浅葱とお嬢様のお屋敷事件簿

風が吹きました。肌寒い風です。
お屋敷の書庫室を清掃しておりますと、積もった埃に時間の流れを感じます。窓から見える外の景色に冬が近づいてくる足音を一歩一歩と感じながら、早めに切り上げて明日に備えるために自室に向かいました。少し足早に、身を震わせ、白い息を吐きます。

11月になり、私は自室に押入れの奥にあった炬燵を引っ張り出してきました。炬燵のなんて素晴らしいこと、毎日ぬくぬくしております。どうやら炬燵の素晴らしさは人間以外にも理解できるようです。庭の掃き掃除の手伝いをするようになってから仲良くなりました野良猫がふらりと自室へ遊びに来るようになりました。尻尾の短いニャン太郎(仮)と虎柄のトラ太郎(仮)は我が物顔で炬燵に潜って来るのです。最近気づいたのですが、トラ太郎(仮)はメスでした。名前を変えねばなりませんね……。



おや、また野良猫が一匹、二匹と次々集まってまいりました。私とまったく同じ身長の諏訪部(仮)と身体が柔らかく毛先がツンツンしている綾瀬(仮)、そしてお腹が黒い緑川(仮)ですね。あっという間に炬燵の中は満員になってしまいました。

私は定員をゆうに超えた炬燵から追い出されるように一人籐椅子に座ってため息。まあこれだけ人がいれば自然と室温も上がっておりますので、いいのですけれど……。くしゅんっ。
書庫室から持ち帰った一冊の本を読み始めます。ミステリー小説です。綾辻行人の『どんどん橋、落ちた』。読者への挑戦集です。

以前は書庫室にて使用人で謎を持ち合い、推理合戦を致したものでございます。……懐かしいですね。ちょっぴりしんみりとした気持ちになるのもこの季節ならではでございます。……くしゅんっ。

ミステリーというジャンルには多岐にわたって細分化された種類がございますが、特に私が読んでいて熱くなるのはこの「読者への挑戦」。小説を読み進めていますと、いきなり名探偵が読者へと語りかけてくるのでございます。あるいは、作者が。
「私は読者に挑戦する」
これまでのストーリーで犯人を突き止めるだけの証拠が揃っていて、そして今まで傍観者であった読者がいきなり難問を突きつけられる。憧れている名探偵と同じ土俵で推理が出来るのです。これは浪漫でございますね。
はっくしょんっ!

……そういえば私、猫アレルギーなのでございました。


そんな私の前に大事件が起こったのでございます。
それはある日の食堂で起こった凄惨な事件でございました。
「消えた! 私の大切なものが消えた!」
叫び声が響き渡り、食堂にいた使用人達は表情が強張ります。叫び声の主、椎名執事はこの世の終わりのような悲痛な顔でございました。
浅葱「椎名執事、どうかしましたか?」
椎名「ああ、私の大切なものが……」
悲しそうに嘆いている椎名執事の身に起こった凄惨な事件について話してくれたのは、それから三十分ほど経ってからでございました。

椎名執事の大切なもの。
それは1日の楽しみにしていた「コーヒーゼリー」。当家のパティシエが腕を振るった美味しいデザートでございます。
こだわりの珈琲をゼリーにした程よい苦味と生クリームの甘さが絶妙にマッチした大人のスイーツでございます。珈琲が苦手な私でも美味しく頂ける美味しい一品でございました。
食堂の冷蔵庫に名前を書いておいたということでございましたが、先ほど食べる為にやってくるとコーヒーゼリーがなくなっているということでした。それは酷い。
落ち込んでいる姿を見て、私はお屋敷探偵として立ち上がらねばならぬと決意します。
浅葱「いざ行かん!」

食堂にいる使用人を見渡してみると緑川、諏訪部、環、胡桃沢がおりました。犯行が行われたと推定されるのは夕方の6時から7時。その間に出入りしたものも含めれば計7人でございます。

私は順番に当事者たちへ聴取をしてまいりました。
緑川「あの中に犯人がいる」
そう緑川は断言します。
緑川「さて、誰が犯人でしょう?」
それを聞いているのでございます。
緑川「ぎりぎりのところで私は踏みとどまったんだよ」
一歩間違えれば犯人だった、と語ります。

諏訪部「綾瀬さんも6時頃には食堂にいたけれど、6時半頃に自室へ戻ったよ」
なるほど。綾瀬も容疑者でございますね。他に誰がいましたか?
諏訪部「さてはて、私も荷物運びで何度も出たり入ったりしてましたので。胡桃沢さんが6時半から先ほどの椎名執事の叫び声があるまでうとうとしていたところを何度か見ましたよ」
食堂を出たり入ったり……そうか。諏訪部は限りなくクロでしょう。そして胡桃沢をずっと見ていたなんて、よくないことを企んでいるに違いありません。
諏訪部「ギクリ……というのは冗談です」

環「浅葱くんは私を疑っているの?」
いえいえ、とんでもない! 環さんがそんなことするはずないと信じておりますとも!
環「さあどうだろうね? もしかしたら犯人かもよ」
た、環さぁん! か弱い浅葱をいじめるのはやめてくださいっ!
……それでは、環さんが疑っている方は?
環「疑惑というのなら、くるみちゃんかな。くるみちゃんを尋問したい」
欲望に忠実なお方でございます。目の前にプリンがあれば誰のでも食べてしまうことでしょう。

胡桃沢「あ、そういえば冷蔵庫にたまくまプリンがあったかも」
プリンとパンナコッタ……なんてコッタ! 思わず言いたくなってしまいます。
犯人に心当りはありますか?
胡桃沢「3人かなあ。少し寝ぼけてたけど冷蔵庫の前にいたのは3人だけだったはず。1人は諏訪部くん、大きい人が冷蔵庫前にいたからそうじゃないかなって。もう1人は環さん……でも冷蔵庫にプリンがあったからなぁ。最後の1人は乾執事。7時ちょっと前に冷蔵庫の前をうろうろしていたよ」
それはあやしい。
胡桃沢「ギターも持ってたから練習前に飲み物を取りに来たのかも」
私があやしいと思うところから次々と解消してしまうくるみちゃんこそ、名探偵らしゅうございました。

綾瀬「ありがとう、浅葱くん」
どうかいたしましたか?
綾瀬「探してた本が買えたよ!」
それは良かったです。日頃の感謝を込めて図書カードをプレゼントしたのですが、探していた本を見つけたようです。
綾瀬「ギンギンに筋肉を鍛えるための教本!」
そうでしたね。綾瀬は筋トレに励んでいるのでした。つまみ食いをしてまで間食しないはず。……あまり結果がでているようには思えませんが。

乾「ああコーヒーゼリーですか。私が冷蔵庫に飲み物を取りに行った時にはまだあったようです」
乾執事が開けた時にはまだあった……?
乾「さて犯人はわかりましたか?」
ニヤリと笑って乾はそう言います。
乾「ぎりぎりまで椎名執事のコーヒーゼリーは冷蔵庫にあったのです。もしかしたら全員犯人のことを知っているのかも。全員、頭に浮かんでいるのかもしれませんね」

全員に聴取したところで私から。
当家の使用人に嘘をつく者はいないでしょう。つまりどういうことか?
それでは、こほんっ。


「私はお嬢様に挑戦致します」


というのは、如何でございますか?
もしも謎が解けましたら、是非ともティーサロンにてこっそりと犯人を教えてくださいませ。


密かにミステリー作家に憧れる浅葱でございました。
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