カサゴのギョナサン2

ギョナサン・ブライトストンは泳ぎの研究を再開した。さしあたって次なる目標は曲技飛行ならぬ曲技遊泳の会得だった。

 ギョナサンは「なぜ魚は直線的にしか泳ごうとしないのか」と、昔から思っていた。上下左右ジグザグに泳いでみたり、後方に進んでみたり、可能性は無限大にあるはずなのだ。

 ギョナサンは練習を始めた。そして今回は他の生物の観察も同時に行った。クラゲ、えび、たこ、イカ、色々な生き物の泳ぎ方や動き方を参考にし、次々と新技を開発することに成功した。さらに今までの経験と練習によって、それらの技を簡単に体現できることにギョナサンは深い喜びを感じた。

 この広大な海の中で、水中宙返り、スクリュー、後方一回転、ギョナサン流キューバンエイトを決められる魚はギョナサン以外一匹もいなかった。

 ある日ギョナサンがいつものように練習に勤しんでいると、ある変化に気づいた。若いカサゴ達がこちらを見ていたのだ。勿論、蔑むような目で見られることは昔からあったが、それとは様子が違うようだった。好奇の眼差し、さらには憧憬の念を抱く者もいた。

 その数は日に日に多くなっていった。10匹、20匹、30匹と、、、ギョナサンは思った「曲技遊泳はエンターテインメント性に富んでおり、傍から見てもきっと楽しいものなのだろう」
 
 そしてある時、一匹の若いカサゴが話しかけてきた。「僕にもその技術を教えてください」ギョナサンは驚いた。「ダメでしょうか?」彼はギョナサンの返答を待たずに尋ねた。

「、、、わかった、いいだろう。しかし曲技遊泳は極めてきけn、、」「待ってください!!」
 なんと、そのやり取りを聞いていた他の若いカサゴ達も一目散に集まってきたのだ。

「僕も!」「俺も!」「私も!」
「待て待て落ち着け」「いいか君達、曲技遊泳は極めて危険だ。つまり練習は相当ハードになると予想される。それでも耐えられるのか?」ギョナサンは冷静に答えていたが、内心は少し喜んでいた。初めて自分以外に泳ぎを極めたいと思うカサゴに出会えたことに。

「はい!もちろんです!」そしてギョナサンによる泳ぎの指導が始まった。

 初めはヒレの使い方や水平遊泳など基礎から教えていった。最初は地味な練習に不満を漏らす者も現れたが、そんな声も次第に無くなっていった。若さゆえか皆真面目に練習し、新しい課題を求め、どんどん覚えていった。

 ギョナサンは嬉しかった。自分の教えた事を熱心に取り組み、広まっていく。なにより自分と同じように泳ぐことが楽しいと思うカサゴ達がこんなにいたことに感激した。

 数週間後。ここら一帯の若いカサゴ達は、曲技遊泳を身につけていた。彼らは一匹一匹個性があり、時にはギョナサンをも驚かせるカサゴもいた。

 例えばクリス・マートンは曲技遊泳の才能が著しく、最も難易度が高いギョナサン流キューバンエイトを最速で成功させ、今ではギョナサンさえも考えつかなかった技を開発していた。

 やんちゃなアニー・キーディスは最もギョナサンに怒られた生徒と言えよう。しかし彼はあの最速遊泳記録を樹立した様子を隠れて見ていたらしく、それに憧れてスピードばかりを追及していた。アニーが自分の持っている記録を塗り替えた時は悔しかったが、嬉しくもあった。

 そして一番初めにギョナサンに声をかけたトム・ヨースターはとても勇気があるカサゴだった。海流を使った訓練など誰もが躊躇してしまう場面で、先陣を切って取り組んでいた。またギョナサンの補佐を率先して行っていた。トムとはこの期間で一番話したかもしれない。

 ギョナサンは一人で訓練していた時とは違う感動で溢れていた。そして最も充実した日々を過ごしていた。

 ギョナサンの指導が板についてきた頃、群れの長から呼び出された。「多分、最近の活動が評価されたのだろう」ギョナサンは嬉々として長のもとに向かった。
 
「来たかギョナサン・ブライトストン」
「族長、おまたせしました」そこには長以外にも幹部と呼ばれる大人たちも集まっていた。
「今回君を呼んだのは他でもない最近の活動についてだ」
「はい!」ギョナサンの声は歓喜に満ち溢れていた。

「ギョナサン、今行っている活動を即刻中止しなければ、君をこの縄張りから永久に追放する」

ギョナサンは頭が真っ白になった。
「え!?いったいなぜですか?」
「君の活動は今後群れに危険を及ぼすと判断されたのだ」
「、、、、」
「つまりこのまま活動を続けると、、、」ギョナサンは放心状態になりながら、長の話を聞いていた。

15分後
「先生、どうかされました?」いつもと雰囲気が違うギョナサンにトムが心配そうに声をかけた。
「、、、トムか、いや何でもない。すまんが今日は自習練習をしててくれ」
「わ、わかりました」トムはあえて何も聞かずに快諾した。
「悪いな」

 その夜ギョナサンは眠れずにいた。

 ギョナサンは落ち着きを取り戻していたが、そのせいか「長の言っていたこともあながち間違っていないな」と、感じていた。

 長が言うには、このまま自由にたくさんのカサゴ達が泳ぎ回っていたら、サメなどの天敵に見つかってしまう恐れがある。ギョナサンと共に早く泳ぐ術を身に付けた者はいいだろう。しかし生まれたての幼い子供や長のような老魚はそんなわけにもいかない。
 さらにはそんな生物がやってきたら他の種族にも影響を及ぼし、我々だけではなく、この楽園そのものが危険にさらされる。

 少し前ならそんな事に聞く耳を持たなかった。しかし、トム達との出会いでギョナサンの心も大きく変化しており、それが彼を迷わせていた。
 期限は明日の朝。ギョナサンは決めなければならない。活動を中止し、普通のカサゴ達のように生きるか、それとも永久追放か。

 次の日

「族長!いったいどういうことですか!?先生が、いやギョナサンが永久追放されたというのは」
「聞いたかトムよ」

「あんなに偉大な方を追放するなど、おかしいじゃないですか!」
「もう決まったことだ。彼はもう帰ってはこない」
「、、、」
 その後、長から全てを聞いたトムは、共に泳ぎを学んだ仲間たちに伝えた。

「そうか、そんなことが」
「仕方ないとはいえ、酷い話じゃないか」
「先生も僕たちに相談してくれればよかったのに」

「でも、先生は何か新しい目標ができたんじゃないかな」
「トム、それはどういうことだい?」
「ほら族長が言っていた、先生の最後の言葉」

”この泳ぎで世界を見て回ります”

「だから僕たちも先生から学んだことを、なんとかして伝えていこうよ!」

 ギョナサンから学んだ生徒たちはギョナサンの意思を他のカサゴ達にも伝えるよう努力した。ギョナサンのことを完全に否定する者があまりいなかったこともあり、それは徐々に広まっていった。
 そして数年後、ついに長や幹部たちを説得し「法と制限の範囲であれば自由に泳いでもよい」と自由への一歩を踏み出した。

 時を同じくして世界中の海域で、あるカサゴの噂が流れ始めた。

後編完


                    

           われらすべての心に棲むカサゴのギョナサンに

後日譚

 今日もカサゴのポコピーは泳ぎの特訓をしていた。

 ポコピーはあるカサゴの伝説を信じ、いつも一生懸命泳いでいた。しかし周りのカサゴ達はそんな彼を、いつも小馬鹿にしていた。

「おいポコピー!今日もくねくね泳ぎの練習かい?笑」
「そんなことして何になるってんだい!笑」

「うるさいぞ!君たちは伝説のギョナサン・ブライトストンを知らないのか!」ポコピーは精一杯声を張り上げて言った。

「お前そんな伝説、信じているのか?」
「馬鹿な奴だなぁ笑」
「大人たちはみんな言っているぜ、あれは昔からある、おとぎ話だって」

「そんなことない!伝説は本当さ!」

「どこの世界に回遊魚より速く泳げるカサゴがいるってんだ!」

「いたさ!それにギョナサンは速いだけじゃないぞ」
「例えば、え、えーと、、、そうだ [きょくげいおよぎ]だってできたんだ!こんな風に」ポコピーはしっぽをピョコピョコ動かしジグザグに泳ごうとした。

「わはははは!」
「またくねくねしてるぞ!」

 ポコピーが必死に泳いでいると”ゴツン!”何かに頭をぶつけた。
「いてててててて、、あっ、ごめんなさい」どうやら別の泳いでいたカサゴにぶつかったらしい。

「ポコピー、そんな変な泳ぎをしているからぶつかるんだよ笑」
「でも、あんなカサゴ見たこと無いな。それに体中ボロボロだぞ」そのカサゴの鱗は剥がれており、ヒレも所々傷ができていた。

 ポコピーも驚いていたが、なぜかその姿に懐かしさを感じていた。
「あのー、どこかであったことありますか?」ポコピーが聞いた。

「いや」「君は泳ぎの練習をしていたのかい?」
「は、はい。あのギョナサン・ブライトストンのようになりたくて」

 するとそのカサゴは静かに笑った。そして次の瞬間、目の前から一瞬で消え、いつの間にか水面ギリギリまで移動していた。

 遠くで見ていたいじめっ子のカサゴ達は何が起きたのか分かっていなかった。しかしポコピーは確信していた。
「今、絶対に泳いでいた!!!」「あ、あなたは何者なんですか?」大声でポコピーは聞いた。
 
 すると今度は海底にものすごいスピードで泳ぎ始めた。しかも途中で前後左右、何回転も回り、渦巻き状にも泳いでいた。そしてまた一瞬の内にポコピーの前まで来ていた。

「どうやったのですか!?」
「今のはただの戯れさ。カサゴの限界を突破し、途中で[曲技遊泳]を組み合わせただけのこと。君もやってみるかい?」
「はい!」そしてポコピーはある確証と共にその者の名前を尋ねた。

「私かい?ギョナサン・ブライトストン。ギョナサンとでも呼んでくれ」

                       完