至福の時

前回お話した、私がこちらのお屋敷に伺う前にお仕えしていた奥様はお茶がお好きで
戦前より始められ、長いこと続けていらっしゃいました。 お住まいには炉を切り、
水屋を配した本格的な茶室があり、お点前を楽しんでおられました。



現在の家元が襲名する少し前の時分、先代の十五代の家元より名誉師範を授けられた
奥様はお祝いの茶会を催されました。ご高齢でもあり、ご自身で開かれる最後のお茶
会でございました。そしてモダンな奥様らしく、日比谷にある老舗のホテルの茶室を
会場にお選びなさいました。

私もその時はじめめてで驚きましたが、近代的なホテルの4階の建物内に、ビルの中
の能楽堂やテレビスタジオのセットのような屋根付きの茶室があり、廻りには露地を
しつらえ、その緑が4階部分の屋上に続く素敵な日本庭園になっており、ビルの中と
は思えない趣ある茶室がございます。
ホテルですので、お疲れにならないよう会の前後部屋を取ることもでき、また、お祝
いの膳は別の部屋に席を設け、地下に出店している老舗の料亭から板前さんごとケイ
タリングを頼めたりと、ホテルならではのサーヴィスを満喫しておられました。

『お薄だから気軽だし、お祝いだからあなたも出て頂戴』 奥様の嬉しいお申し出を
一度は堅辞したのですが、なお強くお誘いいただきましたのでお受けいたしました。
私が出席しました回の正客は贔屓にしてらした女優さんでございました。
季節や趣向に合わせた掛け軸から茶碗まで、ご自宅から運ばれた数々の美しいお道具。
この日のお祝いのために特別に作られたお菓子。亭主が心を込めて点て、若き宗匠に
より運ばれてくる一服のお茶。正に至福の時を過ごしました。

当家におきましても、美しい調度品や碗皿。心を込めてお入れする紅茶。日々工夫を
重ねられる美味しいスウィーツ。フットマンによるきめ細やかなサーヴィス等々。
ご帰宅いただく一時がお嬢様や奥様、旦那様やお坊ちゃまにとりまして至福の時とな
りますよう、精進を重ねていきたいと思っております。
Filed under: 嘉島 — 10:00