カサゴのギョナサン

夕暮れだ。今日も騒がしい海に、夜の帳が下りようとしている。

 ここら一帯の沖合は、水面から大きく飛び出すほどの岩礁がいくつもあり、常に潮の流れが活発であった。プランクトンや甲殻類は豊富で、それらを食べる小魚にとっては絶好の海域であり、さらにそれを食べる大きな魚達はここを楽園と呼んだ。

 岩礁は住処としても優秀であった。魚達は知る由もないが複雑な潮流は漁船を決して近づけず、岩礁の岩陰や無数の珊瑚は絶好の隠れ家となっており、サメ等の天敵からも守られていた。

 つまりこの楽園に住む大きな魚達は、毎日安心して美味しい餌を食べ生きているのだ。ただ一匹を除いて。

 今日もカサゴのギョナサン・ブライトストンは眼下に広がる餌には目もくれず泳ぎの練習に夢中になっていた。
 普通、魚は食べるため、逃げるため、生きるために泳ぐものだが、ギョナサンにとって重要なのは泳ぐことそれ自体だった。彼は泳ぐのが好きだった。

 ギョナサンは特に速度を追及しており、「どうすればよりスピードが出るのか」という事ばかりを考えていた。普通に泳いでいてもカサゴの域を抜け出せない、ではどうすればよいか。

 まずギョナサンは、しっぽの振り方や背ビレの角度を変えながら、朝晩問わず何度も泳いだ。するとある日を境に、だんだんと速く泳げるコツを掴みだした。
 どうやらしっぽの動きは振る回数よりも、一定のリズムを崩さない事の方が大切らしい。そして背ビレは、速度によって角度を微妙に調節することが重要であるという事を彼は知った。

 次に、ギョナサンは海流を利用しようと考えた。これはとても難しく、気を抜くと流されてしまう。さらには、ただ泳いで乗るのではなく、先ほどの動きを取り入れなければならない。何度も失敗した。しかし彼は諦めなかった。

「要はバランスが大切なのだ。バランスが崩れると体が傾き、泳ぐどころではなくなる。つまり最も水の抵抗を受ける頭を正確に保てれば、バランスを失うこともないはずだ」そこからの上達は恐ろしく早かった。
 そしてついにギョナサンは海流での泳ぎをマスターし、カサゴ界の最速遊泳記録を大幅に更新した。

 しかし成功の裏には大きな犠牲もあった。ギョナサンの体はハードな練習によりボロボロになっていたのだ。鱗は所々剥がれ、ヒレも傷ができていた。また、ろくに餌を食べずに練習していたので体はやせ細り、そして群れの仲間達からは距離を置かれていた。

 ある日、群れの長から「ギョナサン、少しは他の仲間達を見習って、海底でじっと餌を待つことはできないのか」と怒られた。それからの数日間ギョナサンは素直に従い、海底で餌をじっと待ってみた。
 だが、やはりギョナサンには耐えられなかった。

「小魚や小さいカニを待って現れなければちょびっと移動して、また待つ。それの繰り返し。これに何の意味があるというのだ。時間の無駄だ!」ボケっと口を開けている仲間達を余所に、ギョナサンはまた泳ぎ始めた。

前編完

今回も長くなってしまい、勝手ながら途中で区切らせていただきます。申し訳ございません。
そして今回の内容に関しても、「ぱk、、、パロディかな」と察してくださったお嬢様、温かく見守っていただければ幸いでございます。

終わり。