ディオニュソスの子

先日、
大河内、伊織、両名によるカクテル、ショコラショーの提供をさせていただいたことと存じます。
カクテルの名は接吻、クリムトの画題に材をとった由来でございますね、
クリムトはデカダンスに分類される代表的な画家の一人でございます。
(古代ギリシアのローマのトーガを思わせる装いが印象的な画家でございます)
ビアズリーや、ミュシャもデカダンスでございましょう。
以前大河内も日誌にてディオニュソスについては認めていたかと存じますが

デカダンスは極めてディオニュソス的な芸術かと存じます、
デカダンスとは堕落的、退廃的、背徳的な芸術であり本来否定的な意味合いを以って語られる言葉ですが
個人的な見解としてはデカダンスの本質は赦しであると存じます。
私の愛する名著の一つ坂口安吾の堕落論から申しますと
堕落を止めることに救いはない、聖女も英雄も堕落する、それこそが救いだ。と。
人は堕落によって自身を見出し、許しと救いを見出すことが出来るのだと。
それこそがデカダンスの本分、芸術による讃美であると私は存じます。

当家随一に教養を備えた二人ですから様々に思惑を巡らせたのではと私は存じております。
大河内と伊織、ディオニュソス、接吻、背徳、
私のような一介の使用人には到底真相にたどり着くどころかひとまずの結論さえもまとめることができそうにございません、のでそこは
日誌をご覧いただいた後生ですので、
新しい年も近づいておりますから、ワイン、音楽、絵画、素晴らしきディオニュソスの子たちによる賜り物の数々を側に
ご一緒にお考えいただくのもよろしいかもしれません。
去る年も来る年も良き年にいたしましょう。
Filed under: 園田 — 15:00