とあるクッキー

(2×××年、某所にて)

上司、「おい、君が発注したこの大量のクッキーどうするつもりだ!?」
部下、「申し訳ございません」
上司、「謝って済む話じゃないぞ!」「全て廃棄するしかないな」
部下、「そ、そんな、、」
上司、「じゃあ君が全て売りさばくのか?」
部下、「いや、それは、、」
上司、「だろ。それにな、こういうクッキーは今の時代、目新しくとも何ともないんだよ」
部下、「すみません、、」
上司、「ったく、取り合えず処分は明日言い渡す。分かったな!」
部下、「、、、はい」

部下、「はぁ、どうしよう。目新しくも何ともないかぁ、、、、いやまてよ!」「○○さーん!!」

(とあるアパートにて)

明石、「どんどん!」「おい染瀬!」
染瀬、「なんだい明石君こんな夜遅くに。一体どうしたんだい?」
明石、「クッキーだよクッキー!昨日君に貰ったあのイルカのクッキー、どこで手に入れたんだ?」
染瀬、「ああ、それならすぐそこのコンビ二さ」
明石、「えっ、そこの?売ってたっけ?まあいいや、明日買いに行こう」

(2×××年、某所にて)

部下、「この案どうですか?」
上司、「なるほど、悪くないかもしれない。経費は掛かるが廃棄するよりはましだ」「では準備出来次第、出発してくれ」
部下、「はい、わかりました!」

(某コンビ二にて)

明石、「あれーおかしいな、、どこにも見当たらない、、、仕方ない聞いてみるか」「あのー、このくらいの大きさのイルカのクッキーって置いていないですか?」
店長、「ああ、白イルカのクッキーですか。それなら完売いたしました」
明石、「えっ、完売?もう販売しないんですか?」
店長、「んー、、それがですね、どうやら訳ありの商品らしく、私も次いつ販売できるか分からないんですよ」
明石、「なんですかそれは!?」
店長、「いやー私も詳しいことは分からなくて」「それにしてもお客様でもう20人目ですよ」
明石、「えっ?他にも聞きに来た人がいたのですか?」
店長、「ええ」
明石、(皆、その味に魅了されて聞きに来たんだ)
   「他に、販売しているところ知らないですか?」
店長、「分からないですねー。まあこれ以上の事は本社にお問い合わせください」
明石、「、、、分かりました」

(某コンビニ本社にて)

社員、「この奇妙奇天烈な味わい、分かりました。うちで取り扱いましょう」
 男、「ありがとうございます」
社員、「しかし残念です。こんなに美味しいのに期間限定で、さらには限られた店舗でしか販売できないなんて」
 男、「申し訳ございません。我々にも事情がありまして」
社員、「そうですか、ではクッキーのレシピを買わせて頂くのは可能でしょうか?」
 男、「それも申し訳ございません」「それに、、、、」
社員、「それに?」
 男、「いや、なんでも無いです」「今回はこの契約でお願いします」
社員、「まあ仕方ないですね。では来週からお願いします」

(とあるアパートにて)

社員、「お電話ありがとうございます、株式会社○○、○○が承ります。本日はどのようなご用件でしょうか?」
明石、「先日そちらで購入させていただいた、白イルカのクッキーという商品について伺いたいのですが」
社員、「白イルカのクッキーでございますか」「大変申し上げにくいのですが、こちらの商品は販売終了いたしました」
明石、「えっ!終了?もう販売しないんですか?」
社員、「はい。数に限りがあったそうで、、、」
明石、「ま、また作ってもらえばいいじゃないですか」
社員、「どうやら、そういうわけにもいかないようで、、」「申し訳ございませんが、これ以上は我々も分かり兼ねますので失礼いたします」「ガチャン」
明石、「えっ!?」

染瀬、「明石君、どうだった?」
明石、「ダメだった。唯一分かった事といえば、どうやら白イルカのクッキーには口外出来ない秘密があるようだ」
染瀬、「秘密ねー、、でもそんなに美味しかったのかい?」
明石、「美味しかったってもんじゃないよ!今まで口にしたことのない味だった!この世のものとは思えないほどにね」「私の予想だと多分あれは本物の白イルカを使っているんじゃないかな」
染瀬、「まさか」
明石、「じゃあ君はどう思う?」
染瀬、「食べてないから味は分からないけど、実は未来の食べ物だったりして!」
明石、「おいおい、染瀬君。そんなわけ、なかろうて(笑)」
染瀬、「いやー分からないよ。この世は広いからね」

染瀬、「でもそんなに美味しいなら食べたかったなー」

お嬢様、お坊ちゃま、ご覧いただき、ありがとうございます。

ちなみに今回のお話しも例によってある作品のパk、、オマージュでございます。しかしこの場にて、その作品を紹介させていただくのは、あえて控えさせていただきます。

では、これにて失礼いたします。

(2888年、某所にて)

部下、「いやー良かった良かった」「何とかなりましたね」
上司、「まあ今回の事は大目に見てやる。今後は気を付けろよ」
部下、「はい!」「でもあれですね。過去に行ってこれだけ売れるなら、今後は過去に市場を広げてもいいんじゃないですか?」
上司、「馬鹿言え。過去に行くのにどれだけ費用が掛かると思っているんだ!」「時空旅行には税が掛かり。タイムマシーンは勿論、燃料を借りるのも自社負担。今回あれだけ売ったのに利益なんて雀の涙だ」
部下、「そうだったんですね、、」
上司、「ああ」「まあ分かったら、次は今の時代に売れる商品を考えることだな」
部下、「はーい」

終わり。

クリスマス2

12月25日、午前一時。街中の仲睦まじきカップルたちもどこかに消え、普段の静かな街並みに移り変わったころ、あのアパートで行われている交流会は逆に白熱さを増していた。
 
今回のメインテーマは”トーク”「面白い話」「怪談」「体験談」などジャンルは問わず、とにかく一人一人盛り上がる話を用意し、お酒を飲みながら誰の話が一番盛り上がったかを決める催しとなっていた。ちなみに今話しているのはあの大家だった。

 彼は顔から陰湿な雰囲気が滲み出ており、それに恥じぬ「人の悪口」と、大家という職権を乱用した「住人の暴露話」を十八番としていた。そんな最低最悪の彼だったが、今まで明石太郎や染瀬清一以外の住民を騙くらかしていただけのことはあり、悔しくもその軽妙な話術はどこか引き込まれる所があった。そして明石太郎の「クリスマスカースト最底辺でもええじゃないか」よりも盛り上がっていた。

明石「くそっ!なんで私の面白話よりも、あんな奴の悪口が盛り上がるんだ」
染瀬「まあ人間なんてそんなものさ」
大家「残念だったな明石君。君とは話術の差がありすぎたようだ(笑)」「それに君のトーク内容はよろしくないな、どこに恋愛最底辺で満足する者がいる。皆モテたいに決まっているじゃないか。共感が出来ないんだよ、共感が」
明石「うけたからっていい気になりよって」

大家「あ、そういえば染瀬君、君には期待しているよ。君の恋バナは私も一目置いているのだから」
明石「もう勝った気でいるな」「染瀬!君の必殺話でケチョンケチョンにしてやれ!」
染瀬「ケチョンケチョンって、趣旨が変わっている気がするが、、」「まあいいや、じゃあそろそろ僕が話しますか」

住民達「おっ染瀬君の番か?」「待ってました!」「いや、楽しみだな~」
大家「ではお手並み拝見といこうか」
明石「いけ!染瀬!」

染瀬「では。あれは僕がまだ小学6年生だったころ、、、」

                   ○○年前
(小学校の教室)

国語の先生「この”夢を見ているようだ”という表現は男の子ではなく、そのお母さんの気持ちを表しており、つまりそれは、、、」”キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン”
生徒「おっ休み時間だ!」
先生「もうこんな時間か」「では今日はここまでにしますが、来週はテストがあるので120P~127Pまでしっかり復習しておくように」
生徒達「はーい」「皆サッカー行こうぜ!」「行こう、行こう」
 この時はクリスマス前で寒い冬の時期だったが、皆シャツ一枚で外で遊んでいた。今思うと信じられないことだ。

生徒達「染瀬も行こうぜ」
染瀬「すまないが、僕は今度のクリスマスに向けて重要な作戦を立てなければならない。なので皆だけで遊んできてくれ」
生徒達「えー、ノリ悪!」「次やる時はキーパースタートだからな!」
染瀬「わかった、わかった」当時僕はサンタさんの正体を掴みかけていた。

染瀬「やはりおかしい。去年も一昨年も欲しい物が的確にプレゼントされている。それにクラスメイト全員に聞いてみても9割は欲しい物だった。確かにサンタさんはすごい人なのだろう、しかしそんなことはあり得るのだろうか。そして一番おかしいのは、サンタさんが僕の欲しい物を知るのは僕の枕元に置いてあるメッセージカードを見てからのはず」

染瀬「ということはサンタさんは”家に着く→メッセージカードを見る→家を出てプレゼントを買ってくる→もう一回来てプレゼントを置く”ということになる、そんなことを一晩で全員にやっているなど不可能だ」「それにそれだとまた別の疑問がでてくる。サンタさんが来るのは早くても時計の針が24時を過ぎたあとのはず、そんな時間に開いているデパートは無いはずだ」

染瀬「つまり考えられるのは事前に僕が欲しい物を知っている、それしかない。ではいつ知ったか、まだ書いてもいないメッセージカードを読むなど不可能。僕の行動を監視していて欲しい物を推測しているにはプレゼントが的確すぎる。去年の合体ロボの欲しかった”色”まで当てたのが良い例だ。とすれば誰かに聞いているのか、、、一体誰に」「僕が欲しい物の細かいところまで話し合うのは友達だがそれは無い。それだとサンタが僕に友達の欲しい物を聞きに来ているはずだ」「あとはお母さんくらいだが、、、ま、まさか!」

染瀬「いやそんなはずは、、しかし毎年クリスマスが近づくと(清一、サンタさんから何貰うか決めたの?)とか聞いてきた気がする」「まずい、僕は実の母親を疑い始めている。これは何とかお母さんの疑念を払拭するため、策を討たねば、、、、こ、これしかない」

染瀬「まず、お母さんが(何を貰うの?)と聞いてきたらお母さんにしか言わない嘘のプレゼントを言う。そしてクリスマスイヴに誰にも見られないようにメッセージカードに本当に欲しい物を書く。これでどちらのプレゼントが置いてあるかによって、お母さんが白か黒か分かるはずだ」「これは誰にも言ってはならない、友達にも先生にも勿論家族にも、絶対に絶対にぜっt」とその時、染瀬の肩を誰かが叩いた。
「ねぇ、染瀬君。何してるの?」
染瀬「うわっ!!!!!!」「びっくりした、根宮さんか。脅かさないでくれ、、」
 
 根宮にか子(ねみや にかこ)は僕と同じクラスの女の子だった。彼女はどちらかというと静かめのグループに属しており、男子とも沢山しゃべるタイプではなかったが、なぜか僕には良く話しかけてきた。多分一学期の頃、席が隣だったからだろう。

根宮「今、お母さんがどうとかこうとか言ってたけど、何のこと?」
染瀬「なに!?聞いていたのか?」「あ、あれは何でもないさ、、、忘れてくれ」
根宮「教えてくれないと、学校でお母さんお母さん言っていたの皆に話しちゃうよ」
染瀬(それはまずい。根宮さんがどこまで聞いていたかは知らないが、もしそれが友達や先生の耳にまで届いたら計画が台無しになってしまう)
染瀬「わ、わかったよ。ただし誰にも秘密を洩らさないと誓えるかい?」
根宮「うん!」

染瀬「よし」「実はね」
根宮「うんうん」
染瀬「僕はサンタさんの秘密を暴いたかもしれない」
根宮「えっ?秘密って?」
染瀬「サンタさんはもしかしたらプレゼントを僕たちの親に聞いているかもしれない、、、」
根宮「、、、それだけ?」
染瀬「!!!」「それだけって、これは世紀の大発見かもしれないんだよ!根宮さんだってサンタさんがどうやってプレゼントを配っているか気になるだろう!?」
根宮「気になるって、、そんなの知ってるよ!というかお母さんがサンタさんじゃない!」

染瀬「、、、、、へ?」(そ、そんなばかな、、でもお母さんがサンタさんだとすると、僕の理論と辻褄が完璧に合致する。というかそれしかない。なぜこんなことに気づかなかったのか)
染瀬「ね、根宮さんはそれをどこで知ったのだ?」「僕みたいに策を立てたのか?」
根宮「そんなことしないよ、普通にお母さんが教えてくれた」「小学校4年生くらいだったかな、お母さんが(今年は何か欲しい物ある?)って、誕生日でもないのに聞いてきたから」「何で?って聞いたら(クリスマスのプレゼントよ)って、それでわかったの」

染瀬「そんな前から」「じゃ、じゃあなぜこの前、根宮さんにプレゼントのことを尋ねた時、教えてくれなかったのさ?」
根宮「だってその時、染瀬君に(根宮さんは去年のクリスマスプレゼントは欲しい物だった?)としか聞かれなかったから、それにこの年でサンタさんの正体を知らない方が珍しいと思うよ」
染瀬「うっ、、本当か?」(いやだとしても僕が実際に確かめてみないと、、)とその時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」

根宮「染瀬君」
染瀬(まずは先ほどの策を実行に移すべきだ、そしてその結果次第では、、、)
根宮「染瀬君!!」
染瀬「えっ!?な、なにさ」
根宮「話したいことがあるから、放課後帰らないでね」
染瀬「え?あ、ああ、わかったわかった」(策の見直しなども、考えるべきか、、、やることは山積みだな)
根宮「、、、、」

(そして学校が終わり、下校途中)

染瀬(まずは嘘のプレゼントを何にするかだが、、)
「ぽこっ!!」なにかが染瀬の頭をチョップした。
染瀬「いてっ!な、なんだ!?」
??「なんだじゃないよ!」
染瀬「あっまた根宮さんか、いきなり酷いじゃないか」
根宮「それはこっちのセリフよ!」「”帰らないでね”って、言ったじゃん」
染瀬「え?そうだっけ?」
根宮「ひどい!!」
「ぽこっっ!!!」先ほどよりも強い力で染瀬の頭をチョップした。
染瀬「いたっ、ご、ごめんて、謝るからさ」「そ、そういえば何か話したいことが、あったんじゃなかったっけ?」
根宮「、、、そう」
染瀬「教えてよ」
根宮「やだ!」「、、、」「やだけど、、、話す」

染瀬(取り合えず助かった、、)「それでどんな話なの?」
根宮「え、えーと、、、」
染瀬「、、、」「えーと、、、何?」
根宮「こ、今度の日曜日のクリスマス、、」
染瀬「うん」
根宮「い、いっしょにえい、、えい、、、が」
染瀬「えい?」
根宮「え、映画、、見に行かない、、?」

染瀬「、、、え?」(ど、どういうことだ。これは友達としてか、、いや、それにしてはいつもと雰囲気が違う。男子と話すのは苦手そうではあるが、少なくとも僕に対してこんなに動揺はしないはずだ)(というと、まさかこれは、、、恋愛感情としてなのか!?)
根宮「、、、」
染瀬(まずい、こっちの答えを待っている)(どうしよう。実際のところすごく嬉しいのだが、いかんせんデートなどしたことないし、、、早く答えなければ)
根宮「、、、」
染瀬(あれていうか根宮さんてこんな顔してたっけ?今までちゃんと顔を見ていなかった気がする。よく見るとなんていうか、、すごく可愛いかもしれない)

根宮「、、、」
染瀬(何か根宮さん顔が赤くないか、、、うっ、なんかこっちまで顔が熱くなってきた、、クラスの女の子と友達として話すのは何にも動揺しないが、こういうパターンは初めてだ)
根宮「、、、」
染瀬(でもきっと根宮さんは僕以上に緊張して僕に思いを伝えてくれたはずだ。ここで答えられなければ男じゃない!)

染瀬「ね、根宮さん」
根宮「、、、」

染瀬「伝えてくれて、、ありがとう」
根宮「、、、うん」

染瀬「映画、、、一緒に行こう!」
根宮「、、、うん!」

その時僕は、あれほど考えていたサンタさんのことなど、すっかり忘れていた。

おわり。

                   アパート

住民達「え!!終わり!?」「デートはどうだったんだ!」「教えてくれよ染瀬君!」
染瀬「デートはしたさ。ただ、まぁそのあとにね、、、」
住民達「そのあとだよ、そのあとを知りたいんだよ!」

大家「うるさいぞ!お前たち!!」
住民達「びくっ!!」
大家「わからんのか!?染瀬がここで話を切り上げた真意が!この後、、染瀬は、、染瀬は、、恋に、恋にやぶれたのさ、、、」「思い出くらい良い所で終わらせてやろうぜ!」「なあ明石、お前もそう思うだろ?」
明石「てか、あんたそんなキャラだったっけ、、?」「ていうか意外だったな染瀬、根宮さんとそんな関係だったとは」
染瀬「黙ってて悪かったね」

住民達&大家「、、、え!?」「君達同じ小学校だったの??」
明石「あれ、言ってなかったっけ?」「いや~懐かしいな、あと二人仲が良かった友達がいてさ、四バカ兄弟なんて言われてたな」
染瀬「いや僕はそこには入っていないはずさ、明石君達三人で三バカ兄弟だったはずだ」
明石「あれ、そうだっけ?」「まあいいや、そういえば根宮さんて三学期の頃あまり学校に来なかったよね?」
染瀬「、、、ああ。それは僕が原因さ」
明石「そうだったのか、まあ話したくなさそうだし聞かないけどさ」

住民達&大家「おい!お前たちだけで完結するな!」「俺たちにも教えろ!」

染瀬「まぁ、機会があればね」

                     完

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

恋のお話を書くにはどうやら、まだまだ勉強が必要そうです。また機会があれば挑戦するかもしれません。

それと最後にお嬢様、お坊ちゃま、良いお年をお迎えくださいませ。

クリスマス

12月中旬、街は色とりどりなイルミネーションに彩られていた。それに引き寄せられるように辺りにはプラトニックな男女が溢れ、寒風吹きすさぶ冷たい季節に、安らぎの温かさをもたらしていた。

 そんなクリスマスシーズンに期待を寄せる町や人々を余所に、「我、浮いた催しには一切関せず」といった面持ちのアパートが町外れに建っていた。ごつごつとした錆びれた外壁には部屋の窓ガラスが等間隔に設置されており、全ての窓が色あせたカーテンで閉め切っていた。それは多分ここの住人も、このアパートに相応しい、孤独に打ち勝てるもののふしかいないのだろうと一目で感じさせた。ちなみに明石太郎(あかし たろう)もその一人である。

 そんな女っ気が一切無いアパートだが、うっすらと華やかな雰囲気に包まれる時が2つある。

 まず一つ。この辺りには素行の悪い野良猫が多く、近辺のお店の魚を盗んだり、ゴミを漁り散らかしたり、一昼夜喧嘩したりと、この地域の住人たちを困らせていた。そして何故だかは分からないが、偶にアパートの前に多くの野良猫が集まる時がある。そしてニャンニャンゴロゴロと、まるで皆で論争しているかのように鳴きだすのだ。

 住人たちには迷惑な話だったが、その猫たちに興味を惹かれた人々がいた。通行人の女性と子供である。どうやら猫たちがしゃべるように鳴いている姿に心を奪われたらしい。そして誰かが猫に近づこうとすると決まって猫たちは「シャー!!」と威嚇する。しかし彼女たちには全くの逆効果だった。より一層猫をもふもふしたい衝動に駆られ、最終的に猫たちは逃げるか、されるがままにもふもふの刑に処されるのだった。

 それでも猫たちは定期的に集会をし、さらに多くの女性と子供を魅了した。初めはアパートの住民たちは迷惑がっていたが、女性、子供、猫という錆びれたアパートに訪れるひと時のオアシスに惹かれ、散歩をするフリをして見にいった。ほとんどの者が実際は「女性と話したい」という理由だったが、誰一人として歴史的一歩を踏み出せずにいた。少し話が逸れてしまったがこれが一つ目だ。そして二つ目は染瀬清一(ぬりせ しょういち)の存在である。

 
 その日、染瀬清一はこたつでぬくぬくしながら感慨に耽っていた。
「今年もあっという間だったなぁ。しかしこの一年も色々なことがあった」「とりわけ思い出すのが明石君と大家さんとの家賃戦争だな」

 染瀬清一。好きな言葉は「和を以て貴しとなす」彼はすらっとした細めの体型で争いを好まず、人当たりの良さが体中から醸し出されていた。さらに至誠な眼の奥には知的な脳みそが隠れており、先の家賃戦争では、明石太郎の大立ち回りの裏で的確なサポートを施していた。

 ”どんどん”突然、染瀬の住む102号室の扉が叩かれた。
「おーい染瀬、いるかい?」今度は扉の向こうから屈託のない声が聞こえてきた。
「鍵は開いているよー」染瀬がそう言うと、満面の笑みの明石太郎が入ってきた。
「おっ!こたつかい?いいねぇ、私にくれよ」
「残念ながらそれは出来ない相談だ。このこたつは僕が知る限り最もぬくいこたつだからね」「まぁ温まりに来るのはいつでも歓迎するよ」「それより明石君、君の表情から察するに、また何か面白いことでも見つけてきたのかい?」
「そうだった!今年最後の交流会の日時が決まった。是非、染瀬にも参加してほしい」
 このアパートでは年に数回、住民同士の交流会が行われていた。お酒を飲みながら談笑したり、時には麻雀や、鍋をつついたりしていた。最近では改心したアパートの大家さんも参加していた。

「勿論参加するよ。で、日時は?」
「12月24日、23時から」
「クリスマスイブじゃないか。今年も皆、浮いた話はないらしいな」
「あたりまえだ!我々をなめるなよ!」
「いや、自信満々に言われても、、」
「だから今回も染瀬の”必殺話”を皆期待している!」
「分かった、楽しみにしていてくれ!」そう、この染瀬の”必殺話”こそが前述の二つ目であった。

 染瀬清一の良き人柄は少年時代から発揮されていた。それは男友達だけでなく女の子からも評判で、それが時に恋愛感情に進展することもあった。つまり染瀬清一は今でこそ特別な人はいないが、このアパートでは珍しい、人並みに恋愛経験がある男だった。
 そして皆が熱望している”必殺話”とはその体験談を語るいわゆる”恋バナ”であった。

「では染瀬よ、詳しいことが決まり次第また報告しに来るから首を洗って待っていたまえ」そう言うと明石太郎は去っていった。

前編完

※ちなみに、ぬりせの「ぬり」に「塗」ではなく「染」という漢字を使っているのは、私が漢字の読み方を勘違いしていたから、というのはここだけの話です。

終わり。

釣り

ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様。

最近鑑賞した映画は「恋におちたシェイクスピア」明石でございます。
久しぶりのロマンティックコメディは良いものでございました。

先日、私は海へ行ってまいりました。理由は勿論「釣り」でございます。

”いやぁ~、今回もとても面白うございました”

いったい釣りの何が面白いのか(特に私は海釣りが好きなのですが)
やはり一番は魚が餌に食いついた瞬間でございます。一体どんな魚が掛かったのか?その魚の引き具合や投げたポイントによって「あれかな?これかな?」と想像し、そして釣り上げた時に想像を超えた魚が掛かっていた時が最高の瞬間なのです。
この何が釣れるか分からないドキドキ感は、お嬢様も分かってくださるのではないかと存じます。
(ランダムブロm、、、ゴホン、ゴホン。失礼いたしました)

そして先日の釣りでもこの瞬間がございました!
それはその日一番の引き。少しでも力を緩めると、あっという間に岩陰に逃げられてしまいます。そういう時は釣り竿を90°にして保ち、潜られないようにとにかく我慢!そして魚がおとなしくなった瞬間全力でリールを巻きます。

長いようで短い、魚とのファイト。私はなんとか釣り上げる事に成功しました。
その時釣り上げた魚が下の写真です。

これはアイゴという魚で、防波堤で釣れる魚では比較的大きく(この写真は30㎝前後)力も強いのでアイゴとのファイトはとても面白いのですが、実は釣り人達からは人気が無い魚なのです。

何故かというと一つは臭みが強く食べるなら下処理が必須という事。そしてもう一つ、写真でもわかる通り背ビレ、腹ビレ、臀ビレに鋭いトゲがあり、しかも刺されると激しい痛みに襲われる毒があるからなのです。
つまりアイゴは釣るまでは良いが、釣った後の処理が非常に面倒くさい魚なのです。

しかし「釣った魚を食べる」というのも釣りの醍醐味でございます。なので私はアイゴの下処理をする事にしました。まずアイゴが暴れないように気を付けながら、毒ビレをハサミで切り始めました。もし刺されれば折角の楽しい一日が台無しになってしまいます。
ザクザクとハサミを進め、背ビレが終わると臀ビレを、丁寧に処理していきました。そして何とかトゲに触れることなく切り終わりました。
ここまで来たらあとは内臓とエラと血合いを取り除くだけ!これは召し上がるならどの魚でも、釣った後に出来るだけ早く行うのがおススメでございます。

そんなこんなで楽しい時間も終わり、後片付けを済ませると、私は釣り場を後にしました。
ちなみに生の魚はすぐに傷んでしまいますので、冷やして持って帰りましょう。参考までに私のやり方はクーラーボックスに海水と氷を入れてその中にいつも魚を入れております。

自室に戻ると早速魚を調理いたしました。下処理をしたアイゴの他にカサゴやメジナなど、ぱぱっと三枚おろしにします。そして今回はアイゴをお刺身に、その他を竜田揚げにしました。竜田揚げはその晩頂き、お刺身は一日寝かせることにしました。

お刺身で頂く場合、直ぐに食べるか一日寝かせるかは人それぞれかと存じます。私は食感を楽しみたいなら直ぐに、味に深みを出させるなら一日置くのが良い気がします。

最後になりますが調理したお魚は全部美味しく頂きました!
アイゴのお刺身も意外と臭みが無く、真鯛と比べても遜色ないくらい美味でございました。私だけ頂くのも申し訳ないので、お嬢様にも召し上がっていただきたかったですが、大旦那様の許しが出なかったので、今回は断腸の思いでお刺身の写真を掲載して終わろうかと存じます。

それではお嬢様、失礼いたします。

追伸、写真を撮るのは中々に難しゅうございます。

終わり。

カサゴのギョナサン2

ギョナサン・ブライトストンは泳ぎの研究を再開した。さしあたって次なる目標は曲技飛行ならぬ曲技遊泳の会得だった。

 ギョナサンは「なぜ魚は直線的にしか泳ごうとしないのか」と、昔から思っていた。上下左右ジグザグに泳いでみたり、後方に進んでみたり、可能性は無限大にあるはずなのだ。

 ギョナサンは練習を始めた。そして今回は他の生物の観察も同時に行った。クラゲ、えび、たこ、イカ、色々な生き物の泳ぎ方や動き方を参考にし、次々と新技を開発することに成功した。さらに今までの経験と練習によって、それらの技を簡単に体現できることにギョナサンは深い喜びを感じた。

 この広大な海の中で、水中宙返り、スクリュー、後方一回転、ギョナサン流キューバンエイトを決められる魚はギョナサン以外一匹もいなかった。

 ある日ギョナサンがいつものように練習に勤しんでいると、ある変化に気づいた。若いカサゴ達がこちらを見ていたのだ。勿論、蔑むような目で見られることは昔からあったが、それとは様子が違うようだった。好奇の眼差し、さらには憧憬の念を抱く者もいた。

 その数は日に日に多くなっていった。10匹、20匹、30匹と、、、ギョナサンは思った「曲技遊泳はエンターテインメント性に富んでおり、傍から見てもきっと楽しいものなのだろう」
 
 そしてある時、一匹の若いカサゴが話しかけてきた。「僕にもその技術を教えてください」ギョナサンは驚いた。「ダメでしょうか?」彼はギョナサンの返答を待たずに尋ねた。

「、、、わかった、いいだろう。しかし曲技遊泳は極めてきけn、、」「待ってください!!」
 なんと、そのやり取りを聞いていた他の若いカサゴ達も一目散に集まってきたのだ。

「僕も!」「俺も!」「私も!」
「待て待て落ち着け」「いいか君達、曲技遊泳は極めて危険だ。つまり練習は相当ハードになると予想される。それでも耐えられるのか?」ギョナサンは冷静に答えていたが、内心は少し喜んでいた。初めて自分以外に泳ぎを極めたいと思うカサゴに出会えたことに。

「はい!もちろんです!」そしてギョナサンによる泳ぎの指導が始まった。

 初めはヒレの使い方や水平遊泳など基礎から教えていった。最初は地味な練習に不満を漏らす者も現れたが、そんな声も次第に無くなっていった。若さゆえか皆真面目に練習し、新しい課題を求め、どんどん覚えていった。

 ギョナサンは嬉しかった。自分の教えた事を熱心に取り組み、広まっていく。なにより自分と同じように泳ぐことが楽しいと思うカサゴ達がこんなにいたことに感激した。

 数週間後。ここら一帯の若いカサゴ達は、曲技遊泳を身につけていた。彼らは一匹一匹個性があり、時にはギョナサンをも驚かせるカサゴもいた。

 例えばクリス・マートンは曲技遊泳の才能が著しく、最も難易度が高いギョナサン流キューバンエイトを最速で成功させ、今ではギョナサンさえも考えつかなかった技を開発していた。

 やんちゃなアニー・キーディスは最もギョナサンに怒られた生徒と言えよう。しかし彼はあの最速遊泳記録を樹立した様子を隠れて見ていたらしく、それに憧れてスピードばかりを追及していた。アニーが自分の持っている記録を塗り替えた時は悔しかったが、嬉しくもあった。

 そして一番初めにギョナサンに声をかけたトム・ヨースターはとても勇気があるカサゴだった。海流を使った訓練など誰もが躊躇してしまう場面で、先陣を切って取り組んでいた。またギョナサンの補佐を率先して行っていた。トムとはこの期間で一番話したかもしれない。

 ギョナサンは一人で訓練していた時とは違う感動で溢れていた。そして最も充実した日々を過ごしていた。

 ギョナサンの指導が板についてきた頃、群れの長から呼び出された。「多分、最近の活動が評価されたのだろう」ギョナサンは嬉々として長のもとに向かった。
 
「来たかギョナサン・ブライトストン」
「族長、おまたせしました」そこには長以外にも幹部と呼ばれる大人たちも集まっていた。
「今回君を呼んだのは他でもない最近の活動についてだ」
「はい!」ギョナサンの声は歓喜に満ち溢れていた。

「ギョナサン、今行っている活動を即刻中止しなければ、君をこの縄張りから永久に追放する」

ギョナサンは頭が真っ白になった。
「え!?いったいなぜですか?」
「君の活動は今後群れに危険を及ぼすと判断されたのだ」
「、、、、」
「つまりこのまま活動を続けると、、、」ギョナサンは放心状態になりながら、長の話を聞いていた。

15分後
「先生、どうかされました?」いつもと雰囲気が違うギョナサンにトムが心配そうに声をかけた。
「、、、トムか、いや何でもない。すまんが今日は自習練習をしててくれ」
「わ、わかりました」トムはあえて何も聞かずに快諾した。
「悪いな」

 その夜ギョナサンは眠れずにいた。

 ギョナサンは落ち着きを取り戻していたが、そのせいか「長の言っていたこともあながち間違っていないな」と、感じていた。

 長が言うには、このまま自由にたくさんのカサゴ達が泳ぎ回っていたら、サメなどの天敵に見つかってしまう恐れがある。ギョナサンと共に早く泳ぐ術を身に付けた者はいいだろう。しかし生まれたての幼い子供や長のような老魚はそんなわけにもいかない。
 さらにはそんな生物がやってきたら他の種族にも影響を及ぼし、我々だけではなく、この楽園そのものが危険にさらされる。

 少し前ならそんな事に聞く耳を持たなかった。しかし、トム達との出会いでギョナサンの心も大きく変化しており、それが彼を迷わせていた。
 期限は明日の朝。ギョナサンは決めなければならない。活動を中止し、普通のカサゴ達のように生きるか、それとも永久追放か。

 次の日

「族長!いったいどういうことですか!?先生が、いやギョナサンが永久追放されたというのは」
「聞いたかトムよ」

「あんなに偉大な方を追放するなど、おかしいじゃないですか!」
「もう決まったことだ。彼はもう帰ってはこない」
「、、、」
 その後、長から全てを聞いたトムは、共に泳ぎを学んだ仲間たちに伝えた。

「そうか、そんなことが」
「仕方ないとはいえ、酷い話じゃないか」
「先生も僕たちに相談してくれればよかったのに」

「でも、先生は何か新しい目標ができたんじゃないかな」
「トム、それはどういうことだい?」
「ほら族長が言っていた、先生の最後の言葉」

”この泳ぎで世界を見て回ります”

「だから僕たちも先生から学んだことを、なんとかして伝えていこうよ!」

 ギョナサンから学んだ生徒たちはギョナサンの意思を他のカサゴ達にも伝えるよう努力した。ギョナサンのことを完全に否定する者があまりいなかったこともあり、それは徐々に広まっていった。
 そして数年後、ついに長や幹部たちを説得し「法と制限の範囲であれば自由に泳いでもよい」と自由への一歩を踏み出した。

 時を同じくして世界中の海域で、あるカサゴの噂が流れ始めた。

後編完


                    

           われらすべての心に棲むカサゴのギョナサンに

後日譚

 今日もカサゴのポコピーは泳ぎの特訓をしていた。

 ポコピーはあるカサゴの伝説を信じ、いつも一生懸命泳いでいた。しかし周りのカサゴ達はそんな彼を、いつも小馬鹿にしていた。

「おいポコピー!今日もくねくね泳ぎの練習かい?笑」
「そんなことして何になるってんだい!笑」

「うるさいぞ!君たちは伝説のギョナサン・ブライトストンを知らないのか!」ポコピーは精一杯声を張り上げて言った。

「お前そんな伝説、信じているのか?」
「馬鹿な奴だなぁ笑」
「大人たちはみんな言っているぜ、あれは昔からある、おとぎ話だって」

「そんなことない!伝説は本当さ!」

「どこの世界に回遊魚より速く泳げるカサゴがいるってんだ!」

「いたさ!それにギョナサンは速いだけじゃないぞ」
「例えば、え、えーと、、、そうだ [きょくげいおよぎ]だってできたんだ!こんな風に」ポコピーはしっぽをピョコピョコ動かしジグザグに泳ごうとした。

「わはははは!」
「またくねくねしてるぞ!」

 ポコピーが必死に泳いでいると”ゴツン!”何かに頭をぶつけた。
「いてててててて、、あっ、ごめんなさい」どうやら別の泳いでいたカサゴにぶつかったらしい。

「ポコピー、そんな変な泳ぎをしているからぶつかるんだよ笑」
「でも、あんなカサゴ見たこと無いな。それに体中ボロボロだぞ」そのカサゴの鱗は剥がれており、ヒレも所々傷ができていた。

 ポコピーも驚いていたが、なぜかその姿に懐かしさを感じていた。
「あのー、どこかであったことありますか?」ポコピーが聞いた。

「いや」「君は泳ぎの練習をしていたのかい?」
「は、はい。あのギョナサン・ブライトストンのようになりたくて」

 するとそのカサゴは静かに笑った。そして次の瞬間、目の前から一瞬で消え、いつの間にか水面ギリギリまで移動していた。

 遠くで見ていたいじめっ子のカサゴ達は何が起きたのか分かっていなかった。しかしポコピーは確信していた。
「今、絶対に泳いでいた!!!」「あ、あなたは何者なんですか?」大声でポコピーは聞いた。
 
 すると今度は海底にものすごいスピードで泳ぎ始めた。しかも途中で前後左右、何回転も回り、渦巻き状にも泳いでいた。そしてまた一瞬の内にポコピーの前まで来ていた。

「どうやったのですか!?」
「今のはただの戯れさ。カサゴの限界を突破し、途中で[曲技遊泳]を組み合わせただけのこと。君もやってみるかい?」
「はい!」そしてポコピーはある確証と共にその者の名前を尋ねた。

「私かい?ギョナサン・ブライトストン。ギョナサンとでも呼んでくれ」

                       完

カサゴのギョナサン

夕暮れだ。今日も騒がしい海に、夜の帳が下りようとしている。

 ここら一帯の沖合は、水面から大きく飛び出すほどの岩礁がいくつもあり、常に潮の流れが活発であった。プランクトンや甲殻類は豊富で、それらを食べる小魚にとっては絶好の海域であり、さらにそれを食べる大きな魚達はここを楽園と呼んだ。

 岩礁は住処としても優秀であった。魚達は知る由もないが複雑な潮流は漁船を決して近づけず、岩礁の岩陰や無数の珊瑚は絶好の隠れ家となっており、サメ等の天敵からも守られていた。

 つまりこの楽園に住む大きな魚達は、毎日安心して美味しい餌を食べ生きているのだ。ただ一匹を除いて。

 今日もカサゴのギョナサン・ブライトストンは眼下に広がる餌には目もくれず泳ぎの練習に夢中になっていた。
 普通、魚は食べるため、逃げるため、生きるために泳ぐものだが、ギョナサンにとって重要なのは泳ぐことそれ自体だった。彼は泳ぐのが好きだった。

 ギョナサンは特に速度を追及しており、「どうすればよりスピードが出るのか」という事ばかりを考えていた。普通に泳いでいてもカサゴの域を抜け出せない、ではどうすればよいか。

 まずギョナサンは、しっぽの振り方や背ビレの角度を変えながら、朝晩問わず何度も泳いだ。するとある日を境に、だんだんと速く泳げるコツを掴みだした。
 どうやらしっぽの動きは振る回数よりも、一定のリズムを崩さない事の方が大切らしい。そして背ビレは、速度によって角度を微妙に調節することが重要であるという事を彼は知った。

 次に、ギョナサンは海流を利用しようと考えた。これはとても難しく、気を抜くと流されてしまう。さらには、ただ泳いで乗るのではなく、先ほどの動きを取り入れなければならない。何度も失敗した。しかし彼は諦めなかった。

「要はバランスが大切なのだ。バランスが崩れると体が傾き、泳ぐどころではなくなる。つまり最も水の抵抗を受ける頭を正確に保てれば、バランスを失うこともないはずだ」そこからの上達は恐ろしく早かった。
 そしてついにギョナサンは海流での泳ぎをマスターし、カサゴ界の最速遊泳記録を大幅に更新した。

 しかし成功の裏には大きな犠牲もあった。ギョナサンの体はハードな練習によりボロボロになっていたのだ。鱗は所々剥がれ、ヒレも傷ができていた。また、ろくに餌を食べずに練習していたので体はやせ細り、そして群れの仲間達からは距離を置かれていた。

 ある日、群れの長から「ギョナサン、少しは他の仲間達を見習って、海底でじっと餌を待つことはできないのか」と怒られた。それからの数日間ギョナサンは素直に従い、海底で餌をじっと待ってみた。
 だが、やはりギョナサンには耐えられなかった。

「小魚や小さいカニを待って現れなければちょびっと移動して、また待つ。それの繰り返し。これに何の意味があるというのだ。時間の無駄だ!」ボケっと口を開けている仲間達を余所に、ギョナサンはまた泳ぎ始めた。

前編完

今回も長くなってしまい、勝手ながら途中で区切らせていただきます。申し訳ございません。
そして今回の内容に関しても、「ぱk、、、パロディかな」と察してくださったお嬢様、温かく見守っていただければ幸いでございます。

終わり。

秋の一日

秋分の日

日本国民の祝日の一つであり、祝日法により天文観測による秋分が起こる秋分日が選定され休日とされる。通例、9月22日から9月23日ごろのいずれか1日。

しばしば昼が短くなって「昼と夜の長さが等しくなる日」といわれるが、実際は昼の方が少し長い。

執事ペディア

「ふむふむなるほど、、、つまりまだお昼の時間が長いのか」
 秋分の日を調べ終えると、明石太郎(あかしたろう)はふかふかの布団に寝ころんだ。
「お昼の時間が長いということは、日が昇り暑い時間帯もまだまだ長いということ、、、」
「最悪ではないか!!!」
「ん?デジャブか!?前にもこんな事があったような、、、」時間は午前一時を回ったところ。

「とは言えこれからは、気温が下がっていくだろう。つまり寒い日に着る服を買わなければならない」
 明石太郎はふと茶棚に目をやった。ガマちゃんは今日もぺちゃんこだった。

「ふっふっふ。想定済みよ!」明石太郎は落ち着いていた。
「こんな事もあろうかと、夏の間にへそくりを貯めておいたのさ!」
「甘いよガマツグ、私を残念がらせようとしたって」

「アリとキリギリスって知ってるかい?遊んで暮らしているだけじゃダメなのさ!今どきの男は冬に向けて準備しているのが格好いいんだ」明石太郎は押入れの奥底からへそくりを取り出した。
「へへへ、8千円もある。これだけあれば洋服以外も買えちゃうぞ!早速明日お勤めが終わったら、買い物に行こうかな」明石太郎は遠足前の小学生の気分を久しぶりに味わっていた。

「なんだかテンションが上がってきたぞ。そうだ、先日染瀬に頂いたお酒を飲もう!」
部屋の隅に置いてあった一升瓶を手元に引き寄せ、小さなガラスのコップに注いだ。

「とても飲みやすい」と言っていたけれど、どうだろうか?
 明石太郎はお酒が得意ではなかったが、ゆっくりと口を近づけた。
「ズズズズズ、、、ん!?ゴクゴク、、、プハ~」
「すごい!水みたいだ。フルーティーな風味でさっぱりとしている一方、味に深いコクがある」どうやら明石太郎は気に入ったようだ。そしてガマツグと酒盛りを始めた。

10分後
「おいガマツグ、今更そんな顔をしてもお金を入れてやらないよ」

1時間後
「いや、実に美味しいお酒だ、、、何?君も何か飲みたいのか?」
「ではこの百円玉をお口に入れてやろう!がはははは(笑)」

2時間後
「君とは何年の付き合いになるだろう、、、今までありがとな。グスン(泣)」
「これからは頑張って君を太らせてやるからな(泣)」

3時間後
「やはり君が悪いんだ!君がもっと固く口を閉じていれば私は浪費せずに済むのだ(怒)」
「明日、貯金箱を買ってきて、君なんてインテリアにしてやる!!」

、、、そして数時間後
「むにゃむにゃ、、、どうやら寝てしまったか」「、、、今何時だ」

「、、、、、13時」「!!!!」

「やばい!遅刻だ!!急がなきゃ!」
 そんな明石太郎をよそ目にガマツグは、ぷっくりと佇み、心なしか笑っていた。

その後、明石太郎はとびっきりの言い訳を考えてお勤め先に臨んだが、真っ赤な顔と酒臭さの前には、どんな言い訳も通用せず、上司の顔を何倍にも膨らませた。

終わり。

※明石太郎と明石は別人でございます。

怖い話

明田 太郎(仮名)さんの投稿

 これは数ヶ月前の出来事です。

 その日は珍しく仕事が定時で終わり、帰って一杯やろうかと考えていました。ただお酒だけでは物足りないので、「つまみに映画でも」と思い立ち、近所のビデオ屋に寄ることにしました。

 私は映画好きだったこともあり、そのビデオ屋にはよく通っていて、店長とも仲良くなり映画について語り合ったりしていました。

 しかしその日は、いつもレジカウンターにいるはずの店長がおらず、代わりに見たことのない30代後半くらいの男がレジカウンターで俯きながら何か作業をしていました。

「あれ?今日は休みかな」と思いつつも、その男に「店長、いらっしゃいますか?」と聞いてみると、男はゆっくりと顔を上げ、ボソッと「いいえ」とだけ答え、また俯き作業を始めました。普段なら「愛想悪いなぁ」と思うのですが、その時だけは変な違和感を覚えました。

 まずその男の顔ですが、とても特徴のない顔で肌は青白く、目も虚ろで焦点がどこにも合っていない印象を受けました。さらによくよく店内を見回すと他のお客さんが一人もいないのです。

 確かに、このお店は大型チェーン店などとは違い、この地域にしかない小規模なお店でしたが、それでもこの時間帯ならそれなりにお客さんもいるはずなのです。

 何か冷ややかな空気を感じましたが、気にしてもしょうがないので借りる映画を探し始めました。5分くらいして「あっ!そういえば前借りれなかった映画あるかな」と前回の記憶を思い出し、置いてある棚に向かいました。

 見てみると空のケースしか置いておらず、「もしかしてずっと返し忘れてるんじゃ、、」と思い、気は進みませんでしたが、あの店員に聞いてみることにしました。レジカウンターの方へ振り替えると、
私は思わず”ギョッ”としてしまいました。

 そこにはあの店員が、体は正面のまま頭だけが違う方向を向き、一点を凝視していました。その時だけは焦点が合っていたような気がします。

 その光景に一瞬固まってしまいましたが、何を見ているのか興味が湧き、店員が見ている方向に目をやりました。そこには(中古品販売)と書かれた棚に古いDVDが置いてありました。

 私は店員のことなど忘れ、何かに魅入られたようにそこに近づきました。その時点であのDVDを手に取るのは必然だったのかもしれません。

 置いてある品はB級映画や聞いたことのないアーティストのライブ映像など様々ありました。なんとなくその棚を見ていると、一つ奇妙なDVDが目に留まりました。真っ黒なケースに赤い文字で「怖い話」と、書いてありました。

 私は斬新なパッケージに興味を惹かれ、購入することに決めました。レジカウンターに向かうとあの男はまた俯いていました。「すみません。これ下さい」そう言うと店員はゆっくり顔を上げ、「○○円です」とバーコードも読み取らず、ボソッと呟きました。

 その瞬間、「この店員が見ていたのは棚全体ではなく、このDVDだったのではないか」と思い、借りるのを躊躇しましたが、なおさら何が映っているのかという好奇心の方が勝り、会計を済ませました。

 家に帰るとまずお風呂に入り、軽い晩御飯を済ませ、あのDVDを見ることにしました。買ってきたビールを開け、「怖い話、、、ホラーだよな」そう思いながら再生し始めました。私はホラーが苦手ではなかったのですが、ビデオ屋での出来事と相まって、ちょっとビビっていました。

 映像はメニュー画面も何もなく、いきなり本編が始まりました。

 映っていたのはどこかの森の映像、よく見ると真ん中に古い井戸があり、思わず「リ〇〇?」と声を出してしまいました。しかしその有名な映画とは違って、一向に何も起こりません。一応時間は経過しているようで、静止画ではありませんでした。

 5分経っても何も起こらず、気持ちも冷めてしまい、「消そうかな」とリモコンのボタンに手を伸ばした時「ペタ」と何かの音がテレビから聞こえてきました。

 慌ててテレビを見ると井戸の縁に手が掛かっておりました。そして次第に井戸の中から白いワンピースを着た女性が這って出てきたのです。
「うわっ!!!」私は声を荒げてしまいましたが、一旦落ち着いて見届けることにしました。

 女性は少しづつ井戸から出てきており、完全に出ると今度はゆっくりとこちらへ近づいてきます。

「、、、まさかな」

 画面の中の”それ”は、おぼつかない足取りで近づいてきます。一歩、二歩、、、

 残り十歩ほどの所まで来てしまいました。

「まさか、、偽物だよな、、、、」

 九歩、八歩、七歩、、、そのあたりから何か本物めいたものを感じ始めました。

「ま、ま、待ってくれ」しかし”それ”は止まりません。そしてゆっくりと青白い手がこちらに伸び始めました。

「もう無理だ!!!止めよう!!」そう思い、停止ボタンを押そうとした瞬間

「ガガガガガ、、、、」と、テレビから故障音が鳴り出し、そこで画面も止まってしまいました。
「、、、こ、故障?」「それとも、終わった、、、のか?」「何はともあれ助かった」
 
 丁度”それ”が画面に触れるくらいで映像は止まっていました。

 私は落ち着きを取り戻し、気が抜けると、何だか催してきました。「取り合えずトイレに行くか」そうしてビデオをそのままにし、部屋を後にしました。

 帰ってくると映像はまだ井戸の画面で止まったままです。
「ふー。今日はもう寝よう、、、、、、、、あれ?、、あの女性は?」テレビには森と井戸しか映っておらず、あの女性はいませんでした。
「まだ続きがあったのかな?」私は深く考えるのをやめ、眠りにつきました。

 次の日、私は朝早く出社すると、早速同僚のAに昨日の出来事を話しました。
私「本当なんだって!〇〇グみたいな映像でさぁ」
A「どうせ、誰かが作った偽物だろ」
私「まぁそうだけど、本当リアルなんだって!そうだ今日仕事終わったら、うちに見に来いよ!」
 Aは中々首を縦に振りませんでしたが、私の熱弁に負け、泣く泣く承諾しました。

A「わかったよ、終わったら行くから。そのかわり酒でも奢れよ」
私「よし!絶対面白いから、期待しとけ!」昨日の出来事が嘘のようにわくわくとした気持ちで、仕事に取り掛かりました。

 思ったよりも早く仕事が進み、今日も定時くらいで帰れそうでした。
私「A、終わりそうか?」
A「まだもう少し掛かりそうだ。まぁ、切りの良い所で終わらせるから、先帰って準備しててくれ」
私「わかった!酒も買っとくよ!」そう言い残し、会社を後にしました。

 スーパーでお惣菜やビールを買い込み家まで歩いていると、途中あのビデオ屋の近くを通りました。
「そういえば今日は店長いるかな?いたらあのビデオについて聞きたいな」そう思い、立ち寄ろうかと考えましたが、今日はAが来るのでまた時間のある時に寄ることにしました。

「ガチャ」鍵を開け家に入ると、早速買ってきたお惣菜を用意しました。「いやぁー見てたらお腹空いてきたな、、Aには悪いけど先に一杯やろうかな」私はビールを一本取り出し、先に頂くことにしました。

「ゴク、ゴク、ゴク、、ぷはぁ~」「仕事終わりのビールは最高だ!」

「ゴク、ゴク」「ゴク、ゴク」「ペタ」「ゴク、ゴク」「ペタ」

「あれ?」ビールを飲む音の合間に何かが歩いている音が聞こえてきました。その音は隣の部屋から聞こえてきます。そして、こちらへ近づいていました。「ペタ、ペタ」「ペタ、ペタ」「ペタ、ペタ」

「ガチャリ」

 その音は明らかに隣の部屋を開けた音でした。そしてその音と共に汗がブワッと吹き出しました。
「嘘だろ!!、、、まさかあの時」考えたくはありませんでしたが、「昨日画面から女性が消えていたのは、映像が進んだからではなく、画面から出てきたってこと!?」

「ぷつん、、、」そんな事を考えていると今度は部屋の明かりが消えてしまいました。
「うっっっ、、、」いきなりの停電に叫びそうになりましたが、今叫ぶと位置がばれてしまうと思い、声を押し殺し、慌ててテーブルの下に隠れました。

「ガチャリ」今度はこの部屋の扉を開ける音がしました。
 そして「ペタ、ペタ、ペタ」もう、すぐ近くにいるような気がします。「やばい、、逃げないと」しかし足が震えて力が入りません。「くそ、動いてくれ」そう思った刹那

「プルルルル!」近くに落ちていた携帯が鳴り出しました。件名はAと表示されていました。

「A!!」そう喜んだのも束の間、携帯の光に照らされた”あれ”が、目の前に現れたのです。

 真っ赤な口がニヤッッッと笑っており、目は白い部分が無く、真っ黒で穴が開いているようでした。しかし焦点は私と合っているような気がしました。

「うわぁぁぁぁぁ!」私は急いでそこから走り出しました。「早く外へ出なきゃ!!!」体中を壁にぶつけながら、玄関に向かいました。

 ところが玄関に向かっているはずが、違う部屋に辿り着いてしまうのです。
「あれ!?なんでだよっ!」
 寝室、トイレ、洗面所、そして最初にいたリビングと、いつまでたっても着きません。

 さらに「ペタ、ペタ」と、ゆっくりとした足取りのはずの”あれ”が、常にすぐ後ろにいるような気がします。「dzxぇxyあ」と、何か言葉らしきものも聞こえてきました。

「もう、、無理だ、、」そう諦めかけた時、「ピンポーン」と、インターホンが鳴りました。
「ハッ」と、その音で我に返ると、手で何か金属に触れているのに気づきました。それは、玄関のドアノブでした。いつの間にか扉の前まで来ていたのです。

 私は急いで鍵を開け、外へ出ました。
A「どうしたんだよ、部屋も真っ暗で。電話したんだぞ!」
私「A!!あ、あいつが、、あれが、、」「お前の家に泊めてくれ!」「きょ、今日は!!」
 
 その時のAは私が何を言っているのか、さっぱり分からなかったそうですが、私の様子があまりにも変だったので、私を取り合えずAの家に連れていってくれたそうです。(その事は全然覚えていませんでした)

 翌日、私はずっとAの家に居るのも申し訳ないので、あのビデオ屋に行くことにしました。ビデオ屋に着くとその日は店長がいました。

店「あれ、久しぶりじゃない」
私「あの、、今日はお聞きしたいことがあって」私は一昨日ビデオ屋に来てからの事を店長に話しました。

「ん~、おかしいなぁ、そんなDVD置いて無かったと思うが」そう店長は言うのでした。そしてあの時いた30代後半くらいの店員のことも、知らないと言うのです。

 その後、私は店長を連れて自宅へ帰りました。扉を開ける瞬間「あの顔がまた目の前に現れるのでは」と思いましたが、それも杞憂に終わり家には誰もいませんでした。DVDはまだ置いてあり、再生してみましたが、砂嵐の「ザザザ」という画面しか映りませんでした。

店「確かにパッケージには、うちで取り扱ってるマークが刻印されてるな、、、」「取り合えずこれ、近くのお寺に持っててみれば?」私は頷き、お寺で供養してもらうことにしました。
 
 お寺に着きお坊さんに渡し事情を話すと、すごく怪訝な顔をされました。ですが供養が終わると「もう大丈夫です」と言われ、さらに「しかし一年くらいは、あなたが見た”何か”が近寄らないように、これを持っていてください」と、紐の束のような物でできた人形を渡されました。

 それからは人形の効果もあってか、普段通りの生活をしております。

〈追記〉

 そういえば二つほど話してなかったことがあります。

 一つは、あの時Aがすんなり私の事を受け入れてくれた理由ですが。私の様子の他に、私が扉を開け出てきた瞬間、聞いたことのない掠れた女性の声で「で、れ、た」と聞こえ、今私の家に入るのは、まずいと思ったからだそうです。

 そして二つ目は、「何故、数ヶ月前の事を今になって書いているか?」という事ですが。

 最近、あの人形が何処かへ消えてしまいました。そして外を歩いていると、あのビデオ屋の男に似た何者かを目撃する事が多く、必ず真っ黒の目でこちらを見ているからです。

終わり。

走れ明石3

役所入口
明「やっと着いたか、急がなければ」
19時15分を刻んだ時計を横目に、受付カウンターへ走っていった。
明「すみません。〇〇アパートか〇〇さんの名前で、多目的ホールなどの予約ありませんでしたか?」
受付の女性「!!!」「あなた何て恰好してるのですか!破廉恥極まりない!」
明「そんなことはどうでもいい!時間がない、早くしないと取り返しのつかないことになってしまう!」
受付の女性「〇〇様なら3階の中央ホールを只今ご利用中ですが、、」「あなた、その恰好では中へ通しませんよ!」
明「3階だな!」
受付の女性「ちょ、ちょっと!待ちなさい!」
その声を余所に明石太郎は走り出した。

 階段を上り、周りを見渡すと(中央ホール入口)の文字を見つけた。
明「はぁはぁ、中央ホールはあれか!」
明石太郎は入口まで駆け寄ると、扉を勢いよく開け放った。

明「大家!!!」

住民達「!?!?」
大「あれー、明石君ではないですか。今更どうしたのです?もう署名は終わりましたよ(笑)」
弁「あれが例の住民ですか。あの恰好、噂にたがわぬ阿呆のようだ(笑)」
住民達「明石くん、、、」
明「………」
明石太郎は無言で二人に近づいた。

弁「丁度いい、君も署名してください、、、ああそれと明石君の書類を見せていただきましたが、ここ数年にわたる数々の規約違反。騒音問題、ペット問題。最近では銃刀法違反で警察の方々にもご迷惑をかけたとか、、、」「まさか断るとは思いませんが、その時は分かりますよねぇ?」「早く署名したほうが身のためですよ。今だって公然猥褻で罪を重ねてるんですから(笑)」
大&弁「さあ早く!」
明「………」

役所受付
受付の女性「本当なんです!全裸の男が3階へ上がっていったんです!」
受付の男性「、、、はぁ。何かの見間違いではないですか?」
受付の女性「そんなことありません!この目で見たんですから!!」
???「あの、すみません」
受付二人「!?」

受付の女性「は、はい。なんでしょうか?」
???「全裸の紳士を見掛けませんでしたか?」
受付の女性「えっ?」「まさかお知合いですか!?」
???「はい。友人です」男は自信を持って答えた。

受付の女性「ぜ、全裸の阿保ならここへ来た後、3階の中央ホールへ行きましたよ」
???「ありがとうございます」男は速足で3階へ向かった。

受付の女性「ほら!言ったじゃない!私たちも行きましょう!」
受付の男性「そ、そうだな」

                   中央ホール

          ”バチーーン!!”ホール内にビンタの音が鳴り響いた。

 弁護士は頬に真っ赤な紅葉を咲かせ、気絶した。
住民達「!?!?」
大「な、なにをしているのだ!」
明「やかましいわ!!!」
大「!?!?」

明「家賃の問題に今までの悪政。住民や私を馬鹿にしたこと。おまけに不良達に殴られるわ、婦女子に裸を見られるわ、今日は散々な一日だ!」「それもこれも全て貴様のせいだ!覚悟しろっ!!」
大「ちょ、ちょっと待て!暴力的な解決は何も生まないぞ」「そ、それに半分くらい私には関係ないじゃないか!?」
明「うるさい!必殺の往復ビンタにて、貴様に天誅を下したる!!」
大「待て!落ち着け!!!」
明「もう遅い!!」
 明石太郎の怒りのビンタは左右に、そして上下に往復し、色々な角度から大家の顔をはたき、数分後には顔が3倍もの大きさに膨れ上がった。

???「あちゃー。平和的解決策を持ってきたのだが、少し遅かったか」
???「明石君、そのくらいで許してやりな」明石太郎は無我夢中ではたいていたが、その声でふと我に返った。

明「染瀬じゃないか!来たのか」明石太郎は手を止めて、染瀬の方へ振り向いた。
染「ああ!これを渡すのをすっかり忘れててね」
明「なんだいそれは?」
染「これは今までの悪政の契約書さ。注意深く見直してみると法律的にグレーな一文が結構あってさ。全部この弁護士が関わっているなら、悪逆を暴く良い証拠になるよ」「それとこの前のファミレスの会話を録画したテープ。平和的解決を望むならこういった物も役に立つからね」「まぁ今回は大家さんの方が早く欲しかったかもしれないね」
明「ふん!たまには痛い目に合った方がいいんだ」

染「何にせよこれで一件落着だ。この証拠を突きつければ住民達の家賃も元通りにしてくれるだろう」
明「よかったな、みんな!」
住民達「二人ともありがとう」「良かったー!」「やっぱ頼りになるなぁ」
染「でも、なにか忘れてるような、、、」

          ”バチーーン!!!”ホール内にまたビンタの音が鳴り響いた。

「この変態!!」
 声と共に明石太郎の頬に衝撃が走り、勢いよく転倒した。
明「ぐはっ、、なんだ一体!?」明石太郎がゆっくり起き上がると、見たことのある女性が軽蔑の表情でこちらを見ていた。

明「ハッ!」「ま、待て!落ち着くのだ!!!」
受付女性「もう遅い!貴様に天誅を下す!!!!!」
染「明石君、取り合えず僕の上着で下半身を隠せ!さもなければ今度は君が痛い目にあうぞ!」

 アパートのヒーローは改めて自分の姿を見直すと、その阿呆な姿にひどく赤面した。

                     完

お嬢様、お坊ちゃま、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
まさか3回に分けて掲載するとは思ってもいませんでした。
やはり文章というのは難しいものですね。

それと最後に、、、、

            太宰治先生、申し訳ございませんでした!!!

終わり。

走れ明石2

役所
住A「いやぁ心配だなぁ」
住B「大丈夫だよ。皆で反対すれば、分かってくれるよ」
住A「そうだよね、でも大家さん怖いからちゃんと言えるかなぁ、、、」
住C「怖いけど皆で頑張ろうよ」

大「皆さん!!!そろそろ席についてください!!!」
住ABC「ビクッ!」

 明石太郎は走っていた。大家に対する今までの恨み辛みを原動力とし、憤怒の形相で走っていた。

 15分ほど走り続けると、目の前に公園が現れた。この公園はとても広く、遠回りするとかなりの時間ロスになってしまう。明石太郎は迷いもせず公園内を突き進んだ。
 途中ベンチや自動販売機がある休憩所に差し掛かった時、高校生らしき少年達が煙草を吸っていた。
普段なら注意するとこだが、急を要する為そのまま横を通り過ぎようかと思ったその時、一番体格の良さそうな少年が不意に振り向き、目が合った。

「やばい」
その時の明石太郎の顔は、憤怒の形相に少々の疲労が足され化学変化が起き、その形容しがたい表情は、少年が煽られたと感じても致し方なかった。
少「喧嘩売ってんのかぁ!!」
その声を合図に他の少年たちも一斉にこちらを振り向き、明石太郎の前に立ちはだかった。

「くそう、何故会いたい時には現れず、会いたくない時に現れるのか。こうなればやけくそだ!」
 明石太郎は強引に突破すべく、少年たちに突っ込んだ。
「どけ!邪魔だ!」
明石太郎は降り注ぐパンチとキックの雨あられを必死に耐え、服を引っ張られては強引に振りほどき、倒され泥だらけになっては立ち上がり、その場を辛くも脱出した。

「体中ボロボロだ、服もほとんど破けてしまった。疲れたなぁ、、、、」
「もう間に合わないかもしれない」明石太郎は次第に弱気になっていった。
「お腹も空いてきた、そういえば朝から何も食べていない。少し休もうかな、、」
 明石太郎が諦めかけ、道端に突っ伏してしまおうかと考えた時「チリンチリン」と何処からともなく自転車のベルの音が聞こえてきた。そしてその音は「明石君、明石君」と自分を呼ぶ声に変わっていった。
「染瀬!」
「明石君、大丈夫か?洋服はどうした?」
「色々あってな。それよりどうしてここに?」
「君が無茶していないか心配だったから追いかけてきたのさ。愛と平和も良いがやはり一番は友情さ」
「さあ明石君、この自転車を使ってくれ!」
「すまん染瀬、恩に着る。」
明石太郎は最後の力を振り絞り向かうのであった。

役所
大「皆さん、お手元の契約書に目を通していただけたでしょうか?ご確認が出来次第、順次署名をお願いします」
住A「あの~、やっぱりサインしなければいけないでしょうか、、、、、」
大「別にしなくても構いませんよ。ただし、その場合は次回の更新は行わず即刻立ち退きを命じます」
住A「そ、そんな、、、いきなり言われても」
大「いきなりではありません。そうですよね弁護士さん」
弁「ええ」「Aさん、あなたの次の賃貸契約更新は7ヶ月後ですよね。借地借家法第26条では立ち退きを要求する場合、賃貸契約更新の1年~半年前に行えば問題ありません」
住A「で、でも、、立ち退きを拒否することもできるのですよね、、、」
弁「はい。ですが賃貸人、つまり大家側に正当な理由があれば拒否することは出来ません。確かあなたは一年前、ペット禁止の催告をしたにもかかわらず、数ヶ月の間犬を飼ってらっしゃいましたよね」
住A「それは、大家さんが(飼い主が見つかるまでの間、飼ってもいいよ)と、言っていたから!」
弁「大家さん、本当ですか?」
大「いえ、そんなことは一言も」
住A「嘘だ!言ってたじゃないか」
弁「証拠はあるのですか?」
住A「いや、それは、、無いですけど」
弁「では証拠不十分という事で。それとペットを飼っていたという契約違反で立ち退き料は発生せず、逆にペットによる匂いや傷が見つかれば数万~数十万の賠償費用を払っていただきます。いかがなさいますか?」
住A「、、、」「、、、サインします」
大「ありがとうございます。では皆様も質問・不満等なければ署名をお願いします」
住民達「、、、」

中編完

申し訳ございません。今回で終わるかと思ったのですが、また長くなってしまいました。
続きは出来るだけ早く掲載いたします。

終わり。