パトス

ラジオが鳴るこのキッチンにて、
久々に頂いたドーナツの穴から先を覗きながら、
少々物思いに耽ておりました。
櫛方でございます。

お嬢様はこのような問題を聞いた事がございますでしょうか。

「ドーナツの穴だけ残して完食する」にはどうしたらいいか?
という哲学や倫理学の入り口に位置する問題です。

様々な分野のスペシャリストが様々な視点から様々なアプローチを仕掛け問題を解くーーー
ようは一つの物事に対して様々な視点から客観視する事で考えは180度変わりますし、より深まるというような事。
即ち哲学には完全な答えはなく、考えているその瞬間こそが哲学的である、というお話です。
どうやっても穴だけ残して完食するのは限りなく難しいですし…。

そもそもドーナツのその穴は、
ドーナツであるための「存在」なのでしょうか?
ドーナツに生まれた「空白」なのでしょうか?
どちらも正解とも言えますし、不正解とも言えてしまう。
まさに哲学的なお話です。

私は「存在」だと思っておりますが、
それが空白になった時、その存在はどうなってしまうのでしょう。
一つの扉が開くと、一つの扉が閉まる。

…ゲシュタルト崩壊が起こしそうな話題ではございますが、
一つ考えてみると面白いことが沢山あるのですね。


では私に空いたこの明らかな「空白」は意味のある存在なのでしょうか。
気が付いたら仲良くなっていたのにはきっと訳があるのでしょう。
私から見れば大先輩ではありましたが、それ以上に一緒に苦楽を共にした大事な仲間として、
私の大事な心の拠りどころでした。
(普段からはあまり感じられなかったかもしれませんが)
この時が来ない事を隅でどこか願っていた自分がいたからこそ、
この空白が自分の弱さを露呈してしまいます。

…それでも時は進み続けます。
まだ感謝しても足りないくらいなのにも関わらず。
ならば自分自身が人としてもっと強くなれるよう、きっと意味のあるこの空白を抱いて、
誰かにとって意味のある存在になれるよう、
私も頑張って参りますのでどうか、安心して下さい。


「親友であれたらと思いますが、どうでしょう?」
答えるまでもありません。
いちいち言わなくても私もそう思っていますから。

「世界で一番美味しい飲み物はなんなのか」
きっと貴方なら作り上げることは出来るはず。
最大限のエールを。


ラジオは鳴り響く。
「…それではお聴きください。藍坊主で、ハローグッバイ。」

旅行く路に光あれ。
Filed under: 櫛方 — 22:00