黒い現と白い夢(仮)

ご機嫌麗しゅうございます。

黒崎でございます。

近頃夢で猫になった夢を見ました。

前世の記憶でしょうか。

さて、お話の続きに参りましょう。




第四章(中)

ほんの数十分前に起きた事だ。
忘れられるわけもなし。
浅葱の身に起こった惨劇を目の当たりにしては、この状況に平静を保てるはずがない。
再び現れた隈川さんが手にしているのはトレイに乗せたポットとカップのティーセット。
「隈川さん...それ、もしかして...紅茶ですか?」
私はそれを確認することはできれば避けたかったが、杉村が触れてしまった。
隈川さんは片方の口角を少し上げ、そうさと答えた。
恐怖の残酷劇第二幕の始まりである。
「調合を少し変えてみたのさ。今度はきっと美味しいはずだよ。戯れもよきところにして、再びティーブレイクといこうじゃあないか」
私と杉村は即座に浅葱の後ろにまわり、可愛い後輩を盾にした。
浅葱には申し訳ないが、やはり我々も同じ人間であるからして、己の身の安全が第一であることは、動物的本能に従ったあるべき姿というところであろう。
これがもしもお仕えするお嬢様に迫る危機であったならば、話は違ったであろう....おそらく。
「浅葱、やはり一度味見した君が飲むべきだ。味の違いがわかる君が試したほうがきっといい!」
至極理に適った杉村の自己防衛論には、私も大いに賛成である。
「け、結構ですよもう!一度ならず二度も飲まされたんですから」
「二度?何言っているんだ。さっき一口飲んで卒倒したっきりじゃあないか。やはり記憶障害が起きているようだな。杉村の見解は正しかったようだね」
「いえ!記憶障害なんかじゃあないですよ。鮮明に覚えていますとも、ええ。あんな絶望的な味、二度も飲めば流石に脳裏に刻み込まれますよ」
そう熱弁する浅葱を横目に、隈川さんが眉をひそめて「失礼な」と呟いた。
「浅葱は、確かに二度飲んだのかい。一度目はもちろん我々の全員が見ているのだから疑いの余地もない。だけどその話が本当だとするなら、二度目はいつ飲んだんだい」
杉村が冷静に事態を整理していく。
私は興味半分、疑い半分で聞いていた。
隈川さんは「紅茶飲まないの?」とさみし気な表情を浮かべている。
「二度目は、さっき紅茶場で飲みました」
私と杉村は顔を見合わせ、互いの胸中にある思いを疎通させた。
「(何をいっているんだ?)」
「疑うのもわかります。でも本当なんです!お二人にとっては倒れていただけかもしれませんが、確かにあの時の記憶があるのです」





私が独り演説する黒崎を発見してから、一体どれほどの時が経ったのでしょうか。
奇想天外な夢物語に頭を捻らせ、過ちを犯した後輩を優しく諭し、怪しい先輩に窮地に追い込まれ、後輩が死の淵を彷徨うサスペンス劇が繰り広げられた。
もう、腹十二分目だというのに、浅葱の口から聞かされたのは、満腹に追い打ちをかけるような衝撃の連続。
ー浅葱が倒れ、目覚めるとそこはどこか違和感のある自分の部屋で、ティーサロンに向かうとまた乾執事にカップを手渡され、なんと驚くことにそれは割れたはずのカップで、今度は割らずに済み、そうすると隈川さんと出会い、またあの紅茶をー
ああもう、これを全部信じろというのは無理な話ですよ全く。
「なぁ黒崎、どう思う?こんな話はとてもじゃあないが信じられない」
と、黒崎に投げかけてみたものの、彼は先程壮大な夢物語を繰り広げていた張本人だ。
もしかすると、素っ頓狂な浅葱の話にも傾聴の姿勢を見せるかもしれない。
「全くだ。そんなこと信じられるわけがない!な、杉村!」
やはり黒崎はよくわからない。
「いや、本当なんですって!紅茶を飲んだことも、カップを割らずに済んだことも」
「そんなに言うなら、そのカップはどこにあるんだ?僕たちの認識では君はカップを割ったことになっていて、君の認識ではカップは割らずに済んだと言う。さぁそのカップを見せてもらおうじゃあないか」
「あ、いやぁそれは・・・」
黒崎に詰められ、浅葱は言葉を濁した。
「ショーケースにはないようだが?」
すると浅葱はおそるおそるショーケース横にあるキャビネットの方を指さした。
「あそこに・・・隠しています」
私と黒崎は足早にキャビネットに近づき、戸を開くと、そこには無残にも見事に対に分かれたティーカップが佇んでいた。
「割れているな。杉村」
「うん、割れているね。黒崎」
浅葱は私達を弄んでいるのかという多少の苛立ちをも覚えたのだが、これ以上彼を責めたてるのにも飽きてきたし、これではっきりと分かった。
件の騒ぎは浅葱の自己防衛本能からくる妄想であったということだ。
「これで終わりだね。夢だよ浅葱」


「まだ、飲まないの?・・・紅茶」
隈川さんがひとつ欠伸をした。



続く
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