き魚やバター焼きにして、数日に分けて頂きました。やはり自分自身で釣った魚は美味しゅうございます。

いつの日か、お嬢様に最高のお刺身をお届けするために、脂の乗ったメジナを釣ってまいりたいと存じます。

 

終わり。

19年目に向けて

 

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。

今月でお屋敷のティーサロンが18歳の誕生日を迎えます。

人間で言えば高校生ほど。選挙権が与えられる年齢となります。

いちティーサロンがここまでの歴史を刻むことがあるのでしょうか?

日本国内の歴史を鑑みてもここまでの通例はなかなか見受けられないのではないでしょうか。

 

歴史あるティーサロンの一端としてギフトショップも10年歩んでまいりました。

今月ギフトショップでは18年目のアニバーサリを記念してお祭りを催しております。

舞踏会をテーマとして舞い踊り演奏する使用人たちの姿をご覧いただけます。

これまでも様々な方々にアイデアを頂戴し、完成してからもご感想を頂戴いたしました。

お嬢様にもたくさんご意見、ご感想を頂戴いたしましたね。

我々ギフトショップのバンドゥールたちが今の位置にあるのは大旦那様、周囲の使用人たちのおかげ。

そしてもちろん、一番はお嬢様のおかげでございます。

 

私もギフトショップに赴任して7年半が経ちました。

…ん?もう7年半も経ってしまったのか?

しばしば我に返った時に「今、西暦何年だ?」と思ってしまうほどに時の流れはあっと言う間でございますね。

 

時の流れを止めることは叶いませんが、せめて少しでもゆっくりと流すために!

今年に入ってから私は日記をつけるようになりました。

一日一日を大切に過ごすことによって、思い出がハッキリと形になってまいります。

思い出がたくさん認識できると「今月は充実していた!」という気持ちになります。

三日坊主になると恥ずかしいので、2カ月続いた今だからこそ申し上げました。

 

一日たくさん書く必要はございません。一行、二行でも構わないのです。

本当に特に何もない日は何も書かなくてもよいのです。

(余談ですが、私は学生時代に日記と向き合い過ぎるがあまり一日のうち2~3時間を日記に費やしてしまった過去がございます。

これは個人的には時間の無駄だったな、と思いますのでお勧めいたしません。)

毎日続けることが肝要でございます。

 

日記に今日あった内容を記しておくと、後日読み返した時、記した内容の周りの記憶も蘇ってまいります。

また、日記をつける前よりも記憶力が上がった感じがいたします。

「今日一日を忘れたくない!」という強い気持ちがニューロンとシナプスを刺激しているのかもしれません。

まさに執事歌劇団の「File name ~X~ 」で言うところの「よみがえる微かなシナプス」でございます。

 

今までお世話になってきた身として「お嬢様に何かお返しできることはないだろうか?」と考えまして、結論から申し上げますと受けた御恩が大き過ぎて返せはしないのですが、お嬢様のお声が現在の私と我々とギフトショップの品々を形作っているのです。

そんなお嬢様との日々の会話を忘れてしまわないように日記をつけているという側面もございます。

お嬢様との思い出やお嬢様がうれしかったこと、考えさせられたことも使用人として今まで以上にしっかりと心にしまっておきたいと考えております。

そしてそれを糧として19年目もお嬢様がお喜びいただけるようなお品物を発明できるよう、ギフトショップのバンドゥール一同精進してまいります。

 

あ、日記はもちろん他人には見せない秘密の内容でございますので、私と会話する際に身構えないでくださいますよう心よりお願い申し上げます!

 

それでは本日はこれにて。

史上最大の方向性

 

①〈史上最大の危機〉

 

まあ、いずれは‟そのタイミング”が来るとは思っておりましたが、いざその時を迎えると「ついに来てしまったか………」で、ございます。

 

決まってしまったものはしょうがないので‟まとも”になるために何か手を打たなければいけません。

 

まず私は確認してみることにいたしました。

「もしかしたら思っていたよりも、まともかもしれない」という淡い期待を抱きながら…………まあ、はい。存じておりました。

不安は増すばかりでございます。

 

取り敢えず形を変えることはできませんので、今までに使わなかったアイテムを駆使し、少しでも綺麗にすることが、現実的な対策な気がいたします。

 

色々伺ってみたところ、やはり‟塗る”のが無難そうでございます。

どうやらお手軽に塗れるアイテムもあるらしいので、それが良さそうでございます。

ただここで注意しなければならないのが、‟塗りすぎない”ということ。

静かに、そしてさりげなく。

とにかく目立たぬよう、なじませることが重要でございます。

 

あとは、いらないものを除去してベースを整え、‟その時”が来るのを待つだけでございます。

 

さてさて、絵心もない私に上手にできるのか?

 

乞うご期待!!

 

 

 

…………は、せずにお待ちくださいませ!

 

 

 

②〈私の方向性〉

 

先日、私は何となしに鏡を見ておりました。そうすると、とんでもない事実に気が付いてしまいました。

 

日頃から私の目指すべき方向性は、「高倉健」や「三船敏郎」もしくは「クリント・イーストウッド」辺りではないかと思っていたのですが、ところがどっこい鏡を見てびっくり仰天でございます。

 

「おかしい……全然似ていない」

 

歳を重ねるごとに、そんな渋い男たちへの仲間入りをするのかと思っていたのですが、全然そんな気配がございません。

 

むしろ今だに幼少期の面影がたっぷり残っている気がいたします。

これではギフトショップの三歳児(四年目)というのもあながち間違っていないかもしれません。

男としての名折れでございます!!!!

 

ただ、確かに思い返してみると、この話をするたびに、例外なく相手は微妙な表情を浮かべていた気がいたします。

 

何故気が付かなかったのか……

 

これからは、もっと自分に合った方向性に進むことにいたします。

 

それでは私は「クリント・イーストウッド作品!」ではなく、「ブリット・オールクロフト作品」を観て、私らしさを勉強してまいりますので、今後の成長に是非ご期待くださいませ。

 

 

 

追伸、今回のタイトルのつけ方は、とある作品のオマージュでございます。

 

終わり。

お正月

 

「去年の夏の暑さが嘘のようにお正月の夜は冷え込むな」

染瀬清一(ぬりせしょういち)は、前を歩く二人の痴話喧嘩を聞きながら、ふとそう思った。

 

「おい!夜の神社が狙い目だなんて嘘じゃないか」

 

「ん?嘘?おいおい、何を言っているんだい明石くん。灯篭の明かりで照らされた境内の趣が分からないのかい?参拝客だって我々を合わせても10組ほどだ。年明け早々おしくらまんじゅうなんて嫌ではないか?」

 

「このあほっかすが!そんなことはどうでもいいのだ。最も大事なことは活気ある屋台でしょうが!」

 

「屋台?君はお子ちゃまか」

 

「なにー!」

 

先日の釣りの一件以来、度々廻令蔵(まわりれいぞう)が二人の元へ遊びに来ていた。そして明石太郎とは会うたびに、こんなやり取りを繰り返していた。

よくも毎度毎度争いの火種が落ちているなと、染瀬は思った。

 

だが、この痴話喧嘩が大喧嘩に発展することはなかった。むしろ最終的には肩を組んで仲良しこよしだ。

 

ちなみに染瀬はこれが始まるといつも黙って二人の争いを聞き、僕の考えはどちらに近いかなぁ、などと考える。なぜならば……

 

「おい、やめとけ、たろちゃん。ますます分が悪くなるぞ」

 

「うるさい!」

「おい、染瀬はどちらの意見に賛同するのだ!」

 

やはりこの展開になったか。

 

これもいつものことだ。

徐々に明石君が劣勢になっていき、声こそ荒げているものの、助けを乞う目つきで僕に意見を求めてくる。

 

しかし、残念ながら廻君の意見の方が僕の考え方に近い。今回もそうだ。

 

「う~ん、廻君に賛同するかな……」

 

「……」

 

「火を見るより明らかだったな」

 

「あきらめん」

 

「ん?何か言うた?」

 

「次は…」

 

「次は?」

 

「おみくじ勝負だ!」

 

 

別に勝敗をつけなくとも「みんな違ってみんな良い」でいいのでは?と、染瀬は思ったが、どうやら明石太郎は、どうしても廻令蔵をぎゃふんと言わせたいらしい。

 

 

 

「お!これじゃないか。明石君、おみくじあったよ」

 

「……」

明石太郎は返事もせずに通り過ぎていった。

 

「あれ、たろ先生?おみくじ勝負はやめたのですかい?」

 

「君らは先に引いてていいぞ。私は先にお参りをしてくるので」

 

「必死ですな」

 

「違うわ!まずは神様にお参りするのが礼儀だろうが」

 

「よく言うわい。昼間だったら屋台に直行するくせに」

 

「ぐぬぬ」

 

確かにそうだと染瀬清一も思った。

そして結局三人ともお参りを先にすることにした。

 

「さてさて、お賽銭箱にいくら入れるべきか。やはり5円か50円、いや奮発して500円という手もあるな……。染瀬はいくらにするのだ?」

 

「僕は5円かな。毎年そうだし」

 

「ふむ。じゃあ50円か500円だな」

明石太郎は染瀬清一にもおみくじ勝負で勝ちたいらしい。

 

「れい坊。貴様はいくらだ!」

 

「私は44円にしようと思う」

 

「は?気でも触れたか!?」

 

「いや。ただ、このお賽銭というものの効力が実際どれほどのものか気になってな」

 

「罰当たりすぎるだろ」

 

「そうだよ。それに試すにしてもわざわざ悪い方に合わせなくてもいいじゃないか」

染瀬清一もこれに関しては明石太郎に同意した。

 

「いやいやこれでいいのさ。人間誰しも良い方向には努力するだろ?悪い方向に努力することは中々ない。つまり、55円だの777円など入れて、その結果良いことが起きても、それが神様のおかげなのか自分の努力の賜物なのかが分かりずらいのだ。だから敢えて44円を入れるのだ」

 

「廻君はやはり変わった人だ」

 

「染瀬よ、まあいいじゃないか。自ら敗北の道へと進んでいるのだから」

明石太郎は嬉しそうだった。

 

「よし!決めた。私は50円にしよう」

 

そして各々決めた金額で参拝をし、ついにおみくじ勝負のときが来たのであった。

 

 

 

ついにこのときが来た。

最近はあの似非知識人のせいでさんざん辛酸をなめさせられ、毎回毎回敗北を味わっていた。が、それもここまで。奴はなにを血迷ったのか44円という縁起の悪い金額を納め、今最もついてない男へと変貌した。こんな奴におみくじ勝負で負けるはずがない!

今こそ廻令蔵、そしておまけの染瀬清一に正義の鉄槌を!

 

 

「へー、色々なおみくじがあるんだね。見てごらん明石君。恋愛運専用のおみくじなんてものもあるよ」

 

染瀬の言うとおり、恋愛や健康などそれぞれの運を占うものや、動物や傘型の可愛らしいものなど、そこには多種多様なおみくじが置いてあった。

しかし、ここでそれらのおみくじを引くのは愚の骨頂である。

なぜならば、そういったおみくじは往々にして良いことしか書いていない可能性があるからだ。運に差をつけている今、それを引くのは得策ではない。

 

「おい染瀬。そんなナンパなおみくじではなく、この従来からあるおみくじで勝負するぞ!」

 

「動物おみくじも気になるけど、まあそっちにしようか」

 

「れい坊もよいな!」

 

「私はどれでも構わんぞ」

 

「よし!(ばかめ!これで貴様らの勝率は0%となったのだ!)」

「ではさっそく」

 

「スッ」

「スッ」

「シュバッ!!」

 

(くっくっく。楽しみ楽しみ!)

「よし、れい坊。貴様から開けてみろ」

 

「私か?」

「どれどれ……………う~む」

 

(ひひひ。難しい顔をしとるぞ。これはてんで話にならんな!)

「どうよどうよ。見せてみい」

 

「ほれ」

 

〈吉〉

 

「はっはっは!やはり大したことない!吉?上から4~5番目くらいか?」

 

「ん?なにを言っているのだ?吉は上から二つ目だぞ」

 

「へ?」

 

「地域にもよるが、基本的には大吉の次に位置している」

 

「じゃ、じゃあなぜ、難しい顔をしていたのだ!?」

 

「いや~、去年より1ランク下がってしまったのでな」

 

「……」

上から2番目だと、ふざけるな!これでは大吉を引かなければ負けてしまうではないか!

こんなばかなことが………

 

「やったーー!!」

 

こ、今度はなんだ!?

 

「おお!染瀬君やったな、大吉ではないか!」

 

(なにーー!?このもやし男が大吉?お前が似合うのは末吉だろうが!)

(くそっ!とにかく大吉だ!大吉なら負けはない!たのむっ!神よ!)

 

〈凶〉

 

「ぴぎゃああああああ!!!」

 

「すごいよ明石君。僕の大吉より珍しいよ!」

 

「どうせ”ばかめ!これで貴様らの勝率は0%となったのだ!”とか、考えていたのだろ」

 

「う、ぐっ……」

 

 

どこでどう間違ったのか。

私の努力の結晶は一体どこに消えてしまったのか。

いやそもそもこれは努力だったのか?

2人とも不思議がっていたことだろう、50円入れただけで勝った気になっていた私の姿に。

 

「明石太郎よ見てみい、君のおみくじの”争い事”の欄を」

 

〈争い事 ~争いごとまけなり~(勝負に負けるので争わないようにしましょう)〉

 

「やかましいわ!!」

 

 

 

おまけ1

 

お嬢様、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

取り敢えず一月のブログを無事掲載でき、ひとまず安心でございます。

今年こそは、ひと月一本のペースを目標に頑張る次第でございます!(多分!)

 

 

おまけ2

 

私は、今年も楽しみなことが多くございます。

 

気になる映画が数本上映される予定だったり、一番好きな小説家の新刊が発売されたりと様々ございます。

また、サッカー観戦も現在進行形で開催されているアジアカップを始め、注目の試合がいくつもございます。

 

お嬢様も機会がございましたら、是非日本代表を応援してくださいませ!

 

 

おまけ3

 

私が今年、実際に引いたおみくじでございます。

 

 

明石太郎ほどではございませんが、なんとも微妙な結果でございます。

 

 

終わり。

変身4

 

 

「おい、起きろ。起きんか、明石太郎よ」

 

 

 

「ん、んー……」

私は聞き覚えのある”ふわふわもこもこ”の声で目が覚めた。

「私は一体………ん?」

周りを見渡すと辺りは真っ白な空間に包まれていた。

「どこだここは!?」

 

「確か……猫になって、はしゃいで……それから……痛っ」

ふいに頭の上部に痛みが走った。

「あ、そうだ!大家に吹き飛ばされてブロック塀にぶつかったんだ!そして気絶して……ま、まさか私はそのまま天国へと…」

 

「阿呆か!そのくらいで、おっちぬものか」

不意に後ろの方から声がした。

 

「誰だ!?」

振り向くと、この空間よりもさらに真っ白なふわふわもこもこの毛玉が鎮座していた。そして、もそもそと動きながらこちらに近づいてきた。

「な、なんだあれは……」

 

「もう吾輩を忘れたのか。今朝、夢の中であったばかりであろう」

そう言うと、不意にその毛玉がぶるぶると震えだした。そして「モフン!」と、勢いよく猫の頭と手足が飛び出した。

 

「どうだ?この顔を見ても思い出さんか?」

 

「……」

私はとても印象的なその光景を見てもその猫が一体何者か思い出せなかったが、その声だけは聞き覚えがあった。

「あんたは一体誰なんだ!?それにこの空間は……。と、というか私は猫と普通に会話しているのか!?」

 

「ふむふむ、どうやらまた一から話さないといけないようだのう」

するとその毛玉はゆっくりと香箱座りをし、厳かな雰囲気でしゃべり始めた。

 

「まず、吾輩は神様じゃ」

 

「……へ?神様?」

 

「さよう。まあ神と言っても、死神だがのう。そしてこの空間だが、実は貴君の本体はまだ気絶しておるのだ。この空間は精神世界。夢の中と似ておる世界だ」

さすがの私も面を食らわざるを得なかった。そして目の前の死神は続けて話し始めた。

 

「貴君は今、猫だ。猫が猫と会話するのは当たり前だ」

………確かにその通りだ。

 

「しかし、まさか死神が猫の姿をしていたとは……」

 

「意外か?」

 

「あ、ああ。想像では髑髏の仮面に大きな鎌を持っている姿だったから…」

 

「まあそういう死神もおる」

 

「え!?」

 

「死神といえど千差万別。見た目も違ければ、人間に与える罰も違うのだ。ただ一つ、愚かな人間に対して裁きを下すということ以外はな」

 

「愚かな人間?」

 

「そうだ。つまり人を殺めてしまった人間だ」

 

そしてこの死神は、人類が未だ到達していない領域。

‟(人を殺めてしまった者の)死後の世界”について話し始めた。

 

 

………なるほど

どうやら私はとんでもない話を聞いてしまったようだ。

 

つまりこの世界には本物の死神がいて、殺人を犯したものをあの手この手で地獄のような場所へ連れていったり、罰を与えたりする。まったくもって非現実的な話だ。だが、こんなヘンテコな空間で話をしているという事実からも間違いなくこれは真実なのだ。

 

しかし、そうなると自ずと疑問点が一つ浮かび上がるのがお分かりだろうか?

 

この猫型の死神は愚かな人間を猫の姿に変える罰を与えるらしい。まあそれはかまわない。そんなメルヘンな死神がいるのも悪くない。

 

だが、なぜ私が選ばれたのだ。当たり前だが私は断固として殺人など犯してはいない!

 

「おいっ。なぜ私が猫の姿にならなければならないのだ!」

 

「ふむ、やっと気づいたか明石太郎よ。そこが本題だ」

 

「なに!」

 

「まず貴君が猫になったわけ。それはな……」

 

「そ、それは……?」

 

 

「吾輩のミスだ」

 

 

「なにーーー!」

このとき、もし私が猫の姿でなければ、目の前の毛玉がいかに死神といえど、毛を全てむしり取っていたことだろう。

 

「ふざけるな、どうしてくれるのだ!」

 

「まあまて。吾輩の力を持ってすれば、元に戻すことなど造作もない!だが……。少しばかり時間が必要なのだ」

 

「時間?」

 

「そうだ。変身後24時間は元に戻すことができない。つまり明日の明け方にならなければ人間の姿には戻れないのだ」

 

「なに!?」

 

「そしていいか、ここからが重要だ。もし、それまでに貴君が死んでしまったら元には戻れず、猫の姿のままあの世行きだ」

 

終。

 

 

追記

 

今回もご覧いただきありがとうございます。ついに変身の続きが掲載されました!しかし、「変身3」からどのくらい経ったのでしょうか?恐ろしくて前回の日付が見れません。

そしてこのペースで書き続けたら一体何年後に終わるのでしょうか……

とにかく、期待してくださるお嬢様に喜んでいただけるよう頑張る次第でございます!!

 

 

おまけ1

 

2023年も、あと僅かでございます。

 

思い返すと今年も素敵な一年でございました。

「白イルカのクッキー」や「Paper Moon」をお手に取ってくださったり、とある10周年記念や、とある3歳児誕生のお祝いをしてくださったりと、お嬢様には感謝してもしきれないかと存じます。

 

来年もお嬢様が楽しんでいただけるよう邁進する所存でございます。

 

それではお嬢様、良いお年をお迎えくださいませ!

 

 

おまけ2

 

「良いお年をお迎えくださいませ!」と、元気よく挨拶させていただいたのですが、一つ思い出したことがございましたので、少々書かせていただきます。

 

ご存じのお嬢様もいらっしゃるかもしれませんが、先日とある使用人達と釣りに行ってまいりました。

 

お屋敷の使用人と釣りへ行くのが初めてだったということもあり、普段とは違う楽しさもございました。

 

今回はどちらかというとサポートに回っていたのですが、あれだけ真剣に楽しく釣りをしていただけるなら、永遠と補助に徹していてもいいと思えるほどでございました。

 

また、メンバーの一人は釣りの経験が私よりも遥かに豊富で、学ぶところが多くございました。今回学んだことは次の釣りにて生かす次第でございます。

 

また、いずれ彼らと足を運びとうございます。

そして次こそはDVD化し、お嬢様にも楽しんでいただけたらなあと存じます。

 

 

終わり。

10周年を迎えることができました!

 

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。

的場でございます。

 

ギフトショップは本日で10周年を迎えるはこびとなりました。

私がギフトショップでお仕えを始めたのはもう7年半も前のこととなります。

長い時をギフトショップで過ごしてまいりましたので、様々な出来事がございました。

 

私が参りましたばかりの頃は、あまり上手に周りの使用人に頼ることができずに

一人で何でも頑張ろうとしてしまい失敗することが度々ございました。

ギフトショップのメートル・ドゥ・ヴァンドゥールとして張り切り過ぎたところもあったのでしょう。

おかげで体力はつきましたが、やはり一人でできることには限界がございます。

 

少し落ち着いて、現在のギフトショップのことを思ってみます。

 

センスの部分は桐島と才木が担当してくれております。

フォトブックなどのお品物の形や雰囲気を作るだけでなく、撮影全体のテーマを次々と生み出してくれております。

今回10周年に合わせて朗読を企画してくれたのは才木で、他のメンバーも快く参加してくれました。おかげで楽しい雰囲気の撮影になりました。それが本当かどうかはCDをお聴きになっていただければ一目瞭然でございます!

 

また、朗読に合わせて伊織が紅茶をブレンドしてくれました。

様々なフレーバーティーやハーブをブレンドして、ギフトショップのヴァンドゥールたちのような賑やかな紅茶に仕上がっております。

 

この度の10周年を迎えるにあたってはまずは能見が記念のワインを選んでくれました。

「おめでとう」の気持ちと、虹がデザインされたギフトショップの明るい未来を示したワインをチョイスしてくれました。

 

明石は何かしているのか?でございますか?

彼は最も日々のギフトショップを支えてくれている使用人と言っても過言ではありません。

その柔和な空気感でお嬢様は勿論のこと、周囲の使用人の心をも柔らかくする使用人なのです。

私が急な執務でギフトショップを任せる時も嫌な顔ひとつせず頑張ってくれる、頼れる使用人なのです。

 

今、私の周りには心強い仲間がたくさんおります。

ここで名前が出なかった使用人にも助けていただくことはたくさんございます。

 

最後に「みんな大好き全員集合ステッカー」のお話をしたいと存じます。

こちらは「別宅でも使用人みんなの顔が見たい!」「また藤堂執事に会いたい!」というお声を形にしたお品物でございます。

お嬢様に支えられて、私は今ここにおります。

お嬢様が、今のギフトショップを形作ってくださいました。

 

大旦那様も巻き込んで、お屋敷全員で11年目も楽しく新しいことにチャレンジしていければと存じます。

今後ともよろしくお願い申し上げます。