雨がやんだら

雨が降っています。
ぽつぽつと雨粒が屋根を打つ音。カエルが喉を鳴らしている音。そして手元の小説を捲る音。
使用人寮の自室は静謐に充たされているようで、心地よい音色に包まれいるのです。ふと思い出して取り出した小説はチケット、静かな大冒険へと手引きをしてくれます。

お嬢様、雨はお好きでございますか?
浅葱は大好きでございます。
雨の日に読む物語が大好きでございます。



本日の小説は椎名誠の「雨がやんだら」。
表題作を含む珠玉の短篇集でございます。
漂着した男たちが暮らす小さな島。ある日「夏の日海岸」に「生き甲斐海流」に運ばれて小さな箱が流れ着きます。その中には木彫りの人形とプリズム、そして一冊の日記。その日記を読み進めると、持ち主の女の子がなぜその日記を手放したのかが読み解かれていきます。

雨音が私の中で打ちつけておりました。
私は小説を閉じます。
楽しい大冒険、哀しい物語、梅雨の時期にこそ手に取っていただきたい本が沢山ございます。
けれども雨の不思議な魔力でいつも以上に深く潜り過ぎたかもしれません。哀しい心持ちに独りは寂しくなってしまいます。

このような時には何も考えずに楽しめることが良いでしょう!
外は雨ですので身体を動かすよりも、室内で楽しめるボードゲームなどがよいでしょう。
後輩の諏訪部と将棋でも致しましょう。

早速諏訪部を呼び出し、将棋の勝負を持ちかけました。
「負けませんよ」
と、不敵に笑む彼に私は「なにおう」とムキになって応戦しました。

…………。
打っているうちに思い出しました。
私は将棋が弱かったのです。それはもうヘッポコと言っていいぐらいに。
しかし、そのヘッポコ将棋と拮抗する彼もヘッポコでございました。
前回指したときもお互いに待った、待ったの繰り返しでございましたね。これでは上手くならないので、今後一切「待った」は無しと決めたのです。
けれども癖で言い出しっぺの私が
「そこ、ちょいと待ってくれ」
と口を出してしまいました。
「待ったなしと言ったのはお前さんでしょう」と諏訪部。
「それはそうだが、親切心で一度くらいいいじゃないか」
「ダメと言ったらダメだ」
「この通り、お願いだよ」
私は矜持を捨て頭を下げますが、
「自分で作ったルールを破るのは身勝手だ」
と正論を吐いて諭されてしまいました。
諏訪部優勢に見えた対局でございましたが、それはヘッポコ将棋でございます。ふと指した私の一手で形成逆転を致しました。
「そこ、ちょいと待ってくれ」
今度は諏訪部が言うのです。
「それはむしがよすぎるのではないか!」
と売り言葉に買い言葉で私たちは互いにプンプンとへそを曲げてしまいました。
「もう一緒に将棋は指さんぞ!」
「こっちこそ!」
という次第で決裂してしまいました。

けれども一時間も経てば頭も冷えまして、碁敵は憎さも憎しなつかしさ、ならぬ棋敵は憎さも憎しなつかしさ。
「悪いことをしたなぁ……」
と、私は諏訪部に謝ろうと自室から出ました。諏訪部の部屋へノックしてみますが返事がありません。留守のようです。
それから外に出てティーサロン、食堂、庭園などお屋敷の中を探しましたがどこにも姿がありません。
いつの間にか濡れ鼠になってしまいました。

自室の前に戻ると床が濡れていました。雨漏りでしょうか?
部屋の中には諏訪部がおりました。将棋盤の前に座っています。
「どうしたんだ?」
「なに、逆転の手を思いついたから」
「ぬかせ」
私はタオルを取って髪を拭い、盤を挟んで諏訪部の前に座りました。覗き込むと目の前でポタリと水滴が落ちました。
私はタオルを差し出し、それを諏訪部が受け取ります。
「雨漏りの修理が必要だな」
私はそう言って笑ってしまいました。
雨がやんだら、まずは雨漏りの修理でもしましょう。

浅葱でございました。
Filed under: 浅葱 — 12:30