スープ缶の中には

このたびの趣旨は思考実験に近い内容にて少し好みが分かれるかもしれません。
ご関心の向きがございましたら、
ご拝読賜ればと存じます。

かつて、たくさんのスープ缶を描いたとある芸術家がおりました。
以前、季節のデザートとしてお出ししておりましたニコの由来でもございます人物。

アンディーウォーホル。
彼の代表作と申しますと何を置いてもやはりスープ缶のポップアートかと存じます。

近頃、かのアートに思いを馳せる事がままございます。

近代は情報を共有する術が大変豊富に存在する時代でございます。
ウォーホルはこの近代の現象に関しても正確に言及しており。曰く、
「誰もが15分以内に有名になれる、そんな時代が来るだろう。」と。
情報が拡散しやすく
多くの方が共通の情報に触れる現代。
その結果、思考の画一化が生じているように感じます。

ウォーホルがこの絵を描いた意図は近代社会の大量消費に対する風刺とされる意見が見受けられます。
ウォーホル自身毎日このスープ缶を食しており身近なものを描いただけとの見方もありますが。

いずれにせよ十分に思考の余地のあるといった意味合いで大変素晴らしい作品かと存じます。
ところでこのスープ缶、中に何が入っているか、考えたことはおありでしょうか。
スープ缶なのだからスープが入っていて然るべきですが。
仮定として他の物の入っている可能性を思考することも面白味があるかと存じます。

多くの方の想像よりかのアートの実寸は思いのほか大きく感じられるかと存じます。
51cm×41cm、いかがでしょう、
これほどの大きさのスープ缶なら美味しくいただいた後も様々な物を入れられるように思われませんでしょうか。
あるいはそれが缶を開ける前であっても。

シュレディンガーの猫さながらカンバスに描かれたスープ缶を開ける術などないのですから。

水槽の脳という思考実験はご存知でしょうか。
私はかように考えます。
缶の中にはヒトの脳が入っていると。
私には前述した拡散される情報や画一化された思考そのものがさながら整然に並べられたスープ缶のように思われるのです。
整然に並べられたスープ缶の中で思考する脳。
その様子はさながら並び立つビル群が社会を形成するように。
他愛ない戯言でございます。

スープ缶の中に何が入っているか、お考えになるのもいかがでしょう。
Filed under: 園田 — 22:00