『ウミガメのスープを探して~浅葱のお屋敷事件簿③~』

お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。
お屋敷探偵を名乗る浅葱でございます。

先日、歌劇団の第13回公演を観させて頂きまして伊織の着るホームズの衣装が欲しくて堪らない浅葱でございます。
お嬢様もご覧頂けたでしょうか?
素晴らしかったですね。

隈川の歌に笑い、的場と瑞沢の会話に涙が出そうになりますが、その後やはり笑ってしまい、名探偵がたくさん出てきて、推理合戦が繰り広げられます。
そして最後には、思い掛けない犯人による真相が判り……終幕致します。

使用人の皆でワイワイと感想を言いながら歌や踊りの真似をしたものです。


ところで推理といえば浅葱の最近覚えたゲームがありますので、ご紹介致しましょう。




『ウミガメのスープ』


お嬢様はご存知でございますでしょうか?
水平思考推理ゲームやYES/NOパズルとも称されますシチュエーションパズルのことでございます。

ルールは至って簡単。
不可解な問題に解答者は質問をします。
それに対して出題者はYESもしくはNOで答えるのですが……時にYES、NOに付け加えて「いい質問ですね」と答えることで真相を解き明かしていく推理ゲームでございます。

では例題を。

Q.
綾瀬は海に向かって指をさしておりました。
平山はそれをみて頭を抱えてしまった。
それはなぜでしょう?


本来はYES/NOの質疑が交わされるのですが、割愛致します。

それでは回答を。





A.
これは歌劇団に感化されてミステリー物の芝居を真似て遊んでいた時のこと。
綾瀬は殺害されてしまった被害者役、平山は犯人を捜す探偵役でした。

綾瀬は海に向かって指をさしております。
平山はそれをみて頭を抱えてしまった。

綾瀬は浜辺にダイイングメッセージを書いておりましたが、波が高くなってダイイングメッセージを消してしまいました。
綾瀬は指をさしておりますが、そこには何も書かれていないのです。
探偵役の平山は頭を抱えてしまいました。



という遊びでございます。
如何でしょうか? 答えがわかってしまえば、なんて事のないことでございます。
けれどもミステリーというのはそういうものなのでしょう。トリックが解ってしまったミステリーというものほどつまらないものもない、と。
なぜ? だれが? どうして?
そういったWHYを抱えて読むことが楽しいのでしょう。
浅葱はそう思うのです。

今回の事件はあえて真相を詳らかにしないことにいたします。
よろしければティーサロンで。
浅葱と推理合戦致しましょう。

勿論、質疑はYES/NOで答えます。

それでは問題篇をお楽しみくださいませ。
解決篇はティーサロンにて。
お待ちしております。


***


茶葉の量を計っていると後ろから声を掛けられました。
声の主はすぐに判りましので、振り返る前に今取り組んでいた作業を中断することにしました。
コポコポとヤカンからお湯が沸騰する音が聞こえてまいりましたので、火を止めます。お湯を注ぐまでお湯を沸かし続けてしまうとお湯の中に含まれる空気が減ってしまい、美味しい紅茶を淹れることが出来ないからです。

浅葱がティーサロンで紅茶の試作をしておりました。
聞き取りやすい高い声の青葉がやってきて、面白いことがあったと話してきました。緑川と少し似た声をしておりますが、若干緑川より腹黒さが抑えられていて、よりアホウな感じを足したような可愛い声です。

「どうしたの?」
私はティーポットをウォーマーから取り出しつつ、青葉に尋ねました。
「ティーサロンは休館日でしょう。あ、私も休肝日なんだけどね」
「どうせ3日と持つまい」
青葉は自他共に認める酒呑みでございまして、彼のベビーフェイスに似合いませんが特にウイスキーが大好きな使用人でございます。
「そうだねー。それで園田さんがティーサロンの掃除をしていたのだけれど、時任執事が声を掛けた途端に園田さんは掃除をやめてしまったんだ」
園田が掃除をやめてしまった? 変人で定評のある園田でございますが、根は真面目。はじめこそ浅葱は園田のことを生真面目を体現したような使用人だな、と思っておりました(蓋を開けてみると個性の塊のようなアホウでございましたが)。
「ふーん。園田が時任執事に怒られたのかい?」
「そういうわけじゃないんだよ」
青葉は勿体つけるように言います。
「じゃあ何でやめたの?」
「んー、それはねー……くんくん、あ、なんかライチの香りがする」
青葉は私の手元を覗くために近づいて、ひょこひょこと周りで動き回っております。子犬みたいだな、と少し邪魔に思いながらも試作の紅茶を見せました。
「ライチフレーバーの紅茶を試作しているんだ。ほら、浅葱の好きなフレーバーだから」
「ほー! それって美味しいの?」
「……飲むかい?」
「えーいいのー! ありがとう!」
こくこく、と紅茶を飲み感想を伝えてくれます。試作を自分だけで飲むだけでは好みによってしまうことを懸念しておりましたので、青葉はちょうど良い実験台でした。
「おいしー!」
「よかった。名前を何にしようか迷っていてね。青葉、なにかいいの思い浮かばない?」
「じゃあアオバ!」
「いやいや、これ浅葱の紅茶だし」
迷わず自分の名前を付けようとするあたりに青葉のアホさが滲み出ております。
そのまま試作品のテイスティングやネーミングを行なっておりましたので、私も青葉もすっかり園田の件を忘れてしまいました。
最終的に挙がった紅茶の名前は、
・アルカナム
・アオハル
・ブルーリーフ
全部ボツにしました。


***


試作から少し時間が経ち、浅葱は庭園におりました。目の前から佐々木が歩いてきます。犬がおりまして、佐々木の愛犬であるチャムハム君でした。小さい姿を見ると微笑ましくなります。可愛いですね。
「浅葱さん、なにをしているんですか?」
独特なイントネーションで佐々木は尋ねて参ります。ここでお嬢様に1つ申し上げておくことがありまして、佐々木は方言のように見えますが東京生まれ東京育ちの江戸っ子でございます。……詳しいことは本人に尋ねてみてくださいませ。ふふふ。
「俳句の日が近づいているから作ってみようかなーと散歩していたのですよ」
「ほー、浅葱さんは風流ですねー」
「去年はティーサロンでお嬢様に披露したんだけど、もっと素晴らしい俳句を作りたいなーって常日頃思っていたんだ」
「ハイクオリティですか?」
佐々木はニヤリと悪い笑みを浮かべます。
「俳句、だけにね」
と、浅葱もこれまた悪い笑みを浮かべて返します。
「そういえば桐島さんの面白い話がありまして、ご存知ですか?」
「桐島さん? んー、面白い話が多すぎてどの話なのかわからないなー」
桐島という使用人は素晴らしいアホウでございますので、そういった話に事欠かないのですね。
「この間、桐島さんが月刊マッスルっていう雑誌を買ってたんですよ。桐島さん本気なのか、とそれだけでも面白かったのですけど、どうやら初めて買ったらしくて」
「ほうほう」
「先月号はどうやら付録付きだったんですけど、一ヶ月経った今も開封してないんですよ。なぜだろうって、聞いたらーー」
そこでチャムハム君がワンっと吠えて私の持っていた紙袋に狙いを定めて飛びついてきました。
「チャ、チャムハム君っ!?」
「浅葱さん、その紙袋の中身はもしかしてクッキーなのではないですか?」
「なぜそれを!」
確かに浅葱が後ろに隠していた紙袋には後でこっそり楽しもうかと買っていたクッキーが沢山入っておりますが……。
「チャムハム君はクッキーだけには目がないのです、観念してチャムハム君と私にも分けるべきですよ。さあ浅葱さん」
観念してください、と後退りながらも佐々木とチャムハム君の気迫に負けて庭園のベンチに腰掛けて一緒に食べました。
「佐々木さん、それからチャムハム君さんも怖いです……」
チャムハム君、までが名前のようですので浅葱はそう呼ぶ事に致しました。
「そんなことないですよ。むしろ黙って一人で食べようとしていた浅葱さんが恐ろしいですね」
笑顔で食べている一人と一匹に、まあ皆で食べるのも良きかな、と残りのクッキーをこっそり後ろに隠そうとした時。
「あ、良いもの食べてますね」と才木。
「お、まだ沢山あるじゃないですか」と浪川。
ベンチの後ろから私達をニコニコと眺めている二人に、私は仕方なく残りのクッキーも譲ったのです。
私の直近の後輩三人組はこういう目敏いところがあるのでござます。
そんな悲劇があったので、すっかり桐島さんが雑誌の付録を開封していない理由を聞きそびれてしまいました。


***


浅葱はよく長々と文章を書いてしまうので、文系だと思われてしまうのですが、実はドのつく理系でございます。
特に数学が好きでございました。

「幼少の頃から数字で遊ぶことが大好きでございまして、漢字が大っ嫌いでございました」

今は国語も好きです。古典は判りませんが。
実は漢字検定準二級を持っている浅葱でございます。自慢になりませんね。ふふふ。

学生の時分には夏休みの自由研究の題材にフェルマーの最終定理をまとめて発表し、フライ曲線がどうの谷山・志村予想がこうのと同級生の前で発表し、前代未聞のポカンとした表情を浮かべさせた経歴の持ち主でございます。特に微積分が大好きでございまして、ノートに計算式を埋め尽くすことを快感としていた青春を謳歌しておりました。
……ええそれは、真っ黒な過去でございます。

そんな浅葱はフットマンとなり、めっきりと数学……いえ、数字と接する機会がなくなってしまいました。
数学の問題を解くのは楽しゅうございますが、それよりも茶葉の生産地別のクオリティシーズンを覚えることが優先でございますし、グランクリュやDOCGを覚えることがフットマンとして必要な知識でございますでしょうから。
昔の数学ノートはNo.13まで重ねられておりますが、押入れに入れたままここ数年は取り出しておりません。以前は、五桁未満の素数にニックネームをつけていましたが、ほとんど忘れてしまいました。


けれども、そんな浅葱が旅立つ使用人に絶対に解かせる問題があるのです。

素敵な歌声の使用人に。
本が好きな優しい使用人に。
親友の使用人に。
山登りが趣味の使用人に。

そして、一緒に頑張ってきた先輩フットマンに。

生駒さん、今までありがとうございました。
浅葱は最後にこの数式を送ります。


***


Q1.
休館日。
ティーサロンを掃除していた園田を見て時任が褒めていた。
すると園田は掃除をやめてしまった。
それはなぜ?


Q2.
月刊マッスルの先月号は付録付きだった。
桐島は今までその雑誌を買ったことはなかったのだが、初めて今週の雑誌を買った。
けれども未だに付録を開封する気配はない。
それはなぜ?


Q3.
浅葱は数学が好き。
浅葱はこれからお屋敷を旅立つ使用人に必ず数式を解かせます。
それはどんな数式でしょう?



以上の3問、お嬢様に挑戦致します。


***


そして最後にもう一問。

以前、浅葱の日誌に「iPhoneから送信」というメッセージが載せられていことがあったのですが、浅葱は携帯電話を持っていないのです。

では、なぜこのようなメッセージがあったのか考えてみましょう。




世の中には携帯電話というものが普及しているということでしたので、浅葱も御多分に洩れず、おねだりをしたことがあります。

「携帯電話がほしいのです!」
「浅葱は誰と連絡するの?」と水瀬。
「それは……使用人仲間でしたり、あとは水瀬さんとか……」
「毎日会って話すのに、必要?」
「ぐうぅ……ぐうの音も出ませんね」
「出てるじゃないか。そんなものよりお嬢様の為に何かを覚えるべきでしょう!」
「そ、その通りでございます!」と浅葱は半ベソでおねだり作戦は終わりました。


その話を衣笠にしたところ……
「ん? 私は持っているよ」
と、燕尾服の内ポケットから携帯電話を取り出したのです。丁度休憩中でございましたので、お屋敷の庭園にあるベンチに二人で並んで腰掛け、衣笠は私の手に渡して見せました。
反対の手にはたい焼きがございます。衣笠はカスタードクリーム味、浅葱はあんこ味でございます。
私達は二人とも甘いものが好きでございますが、私は断然和テイストのものを選びます。衣笠は逆に洋テイストのものが好きなようです。とは云え、たい焼きという時点で和テイストでございますので浅葱の好みに寄っているんじゃないか、じゃあ食べなくていいですよ、それとこれは違う話だ、というくだらない会話の後にあったたわいのない話でございます。
急いでたい焼きを飲み込み、衣笠から受け取った四角い物体をマジマジと観察しました。
それはどこから見ても携帯電話。
もしかしたら紙粘土で作った模造品という可能性も否定できませんが、浅葱の手の上にあるそれは本物であるという謎の重量感を帯びています。
それならばっ、と浅葱が真っ二つに割って中身を確認しようとすると衣笠は浅葱から慌てて携帯電話を奪い取りました。彼の瞳が血走っていましので、浅葱はそれが本物なのだと確信した次第でございます。
「この裏切り者っ! なぜ衣笠は携帯電話を持っていて、私は水瀬さんに怒られたのだ! 衣笠なんてパソコンもろくに使えないし、DVDをカラス除けの円盤だと思ってたくせに!」
「いやいやパソコンは使えるし、カラス除けとして使っていたのは浅葱だろう。そもそもパソコンに打ち込みが難しいからって、書庫室の整頓を手書きでやっているのは浅葱だろう? 才木さんや青葉くんが浅葱の尻拭いしているんだぞ。だからいつまで経っても書庫室清掃なんだ」
「それは耳の痛いところです」
才木は書庫管理、青葉は書庫管理のお手伝いをしておりまして、後輩の二人のほうが私よりも責任ある役職であるような気がしてならないのです。
「浅葱の日誌を毎月携帯電話で打ち込んでいるのも私だし」
それを言われてしまいますと、ぐうの音もでません。
「ぐうぅ。それは、感謝しているよ」
衣笠にも。そして才木や青葉にも。
「素直でよろしい」
そうなのです。
浅葱は実にアナログな人間でございます。
もし仮に私が携帯電話を持ったとして、それをどのくらい使いこなせるかと考えると……そもそも携帯電話って何する道具なのだろう? 電話するだけならばお屋敷の固定電話があるから要らないだろうし……と、浅葱には不必要という結論しか導かれません。
「まあ浅葱が携帯電話を使いこなしているのは気持ちが悪い」
「ひどい」
「なんの躊躇いもなく他人の携帯電話を真っ二つに割ろうとする人間に持たせない水瀬さんの判断は正解と言わざるを得ないね。不自由もないのでしょう? では、不要です」
「そうですよねぇ」と浅葱は長い長い気の抜けるようなため息を吐いて、ベンチの背もたれに寄りかかります。
「でも、携帯電話に縛られる生活というのもある意味で不幸せなところがあると思う。最近の人達は暇さえあれば小さい端末を弄って周りを見ようとしない。手元の携帯電話を見て、上の景色を見逃している。歩きスマホの危険性が謳われている世の中だ。ある意味で、浅葱は幸せなのかもしれない」
「そういうものかな?」
「私は携帯電話信仰のような世の中に嫌気がさしているんだよ。そんなものに比べれば鰯の頭のほうが何倍も良い」
そうですね。確かに手元に世界中から情報をもたらしてくれる端末は便利ですが、もっと近くの、もっと広い世界を見ることを出来なくなってしまうのかもしれません。
「そう考えると、浅葱には携帯電話はいらないかな」と浅葱は呟きました。
結果的に衣笠に丸め込まれた気もしなくはないですが、浅葱には似合わない、その結論で良いのだと思います。

メッセージが誤って載せられた理由は、

「浅葱の日誌を携帯電話で打ち込んだ衣笠が、おっちょこちょいだったから」

でございました。

きっとこの日誌を打ち込みながら衣笠は苦い顔をしているでしょう。ふふふ。
でも、いつも感謝しているのですよ。
ありがとうございます、衣笠。


それでは、お嬢様。
謎に満ち溢れたこの世界を楽しみましょう。お顔を上げて見渡すと、そこにはきっと謎を解き明かす為の素敵なメッセージがあるはずです。


お屋敷探偵 浅葱でございました。


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